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12◆第二側妃──

◆第二側妃 ──


 ── スカーレット嬢に悪戯され続けた異物入り料理の心配がなくなり、食事の件が改善し、皇帝の許可で皇帝と宰相の許可がない限り出入りできない温室へ、自由に出入りできる権利と、台所も自由に使用できるようになったのは、嬉しい誤算であろうか ──






     *****






 ── 本来のゲーム上では。初っ端から殺されてしまっていたために、アリエスは気づけず忘れていたためにわからなかったが。この世界でも最初は他の側妃達同様、アリエス自体もスパイかスパイの協力者か? と疑われていた。


 ゲーム内で皇帝を暗殺しそうになったからという点だけで、全て本当のスパイであり暗殺者である侍女ヴィダーの仕業なのに。皇帝にとっては、やはりそうかスパイ関係者だったのだな。と思い込まれて斬り殺されていただけの存在が、第五側妃のアリエスだったから ──






     *****






 ── スカーレットに雇われた男達の内、傭兵崩れのヴァッサーマンの証言と、取引の時に燃やせと言われて渡されていた指示書が、宰相の尋問で提出された。暴漢たちは、後々逆にスカーレット嬢を強請るための脅迫材料にしようと考え保管していたそうだ。


「ハァ……しかし証言だけじゃなあ……これだけでどうやって、スカーレット嬢の決定的な証拠にできるんだ?」


「レーヴェ。難しく考えん方が存外上手くいくかもしれんぞ」


「そうは言いましてもねえ。陛下……言わせてもらいますけどねえ。アリエス第五側妃様が手遅れになるまでに駆け付けれたはいいですが、救出するまですっごく焦ってたのは幻ですかねえ?」


「結果的にはまあ……色々いい思いを……だから。もういいだろう」


 咳払いで顔を赤くする皇帝が、一番鬼畜かも知れないと思う宰相だったが。 


 コンコンッ。


『リエです。皇帝陛下にお昼の差し入れに参りました』


「ああ、どうぞ入って」


 誘拐されたので、城内を歩き回る時はお仕着せ着て、本来の髪色と違うカツラ被って眼鏡もかけて侍女に扮したアリエスこと、『リエ』だった。側には彼女の身の回りの世話をするようになってまだ日は浅いが、責任感のあるカルキナが控える。


 しかし護衛騎士の選別は未だ終わっていない。皇帝が独身の騎士や見目のいい騎士をアリエスの近くに付けるのを嫌がるせいもある。


「ちょうど休憩するとこだった。アリーはこっちな」


「え……ちょ、ちょっとおお~……何でお膝の上に座らせるんですかルリオン様……」


「お。今日はカツサンドに、これは東国の味噌か?」


 皇帝はさっさとアリエスが持ち込んだパンサンドを手に取る。


「カルキナもそこの開いてる椅子に座って、みんなでお昼にしましょうよ。ほら、皇帝陛下もみんなで食事する方が賑やかでいいって」 


「その通りだ。さすが俺が一番信頼してるアリーだな」


 遠慮していたカルキナも、アリエスのバスケットから昼ご飯を宰相の机に置いた。執務室に持ち込んだワゴンのティーポッドから、四人分のお茶を銀のカップに注ぐと、おずおずと執務室に余っていた椅子の1つに座って、接待用のテーブルの前に着いて昼ごはんを拡げた。


 あ……銀のカップ。愛用してくれてるんだね。こんな時だけど、嬉しいな。


 よくわかっているじゃないか、と皇帝は気の置けない者たちに囲まれ嬉しそうに先に昼休憩を楽しんでいる。


 ふと、宰相が昼ごはんに手を付けずに、睨みつけて悩んでるらしい手紙? が気になる。


「その手紙がどうしたんですか?」


「あ~。例の暴か……じゃなく誘拐犯たちが、後々逆にスカーレット嬢を強請るための脅迫材料にしようと考え保管していたそうなんだが。傭兵の証言とこの指示書だけじゃ確かな証拠にならなくてね。家紋とか刻印とかが付いてるわけじゃないし……」


 『暴漢』の言葉にアリエスが脅えるだろうと皇帝に睨まれて言い直す宰相である。


  そんな些細なことは気にしないだろうアリエスであるが、宰相が言い換えた気遣いには感謝する。


「筆跡は?


 スカーレット嬢が直に書いていたら、お礼状とか日記とかあれば鑑定できるんですけどね。


 人の書いた文字って、刻印みたいに固定の道具使わない限り、書く人によって違うらしいですよ? 同じAでも十人が書いたら十人分の癖や形態になるそうです。でも侍女とかが代筆してたら、濡れ衣着せて逃げられちゃうかもしれませんけど……」


「アリエス第五側妃様! あなたは天才ですか?


 ……いえ。確かスカーレット嬢付きの侍女は、文字は読めても書くことができなかったはずです!!」


 う……ごめん。本当は前世の知識からなんだ……自分の手柄とは言い張れないんだよな……とは言えないアリエスであった。


 何しろ前世の記憶があると知られると、悪魔付きか頭が狂っていると疑われた上、療養所や神殿などに幽閉か監禁されるならまだましな扱いで。魔女として人間扱いされずに話すのも憚れるような様な酷い扱いで、実験されたり研究されたり、しまいには処刑されてしまう者もいるからだ。


 宰相は急ぎ、アリエスが用意してくれた宰相の分の昼ごはん……を飲み込むように、しかし味わって急いで食べ、お茶をがぶ飲みすると、スカーレット嬢手ずから書いたらしい皇帝宛てのお礼状やら茶会の招待状やらを整理棚の内の1つから取ってきた。


 それはそれとして。仮にも公爵令嬢に仕える侍女たちでしょ? 文字が書けない侍女たちを使っているの?


 アリエスが何を考えて悩む表情してるのか察した皇帝が、いきなりアリエスの口の中にパンサンドを押し込んだ。


「ひょっとお! ひゃにふんにょよ」


「ぶっ……すまんすまん。アリー。お前の考える公爵令嬢ほどの権力があるだろう貴族とはいっても、ピンからキリまであるのだ。


 主として仰ぎたい。仕えたいと思える人間が、尊敬できない人物ならば? 仕えている人間の質も下がっていくと言うものだ。


 スカーレット嬢は自分の思い通りにいかないことがあると、すぐに周りの人間に当たり散らす性格だ。もちろん噂レベルでなく、彼女に1度でも仕えたことのある元使用人たちからの確かな証言だ。彼らの痣や傷も確認もした。


 当然、次々と使用人を入れ替える度に、質も能力も劣る者か、またはおべっかばかり使い令嬢の考えに賛同し追従する者しか残らなくなる。仕舞には給金さえ払ってくれるならどんな我慢もできるし、何でもすると言う人間しか雇えなくなる」


「ぐむっ……なるほど。そう言う事なんですね」


「ええ。そうなんですよね。僕が折角紹介した侍女たちを次々と入れ替えろと訴え出ては、何日も持たないんです。


 それで最終的には、学業も修めたことのない侍女ですがと、我慢強い娘たちだけを厳選して紹介する破目になったのですから。


 と言うことで、アリエス第五側妃様。筆跡鑑定をお願いできますか?」


 宰相は目が笑ってない満面の笑顔をアリエスに向けると、手紙と招待状を皇帝の執務机の上に置いた。


「え? 私がやるの?」


 あ……この笑顔は……絶対断れない時の顔だよね……


「アリー。筆跡を鑑定すると言う考えは、この帝国ではまだ誰も試したことがないはずだ。まずは言い出した者が手本を示さねばわからないだろう」


「それにアリエス第五側妃様においては、どうやら筆跡鑑定の方法も知識もおありのご様子。


 大丈夫ですよ。僕もサンプルを拾い出すのを手伝いますから。とりあえず三十……は無理でしょうから、最低でも五個あればよろしいでしょうか」


 前世知識でも、本当は数十個は必要だけど、実際にはそんなに集められないから、今ある物でなんとかしないとだよね。


「アリエス様がんばって。」


「カルキナまで……」


 アリエスが前世の知識を総動員して、筆跡から特に特徴的な癖のある文字を見つけて選別していった。


「ん? ……おお! この人。かなり癖の強い文字を書くから、思ったよりも何とかなるかも。


 宰相様。この文字とこちらと、あとこれとそれと、そっちの五文字を取り合えず見て抜き出してもらえますか」


「アリエス第五側妃様? ……これは……なるほど。確かにわかり易いですね」


 宰相も拾い上げたサンプルなどを比較鑑定すると見事一致。


「少なくとも、これだけでも充分だ。よくやったな二人とも。レーヴェ。近衞を呼べ。スカーレットの部屋に向かう。


 アリー。昼食美味かったぞ」


「はいはい。押収の手配もですよね。


 アリエス第五側妃様。本日は貴重なご協力をありがとうございました」


「ああ。うん。気を付けて行ってらっしゃい」






     *****





「全員この部屋から1歩も出すな! そこの下男、動くな! 確保しろ!」


 先触れなしの突然の皇帝の訪問に、スカーレットは油断しきっていた。


「な……何事でございますか! 陛下と言えども、礼儀をかく訪問は無礼ではありませんか!」


「……ほう? では貴様のこの体たらくはなんだ? ここは今みたいに俺の許可した宰相や近衛以外、普段は男子禁制の後宮内の部屋のはずなのになあ?


 下男に、下級兵士、男爵家出身の五男坊の侍従までいるのか。よくもまあ。


 で? その皇帝に許可なく異性を連れ込んだ上に、他の側妃に対して貴様が行おうとしたことは無礼ではないと?」


「側妃? はて、何のことでございましょう? 確かに異性を引き込んだことは……そう。ただの遊戯。あまりにも陛下がつれないせいですわ。陛下にも責任はありましてよ? 暇つぶしの為に呼んだだけでは、規則違反程度に済むのではございませんこと?


 それにもし。他の側妃の誰かが不利益を被る結果になったのでしたら、その側妃の方こそが、陛下に対しての重大な裏切りと言えるのではありませんこと?」


「……この期に及んで、よくそんな言い逃れができると思っているな……レーヴェ! 連れ込むのを許可した例の者達を引き出せ!」


「はいはい。で、どうです? この中に、貴方たちの見覚えのある女性はいますか?」


 レーヴェは近衛に命じて元傭兵たちを引きずり出すと、侍女たちの顔を吟味させた。


 恐らくスカーレット嬢の外出許可の記録からは、彼女自身が動くことがなかったのは確かだから、外出許可を頻繁に出した侍女たちの誰かが指示書を渡しに来た当たりがいるはずだ。と皇帝と宰相たちは確信していた。


「誰です、その汚い男」


 スカーレットは悠然と身構えているが、近衛たちに拘束されている侍女の一人が狼狽えだした。


「あそこにいる、栗色の髪の女だ、間違いない」


 スカーレット嬢に仕えている侍女は、黄色の髪、黄土色の髪、橙色の髪、赤茶色の髪、そして……栗色の髪。


「わ、わたしは……スカーレット様、助けてください!」


「何の事かしら? 私には関係なくてよ」


「それはおかしいですね。こちらにある指示書の筆跡は、確かにスカーレット第二側妃様が手ずから書いて出した物ではございませんか? 内の優秀な筆跡鑑定士がね、ほら貴方の招待状やお礼状とも見事に一致する筆跡を見つけてくださいましてね。


 おや? 顔色が悪くなりましたね」


「し……知らない……私は存じ上げませんわ!」


「言い逃れしようとても無駄だぞ。この部屋に雇われた侍女たちが全員1人も文字を書けないことは、雇用紹介した宰相が知っているのだ。貴様以外に誰が書いて出したと言い訳するつもりだ?


 まさかそこらにいる貴様が誑かした男たちに書かせたとでも言い張るつもりではありまいな!


 それに、貴様の言った不利益を被った側妃も、裏切った側妃も存在すら見当たらなくてなあ。残念だったな貴様の思い通りの結果にならなくて」


「そ……そんな……陛下!」


「全員沙汰が下りるまで貴族牢へ連れて行け!」


 こうして筆跡鑑定の結果、スカーレット嬢がアリエスを暴漢に暴行させようと考え、暴漢たちを雇って誘拐した重要な証拠品として採用され彼女は公爵家からの迎えが来るまで貴族牢に軟禁された。


 さらに、懐柔した下女やメイドや侍女を使って、皇帝以外の男性を後宮に連れ込むと言う幾つかの規則違反と皇帝の側妃としての不貞行為が露見した。


 さらにさらに、使用人達を使ってアリエスの料理を台無しにしていたことも判明し、怒り心頭の皇帝から、


「貴様をこの場で斬り捨てるのは簡単だが、同じ料理で三カ月過ごしてみよ! それが終わるまでは、貴様の処分は保留とし、公爵家からの面談などは一切断つ!」


 と、実際にアリエスが台無しにされた料理と同じ料理を出され続け、水だけの生活にたった三日で根を上げたそうだ。しかし這いつくばらせてでも、皇帝陛下は普通の食事に戻すのを許可しなかった。


 まあ、実際にはアリエスは自作料理や市井に出て飢えを凌いでいたので、同情した公爵家からの差し入れなどは、1週間後から許可されたようであるが。






 ── 余談であるが。これ以降、筆跡鑑定が重要な証拠物件として採用されるようになり、筆跡鑑定の技術が向上する ──






     *****






 ── こうして第二側妃だったスカーレット・コルブス・ルスコルピウス公爵令嬢は、アリエスを暴漢を雇って誘拐、未遂で済んだが暴行させようとしたことが判明。他にも不貞行為や後宮に皇帝以外の異性を引き込んだ規則違反。アリエス第五側妃へ本来提供される食事の妨害などの罪で、第二側妃の地位は剥奪。


 父母の公爵と夫人は良識的な人たちで、娘の不始末を恥じ爵位を返上しようとするも、公爵家の今までの働きから、侯爵に地位を降格させ領地を一部国に返上させて縮小させるのみでよしとした。


 がしかし、公爵家は責任を重んじて娘の籍を抜き、わざわざ見舞金を献上した上に平民に落とされた元愚娘を、戒律の厳しい修道院に送った ──






     *****


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