カシノクスリと眠り姫
「愛してる、リリー」
「私も愛しています、王弟殿下」
誰の目から見ても愛し合う幸せなカップル。それはそれは幸せな光景。邪魔者は、私の方なのだ。
そっと二人の逢瀬を覗き見しては絶望するのはもう辞める。私は今日、死ぬ。
仮死状態になる薬を飲んで、眠りにつく。王弟殿下は婚約者の最期にすら寄り添ってくれないだろうけれど、それでいい。目が覚めたら棺の中、土魔法を駆使して土葬された墓から抜け出せば私は晴れて自由の身。ああ、眠い…起きたら、私は…今度こそ幸せに…。
「アルトリアが死んだ?」
「服毒自殺されたそうですよ」
「…一体なぜ。彼女に死ぬ理由なんてないはずだ。彼女はなにもかも持っている。金も権力も全て」
「それを貴方が言いますか…」
腹心の部下が、僕を睨みつけた。
「あれだけ盛大に浮気を見せつけていれば、いくら強く美しいアルトリア様でも病みますよ。貴方のせいで一人の女性が死んだのです」
「…私のせいではない。彼女が勝手に早まっただけだ」
「貴方のせいです」
腹心の部下は、退職届を僕に叩きつけた。
「最近の貴方はおかしい。私の言葉にすら耳を傾けずあの少女を盲信している。もう、私の敬愛する王弟殿下は死んだものだと思うことにします。貴方のもとではやっていけない。さようなら」
僕はこの日、強い後ろ盾をくれるはずだった婚約者と、腹心の部下を一度に失った。
「さて、と。眠り姫。迎えに参りましたよ」
元主人に退職届を叩きつけたその日の晩、アルトリア様を迎えに来た。みんな彼女を死んだものだと思っているようだが、あのアルトリア様がそんな無駄死にするはずがない。どうせ偽装された死に決まっている。誰にも見られないよう細心の注意を払って、墓を暴く。そこには穏やかな眠りに…つくどころか目をこれでもかと開けて驚いたアルトリア様。やっぱり。
「バルテレミー…貴方が来るとは思わなかったわ」
「元主人には退職届と言う名の絶縁状を叩きつけて参りました」
「貴方、頭はいいのに一度決めたらはっちゃけるのよね…」
「…実家の者には事情は伏せて別れを告げてきました。私財だけを持ち出して来ています。裕福な平民風の服も着てきましたし、旅の準備はバッチリです」
「これは意地でも付いてくる気ね…まあいいわ。私も棺の中に飾られた宝石類は持っていくわ。貴方だけに負担は強いないから、安心なさい」
アルトリア様はそう言うと、棺から出て納められていた宝石類を根こそぎ収納魔法にしまい込み、収納魔法に入れてあった裕福な平民風の服に魔法で早着替えして金貨のたんまり入った財布を手に持って言った。
「さあ!そうと決まれば自由な旅生活の始まりよ!ついてくるなら好きにするのだわ!」
「貴女のお役に立つことをお約束致します。では参りましょう」
私はこの新しい主人と、新たな人生を始めた。とりあえず、まずは徒歩でここから近い隣国に移動。国境付近の墓で本当によかった。私は身分証はブローカーに用意させてあったので問題ない。アルトリア様も身分証を作ってあったようで、お互いやることは一緒だとにんまり笑った。
「アルトリア様が亡くなった…?」
「ああ、だからこれで大手を振ってリリーと結婚出来る」
待って。私は王弟殿下の〝愛人〟になりたかったのに。妻になりたいわけじゃない!
「で、でも…私には王弟殿下の妻になんてなる資格…」
「それなら、僕がリリーの実家に婿に入ればいい。男爵家にはリリーしか子供がいないだろう?」
そんなのこっちから願い下げよ!私が欲しいのは貴方の側で得られる〝金と権力〟なのに!
「そこまでしていただくのは…王弟殿下には輝かしい未来があるのに…」
「僕はリリーと一緒に居られることが幸せだ」
ああ、逃げられそうもない。どうしてこうなったの…夢の金持ち生活が、どんどん遠ざかるのを感じた。
「…で?」
「それで、とある国の王弟が男爵家に婿入りして伯爵家に爵位が上がったまではいいけどさあ…その王弟が溺愛していた嫁がとある公爵様と浮気したってんで大変だったらしい。腹を立てた王弟が刃傷沙汰を起こして、その処分をどうするかってんで国も大荒れよ」
「ふーん…つまらない話ね」
澄ました顔で聞くけど、王弟殿下やらかしたなーと内心呆れる。絶対絶対王弟殿下の話だもの、これ。
「バル。この街にも飽きたわ。そろそろ次に行きましょう」
「そうですね、アルト。ですが、酒場でも興味深い話があるものですね」
「とある国とやらはどうなるものかしらね」
「きっと、揉めに揉めることでしょうね。貴女を蔑ろにした国のことです。いい気味、ですね」
「…あら、私は旅する歌唄いよ?そんな話、知らないわ」
くすくすとバルが笑う。
「そうですね。では、旅するヴァイオリン奏者と新天地へ向かうとしましょうか」
「そうね、そうしましょう」
旅はまだまだ続く。私はもう自由。誰にも邪魔なんてされない。なんて幸せなんだろう。頼れる相棒と共に、今度は西へ進んでみよう。
バルテレミーの言う通りだった。リリーは清らかな少女などではなかった。数々の貴公子を毒牙にかける恐ろしい魔女。何故、僕はバルテレミーの言うことを素直に聞かなかったのか。何故、僕はアルトリアを大切にしなかったのか。牢の中で、僕はただ項垂れた。
「このままあと何日監禁されるのだろう。僕の処分はどうなるのだろう」
本来王弟が男爵家に婿入りするなんて、身分違いにも程があった。けれど、僕に甘い兄上におねだりして実現した。しかしリリーは公爵と浮気をして、僕は王弟とはいえ今の身分はもう伯爵でしかないのに公爵を襲った。兄上は僕を庇っているらしいが、厳しい処罰を求める声は大きいと聞く。今は、後悔ばかりが頭をよぎる。
「アルトリア…すまない。こんな男のために自死を選ばせてしまった…」
願わくば。アルトリアの自殺が何かの間違いで、実は彼女は幸せに暮らしていますように。
意味はないとわかっていても、願わずにはいられなかった。




