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イレーヌ・キルディス公爵令嬢(後編)

わたくしが王妃になるの。

わたくしがユリウス王太子殿下と結婚するの。

わたくし以上に王妃になるにふさわしい女性はいないわ。


だって、わたくしは…ユリウス様の事を愛しているのですもの。



イレーヌ・キルディス公爵令嬢は、幼い頃から神童と呼ばれ、とても優秀な令嬢だった。

キルディス公爵家の一人娘という事もあり、それはもう両親から可愛がられた。


そんなイレーヌが16歳の時に、ユリウス王太子殿下の婚約者候補に選ばれた。


初めての二人きりの茶会の時に、イレーヌはユリウス王太子に向かって、


「お久しぶりでございます。5年前に王家主催のお茶会でお会い致しましたね。」


ユリウス王太子はにこやかに、


「忘れはしない。あれから随分と美しくなったな。」


「ええ。あの時はまだ子供でしたもの。」


楽しく弾む会話。


ユリウス王太子は、


「このマリウス王国を共に発展させる為にふさわしい女性を妻にしたいと思っているのだ。私は国王になるのだから。」


「解りますわ。王妃になる女性は、優秀でなくてはなりません。わたくしを候補に選んで頂けて嬉しく思いますわ。」


他にも色々な話をした。政治の話…趣味の話…

そして思った。


マリウス王国の為に役立ちたい。

ユリウス王太子殿下と共に生きたいと。


それには同じく婚約者候補の選ばれたエルディア・コルテウス公爵令嬢が邪魔である。

王家の影に頼んで、殺してしまおうか…

キルディス公爵は王家の影を支配している。


いえ…そんなのは愚策だわ。

わたくしは必ず王妃になる。

でも…優秀な令嬢ならば、先行き、味方に出来ないかしら。


ユリウス王太子の心も掴み、自分のライバルをも味方につける。

それが未来の王妃にふさわしい、王妃としての器だわ。


「ユリウス王太子殿下。わたくしは…王妃になりとう存じます。」


「エルディアも同じことを言ってきたな。彼女はプライドも高く、野心も強い。」


「ええ…でも、まずはエルディア様とお友達になりますわ。わたくしとエルディア様を一緒に生徒会の仕事をさせていただけませんか?少しの間で良いのです。」


「敵を深く知りたいと言う訳だな。」


「いえ、お友達になりたいのですわ。先行き、彼女といがみ合いたくはないのです。わたくしは、王妃になれてもなれなくても、彼女と手を取り合って、このマリウス王国の為に尽くしたいと思います。」


「解った。イレーヌの手腕、特と見せて貰おうか。」




イレーヌは、エルディアと共に生徒会の仕事をしながら、彼女に向かって、


「わたくし、本当は貴方と争いたくはないわ。国の為に働けるのなら、わたくし、政に直に関わる仕事をしたいのよ。王妃様にならなくてもいいの。」


「でも、キルディス公爵が許さないでしょう。」


「ええ。ユリウス王太子殿下が駄目でしたら、他へ嫁がされることになるわ。わたくし、本当はエルディア様と争いたくないの。良いお友達になりたいのよ。」


イレーヌはわざと無邪気な風を装った。


エルディアはイレーヌを睨みつけてきた。


「わたくしの足を引っ張ろうと?わたくしは絶対にユリウス王太子殿下に選ばれてみせるわ。」


「引っ張ろうだなんて…エルディア様の方が、未来の王妃様にふさわしくてよ。わたくしなんてとてもとても。本当は綺麗な花を育てて、のんびり過ごしたい。」


「貴方、言っている事がめちゃくちゃだわ。」


「うふふふ。そうね。綺麗な花を育ててのんびりと過ごしたいし、国の役に立つ仕事もしたい。用は、普段は仕事をバリバリやって、休日はのんびり過ごすって事かしら。」


「イレーヌ様は変わっているわね。わたくしは、王妃になって、権力を手に華やかに生きたいわ。」


「エルディア様らしい。」


「それにはユリウス王太子殿下に選ばれないと。」


「応援しているわよ。」


「貴方、わたくしを…」


「うふふふふ。だから、わたくしは王妃になりたくなんてないの。」


イレーヌはにこにこしながら、


「エルディア様。大好きよ。」


「え?」


「お友達になりましょうね。」


エルディアとの距離を詰めるように、無邪気な令嬢を装って近づいた。


共に刺繍をし、綺麗な花を刺繍したハンカチをエルディアにプレゼントした。


ともかく、エルディアを油断させて、友達になるようにしたのだ。



一方、ユリウス王太子殿下との距離も詰めて行った。


「ユリウス様。今日のお茶会。お庭を散歩しませんか。」


「そうだな。」


エルディアとの茶会は、王家の影からの報告で、世間話で終わっているようである。

プライドの高いエルディア。

イレーヌは思う。


ユリウス王太子だって人間なのよ。


庭を歩きながら、そっとその手を握り締めて、


「ほら、綺麗なお花が…もう、薔薇の季節なのですね。」


「そうだな。イレーヌ…」


「初めて王太子殿下とお会いしたあのお茶会は、丁度、今の季節でしたわね。」


ユリウス王太子の顔を見上げるイレーヌ。


「わたくし…ちょっと自信を無くしてしまって。」


「王妃になるのではなかったのか?」


「でも、あまりにもエルディア様が素晴らしくて。このマリウス王国の為に尽くしたい。その気持ちには変わりはありません。でも…」


ユリウス王太子にしがみつく。


「少しだけ…こうしていて構いませんか。少しだけ…」


「このような事で私の心が動くとでも?」


「少しだけでいいんです。わたくしだって、こうして縋りたい時だってありますわ。」


「イレーヌ…」


上目づかいでユリウス王太子を見上げれば、ユリウス王太子は真剣な眼差しで、


「誘惑しないでくれ。私は…」


強く抱きしめられて、貪るような口づけをしてきた。

イレーヌはそれを夢中になって受け入れながら、心の中で…


上手く行ったわ。さぁ…王妃になるべく、わたくしは…どんな演技もしてみせる。

これからが本番だわ。


想いを寄せるユリウス王太子からの熱い口づけ…

心の底は、強かに冷めていて…


ユリウス王太子は慌てたように、イレーヌから離れて、


「すまない。婚約者候補だと言うのに。」


イレーヌはわざと恥じらったように、頬を染めて、


「いえ、わ、わたくし、とても嬉しかったですわ。でも、恥ずかしい。」


なんとも言えないいい雰囲気でその日は終わった茶会。


しかし、ユリウス王太子は、エルディアの前では演技をする。

まだ、どちらにするか決めてはいない。と…


「私はまだどちらを選ぶか決められないでいる。ああ、ずっと三人でいられればいいのにな。」


エルディアがユリウス王太子への想いを告げる。


「わたくしは…三人なんて嫌…わたくしは…ユリウス王太子殿下を愛しております。イレーヌ様との友情、とてもとても嬉しくて…大事にしたい。そう思っても、それでもわたくしは…愛されたい。ユリウス王太子殿下に、政略だけでなく愛されて選ばれたい。」


イレーヌの胸が痛んだ。これは嫉妬…嫉妬というものだわ。

あああ…わたくしだってユリウス王太子殿下が好きなのよ。

貴方は知らないでしょうけれども、この間、口づけだってしたのよ。


「王太子殿下はどちらを選ぶおつもりですの?わたくしは出来ればエルディア様を選んで欲しい。そう思っております。」


先程、わざと、身を引くような発言もした。

ユリウス王太子が、必ず引き止めるはずである。


ユリウス王太子はエルディアとイレーヌに向かって、


「まだ卒業まで一年ある。卒業パーティで私の婚約者を発表する事になっている。エルディア。君の気持ちは嬉しい。だが、マリウス王国の王妃。私はそれにふさわしい令嬢を妻に迎えたい。イレーヌ。王国の為を思うのなら、エルディアと争って貰いたい。それは私からの願いだ。」

エルディアが答える。


「解りましたわ。イレーヌ様より、わたくしがふさわしい。それを示さないとならないのですね。」


イレーヌも頷いて、


「わたくしはエルディア様と争いたくはないのに…でも、キルディス公爵家の名にかけて、争わなくてはなりませんね。解りましたわ。」


わざとそう言った。

負けはしない。必ず、王妃になってみせる。

そう、心に誓いながら。


卒業までの一年間。王妃としての資質が試される中、イレーヌはエルディアと競った。

王宮で開かれる夜会。外国の客達への対応が試されたり、ダンスをユリウス王太子と踊ったり、色々な事が試された。


だが、結局は…

ユリウス王太子の意見が優先される。


更に、ユリウス王太子との距離を詰めていったイレーヌ。


イレーヌは自信があった。



そして、卒業パーティで、見事、


「国王陛下達とも相談し、これまで二人の令嬢を見て、吟味を重ねた結果。

私の婚約者は、イレーヌ・キルディス公爵令嬢とする。」


金のドレスを着たイレーヌは、優雅にカーテシーをした。


「謹んでお受けいたします。」




やったわ。苦労した甲斐があった。


エルディアが晴れやかな表情で、


「おめでとう。イレーヌ様。どうか、良い王妃様になって下さいませ。」


イレーヌはエルディアに向かって、


「ごめんなさい。貴方の気持ちをわたくし嫌という程、知っているのに…わたくし…貴方と争っていたら負けたくないと思ってしまったの。王妃になりたくないだなんて嘘。だって王妃様になれば、思う存分、わたくしの能力が発揮できるでしょう。でも、エルディア様とお友達になりたかったのは本当。だってエルディア様はとても素敵なんですもの。わたくし、貴方といがみ合いたくはなかった。でも、貴方と競い合ってとても、幸せだった…」


エルディアはイレーヌを抱き締めた。


「わたくしも貴方と競い合ってとても幸せだったわ。張り合いのある一年だった。有難う。イレーヌ様。」


エルディアの言葉を聞いて、イレーヌは心の中でニンマリ笑った。



卒業パーティが終わった後、


ユリウス王太子と二人、王宮のユリウス王太子の部屋のテラスで話をした。


イレーヌが正面に座るユリウス王太子に向かって礼を言う。


「わたくしを選んでくださって有難うございます。ユリウス様。」


「私の心はイレーヌにある。当り前だろう。」


「うふふ。そうですわね。お願いがございます。エルディア様の次なる相手、王弟殿下が狙っているとか…阻止してよろしいですわね?」


ユリウス王太子は紅茶を飲みながら、


「王弟である叔父とコルテウス公爵家と結ばせてたまるものか。影の力でエルディアに過失を着けて高位貴族との縁談を阻止しなければならないな。」


「そうですわね。エルディア様には…いえ、エルディアには王宮で働いて貰わないと。どのような過失が良いかしら…うふふふふ。良い駒になってくれそうね。」


公爵令嬢としてまともな縁談がこないような過失を作り、恩を着せて自分付きの女官にしてもいい…

だってエルディアは、大事なお友達…大好きですもの。

優秀なエルディアを傍に置きたいじゃない。


だってわたくしは王妃になるのですから…


わたくしが王妃になるの。

わたくしがユリウス王太子殿下と結婚するの。

わたくし以上に王妃になるにふさわしい女性はいないわ。


だって、わたくしは…ユリウス様の事を愛しているのですもの。


ユリウス様の事は愛してはいるけれども、わたくしがより愛しているのは王妃という地位。


「ユリウス様…愛しておりますわ。」


「お前が愛しているのは、私では無くて、王妃としての地位だろう?」


「そんな事は…」


「私はイレーヌの事を愛している。野心家の所もな。」


そうね…わたくしの事を良く解ってくれるユリウス様。


イレーヌは立ち上がり、愛し気に座っているユリウス王太子の唇に口づけた。




コルテウス公爵子息が婚約者である令嬢に暴力を振るったとして、彼は罪に問われ、コルテウス公爵家は賠償金を支払う事になった。

エルディアはまともな縁談が望めなくなり、イレーヌが恩を売るという形で、王宮の女官になった。メキメキと頭角を示したエルディアは女官長まで出世して、王宮の事を優秀なその手腕で抜け目なく切り盛りした。


ユリウス王太子が国王になり、イレーヌが王妃になって、マリウス王国は更に発展し、最盛期を迎えた。3人の王子にも恵まれ、国王と王妃の夫婦仲もよく、イレーヌは生涯を通じて、マリウス王国の発展の為に尽くした。美しい賢妃として名を残した。


エルディアは生涯独身を通し、イレーヌ王妃の為に尽くしたと言われている。

彼女が他の女官達に若き日のことを聞かれると決まって、懐かしむように。

「わたくしは未熟過ぎた。王妃の器でなかった。イレーヌ様こそ王妃の器。わたくしの生涯はあの方の為に。」

としみじみと言っていたという。




王妃になる器 二人の公爵令嬢の争いは決着がついたはず。でも今度は負けませんわ。

エルディアが逆襲するお話があります。

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