1話 やまと誕生
桐島内閣による次世代多目的汎用護衛艦の計画が始まって1年半が過ぎた。
この新型護衛艦の建造は周辺諸国、特に中国や韓国からの反発を招く恐れがあったことから、極秘裏に進められていた。
かつて世界最大の戦艦大和を建造した広島のJMU呉造船所にて、ついにその船は起工された。
巨大な船体は徐々にその姿を現し、計画の始動から3年が過ぎた頃、ついに進水式が執り行われた。
極秘裏に建造が進められたとはいえ、政府の防衛白書に新型護衛艦の建造に関する内容が書いてあったこと、防衛費が建造開始した年に大きく上昇していたことから、一部国民は政府が何かとんでもないことを進めていると噂が流れていた。
進水式当日
JMU呉造船所には多くの報道陣と海自関係者、抽選に当選した一般参観者が集まっていた。人々はドック内に入って衝撃を受ける。
高い屋根に覆われ、今までその全貌が明らかになっていなかったその怪物が遂に姿を現したからだ。
その船は優に護衛艦いずもを超える全長を持っており、天高く聳える艦橋はまるで戦前の日本海軍の戦艦が蘇ったような姿をしていた。
式典が始まり、ついに艦名の発表の時が来た。
普通の護衛艦では、防衛大臣が艦名を宣言するが、今回壇上に上がったのは、桐島首相その人であった。
桐島首相は壇上に登り、集まった人々を見てこの名を口にすることに少し躊躇いを覚えた。
必ずこの名前をつけると計画が始まったときから決めていたのに
それでもいざ発表という時になるとその名が持つ重みにたじろいでしまったのだ。
しかし、一呼吸おいて、ついに発表する
本艦を 「 やまと 」と命名する!
会場は一瞬静寂につつまれ、その後大きな驚きの声と歓声に包まれた。
これまで絶対に使われてこなかった旧海軍の戦艦の名であり、日本の古い称号である やまと という名前がつけられたことは、この船がいかに重要な船であるかを示しており、また、日本がこれまでとは違う新たな一歩を踏み出したことの象徴でもあった。
その後、桐島首相によって支綱が切断され、響き渡る軍艦マーチとともに、新型護衛艦やまとは遂に公に公開された。
やまとの復活は国内外に大きな衝撃を持って受け取られ、周辺諸国からは次々と非難の声が上がり、一部国家は日本軍国主義の復活だとの声も上がった。
しかし、国民は比較的好意的な反応を示し、桐島首相は定例記者会見でやまとについて説明を求められた際、「やまとは新たな日本の象徴です。しかし、この艦は決して侵略や大日本帝国への回帰ではありません。この艦は平和と希望そして、真の独立国家日本の象徴となるでしょう」と述べ、会見を締め括った。
進水式の1年後には艦装工事が完了し、やまとは海上自衛隊に引き渡された。
こうして新たな時代がはじまる。