シバザクラは隠して
『リナリアを君に』の続編です。前作を読むとより楽しめると思いますが、これ単体で読んでも話は分かります。
なおこの作品はGLとなっていますのでご注意を。
葛葉 小鞠:陰キャ。帰宅部だけどスクールバスで通っているので部活終了時間までは、大体教室で勉強している。友達が部活休みの時は、その子とだべったりして待つ。
棗 奈奈:陽キャギャル。運動部の助っ人として部活に参加する程度、基本帰宅部。基本誰かと一緒にいることが多いが、放課後は大体一人。小鞠と同じスクールバスで通っている。
「ねえねえ、こまっち~」
「………何?」
「なんかすっごい間があった!」
「いや、今宿題やってるんだけど……」
人が勉強している時に話しかける方が悪いと思うんだけどな~。
今日は授業が早めに終わったので、帰りのバスまでいつもより余裕がある。課題はいつも通りの量だけど、せっかくだから予習もしようと思っていたんだけどまあ邪魔されるよね。
奈奈さんが放課後にこうやって話にくるのが、もはや日常になっている。あ、因みにしばらく棗さん呼びしてたら怒られたので、奈奈さん呼びになりました。本人は呼び捨てがいいと言ったが、私にはハードルが高かったのでさん呼びで妥協してもらった。
「うち、迷惑?」
う、さっきの対応はさすがにまずかったか。声に元気がなくなってしまった。
ノートと教科書を閉じて、奈奈さんに声をかける。
「迷惑だったら、とっくの昔に私がどっかいってるよ」
「だよね!こまっち、勉強はもういいの?」
「いい。またどっかの誰かさんに邪魔されそうだから」
「それうちのこと?」
「そ」
ひどーいと文句を言いつつも、声がいつも通りに戻っていたのでさっきまでのは演技だったか。嵌められた。
なんか勉強する気がなくなってしまったので、今日は奈奈さんのやりたいことをしよう。
「それで、今日は何がしたいの?」
「あれ?うちなんかしたいって言ったっけ?」
「違った?間延びした声でねえねえって、呼びかけてくるときは大抵どっか行こうってことだと思ってたんだけど……」
間延びした声というよりかは、いつもより様子を伺っていてちょっと不安そうな声だ。いつもはきはきとしているからこそ分かりやすい。
「ううん、正解!今日は学校探検がしたいのです!」
「え?なんで?」
「だってだって、最初にちょろっとクラスで学校見学したけど全部じゃないぢゃん?それにこのガッコ、部室棟とか旧校舎とかあるぢゃん!行ってみたくない?」
この学校は普通科の他に、情報科、外国語科と大まかに3つの科があり、その中でもさらに2,3個の科に分かれているので校舎自体がかなり大きいのだ。正直普通科で行くところは限られているし、全体を見たことはない。
「てか旧校舎って立ち入り禁止じゃなかった?」
「一階部分はまだ部活の物置として使ってるから、入ること自体はできるよ。入っちゃいけないってのは二階以降の話」
「………その二階以降に行きたいってわけじゃないよね?」
「…………てへ」
「やっぱり……」
そういうことだと思った。
大方旧校舎のことを他の人から聞いたから、行ってみたくなったのだろう。好奇心旺盛なのは、話していくうちによくわかった。
あの日のことも、ただの好奇心だったんだろうと思うようにしている。だって、あり得ないし、奈奈さんが私のことを…………
「こまっちー?おーい、こまっちー?」
「うえ!?あ、な、何?」
「よかったー。急にぼーっとしたから、大丈夫?」
「あ、ご、ごめん、大丈夫」
あの時のことは今は考えないようにしよう!うん、そうしよう!奈奈さんとはただの友達だ。それでいい。それ以外、ないはずなんだ。
思考を旧校舎の方に戻そう。一階は人の出入りがあるから、ある程度人が入っても問題ないくらいかたづいてはいるだろうが、二階以降生徒は入らないからあれている可能性が高い。行くとしても、先生や見回りの人くらいだろう。それに見つかったらお説教確実だろうな。
「で、旧校舎だっけ?危なくない?」
「大丈夫!懐中電灯も持ってきたし、ジャージ履いてけばダイジョブっしょ!」
「先生に見つかったら?」
「そん時はそん時で、全力で逃げる!」
ぐっと親指を立ててきたけど、何も安心できない。懐中電灯以外は無計画もいいとこだ。
「ねえ~こまっち~おねが~い」
「ぐっ……ダメ、です」
今回ばかりは同意しかねる。そんなおねだり声出しても、今回は駄目です!
そう思い横を向いて突っぱねていると、不意に机の上に置いていた手を握られる。
ん、手を………?
「ぴゃっ!?」
「かわっじゃなくて、本当にダメ?」
「う〰〰〰」
小さく唸りながら、奈奈ちゃんの顔をちらっと見てしまったのが運の尽き。
「わかりました!わかりましたから!」
「一緒に行ってくれるの?」
「行くから!手をスリスリしない!」
「わーい!」
あの顔見たら誰が断れようか、否無理。
「じゃあ、レッツ探検!」
「……おー」
来てしまった旧校舎。因みに今は制服のスカートの下にジャージ、上はブレザーを脱いでジャージを羽織っているという格好だ。スカートをはいたままなのは、すぐに着替えられるようにするためだ。
旧校舎という割にそこまで老朽化しているわけではなく、建物自体は普通に使っても問題はないくらいだ。ただ科を増やすときに建て増しするならと、普通科も入れた新校舎を建てたからこちらを使う必要がなくなったという経緯らしい。うちの学校は私立でなかなかにお金があるから、こういうことが出来たらしい。ソースは保護者会の噂話だから、本当かどうかは知らない。
「じゃあ、一階から見て行こうか」
「部活してる人たちの邪魔にならない?」
「だいじょぶだいじょぶ。部活終わるまでこっちには来ないから」
奈奈ちゃんはそういい、旧校舎の中に入っていってしまったので慌てて後を追いかける。
中は人が出入りしているのが分かる程度に、廊下は土で汚れていた。
「結構汚れてるね」
「主に運動部が使ってて、皆土足でズカズカ入ってくかんねー。あ、そこ荷物」
「おっと」
そういうことならばと、私たちもそのまま外靴で廊下を歩く。
一階は物置として使っているという言葉通り、野球部が使うボールやらトンボやらが無造作に置かれていた。他にもテニスやサッカーなどの外の部活、それ以外は演劇部の過去に使ったであろう物やらとにかく色々あった。
「さて、一階は見たしお待ちかねの二階だね」
「本当に行くの?」
「何々、怖くなっちゃった?」
「そうじゃないけど……」
私たちは今、二階に続く階段の前にいるんだけどそこにはロープが張られていて、入るなっていう雰囲気をひしひしと感じている。
「冒険だよ?こまっち、ここで引き下がれば女がすたる!」
「いやそこは男じゃ「細かいことはいーから!さ、行ってみよー!」あー」
奈奈さんに手を引っ張られて、渋々ロープをくぐり階段を上っていく。
あーなんか悪いことしてるよー。でも、不思議とそこまでの罪悪感がない。やっぱり二人一緒だからか。なんだかんだ興味はあったから、今はそっちの方が勝っているからなのか。恐らく両方だろう。
「んー、やっぱりちょっと埃っぽいね」
「そうですね」
二階は人がほとんど入らないから、埃っぽいけど思ったほどではなかった。もっとこうぶわっとくるのかなと思っていたので、正直拍子抜けだ。
「意外と明るい。懐中電灯、要らなかったな~」
「まあ、普通に窓あるしまだ外も明るいし」
「うーなんかガッカリ~。いや、まだなんかあるかもしれない!とりあえず一つずつ教室確認していこう!」
「はいはい」
一瞬でころころと表情が変わって、奈奈さんは面白いな~。
一つ目の教室は以前学級として使われていたのか、見事に机と椅子しかなかった。うん、まあそれが普通なんだけどね。
全部の教室を見たけど、特に変わったことはなく二階は学級として使われいたところばかりだとわかった。
「机の中も漁ったのに何もないとか……」
「まあ、旧校舎なんてそんなもんでしょ」
「いーや!うちは諦めないよ!このまま三階、行ってみよー!」
「ええ?まだ行くの?」
「トーゼン!なんたって探・検、だからね!」
しょうがない、乗り掛かった舟だ。最後までお供しますよっと。
三階も二階同様埃っぽさはあるが、むせるほどではない。やっぱり誰かが定期的に換気とかはしているのだろう。
「さーて、まずはここだよ」
「ここは、理科室?」
一つ一つのテーブルにガスバーナー用のコックが付いている。椅子も背もたれがない、特別教室とかで見るタイプの椅子だ。
「おお~、なんかよくわからない薬品がいっぱい」
「むやみに触らないように。もしも、中身が残ってたら大変だからね」
「はーい」
奈奈さんは好奇心旺盛だけど、頭はいい方なので本当にヤバいことはやらない。そこに理解がある分、こうやって分かれて探索しても問題ない。
「あ、こまっちこまっち、見て見て」
「ん、どうし……って人体模型じゃん」
「やっぱりあるんだねー。授業で一回も使ったことないけど」
「確かに」
授業で使わないのに、必ずと言っていいほどあるよね。
その人体模型は埃だらけだし、所々壊れていた。うん、普段見ているやつより不気味に見えるね。だからよく七不思議とかで使われるんだよ。
しばらく理科室を物色していると、廊下からコツコツと靴の音が聞こえてきた。
「なんか靴の音聞こえる」
「え、マジ!?」
「ん、そこに誰かいるのかー?」
奈奈さんが大声を出したせいで、靴音の人物に気づかれてしまった。
しかもあの声、教育指導の小林先生だ!見つかったら長々お説教コースは確定事項、それだけは避けたい!
「奈奈さん、声おっきいッ」
「ごめん。でもあの声コバ先?は、早く隠れよッ」
「でもどこに……」
「ロッカー……は万が一閉じ込められたら危ないから、あそこの教卓」
奈奈さんが指さしたのは黒板前の教卓、幸い下の方まで板がありのぞき込まれない限り見つかることはない。
速足で教卓の前まで来たけど、結構狭くね?
「これ、二人で入れる?」
「ここは立ち入り禁止だぞー?出てくるなら今のうちだぞー」
「ヤバッ近くまで来てるから早くッ」
「いや、でも」
「あーもう、こっちッ」
「わっ」
奈奈さんに思いっきり手を引っ張られて、彼女の上に倒れこむ形で教卓の下に隠れる。と同時に、教卓の反対側のドアが開けられる音がした。
てか顔ちかっ!美人!
「誰もいない…………」
教室を歩き回っている音が聞こえる。二人で息をひそめる。
心臓の音が嫌に大きく聞こえる。その鼓動が見つかるかもしれないからなのか、奈奈さんと体を密着させているからなのかはわからない。
ちょうど教卓の前で足音が止まった。板越しに声が聞こえる。
「っかしいなー。外の声と聞き間違えたか?俺疲れてんのかな?今日はとっとと見回り済ませて、早めに帰るかー」
そのまま教卓側のドアから、小林先生が出ていく音が聞こえ、その足音が遠ざかるまで一切しゃべらなかった。
「いった、かな?」
「足音聞こえないし、もう大丈夫だと思う」
「よかったー」
正直生きた心地がしなかった。
安心したのもつかの間、今の体勢を改めて見直す。
こ、この体制は……ッ!
ガン!
「った~!」
「こまっち!?大丈夫!?」
「だ、だいじょばないです」
驚いて飛び上がったせいで、教卓の引き出し?っぽい部分にしたたかに頭をぶつけた。
痛いのは痛いけど、それよりも私が奈奈さんの上に乗っかっているこの状況の方が大丈夫じゃないです。
「ええ!?ちょっと頭見せて!」
「うわっぷ」
「…………………よかったー。たんこぶにはなってないみたい」
さらに状況が悪化しました。
奈奈さんが私の頭を見るために、私の頭を彼女が見える位置までぐいっとつかんで抱き寄せられたんです。だから、そのですね、必然的に私の顔は彼女の胸に押し付けられているのですよ。服とブラ越しでも柔らか……じゃなくて!もう頭が追い付いかないよ!?痛みなんてとうに吹っ飛んだよ!
てか長くない?奈奈さん、もう確認終わったよね?このままだと酸欠で死んじゃうよ?おっぱい押し付けられたまま死んじゃうよ!?男子ども、うらやましいかーとか考えてる場合じゃないよ!?
「ん〰〰〰〰!」
「ああ、ごめんねこまっち!苦しかったよね!」
「ぜーはーぜーはー……も、問題ない、です」
問題ありまくりです、すみません。
奈奈さんが手を緩めてくれたので、とりあえずおっぱい酸欠死は免れました。この名称、字面がひどいな。
てか、まだ頭から手を放してくれないのはなんでですかね?
「あの、奈奈さん?」
「ん~?」
「もう大丈夫だから、ここから出よう?」
「ん~?」
いや、ん~?じゃないです。
奈奈さんが私の頭から手を放してくれないので、顔が近いままなのですよ。さっきから心臓がバックンバックンって普段聞かない音してんですよ。え、私このまま死にます?
「こまっちさ、最近うちの目見てくんないよね」
「え?」
「最初は目合わせてくれたのに、なんで?」
なんでって言われても、あの放課後の時から変に意識してしまってなるべく目を見ないようにしてただけだ。
「言ってくれるまで手、放さないよ?」
「…………言っても、引かない?」
「うん」
このままだと本当に返してくれなさそうな雰囲気を感じたので、観念して話すことにした。
「あの放課後の時から、妙に意識しちゃって……目合わせると、顔熱くなっちゃうから。普通にしゃべれなくっちゃうから……」
「…………」
反応が何もない。ああ、これは本当にやってしまったな。
「ご、ごめんね。気持ち悪いよね、こんな「こまっち」の……」
「こまっち」
「……っ!」
奈奈さんの手が頭からほっぺに移って、無理やり顔を合わせられる。久しぶりに合わせた目は、少し潤んでいた。
「気持ち悪くないよ。嬉しい」
「え、何で……?」
だって私、これじゃ奈奈さんのこと、好きみたいじゃん。
それに意識してくれるのが嬉しいって、それじゃ奈奈さんが——————————————
「やっと気づいてくれた?」
「へ……?」
「もー、うちが何回アピったと思ってんの?」
「え?え?」
「だから、うちは小鞠が大好きってこと。恋愛的な意味で」
ぶわっと全身が熱くなる。
もう耳なんて尋常じゃないくらい真っ赤なんだろうなって分かるくらい。
「こまっちは?」
「わ、たし、は………」
答えはもう出ているはずなのに、その言葉が出てこない。
こんなところで陰キャ発動してる場合じゃないのに、”好き”の一言が言えない。
「今じゃなくてもいいよ。こまっちの答えが出るまで、待つから」
「あ…………」
さっきまで頑なに放してくれなかった手を簡単にほどいて、私を先に教卓の外に出してから自分も立ち上がる。
手を放すときに見た奈奈さんは、泣いてるとも笑っているとも取れるようなよくわからない顔をしていた。
「さ、そろそろバスの時間だよ。いこ?」
「あ、うん」
奈奈さんが何事もなかったかのように帰りを促してきたので、私は放心状態でから返事をして言われるがまま後ろについていく。荷物が置いてある教室に帰るまで、何も会話がなかったのが地味につらかった。
「お、着替え終わったらちょうどいい時間だね」
「そう、だね」
その日はそのままいつも通りバスに乗り、いつも通り家に帰った。
バスの中では普段の他愛ない会話をしたけど、内容はほとんど覚えていない。
「ただいま~」
家に着くとすぐに自分の部屋に行って、ベッドに倒れこむ。
今日のことを思い出すと、恥ずかしいやら情けないやらで感情が大渋滞だ。
奈奈さんが私のことを好きだって?本当に?でも…………
嘘じゃないのかって思ってしまうけど、あの顔は嘘をついているようには見えなかった。見たことないくらい真剣だった。それに、ちょっと泣いてた。
あれは何の涙だったんだろう。
「あーもう!」
うだうだ悩んでいる自分が嫌になる。
何度考えたって答えは同じ。
私は、奈奈さんが好きだ。それも、普通は異性に抱くようなほうの好き。
自分の感情の答えは出た。あとは伝えるだけ、それが一番難しい。
そういえば、もうすぐバレンタインか。
イベントにかこつけて告白する人の気持ちが分かったよ。
この時ばかりは陰キャは捨てて、勇気を出そう。このリア充爆発イベントに、今だけは乗っかろう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
やっと小鞠が自覚しました。すぐに続編をあげる予定なので、そちらもよろしくお願いします。