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17◆天使の歌声

◆天使の歌声


 ── レポワソンは邪悪な微笑を浮かべると、帝国内に潜入しているスパイに、すぐさま命令を下すように告げた ──






     *****






 第三側妃であったジェミニ・トクソテス・ディデュモイ侯爵令嬢と婚約者となったカプリコ・アクイラ・シュタインボック第三王子。第四側妃であったラヴィエルジュ・レプス・ヴァルゴ辺境伯令嬢と婚約者となったルサジテール・コロンバ・シュティア第二皇子。彼らの活躍後、結ばれた盟約ともたらされた情報により、パイシーズ王国が、帝国と結んだ和平同盟を破棄し、またさせようとしていることが判明した。


 もとより安穏と事が起きるまで、平和裡にただ漫然と身を構えていたわけではない。


「レーヴェ、軍備と兵士たちの準備はどうか? それと……」


 既に今か今かと吉報を待ち構えている皇帝は、軍服をしっかり着込み、頼りにしてる宰相からの報告を催促した。 


「陛下。全て滞りなく。鶴の一声でいつでも出立できる準備は整ってますよ。


 ああ。それと。パイシーズ王家が、シュタインボック王国及びシュティア皇国とも密約しようとした証拠書類がたった今、ルキャプリコルニオ王太子とサジタリウス王太子らの、正式な刻印付きの書類で届きましたよ。これを待ってたんでしょ?」


 最初は思わせぶりに言い淀んで勿体振るレーヴェ宰相であったが、望むときに望むものを必ず成し遂げる男である。


 皇帝も、よくぞやった。と嬉しさを隠すことなく頷くと、準備が整ったであろう兵士たちを鼓舞するために、兵たちが集まっている城の中庭へと向かった ──






     *****






「リオ」


 中庭に向かう途中、アリエスが皇帝を待ち構えていたかのように、行く手に立ち塞がった。


 皇帝が贈った、臙脂色に金糸でささやかな模様のついたドレスを身に纏ってくれているのを見て、自然、自分の色を身に着けてくれた。愛おしい彼女の姿を見た皇帝はついつい顔がにやけてしまう。


一方、アリエスの方でも……


(この服装って……あのスチールのラストシーンで見た軍服じゃないかー。うぅっ、恰好良すぎるよ~……生軍服皇帝様……尊い! 尊過ぎてもういつ死んでも……いやいや。ここまで生きのびれたんだから。死んじゃダメダメ)


 とか、ちょっと不埒な妄想をしていながらも、表情に出さないように、気を引き締めるのであった。


 傍についてきた宰相と侍女のカルキナも、たった一人の側妃となり、誰憚ることなくいたるところでイチャイチャ愛し合う最早公然の仲となった二人に、全く仕方のないお二人ですよね、と互いに目くばせしながら眩しい目を向ける。


「聞いたわ……戦争が始まるのね……


 ううん……反対したいわけじゃないの。


 だって私自身もこうなることを待ち望んでいた……というよりも、侯爵や辺境伯がやってたこと起こそうとしてたことの結果、こうなるんじゃないかと覚悟してたから」


 さすが賢く察しのいい彼女のことだ。表情が翳る。


「大丈夫。必ず、生きて帰ると約束する。


 さあ。だからこれから兵達を鼓舞し、指揮を上げるため。皆の為にも祝福を授けてくれないか?」


 皇帝が彼女の腰を左腕で抱き寄せると恥ずかしがり、揶揄うようににやりと笑い、しかし安心させようと言葉をかけて、共に中庭へ向かう。


(ええぇ~。ちょっ……近い近い近い近い……嬉しいけど恥ずかしいよ~)


「あれっ?……でもそれって……普通は正妃様になった人がするものじゃないの?」


 腰をしっかりと抱かれたまま、本当に恥ずかしいから離してよ。と抵抗する彼女に追い打ちをかけるように皇帝が言い放つ。 


「それは仕方ないさ。誰かさんのおかげで、今や俺の妃は其方一人だけしかいなくなったのだからな。


 側妃同士で争う心配もなくなったことだし。お前を正妃だと言っても今さら誰も文句も言うまい。


 ……ああ……そうだ。だからなアリー。いい加減その前髪も切るか髪留めで止めるかして、瞳を出してもいいんだろ? 蟠りも憂いも全て無くなったはずじゃないのか。


 それとも戦争終結までは願掛け代わりに顔を晒すのは嫌か?


 俺としては、可愛いアリーの顔を他の男の目にさらすのは不本意ではあるが、前髪越しにしかアリーの顔を見れないのは辛い……」


 あ……そういえば。隠しておく理由はなくなったはずなんだよね?


 アリエスはもう堂々と、パイシーズの奴らに思い知らせてやっていいんだ。戦に赴くために、大好きでそして大切な人のためにも。


 意を決して頷くと、まるで用意していたかのようにカルキナは、皇帝がレオンだった時に手ずから市井の細工屋で孤児院の子供たちと一緒に体験で作ってくれた、拙いけれど金色の土台に銀の装飾と紅のビーズでワンポイントを入れた、髪留めをつけてくれた。


 うん! なんかやっとすっきりした。


「リオ。さあ行きましょう」


 アリエスは皇帝の腰に率先して腕を伸ばした。


 なんだか、側妃様逞し過ぎじゃありません?


 と宰相。


 いいんですよ。これがアリエス様なんですから。


 とカルキナ。


 誇らしく嬉しそうな皇帝……






     *****






 そのまま連行されるように中庭につくと、命令を待って整然と居並ぶ兵士たちの姿がある。


 アリエスの素顔に吃驚してたり、喜んでくれたり、顔を赤らめて恋心拗らせそうな人もいたり、しかしどの兵士も活き活きとしている……これから戦地に向かうのにも関わらず。


 アリエスは求められるまま、途中、宰相に教えられた手順通りに、皇帝に祝福のキスを。右手の甲。左手の甲。皇帝が彼女の頭の高さに自分の頭を屈んで合わせると、次に額、右頬、左頬に捧げた……と顔がいきなりこちらを向き、そのままフレンチ・キス……どころか片手で頭を抑え込まれ、深く口づけられた……


 ……やっと皇帝から解放してもらったアリエスは、羞恥で顔を真っ赤にしたまま、両手で頬を抑え、


 もう知らない知らないばかばか、


 と文句を言う。


 宰相も傍で呆れたように目を片手で覆い、


 有難くも唯一残ってくださった最後の側妃様まで逃げだしたらどうするんですか、


 とぼやく。


 侍女のカルキナまで、口元を片手で覆って、しかしなぜか嬉しそうである。


 皇帝はしてやったりと、嬉し気に笑うと兵たちに向き直る。


「戦女神からの有難い祝福だ。これで誰一人かけることなく、必ず戦に勝利しようぞ!」


 おー! おおーーっ!!


 と国中に地震か雷が鳴ったかのように兵たちの雄叫びが響き渡る。


 ……すると、下級兵士の格好をした男が、


「大至急ご報告したいことがございます!」


 と告げて近づいた。


「何事ですか」


 宰相が誰何するのを制して、皇帝が兵士の傍へ……


 ……ふと、アリエスは兵士の顔に見覚えがあるのに気付いた。

 

(あれ?


 この人……?


 ……確か……


 ……義兄のパイシーズの王太子の側でたまに見たことある人だったような?……


 ……あっ?……


 そうだよ! あの派手なオウムの籠渡してくれた使用人……?)


 瞬間 ──












 ── 皇帝の心臓めがけて、凶刃がはしった。


「陛下!」


 宰相の焦った声が聞こえる ──












 ── しかしアリエスは声を上げる前に自然と身体が動いていた。







 




 ……ああ、そうだ。











 きっと今日この日。











 この時の為に。











 その為に自分は転生したのに違いない。











 お気に入りのシミュレーションゲームの。











 やられ役だったけど。











 私の推しキャラクター。











 ルリオン・ドラグーン・クアトロファイア皇帝陛下を。











 必ず何としても守るために。











 死なせないためだけに ──











「アリーッ!?」











     *****











 ── アリーッ!?


 と自分を呼ぶ大好きな人の声が遠く聞こえる……


 暗殺者の凶刃が、あわや皇帝の心臓を貫こうとした瞬間。アリエスは迷うことなく、その場にいた誰よりも瞬時に皇帝の前に躍り出た。


 目的を阻まれた暗殺者は慌てたために一旦短剣を引こうとして、皇帝を庇ったアリエスの腕に傷をつける程度に留まったが、すぐに帰す刃で再度皇帝を強襲しようとした。


 が。暗殺者の動きは、アリエスが目的を阻んだおかげで次の手が遅れ、彼女に一歩遅れたが迅速に動いた護衛騎士たちに、すぐさまその場で取り押さえられ、怒りに震える皇帝に斬り捨てられ ──


「やはり貴様、俺を謀っていたのか!」


 ── と、一刀両断にされそうになったのだが。


「パイシーズ王家側の重大な裏切りの証拠人を今失うのは、体を張って御身を守ってくださったアリエス側妃様の行為を、無駄にすることですよ!


 ハァ……


 ……もちろん不本意でしょうが。確かな自白がとれたら、後はお好きなようにしてくださって構いませんから」


 と叱咤され、厳重な警戒の中宰相の手によって皇帝の剣は阻止され、護衛騎士達に拘束された男は宰相自ら尋問されることになった。


 見た目、傷もなく尋問する宰相にこういうことを任せておけば、全て滞りなく済むことがよくわかっていたから。


 まあ、ああいう暗殺者のプロは、尋問には耐性があるだろうが。最近アリエスのおかげで発見された薬草から、熱心なルカケル薬学者の手によって作り出された自白薬を使えば。たとえ廃人になろうとも、全て洗い浚いぶち負けてくれるだろうから。


 一連の出来事が数刻で行われた。 


 その間。


 どうやらアリエスは、短剣の刃に塗られた毒で意識が朦朧としてその場で倒れてしまったらしい。アリエスを抱き留めた皇帝が、心配そうに何度も声をかけ続けている。


 カルキナがアリエスの腕から流れ出る血を止めようと布を差し出したが、毒素を流し出すためだとアリエス自らが拒んだ。


 レポワソン王太子からの命令で、レポワソンの子飼いの暗殺者だった男。フィシェがもっていた毒のついた刃から皇帝を守ろうとして、腕で刃を受けたアリエスは怪我を負った。そのため、いくらどんな毒にも幼少の頃から慣らされていたとしても、通常の人間ならば即死するかもしれない毒だったようである。


 短剣の一撃から身を守れたとしても、かすらせただけで皇帝暗殺の任務は成功していたのである。皇帝が倒れていれば、パイシーズ王国はすぐさま戦争を起こし、帝国内を蹂躙し、侵略するだろう。


 用意周到なレポワソンの計略を防げたことに、アリエスだけは満足していたはずだったのだが……


 さっさと医者の手配を急げ!


 といつになく焦った様子の皇帝の声が聞こえる。

 

 しかし取り込まれた毒は致死量に至ってないようだ。皇帝に、


 心配しないで私の大好きな人。


 大丈夫だから。


 それにこの毒は ──


 ── とアリエスを抱きしめながら焦る皇帝陛下に、アリエスは怪我を負っていない左手で頬をなでながら、安心してと声をかける。


 けれど、たった僅かだったといえども、瀕死状態になりながらもアリエスは心当たりのある解毒草を、泣きじゃくる侍女のカルキナにも

 

 落ち着いて?


 と声をかけて指示して、すぐさまアリエスの庭から摘んできてもらう。精製する時間は惜しいのでそのままその場で嚙み砕いて飲み込んだ ──






     *****






 ── 短剣に使われた毒は、とても特徴のある匂いと色をしている毒草で、パイシーズ王国内でしか入手することのできない毒草だと。気絶する前のアリエスの証言と、再びもたらされたジェミニ嬢とカプリコが調査してくれた薬草の生息地の情報などから判明した。


 自白薬でべらべらと堰を切ったように滞りなく自白してくれた暗殺者からもたらされた独白で、パイシーズ王国の王太子レポワソンの仕業だと完全に露見し、怒りで狂ったように暴れ回る皇帝が起こした戦争が完全に終息するまで、アリエスは療養することとなった ──






     *****






 本来の原作ゲーム通りなら。


 帝国は三方向から蹂躙・侵略・睨まれて滅亡するはずだった。


 が。






 レポワソンの計略が悉く失敗し、逆にパイシーズ王国の方こそが三方向から蹂躙・侵略・睨まれて原作と違う展開になったようだ。


 パイシーズ王国内で、アリエスを虐げていた義兄たちは全員、無様に従兄と皇帝に打たれた。


 特に中でもレポワソン王太子には、


『アリエスが苦しめられ続けた報いだ!』


 と怒りに燃えた皇帝自らの手で、入念に死なない程度に四肢を切り落としてから、


『もうやめてくれ。悪かった!』


 と無様に床に這いつくばって懇願したところで、斬り捨てられた。


 王妃や側妃だった義母や義姉たちは、奴隷になったり、兵士たちの褒美として散々慰みものになったあと性病を患って亡くなったり、質の悪い娼館で働いたとか……


 しかしアリエスは、少量でも取り込んだ毒と、精製せずに生のまま飲み込んだ解毒薬草の副作用のせいで、何か月も寝込むこととなった ──






     *****






 ── 刺客の凶刃に倒れて何か月も寝込んだまま目覚めないアリエスだったが。


 パイシーズ王国で王太子を斬り捨てた後。急いで帝国に取って返した皇帝は、敗走者の追撃や事後処理などは、同盟国のシュタインボック王国やシュティア皇国、レーヴェ宰相たちに任せた。


 アリエスが目が覚めた時に一番にかけつけたいからと、寝所に執務机まで運び入れ、時間が空いた時は片時も離れず、アリエスの手を握っては看病し続けた。





















 ── ふと気が付くと。





















 市井に脱け出していた時に立ち寄ったあちこちの孤児院で歌った前世の歌が。


 孤児達や孤児院の人達。ルカケルを始めとした就職先で大事にしてもらいながら働けるようになった子たちや、元孤児達の就職先の職人たち。工芸品を交渉した商人達。などに余程気に入られた歌らしく、何か月も寝込んで目覚めないアリエスを心配した人々が自然と集まるようになり、一日も早く回復するようにと、毎日手の空いた時や、帝国城に立ち寄る度に、街中の人達が歌ってくれているらしい。





















「── が ── ってる ──」





















 大好きな人が、ベッドでアリエスの手を握ったまま、吃驚した表情でアリエスの顔を見ている。




















 

「あ……


 アリー……?」





















 何か月も寝ていたせいで、少し脱水症状気味なのか。喉が張り付いたように渇いて上手く声が出せない。
















 握ってもらっている手に何とか力を入れて動かしてみる。
















「── が ── ってるみたい ──」
















「アリー! 」
















 最初は冷たそうな瞳だと思い込んでいた。






 その次はいつ、この人に殺されるか怖いと思い込んでいた。






 それから偉そうに威張ってるだけな人だと思ってた。






 でも気が付くと……






 面白いことが好きで……






 子供っぽいところもあって






 私の作った珍しい料理も遠慮なく美味いと笑いながら食べてくれて






 甘えたがりで






 時々意地悪で……






 自ら動かないと納得しなくて






 素直に相手を褒める姿は可愛くて





 

 本気で怒るのは他人のためで……






 決断する時の厳しい顔は格好良くって






 ……本当はちょっと孤独で……






 寂しがり屋で……






 私の笑顔が好きなのだと……






 恥ずかしそうに告白してくれて






 前世の推しだったからってだけじゃなく……






 段々自覚したら……






 いつの間にか本気で大好きになっていた人……






 そんな私の大切な人が






 今にも泣き出しそうで情けない顔をしている……
















「── 天使が、歌ってるみたいだね」
















 私は泣きそうな彼を安心させようと、握られた手に力を込めて握り返した。すると、彼は言った。


 アリーが……俺の大切なひとが、このまま眠ったまま目を覚まさないのではないのか。あの笑顔がもう二度と見れないのではないかと気が狂いそうだった。笑っているアリエスが本当に好きだから。


 そう言ってくれた彼のために、私は笑ってみせた ──






     *****






 ── 国中から聞こえる歌声と、皇帝陛下ルリオンの献身的な看病のおかげで目が覚めたアリエスは、破顔した大好きな人に抱きしめられて、やっと平和が訪れたのだと知らされた ──






     *****


プロローグ冒頭の『やはり貴様、俺を謀っていたのか!』がやっとここで回収できました。修正、改定してきたおかげでお披露目できたことに作者も、なるほど~こういうことだったのか! と迂闊過ぎ。ここまできて前回ヴァージョンでは本当に色々諸々不足しすぎて未熟さをしみじみ……でもいつも通りあまり反省してない?(汗

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