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7◆黒髪の『レオン』──

念の為アレンジしたのと、版権フリーな童謡だと思いましたが、数字の歌の版権に抵触していたらスミマセン……

◆黒髪の『レオン』──


 ── 携帯食などおやつ代わりに持つようになった ──






     *****






 ── 最初の1か月ほど経ってまだまだ食事事情が落ち着く前だったが、今度は裁縫道具の手持ちも心細くなってきていた。


(換金する場所も探さないとな。それに拝借する小麦だけでなく、市井ならお肉とかの材料が買えるかもしれないし)


 それで市井にも出ようと思い立った。


 出かけるために一般的な町娘がよく着るような服を着て、城を抜け出すことにした。


 城で働く侍女のお仕着せのままの格好だと、王族についての情報を聞き出すために誘拐されたり、王族と親しくない職場でも、城内に忍び込むための伝手を作ろうと篭絡しようとしたり、何かしら襲われる心配があるからだ。


 と言う情報は、洗濯婦や食糧庫などで知り合った使用人たちから得た世間話のおかげ。


 もちろんアリエスは、市井へ行くときにも隠し通路を使って脱け出した。原作で城から逃げ出すために皇帝が使う経路の1つで、城壁の外の近くにある小さな林に隠された小屋の中へ出る隠し出入口へ。


 用心しながら隠し通路から小屋の出口の周囲の様子を探ると、今は誰も使っていない門番とか下級兵士用の備品倉庫みたいだ。蜘蛛の巣の張った壁、と長年降り積もって足跡のない埃だらけの床。雑然として古ぼけた甲冑一式とか、大きなスコップとか、馬の鞍とか、何に使うのか用途不明の縄や網などある。前世の学校の体育倉庫を思い起こさせるような感じだ。


 それからは何度か利用するようになったが、誰も出入りする形跡がない事を確信した。


 町娘風の服も、もちろん例の国境の服屋で購入した服や、内職して作った服だ。その服を着て市井に下り、皇帝に何とか許可をもらって入手した植木鉢や部屋の前の小さな庭で育成した薬草や香草を換金して、細々と衣料道具を購入することを繰り返すようになった。


 薬師や町医者が利用している薬店や、香水屋さん。パイシーズ国にいた時の商人にも教えたけど、料理に使えるハーブ類は、食べ物関係のお店に卸すと、とても重宝されるようになった。ただ現状は個人で量が少ないので、頑張っても十日に一回程度しか渡せないが、それでも購入してくれる伝手が出来たのは嬉しい。


 実はパイシーズ王国の離宮にいた頃から、放置されて半分忘れ去られていたような生活をさせられていたからこそ、使用人や、たまに女騎士見習いの格好に変装して抜け出し、庶民や下っ端の兵士に交じって前世の知識を駆使して、女性でもできる簡単な護身術・料理などして生きのびていたアリエスだったから。


 ここ帝国内でも場所が変わっただけで、忘れ去られた王女が忘れ去られた側妃になっただけだな。と ──






     *****






「──おい! やめておけ。そっちの裏通りに入り込むと暴漢にひどい目に会わされるぞ。表通りへの道はこっちだ」


 そんなある日だった。市井を散策している途中で、黒髪の


「いきなり驚かせたようで済まなかったな。俺の名前は『レオン』だ」


と名乗った青年に呼び止められたのは。


 アリエスも


「あ……


 いえ。引き留めてくれてありがとうございます。おかげで危ない目に合うかもしれなったのですね。助かりました。私は『リエ』です」


 と一応挨拶を返す。それにしても何だろう? この人……何かどこかで見覚えあるなあ……とアリエスが思い出せずにいると、アリエスの腕をぐいぐいと引っ張って、安全な表通りへの道を案内してくれるらしい。


 実は変装した皇帝だったのだが、鈍いアリエスは全く気付かない。


 何者なのかな? さりげなく質素に見えるけどかなり質のよさそうな生地の服……どこかの富豪のお坊ちゃんかな? と勝手に思い込むアリエスである。


「ちょっと一人でつまらなくて……その……寂しかったんだ。お前暇か? 暇なら付き合え」


「なあに、あなた。初対面の人間に対して失礼じゃない?」


 アリエスが偉そうにも説経すると、レオンはちょっと吃驚した表情をしたが。


「あー……すまない。普段も独りで飯食うことが多くて……


 この先に旨い定食屋があるんだ。一人だとホント味気なくてな……それにお前なんかすげえ無防備すぎる」


 え~……なんだそれ……私ってそんなに頼りなく見えるかな?


 ふとレオンを見やると、長い睫毛綺麗だな……瞳がとても淋しそう……表情も本当にとても孤独そうで……誰も自分に気付いてくれない……気付いてもらえない……まるで、アリエスの状態と同じじゃない? それに、モブ? にしてはとても整った容姿で恰好いい……やだ。ああそうか。推しの皇帝様によく似てるんだ。髪の色が全然違うけど。


「でも私、持ち合わせが全然もう手許にないの。さっき必要な材料買うので使い切っちゃったから……それでもいいなら付き合うけど?」


 とアリエスが奢ってもらうのは当たり前と思っちゃいけない。ホント申し訳ないな……と躊躇してると、


「なんだ。そんな心配なら、する必要ないな」


 とレオンは明るく笑って、アリエスを旨い定食屋だというお店に連れ込んだ。






 結構、裕福そうなお坊ちゃまに見えるのに、孤独を味わうなんて……一体全体どういう育てられ方か、生き方してきたらそう思うようになってしまうのだろう? 周りからの期待? 重大な責任? 大いなる裏切り? ……


 一方。レオンの方でも。ホント迂闊な娘だな。俺程度の誘いに簡単に引っ掛かりやがって。無理矢理既成事実作る奴や乱暴する奴だったら、どうするんだ? 


 地味な服と眼鏡で誤魔化してるつもりだろうが、魅力と色気振りまきすぎるだろうが! と。見る人が見れば美人だと見破られるアリエスでした。


 そして料理の食べ方を見れば。交わりの時にもどういう風に扱われるわかるらしい……アリエスは庶民的な見た目以上の味の料理に関心しながら、不埒な知識を思い出してしまい、レオンの綺麗で丁寧な食べ方を見て……あんな風に丁寧に扱ってもらえるのかな……と変な妄想してしまい、何度も赤くなってレオンに不審がられた。


 実はレオンの方でも、アリエスの可愛いサクランボみたいな唇と、口の動きが淫猥に思えてきてしまい、自分の中の欲望がもたげるのを抑えるのに必死だった。


「? ……なんでこっちじろじろ見るの? 食べてる姿じっと見られすぎると、なんか……恥ずかしいのだけど」


「……おまえ……痩せすぎだよな」


 ……あ、いやいやこれはないだろ。俺はバカか! と、レオンは急いで、


「き……気にするほど痩せてもないぞ。ほんとスマン」


 と謝る。


「ううん……それは当たり前だよ。だってね……今いる私の家。まともに食べれる料理が一つもないの。だからあの家では一度も出された料理では食事したことないのよね……


 でもこれって贅沢な悩みだよね。


 世の中にはどんなにお腹空いてても、食べれる物を全く手に入れられない人もいるんだから……」


 この時は未だ、茶髪の『リエ』がアリエスだと気づかない。女性との恋愛に疎いレオンであった。


 だから、好き嫌いの食わず嫌いが激しすぎての我が儘か? ……いやいやそれなら、ここの定食屋の料理を好き嫌いなく、こんなに喜んで美味そうに万遍なく食べる理由ないよなあ?


 だったら……食事抜き虐待でもされてるのか? ──






     *****





 ── 数か月して食事事情に余裕が出来、市井に出る時も、常備おやつを持ち歩けるようになった頃。


 何故か時たま知り合った黒髪の『レオン』なる青年や、たまたま非番の『リコ』にも偶然にも良く出会うようになった。何となくよく会う二人とは自然と友達みたいな関係になり、毎回街の出店や小料理屋で奢ってもらうのは気が引けるようにもなった頃だった。


 レオンか、リコ、もしくは両方と出会った時に、いつもより多めに作った焼き菓子やパンサンドなどを渡した。


『へえー。これリエが作ったの? 器用なんだな』


 とひどく驚かれた。


 まあ自分がアリエス王女だと知ってたら、王族が自ら料理なんかするわけないから驚くだろうけど……? 今は自分は地味なただの町娘だからね。


 しかし、推しの1人の英雄カプリコ様が、こうして現実世界で一緒に自分が作った手作りのお菓子や携帯食を食べてくれてる。尊い、尊いよ~……


 転生アリエスとしては、ミーハーかアイドルのファン的な心理で、英雄様と出会ってしまったよ~。尊いよ~。と大はしゃぎしているだけなのだが、


 カプリコ自身変装が得意なため、リエがアリエスの変装であることはすぐ見抜いていた。それだけでなく、カプリコとしては


(自分の血に近しい者かもしれない?)


 とスパイ活動の傍ら密かに見守り、従妹とは判明しないながらも、


(アリエスがパイシーズ王国で生まれた状況の情報を調査しないとか?)


 と、深謀遠慮していたのである ──






     *****






 ── こうしてアリエスが市井に抜け出す度に、ちょくちょくレオンに出会うようになった。


 レオンは町のことをとてもよく知っていて、デートもどき? しながら、前回、食事に困る話してたから。今日はそういうのに関係する場所に連れてってやるよと提案された。


 換金と買い物などの用事は終えていたので、好奇心と興味でレオンについて行くことにした。






 連れて行かれたのは、子供だけなら充分に遊べる程度の広さの庭で、唯一つしかない古ぼけてつぎはぎだらけのボールで遊ぶ十数人の子供たちの姿。焦げ茶色の髪の色から赤茶けた髪の色、多いのは栗色や茶髪で、1歳の幼児から十歳くらいの庶民の子供たちがいる孤児院だった。


 いや、十歳よりももう少し上の十四歳くらい? 痩せすぎで、栄養状態も悪く、年齢の割に成長不足なのだとアリエスには判ってしまった。服も、パイシーズにいたアリエスよりもさらにひどい。


 乳児もいるようだけど、子育てを終わった老人や、身体的なことや他の諸事情で働けない人、この国の成人の十六歳になり働きに出て仕事先が休日なので戻ってきた孤児院の子たちなどが、面倒見てくれているようだ。


「レオにいちゃん。また来たのかー」


「ひまだからじゃねえの」


「そっちのねえちゃんは彼女かー」


 と子供たちから揶揄われたけれど、気が付くと子供たちと混ざって遊んでいた。





 

「ひゃあっ……」


「お姉ちゃん……その髪の毛……」


 転んだ拍子にかつらがずれた。


「あー……てへへ。気味悪い色でしょ? だから隠してるんだ。内緒だよ?」


 アリエスは、口に人差し指を当てて、お道化て言った。


 他の子供たちはボールを追って離れていたが、転んだアリエスに手を貸そうと、この孤児院で1番年長らしいカルキナと言う十二歳前後の少女に、ずれたかつらの下の地毛を見られたらしい。


 アリエスの変装に気付いた様子のカルキナに咄嗟に言ってはみたが。子供に秘密は重いだろうな……でも彼女が誰かにうっかり話してしまったとしても、第五側妃に直ぐ結びつけることはないか?


 まあいいかと。かつらを直して辺りを見ると、レオンが一瞬こっちを睨んだ気がしたが、すぐ走り回る他の子供たちにいつもの調子で声をかけているようだったので、気にしないことにした。


 子供たちの様子を遊びながら観察すると、一番の子供たちのまとめ役は、やっぱり1番しっかりしているし、周りにもよく気が付くカルキナという少女で、みんなのお姉ちゃんって感じだ。


 幼少のやんちゃな子たちのまとめ役はルカケルという、十歳前後に見える少年。


 一見大人しい子だが、相手が幼児だからと言っても理路整然と何度も繰り返し言い聞かせればちゃんと理解するんだと言うことがよくわかっているようで、手を抜くことなく厳しく締めるとこは締めている。


 子供たちは、幼児たちが走り回る分にはともかく、力が強い大きい子にとっては狭い庭だから、大きい子がボールを投げると柵の外に出てしまい、馬車や馬が通って当たり、すぐ破れてしまうんだと困ってるようだった。

 

 他の遊び道具も、孤児院に出入りする大人や働きに出た子が、拙い手で頑張って作った手作りの物だけ。絵本も少しあるが、使いまわされてボロボロだが何度も修復されて大事にしていることは確かだ。


 更に幼児が、大きい子のかけっこや鬼ごっこの遊びについていけないことも気になった。


 大きい子が小さい子のご飯を奪っているわけではない。経営者の人らしき院長や乳児の世話をしている人たちに、遊びの傍ら話を聞いたが、私服を肥やしているわけではなさそうだ。


 食事事情も、近所からのおすそわけや、働きに出てる子達が何とかもらったり買ってくるものだけ。おやつなんて、もちろん望めない。


 そこでアリエスは遊びだけでもと、前世の知識から、小さい子や体力のない子でも条件によっては大きい子に負けないひょうたん鬼。はないちもんめ。とおりゃんせ、ハンカチ落とし……女の子やお絵描きや絵本が好きな子たちには、雨の日でも遊べる毛糸を使ったあやとり。折り紙……黒っぽい石と白っぽい石を使ったオセロもどき……それから……


「べんきょうきらーい」


「それじゃあ、こういう覚え方は?」 


 アリエスは、地面に枝で数字を書くと、人差し指で1の数字を見立てて顔の前で振りながら、左腕は腰に当てて歌いながら踊ってみせた。


 ♪数字の1はなあに? 高い杉の木よ、にょきにょき♪


 木が伸びていくようなポーズ。アリエスの意図に気付いたのか、カルキナと、ルカケルも追随してくれた。


 ♪数字の2はなあに? お池のガチョウ、があがあ♪


 ガチョウの格好。他の子供たちも参加。幼児たちは興味ありそうだが、まだ遠慮している。


 ♪数字の3はなあに? 赤ちゃんのお耳、おぎゃおぎゃ♪


 赤ちゃんの真似。とうとう全員参加。


 ♪数字の4はなあに? 兵士の弓よ、ぴゅんぴゅん♪


 弓を射る格好。レオンも恥ずかしそうにしていたが、幼児たちに手を繋がれて参加。


 ♪数字の5はなあに? 宝の鍵よ、がちゃがちゃ♪


 鍵を回す真似。


 ♪数字の6はなあに? 妊婦さんのお腹、ぽこぽこ♪


 お腹を丁寧になでなで。


 ♪数字の7はなあに? 壊れたラッパ、ぷっぷくぷー♪


 楽器を吹く格好。


 ♪数字の8はなあに? おきあがりこぼし、ころころ♪


 置きあがりこぼしがこの世界にもあるんだ。その人形の真似。


 ♪数字の9はなあに? おたまじゃくし、すいすい♪


 オタマジャクシもいるらしい。泳ぐ格好。


 ♪数字の10はなあに?杉の木とお月様、おしまい♪


 ジャンプして大きく手を頭の上で手を拍手。 


「「「「「おもしろーい」」」」」


「「「ぼく、もうすうじ、おぼちゃった」」」


「「わたしも」」






 日が暮れるまで遊び倒した。


 レオンと孤児院から出立する時には、小さい子に泣きながら足にしがみ付かれて、帰るのが寂しくなった。


「ねえ、レオン……またこれるかな? ……」

 

 アリエスは確約できない約束は安易にしたくなかった。


 レオンはなぜか心ここにあらずと言う感じで、終始黙ってる。


「何かあった? ……数字の歌に参加させたから怒ってる?」


「う……いや、その……俺はホント。何を今まで見てきたのかと思ってな。怒ってるのは、俺自身になんだ……」


「あー……孤児院の子たちみんないい子なのに……働きに出ても碌な扱いされないって、院長さんや世話役の人達も言ってたからね……」


 いやそのこともあるけど……そうじゃなく……


「?」


 アリエスは


「レオンが何に悩むのかわからないけど。まあ元気だしてね!」


 と言って、別れた。


 レオンが気にしたのは……リエの正体に気付いてしまったことと、アリエスの食事事情についてだった ──






     *****


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