後編
意外な結末をお楽しみください( ´ ▽ ` )ノ
――翌朝。
早朝からたたき起こされた私は、為されるがままにウェディングドレスを着せられ、あっという間に髪の毛まで整えられてしまった。
このジークリッド領でしか栽培されていないという鮮やかな赤色の小さな薔薇の花を髪に散らして、美しいレースのヴェールをかぶせられる。
「エレノア様、お綺麗ですよ。こちらは髪飾りと同じ薔薇の花のブーケです」
「うわぁ……! 可愛い!」
侍女から手渡されたブーケの花は、ストロベリーブロンドの私の髪色にとてもよく似合う。
これなら、黒髪のゼルマお姉様よりも私の方がよほど似合っているのではないだろうか。
私はブーケを顔に近付けると、薔薇の優しい香りを思い切り吸い込んだ。花の香りは人を笑顔にさせてくれる。私もいつの間にか笑顔になっていた。笑顔になって……笑顔に……
「……ちょっと待ってよ!」
ふと我に返り、私は座っていた椅子から立ち上がる。
あまりの薔薇の可愛らしさに、すっかり忘れるところだった。このままでは、すんなりユランと結婚させられてしまうではないか。
笑顔で和んでいる場合ではない。
「ユランはどこ?」
「お隣の部屋でお仕度中ですが」
「ごめんなさい。少し一人にしてくれる? 独身最後の考え事をしたいのだけど」
侍女たちは訝し気な顔をしながらも、私の部屋を出て行った。
誰もいなくなったことを確認した私は、ブーケを置いてクローゼットの前に立つ。
(ユランは兄からも追いやられ、クルーガ伯爵家でも嫌な思いをして、挙句の果てに大好きなお姉様にも逃げられたのよ。その上、好きでもない私と結婚しないといけないなんて、可哀そうすぎる)
クローゼットの扉をそっと開くと、壁の奥の穴から少し光がもれている。ユランの部屋のカーテンは開いているみたいだ。
私のいる側からの光がもれないように、私はクローゼットの内側から扉を閉めた。
ヴェールの上から鼻をつまみ、昨晩と同じようなしわがれた声を出す。
「ユラン・ジークリッドよ」
「……ひ、ひいっ! ご主人様! なんだか気味の悪い声が聞こえます!」
しまった。壁の向こう側にはユラン以外にも人がいたらしい。
私のしわしわ声を聞いた使用人たちが、大騒ぎを始めている。
クローゼットの扉を閉めて喋ったからか、昨日よりも声がこもって良い感じに恐怖感を煽る声色になってしまったようだ。
「大丈夫だ、君たちは少し下がっていてくれないか」
「ご主人様! でも幽霊が、幽霊がっ!」
「幽霊ではない、聞き間違いだろう。少し一人にしてくれないか」
「……ご主人様……大丈夫でしょうか?」
ユランのことを心配するような台詞を言いながらも、使用人たちはそそくさと廊下に出て行ったようだ。壁の向こう側で扉が閉まるバタンという音が響いた後、物音や人の声はすっかり止んだ。
「魔法の鏡よ、大変失礼をした。人払いをしたから、話を続けてくれ」
「……どうも。もう時間がないから手短に。今すぐに結婚式を取りやめなさい。わざわざ嫌いな人と結婚する必要、ないでしょ? 貴方にも幸せになる権利がありますよ」
「…………」
「貴方は幼い頃、体が弱かったはずです。好いてもない相手と一緒にいたら、また体を壊します。あの頃は大変だったんだから。熱は出すし何日も寝込むし」
「さすが魔法の鏡。私の幼い頃までよくご存知なのだな。しかし貴女は少々勘違いをなさっているようだ」
勘違い、とはなんだろう。
結婚式までもう時間がない。早くユランを止めなければいけないこの状況で、回りくどい言葉遊びをしている時間など残されていない。
「私は魔法の鏡ですよ。何でもお見通しです。勘違いなどではありません!」
「幼い頃と言えば、私が熱を出す度にこっそり私を訪ねてきて、看病をしてくれたご令嬢がいた。しかしその時は彼女に素直に礼を伝えることもできなかった」
「ご令嬢……? 看病?」
「私が素直に自分の気持ちを伝えないどころか、私の置かれた境遇から彼女に冷たく接してしまった。その挙句に、こんな辺境の地まで呼び寄せてしまったんだ。全ては私の我儘だ。彼女が私のことを嫌っていることを重々承知していたのに」
「えと、じゃあ『好いてもない人』と結婚するというのは、ユランではなくて私の方って言う意味?」
「……私?」
おっと、どうしよう。口が滑ってしまった。
私は昨日のようにゴホンと咳払いで誤魔化すと、もう一度鼻をつまむ。
「ユラン・ジークリッドよ。とりあえず結婚式はちょっと延期したらどうかな」
壁の向こうからの返答はない。
「ユラン?」
……。
「ユラン・ジークリッド!!」
私が壁に向かって大声を出したその時、私の背後、クローゼットの扉の向こうでカチャッという音がした。
誰かが私の部屋の扉を開けたようだ。
(うわっ! クローゼットの中から突然ウェディングドレスの新婦が出てきたら、大声出して驚かれちゃう。どうしよう……)
私は自分の口に手をあてて、その場で足を抱え込んで縮こまった。
扉の向こうで、コツコツという足音が響く。
両開きの扉の隙間から漏れていた部屋の光が、何者かの人影で遮られた。
そしてしばしの沈黙の後、クローゼットの扉がギイっと開かれる。
「……エレノア?」
「うわっ!」
逆光で顔は見えないけれど、間違いなくユランの声だ。
ユランはクローゼットに入って来て、何も言わずに私のもたれかかる壁に手をついた。ギシッという音がしてユランの部屋の鏡が押され、壁の向こう側の光がユランの顔を照らす。
「そういうことか」
「ごめんなさい。ユランが私のこと大っ嫌いなのに結婚する羽目になったのかと思って、どうにか穏便に結婚を白紙にできないかと……」
「誰がエレノアのことを嫌いだと?」
「ユランが……でしょ?」
ユランは座り込む私を見下ろして、はあっとため息をつく。
そして私に手を差し出すと、ウェディングドレスが崩れないように慎重に、クローゼットの外に手を引いて行く。
先ほどブーケを置いたテーブルの横の椅子に私を座らせ、ユランもその隣に座った。
「ドレスも薔薇も、よく似合っている」
「あ、ありがとう。実は自分でもそう思ってたの」
「エレノアは勘違いしていたようだが、私が君のことを好いていないというのは誤解だ。君の方が私のことを嫌っているのだと言ったんだ。おかしな話を聞かせてしまいすまなかった」
「ううん、私が勝手にクローゼットに入って、あんなバカな真似をしたんだもの。ごめんなさい……」
初めはほんの出来心だった。
でも、私の言ったことは本心だ。
これまで何年も我慢してきたユランには、幸せになる権利がある。
ゼルマお姉様が改心してユランの元に戻って来てくれることはないだろう。でもユランは前途有望で若くて素敵で魅力的な人だ。辺境とは言え王国にとって重要な領地を任されて、国王陛下からの信頼も得ている。
きっとユランにふさわしい女性は他にいくらでもいる。
八年間も側にいながら女として興味すら持ってもらえなかった私と結婚したんじゃ、ユランは一生恋も愛も知らないまま人生を送ることになってしまうじゃないか。そんなの可哀そうだ。
「ユランがずっと、誰よりも努力してきたのを私は知ってる。体を強くしようと鍛えていたし、お勉強だって必死でこなしてたわよね。養子に出されて酷い目にあったくせに、お兄様の領地経営を助けられないかって頭を悩ませたこともあった。貴方はそんな優しい人だから、今度こそ絶対に幸せにならないと駄目なのよ」
「私が幸せになったら、君が不幸になる」
「……ユラン、何を言ってるの?」
いつの間にか私のヴェールを上げて、ユランは私の目を真っすぐに見ていた。八年前に出会ってから、こんなにしっかりと目が合ったのは初めてかもしれない。いつもユランは無表情で、私と目があうとすぐに逸らしていたから。
「好いてもいない相手と共に過ごすと体を壊すと言ったのは、魔法の鏡を装った君だ」
「それは! せっかく虚弱体質を克服したユランが、私と一緒にいたら辛いだろうと思って言ったのよ」
「私は君と一緒にいたいと思っている。心から」
目が点になるというのは、今のこの状況のことを言うのだろう。
ユランはゼルマお姉様とずっと婚約していて、お姉様のことを愛していたのでは?
お姉様の姿が私の頭の中をぐるぐると回る。しかし、ユランの真っすぐな視線には一切の迷いがなかった。
初めてこんなに間近で見る深いグリーンの瞳は、まるで私を包み込むような優しさに満ちている。
「ユラン、まさかとは思うけど……もしやお姉様ではなく私に乗り換えたってこと?」
「乗り換えたとはまた酷い言い方だな。私は初めからずっと、ゼルマではなくエレノアのことを想っていたよ」
ユランは悲しいのか嬉しいのかよく分からない微妙な表情で、片方の口元を上げた。
姉から私に気持ちが移ったのではなく、幼い頃から私のことが好きだったというのか。私はユランの言葉をにわかに理解できず、目を瞬いた。
「……それは、気が付かなかった」
「もし君が私の気持ちに気付いたとしたら、私を今よりももっと遠ざけただろうね。私は君の姉の婚約者だったのだから」
確かに、もしユランが想いを寄せてくれていたことに私が気付いたならば、きっとユランとは顔を合わせないようにしただろう。ユランはそれが嫌で、わざと私に興味がなさそうなフリをして冷たく接していたのかもしれない。
私の知らないところで、ずっとユランは私の立場も気持ちも尊重してくれていたんだ。
「ねえ、他に私の知らないことはない? もう本当のことを全部言ってくれた?」
「ああ……あとは、ゼルマのこともそうかな。君はゼルマの本当の気持ちを知らないままだろう」
「お姉様の本当の気持ち?」
ユランはクルーガ伯爵家に養子として迎えられ、後継として育てられていた。幼い頃に兄に追い出されたユランは養父母である伯爵夫妻に逆らえる立場ではなかった。伯爵夫妻の命じる通り、ゼルマお姉様と政略結婚するつもりでいた。
クルーガ伯爵家に弟が生まれ、ゼルマお姉様がお祝いに訪れた日のこと。
お姉様は迎えに出て来たユランに一言、こう言ったそうだ。
『これで伯爵家の呪縛から解き放たれたわね。婚約破棄してあげる』
「……ゼルマは、私のエレノアへの気持ちに薄々気付いていたんだろう」
「そうなんだ。お姉様とユランの間でそんなことがあったのね」
「ゼルマは元々、政略結婚には辟易していた。外国で学びたいことがたくさんあったようだ。今は隣国で充実した日々を送っていると手紙に書いてあったよ」
「ふうん……そうなんだ」
何だか狐につままれたような気持ちになって、私は眉をひそめる。
つまり、だ。
ユランとお姉様は初めから愛し合う仲ではなかったのだ。クルーガ伯爵家に実子が生まれたことをきっかけに、お互いにすっきりと婚約解消となった。
それでユランは私と結婚することになったのに、今度は私が結婚を望んでいないのではと心配になったのだろう。
それでわざわざあんな胡散臭い魔法の鏡を買って、恋愛相談を持ち掛けた……というわけだ。
いくら「鏡よ鏡」なんて問いかけても、うんともすんとも言わない偽物を掴まされるなんて。案外ユランも兄のアンゼルムに似ているところがあるんじゃないだろうか。
「これは前途多難ね。ジークリッド領の財政を立て直すのに、ユラン一人では無理だと思う」
「エレノア?」
「私が魔法の鏡になりすましていたことだって、気付いてなかったじゃない。何だかユランって、意外と頼りなくて放っておけないタイプなのね。私で良ければ協力するわ」
「それでは、君は私と共に……」
「私だってユランが嫌じゃなければ、結婚するのは別に……全然大丈夫だし」
「エレノア! ありがとう。一生をかけて君を大切にする」
ユランの笑顔を見たのなんて、それこそいつのことだっただろう。
私がこんなに髪を飾り立てていなかったら、そのまま押し倒されたんじゃなかろうかという程に、ユランは力いっぱい私を抱き締めた。
それから私たちは何となく式場に向かい、何となく永遠の愛を誓い、そして神の前で夫婦となった。幼馴染同士だからお互いのことは知り尽くしているし、息もぴったり。全てが滞りなく、穏やかに終わった。
幼馴染との結婚なんて、こんなものなのかもしれない。
情熱的で甘い愛の言葉なんてなくたって、ユランの側にいれば心穏やかに暮らせる気がする。彼は私のことを昔から想ってくれていたようだし、私だって本当のことを言えばユランのことがずっと好きだった。
悔しいから、彼には言わないけど。
◇
結婚式から数か月後、馬車で商談に出かけるユランを屋敷の外まで見送りに出た朝、私はふと思い出してユランに尋ねた。
「ねえ、ユラン。そう言えばあの魔法の鏡はどこで買ったの? あんな偽物を売りつける商人なんてロクな人じゃないわよ」
「ああ……あの鏡のことか。あれは魔法の鏡なんかじゃない。ごく普通の壁掛け用の鏡だよ」
「え? どういうこと……?」
ユランは私の顔を見下ろして、イタズラっ子のようにニヤリと笑う。
そしてそのまま馬車に乗り込み、私に向かって手を振った。
「何? まさか、ユラン! 待ってよ!」
私の言葉を無視して、馬車はさっさと屋敷を離れていく。
どういうことだろう。あの鏡は魔法の鏡じゃなかった。
つまりユランはあの日、あえて私に聞こえるように何の変哲もない普通の鏡に話しかけていたと言うこと? それが魔法の鏡であると、私に思い込ませようとして?
「ええっ?! ちょっと待ってよ!」
一体どこまでが本当で、どこからが彼の小芝居だったんだろう。
わざと壁に穴を開けて私に魔法の鏡のフリをさせ、私の本心を聞き出そうとしたのだろうか。
もしそうならば、私はまんまと彼の策にハマってしまったことになる。
ユランのことを頼りなくて放っておけない人だと思ったのに、むしろ私の方が彼の手のひらで転がされていただけだった。
意外と腹黒だった、私の大切な旦那様。
ユランと私の結婚生活は、私が想像していたよりもずっとずっと、波乱万丈なのかもしれない。
(おわり)
楽しんで頂けましたでしょうか(^^)/
意外な結末にしてみたつもりです。
楽しんで頂けたら、★評価もお願いいたします!
最後までありがとうございました!




