9◆陛下からの贈り物に礼も言わない……らしい噂?
◆陛下からの贈り物に礼も言わない……らしい噂?
── 前世でもこんな甘々な恋人関係になった人、いなかったかも? 死んだときのことは本当に覚えてないどころか、忘れるのが多くなったけど、結構若いうちに死んだっけ? とか薄ぼんやり感慨に浸るアリエスだった ──
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── 街でレオンに出会う時も、
「俺の携帯食も、もちろんあるよな?」
と、まるで本当の恋人同士ならこういうことするかな? みたいに、かなり恥ずかしかったけど、
「ほれ、あ~ん」
「ちょっ!……あ~ん?……じゃあ私も、あ~んだ!」
「お、いただき!」
と食べさせたり、食べさせてもらったり、レオンとの蜜月を過ごすようになった。
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一方、定期的に開かれる後宮側妃たち全員参加の晩餐会や、食事会、お茶会で、後宮内での皇帝との仲は冷たく、すれ違いの日々を過ごしていた。だって会う度に怖い顔で睨んでくるし……死亡フラグもう立っちゃった? とこっちはビクビクものなのだから……
ある時、宰相と女官長から、月に一回それぞれの側妃たちと面談し、必要な衣装とか、ほしい宝飾品とか、ほしい家具とか、食べたい料理とか……まあ諸々、側妃が使っていい1か月分のお手当の範囲で購入できるものの希望をとるわけなのですが……
アリエスは1度たりともお手当もらったことないため、どうせ私は捨て駒側妃でしょうよ。申請しても嫌われてるし……と思いながらも、思い切って、皇帝しか立ち入れないという噂の温室の使用許可が出ないか願い出た。
宰相はアリエスが物を強請るのは帝国に来た最初の日以外では、初めてだったので、とても嬉しそうだった……のだが。その横に控える女官長の、とんでもないという鬼みたいに睨む顔さえ見なければね。ハア。ほんと。とことん嫌われてますな。
またある日、
「申し訳ございません。アリエス第五側妃様に置かれましては、誠に残念なのですが……温室の許可は未だもらえないんですけど……」
と宰相が呼び止めた。そして何故か皇帝の愚痴? を聞かせてくる。
どうやら皇帝様は、朝の料理食べる時はいつも一人で孤独だと愚痴ったりとか。宰相や騎士たちと食べれる時はいいけど、仕事が忙しいと執務室で独りでもくもくと食べてるのだそうで……
え~……それアリエスにいう必要あります?
宰相様がなんだか、期待に満ちた表情で訴えてきてるので、
「私以外の、お気に入りの側妃様呼んでご一緒にお食べになられたら、問題解決しますよね?」
と、アリエスも満面の笑顔で切り返してあげた。
宰相様は、この答えを聞いて。
「……あのヘタレが……なぜ僕がアリエス側妃様にお伺い立てねばならないんだ。自分でさっさと告白しろよ……」
とかわけのわからない呟きをして残念そうに意気消沈してたけど、アリエスは、そういえばこの国に最初に来た時に唯一皇帝様に渡した銀食器使ってくれてるかな?
ゲーム上ではアリエスとのお茶会か食事中に毒使われたのが判明して死亡フラグ立ったんだよね……と。
もしも二人だけで食事などしたら、余計な死亡フラグが立つのではないか。という考えで頭がいっぱいだったために、宰相の呟きを聞きそこね、そのためにアリエスには皇帝の本意がわからなかったのである……
ホント……行事で会う度、あのいつも威張って口結んで偉そうな態度みるとね……同じテーブルで食事したら味がしなさそうなんだもん……とも言えなかった。
そうそう。初夜もすっぱり、さっぱり、すっぽかさせれたのよね。まあどうでもいいけど ──
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── しかし実際の皇帝は本当に多忙だった。
アリエスが側妃入りしてから、いよいよきな臭くなってきたパイシーズ王国や、シュタインボック王国から入り込んだスパイを焙り出そうとしていたためと、貴族派とヴァルゴ辺境伯関係者の動きが怪しいこと。カンセール王家関係者。ルスコルピウス公爵関係者。ディデュモイ侯爵関係者など。世話しなく調べることがあまりにも多すぎるため、忙しく働いてただけなのだった。
レオンになって街に出るのも、あやしい動きをする侍従、侍女、文官、騎士、貴族達の後を追っていたため。
普通は優秀な部下や信頼する部下たちに任せていい仕事なはずだが、何事も自分から率先して動かないと納得できない皇帝の性格からだった。
だから例え僅かな時間で、アリエスであるリエが調理中だろうと、つまみ食いだけでしかアリエスの手料理を食べれなくても、皇帝にとっての唯一の癒しの時間なのであった。
しかしそうとは知らないアリエスは、放置プレイ状態でまともな食事が配られず、いつも鼠や蛇の死骸とか虫入りとか異物まみれとか、普通の料理すら一度も食べたことなし。
それは、皇帝と一緒ならせめて、もう少しはまともな料理が提供されるのだろうか?……いやいやいやいや。自分のだけ別のお皿に取り換えられてる気がするぞ……
実際には茶色のかつらかぶって偏光眼鏡かけて、小厨房や市井で何とか間に合わせてたけど。それでもね。いつか破綻しないと限らないわけで……
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── 真実は四人の側妃たちからの嫌がらせだったのだが……
結局パイシーズ王国にいた時と同じ扱いを受け続けた上に原作通りに殺されてしまうのだろうか? 表では帝国とパイシーズ王国との同盟と称して、裏では侵略戦争起こすための準備整えてるわけか?
アリエスは結局憎まれてるか嫌われてるだけの、いつでも戦争の火種を作るための捨て駒かと諦めているのだった…… ──
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── そんな風に、アリエスが自分の環境や周囲の反応を、原作通りだと諦めていたのと違い、第一側妃である。クアトロファイア帝国南方に位置する属国。南諸島王国出身のクレヴス・ヴルペクラ・カンセール王女は、アリエスが来る前までは、女王気分だった。
自慢の燃えるような赤い髪、瞳は平凡な茶色だが、南国に住む者特有の、しかも皇帝と同じ蠱惑的な浅黒い肌と、皇帝と並んで立っても遜色のないすらりと高い背と、豊満な体躯にも自信があった。
他は帝国内の貴族。さらに小さな国で帝国の属国であろうとも、自分は王女という、どの側妃よりも身分が高いことを鼻にかけていた。
しかしアリエスが来てから全ての歯車が狂い始めた ──
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── おかしい……と疑い始めたのは、出会った時はあれほど礼儀正しく、賊のせいでそのほとんどの帝国への貢ぎ物を奪われたにも拘らず、なけなしの自費を使ってまで、皇帝への贈り物を購入してくれたアリエスのことだ。
そのアリエスが、皇帝からの確かに送ったはずの贈り物に対して、何の御礼状の手紙だけでなく、挨拶すらしてこないなんてことがあるだろうか?
それともレオンが俺だと気付いたから、今更だと思ってるとか? ……いや。ないな。彼女の態度や言葉使いからは、レオンは気付かれてない。だとすると……
「──なあよう。レーヴェ。アリエス嬢からお礼状とか未だ届いてないか? どっかの書類に混ざってないか?」
それなりに執務をさくさくこなす天才で呑気な皇帝と違い、比べて書類と葛藤している努力派の宰相は顔を上げずに返事する。
「見当たりませんよ? ……嫌われてるんじゃありませんか? 見た目怖いし。冷酷そうで威張ってるから」
皇帝は宰相の返答で。え……そうなのか。俺嫌われてるのか? と内心ショックを受けていじける。
「……お前な……でもそうか……あの髪飾りとか彼女にしか絶対に似合わないと思って特注で作らせたのに……晩餐会では装飾品一つどころか、俺が選び抜いたドレスすら身に着けてきてくれないんだよな……」
すると宰相は、ふと天井を仰ぐと、いい案を思いついたかのように微笑んだ。
「ああ……じゃあ。アリエス第五側妃様付きの侍女にでも聞いてみたらどうですかね? 特注の装飾品を使ってくれない理由なんかも含めて」
すると皇帝は怪訝な顔を返した。
「……おいおい。知らんのか? 彼女には一人も侍女が付いていないはずだぞ」
……まあ、後宮の人事面接をした宰相が知らない『茶色い髪の侍女もどき』はいるがな。とは言い出せない皇帝であった。
「え?!」
先ほどまで世話しなく手許が動いていた宰相も、この皇帝の返答には心の底から吃驚したようだ。
「それ本当ですか?」
再度皇帝は、お前何言ってんの? という表情をして、確かだと頷く。
「1国を担う皇帝自らが嘘ついてどうするんだよ。天地神明、創成神に誓って」
この世界ならではの真実のための誓いをする。
「おかしいですね。僕が贈り物届けに行く度に、確かに僕自らが面接した覚えあるし。この国では珍しい『黒髪』の持ち主のキャッサという名前の、以前に後宮入りさせたはずの侍女が……
女官長から任じられてアリエス第五側妃様付きになったからって確かに……
『アリエス第五側妃様への贈り物ですか? お忙しい宰相様に代わって、自分が確かに預かってお届けしておきます』
と言ってきたからてっきり信じて、色々渡して……」
それは確かに妙な話だ。アリエスは変装して侍女になりきってると思い込んでるが、レーヴェの雇用一覧から漏れている妖しい人物なぞ、1番に間者かと疑われて調べるのは当然だろう。
まあ、違う理由で侍女になりすましているようだし。俺も賄賂食わせてもらってるし。あれはあれで楽しい時間を過ごさせてもらっているからな……
……それはいいとしてだ。その『リエ』に変装してる際、色々身辺について探りを入れながら話を聞いてみたが、
『アリエス第五側妃様についてですか? レオンを信用してるから話すんだけどね。ここだけの話、女官長さんから嫌われているらしくてね。未だに侍女は一人も付けられてないそうなんですよ。
まあおかげで、こうして自由に料理させてもらって……いえ違って……んんん。私は本来違う部署なのですが、後宮周辺管理の気楽で割合自由の利く仕事なので。あまりにもお気の毒なアリエス第五側妃様のために料理をご用意できるし、お使い頼まれたついでに市井散策したり、孤児院にも行けるからね』
と上手く自身の体験をさも他人のことのように誤魔化しながらも、真実を言ってたはず……
「この件、少し調査した方がいいな。俺が贈った物の中には、換算したらかなりの金額になる逸品もあったはずだ。」
「おいおい、勘弁してくれよ……そんな希少品、なんで用意するんですか。
他の側妃様達にばれたら、嫉妬されるに決まってるじゃないですか!
あー……わかりました。またいつもの、お忍びですね。今回は『影』も動員した方がいいですよね。でもその前に。最低でも今日の分の書類くらいは片付けてくださいよ」
察しが良いな。その通りだ。皇帝は頼もしい宰相を一瞥すると、やっとやる気が戻ったと、書類に向かった ──
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皇帝命令による、強制出席参加の夜会か……
もちろん、側妃の一人として参加させられるアリエスは、当時の手持ち予算の都合上、例の国境の服屋で購入した婚姻式で着た一張羅か、建国記念式典で着たドレスしか手許にない。
婚姻式……と言えるほどの内容ではないが、そこで着ただけで他の側妃様達には未だ見せてないドレスだから、いける? いけない?
……ふとアリエスにあてがわれた室内を見回す。窓……寝室……にやりとすると、アリエスはドレスの印象を変えるためにアレンジすることにした……
だってね。皇帝色だからね。他の側妃達から立てなくていいフラグ立たせたくないからね。とリニューアルしたドレスを着た。
窓とベッドにかかっていた薄カーキ色ですけすけレースみたいな薄地生地を全体に使い、薄カーキ色の大きなリボンを何か所かに縫い付ければ、同じ服には思えんだろ。刺繍する時間が残念ながらなかったけど、他人の手借りずに一人で着脱できるようにかなり大胆にカットして作り替えた部分もあるし。どうだ。開き直って夜会に望むアリエス。
「まあ、ご覧になってくださいましな。パイシーズ王家の王女様は、装飾品なくてもご自身が宝石だから着飾る必要がないそうですわよ。それに、そのドレス。まるでカーテンみたいじゃございませんこと?」
黄緑色に輝く爽快そうな色の髪に、エメラルドもかくやかと思わせるような緑色に輝く瞳を持った侯爵令嬢が、扇で口元を覆いながら、瞳だけでさも蔑んでいるかのような目線を向けて言う。
自身も瞳やクレヴス・ヴルペクラ・カンセール第一側妃程の身長ではないが、スラリと伸びた体躯を生かすような、緑を基調としたAラインドレスを優雅に着こなし、ダイヤモンドの装飾品を身に着けているのがまたよく彼女に似合っている。
「ああら。本当に、相当随分自信があるようですわねえ。さすがは好色王が御座す国ご出身の王女様ですわあ。前髪で隠すほどの美貌に自信がおありなのかご尊顔を見せずとも、肉体美だけで殿方を狂わせる気なんですわねえ。
それで? かようなとっても素晴らしいドレスは、どこのデザイナー御用達の特注品かしら?」
北方の血筋が入っているのか、空色の髪にサファイアみたいな深い青の瞳を持つ、辺境伯令嬢も、扇子を大きく揺り動かしながら嘲笑してくる。
アリエス程低い身長ではないが、藤色を基調とした水色と青の刺繡と宝石で身を固めてプリンセスラインのドレスが可愛い彼女に本当に良く似合う。
それは当たり前でしょ。だって、実際カーテンで作ってんだから。シーツ使った服は今は着てないけど確かに作ってるし。前も離宮で細々と放置プレイされてた時に、こちとら五歳の時から針と糸もって裁縫してんだからね。離宮中の布は全部ドレスの材料よ。おほほほほ。
下着も私服も、おかげで安上がりで済んでるし。孤児院のバザーの売り上げに貢献した、刺繍して出したハンカチも、プロの職人並みの腕か、お抱えお針子にしたいって、絶賛されたんだからね。
でも変なんだよねー。普通例え側妃といえど、最低限のお手当貰えるはずなのに? これもあの皇帝に嫌われてるせいなのかな……? とは心の中だけでしか言えないアリエスである。
── 晩餐会にアリエスが装飾品を一つもつけてこないため、他の側妃。特にジェミニ嬢とラヴィエルジュ嬢からの嫌味攻撃だ。まあ、この程度の悪口なら、パイシーズ王国にいた時、義兄姉たちからもっと酷い辛辣な悪口を散々言われてるから、屁でもないけどね。
それに今さらながら前髪で隠した顔について貶されるのもいい加減慣れた。実際おべっか使いの侍女たちが、人前にさらせない余程の醜女か、あまりに不細工か、皇帝陛下に知られたくないほどの醜い傷で、見せられないんですよ。
とか言いつけてるのは、お仕着せ偽侍女で徘徊した時に得た情報で、知ってるからね。と軽く受け流すアリエスなのである。
……でも、何だろ。この二人の令嬢が率先して悪口攻撃してくれるおかげで、逆に、何処の娼婦もどきかのような黒が基調のスリット入りのスレンダーラインのクレヴス王女も、ピンクや橙で飾ったマーメイドラインドレスのスカーレット嬢も牽制するだけに留まってる? ……
……まあその代わりに他の虐めしてきてそうだけどねー。とアリエスは考察する。
その側妃五人の様子を、宰相と遠目に眺めやる皇帝。ダンスですら最初に申し込んだだけで過激な修羅場が始まると予想する……否。まだ二人の側妃のみだった時でさえ、実際にどちらの側妃が最初にダンスするかで惨状だったのだから。
誰が生き残るか。それとも全員いなくなるか。帝国内に不利益を齎そうとする輩を全て炙り出すまでは側妃同士の争いについては、『余程の出来事がない限り』手を出すまいと心を鬼にする皇帝であった。
しかし、今夜の晩餐会、アリエスのためだけに特注したはずの装飾品を、何故クレヴス王女が身に着けてるのか。目ざとい皇帝は発見してしまった。
一見して派手に見えないこともないが、特注の色味やデザインが、銀髪でアレキサンドライト色の瞳を持つ美女にしか似合わない逸品のはずなために、赤毛で肌が浅黒く大柄なクレヴス王女に全然似合っていない。
この日を境に。皇帝と宰相は目標を、クレヴス王女に絞って徹底的に調査した ──
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