天使の天知
ここは天界第“4億4440万とんで33”天使学校。
来年度卒業を迎える天使学校2年77組の天知も多分に漏れず愛のキューピッドになる夢を持っていた――
「はーい、皆さーん!今からプリントを配りまーす!」
授業の終盤、余った時間を見計らった担任の先生から配られたのは「進路希望」の用紙。
「3つ進路希望を書く欄がありまーす!親御さんとも相談して来週の月曜日に提出して下さーい!」
(フーン、進路希望ね。まぁ、私は…っと!)
すでに愛のキューピットになると心に決めている天知は先生の言葉など話半分で、自信満々にササッと3つの欄を書き埋めた。
キーンコーンカーンと放課後のチャイムが鳴り、皆が帰り出す中、少し離れた席からテケテケと小走りで可愛らしい生徒が天知に近づいてくる。
「天知ちゃ~ん!進路希望なんて書いたの~?」
思わずお持ち帰りしたくなる様な声で話しかけてきたのは同じクラスのセイラ。
天使学校の入試で迷子になっていた天知を助け、入学式で再会してから大の親友である。
進路用紙をすぐに書き上げていた私を見ていたようで、話しかけてきた。
「あ、セーラちゃん。見てた??」
そう天知に問われたセイラは、こめかみを 片方の“使徒“差し指で軽く掻きながら少し申し訳なさそうに小さい舌を出して頷いた。
そんなセイラに、フッとドヤ顔で3つとも “愛のキューピッド”と書かれたプリントを見せつける。
「わ~、やっぱり凄い天知ちゃん!勉強も出来るし弓のテストだっていつもトップだもんね~。絶対なれるよ、愛のキューピット!」
「いやいや~、勉強の方はいつもセーラちゃんに色々助けてもらってるからなんとかなってるだけよ。」
セイラのナチュラルな太鼓持ちに謙遜しつつも天知の顔が緩む。
「セーラちゃんは進路希望どうするの?」
「う~ん、1つは前から憧れてる“異世界作家”にしようと思ってるの――」
異世界は天界や地獄など他界隈の住民にとって、下界のドラマや映画の様な感覚で親しまれている。異世界作家は、その異世界の創造神の事であり、言わば小説家・脚本家みたいなものである。
「へぇ~異世界作家ねぇ~いいじゃない!」
「でも、あと2つの項目をどうしようかなぁ…?」
「あ!じゃあ、セーラちゃんも愛のキューピットって書けば?」
「ダメダメ〜私は弓が全然だから〜。授業でも私が弓を撃つと何故か必ず的が消滅しちゃうんだもん。」
「そっか…ハハハ」
(確かにセーラちゃん弓の正確だけど、愛のキューピットになったら対象が貫かれて木っ端微塵ね…。進路希望に書いたら先生も必死で止めるわな。)
「まぁでも、他になりたいもの無いんでしょ?あまり神経質にならず私みたいに3つとも同じの書けばいいじゃない?」
「まぁ、そうだけど…大丈夫かなぁ??」
天知とセイラが他愛のない進路の話していると、廊下の方でなにやらザワザワしだした。
「天知さんッッ!!」
そのざわつきの原因は天知の教室の入口に立ち、隣の教室の者までもが振り向きそうな程の大声をあげると、教室に残っていた他の生徒を退けズカズカと天知とセイラの方に向かってきた。
いかにも金髪お嬢様な風貌の天界第4億4440万とんで33天使学校の“傲慢生徒会長”のミカである。
それと一応生徒でもあるミカのメイドの双子。
淡黄色の髪をした方が姉のアズで、紫と緑色の髪の方が妹のメタだ。
「天知さんッッッ!!!」
座っている天知の席の前に立ち、見下しながら目の前で再び大声で名を呼んだ。
「うるっさいっ!聞こえてるわよ!何の様よ!?」
「「何の様よ!?」じゃありませんわっ!この間のテストの結果ですわっ!」
何やらこの高飛車は最近あった前期テストの結果に不満があるらしい。
ミカとセイラは毎回総合1位を競う程に頭が良い。
そんなセイラに教わっている天知も徐々に成績が上がっていき、この間の前期テストで初めてセイラと天知のワンツーフィニッシュを飾ったのだった。
それに次いで生徒会長ミカは3位でプライドが傷ついたようだ。
「セイラさん!アナタとは毎回凌ぎを削っているので実力は認めていますが…天知さんっ!!足元にも及ばなかったアナタがワタクシを差し置いて2位を取ったという事がどうしても腑に落ちませんわ。」
(なるほど、負け惜しみか…)
「アナタ達が普段から行動を共にしているのは存じております。故に、天知さん!!アナタがセイラさんへカンニングを強要したのではありませんこと?」
ただの負け惜しみを言いに来たと思いきや、とんだ疑惑を吹っ掛けてこられて天知は開いた口が塞がらなかった。
「バカじゃないの!?どーやったらこの席からあんな離れたセーラちゃんの席の解答をカンニングできんのよっ!あんた、素直に自分の負けを認ることが出来ないわけ!?」
「バっババ…バカですって!?アナタのようなちんちくりんに言われたくありませんわっ!!」
セイラは二者間に散る火花に、はわわと狼狽えてることしかできない。
取り巻きのアズとメタはミカの両端で何をするでも無く、姿勢良くただ突っ立っているだけである。
しばらく互いに睨み合っていたが、ミカの眉間に皺が寄った目は、ふと天知から逸れて机の上にある天知の進路希望のプリントに気づいた。
ミカは勝手にそのプリントを手に取り目を通すと、今度はプルプルと震えだし不敵な笑みを浮かべた。
「フ…フゥン、アナタも愛のキューピット希望ですのね…。」
「そーよ!なんか文句ある!?」
「大ありですわっ!!!!」
天知が喧嘩腰の言葉に負けじと、矢継ぎ早に机に右掌を突いて、また大声を張り上げた。
すると、双子のアズの方が動き出した。
チョンチョンとミカの背中をつつき、そしてメタが初めて言葉を発する。
「「お嬢様、時間です。」とお姉さまが言っております。」
「あら、そう。」
ミカは急に熱が冷めたかの様に正気に戻り、フンッと天知に背を向けた。
あまりのスイッチの変わり様に天知とセイラは呆然とする。
「ちょ、ちょっとなんなのよ!?」
天知の呼び止めにミカと双子は一切反応せず、何事も無かったかのように教室をあとにする――と、思いきや教室の出口でミカが立ち止まった。
「天知さん、セイラさん、今回は見逃してあげますわ。しかし、次からはどんな事があろうともワタクシが1位の座を頂きますわ。」
「「お嬢様の心は寛大」とお姉さまが言っております。」
「オーホッホ、それでは行きますわよ。アズ、メタ。」
嵐が過ぎ去った後のように教室がシーンと静まりきった教室にアズとメタは深々とお辞儀をして去っていった。
「二度と来るなぁぁあ!!!!!!!」
天知の声は校舎全体に響き渡った。
そのせいか不明だが生徒会室の窓ガラスだけヒビが入っていたという…。