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エルディア・コルテウス公爵令嬢(前編)

わたくしが王妃になるの。

わたくしがユリウス王太子殿下と結婚するの。

わたくし以上に王妃になるにふさわしい女性はいないわ。


だって、わたくしは…ユリウス様の事を愛しているのですもの。



マリウス王国にとても優秀で黒髪碧眼の美男で有名な王太子殿下がいた。

彼の名はユリウスという。

歳は17歳。


王家は悩んでいるはずである。

彼の婚約者にはどちらの令嬢がなるか。


同い年の二人の令嬢が候補に挙がっていて、そのどちらかを選ばねばならないのだ。


エルディア・コルテウス公爵令嬢はそれはもう、プライドが高い令嬢だった。

コルテウス公爵は宰相を勤めており、これも又、名門公爵家。

艶やかな黒髪でエメラルド色の瞳を持つこの令嬢は、真紅のドレスを好んで着て美しく、先行き社交界の華となるのではないかと言われる程、華やかな令嬢だ。

王立学園でも成績は上位の方で、とても優秀であった。


もう一人の令嬢はイレーヌ・キルディス公爵令嬢。これまた、金の髪で、青い瞳。色白のこの令嬢も頭が良く美しく、幼い頃から注目の的だった。

名門キルディス公爵家の娘で、キルディス公爵と言えば、国王の側近を勤める程、王家と関係の深い公爵家である。

国王陛下は何かとキルディス公爵を頼り、彼は国を影で牛耳っているのではないかと言われる程の男だった。

事実、キルディス公爵家は王家の影を操る公爵家で、キルディス公爵は影の支配者だった。


婚約者に決まったが二人の令嬢が16歳の頃。ユリウス王太子は二人の公爵令嬢に対して、それはもう平等に扱うようにした。

婚約者候補達との、茶会をそれぞれ月に一回、催し交流を図るようにした。



ユリウス王太子との茶会を楽しみにしてきたエルディア。

しかし、普通に世間話をし、何かとよそよそしく終わってしまう茶会。

気になってしまう。イレーヌとは、もっと親し気に話しているの?

幼い頃、一目見たその時から、ユリウス王太子殿下に一目惚れをした。

優秀な王太子殿下の噂を聞けば聞く程、想いを募らせてきた。


婚約者候補に選ばれてとても嬉しかった。


わたくしが王妃になるの。

わたくしがユリウス王太子殿下と結婚するの。

わたくし以上に王妃になるにふさわしい女性はいないわ。


そう思いたい。

そう思いたいのに、自信がない…


イレーヌとは婚約者候補と決まって、王立学園に入学して、互いに派閥を作り。

廊下ですれ違っても、派閥の令嬢達が睨み合いをして。


エルディアもイレーヌを睨みつける。


イレーヌは軽く会釈をして、派閥の令嬢達と共に廊下を歩いて行く。


イレーヌ、貴方は…わたくしに勝てると思っているのね…

物凄く苛ついた。


ユリウス王太子は生徒会の会長であったから、学年が二年生になる頃、二人の令嬢達に生徒会の仕事を手伝うようにと命じて来た。


ユリウス王太子の命とあれば断れない。


「エルディア。イレーヌ。二人でこの書類を作成しておいてくれ。私はこちらの書類を作成せねばならん。」


エルディアは書類を受け取り、


「解りましたわ。イレーヌ様と共に作成しておきます。」


ライバル令嬢でありながら、エルディアはイレーヌと協力するしかなくて。


「ここはこのように書いた方が良いのではないでしょうか。」


イレーヌの指摘に、書類を作成しながらエルディアは頷いて。


「確かに、イレーヌ様の言う通りだわ。」


エルディアも成績優秀な令嬢だが、イレーヌには叶わない。

幼い頃から、神童と謳われ、人々から注目されてきたイレーヌだからだ。


イライラする。

何でわたくしがこの女と仕事をしなければならないのよ。


本当はイレーヌなんかと仕事なんてしたくはない。

幼い頃から、ライバル視してきた令嬢。

顔を見るのも嫌だわ。


しかし、ユリウス王太子は二人で一緒に仕事をと割り振って来る。


二人で生徒会の仕事を放課後している時に、イレーヌはエルディアに、


「わたくし、本当は貴方と争いたくはないわ。国の為に働けるのなら、わたくし、政に直に関わる仕事をしたいのよ。王妃様にならなくてもいいの。」


エルディアは驚いた。


「でも、キルディス公爵が許さないでしょう。」


「ええ。ユリウス王太子殿下が駄目でしたら、他へ嫁がされることになるわ。わたくし、本当はエルディア様と争いたくないの。良いお友達になりたいのよ。」


イレーヌは自分を油断させる為に言っているのかもしれない。

貴族社会は足の引っ張り合い。


エルディアはイレーヌを睨みつけて、


「わたくしの足を引っ張ろうと?わたくしは絶対にユリウス王太子殿下に選ばれてみせるわ。」


「引っ張ろうだなんて…エルディア様の方が、未来の王妃様にふさわしくてよ。わたくしなんてとてもとても。本当は綺麗な花を育てて、のんびり過ごしたい。」


「貴方、言っている事がめちゃくちゃだわ。」


「うふふふ。そうね。綺麗な花を育ててのんびりと過ごしたいし、国の役に立つ仕事もしたい。用は、普段は仕事をバリバリやって、休日はのんびり過ごすって事かしら。」


「イレーヌ様は変わっているわね。わたくしは、王妃になって、権力を手に華やかに生きたいわ。」


「エルディア様らしい。」


「それにはユリウス王太子殿下に選ばれないと。」


「応援しているわよ。」


ムっとする。


「貴方、わたくしを…」


「うふふふふ。だから、わたくしは王妃になりたくなんてないの。」


イレーヌはにこにこしながら、


「エルディア様。大好きよ。」


「え?」


「お友達になりましょうね。」


毒気が抜かれる。

イレーヌに対してライバル視していたエルディア。

こちらの気持ちをどう考えているのか…

イレーヌはとある日、教室にいるエルディアに声をかけてきた。


取り巻き令嬢達がエルディアの周りに集まって、


「イレーヌ様が来たわ。」

「何の用ですの?」


エルディアは周りの令嬢達を手で制して、イレーヌに応対する。

イレーヌはにこやかに、


「エルディア様。今度、一緒にユリウス王太子殿下に差し上げるハンカチを刺繡を致しましょう。」


「刺繍ですの?」


「今、王都の貴族の間では刺繍が流行っておりますでしょう。ですから、ユリウス王太子殿下に刺繍入りのハンカチをプレゼントしたら喜ばれますわ。」



放課後、生徒会室で仕事を終えた二人。


一緒に刺繍をした。


エルディアは空飛ぶ龍を頑張って刺繍していた。

ユリウス王太子殿下にふさわしい。そう思ったからだ。


イレーヌは華やかな色とりどりの花を刺繍した。


「可愛く出来たわ。でも、ユリウス王太子殿下にふさわしくないわね。エルディア様に差し上げるわ。」


「え?王太子殿下に差し上げるのでしょう?」


「ユリウス王太子殿下にはエルディア様のハンカチを差し上げれば十分だわ。」


イレーヌはにこにこして、エルディアに出来上がったハンカチを差し出した。


エルディアはハンカチを受け取って、とても綺麗なお花のハンカチ。

友達から物なんて貰った事はなくて。

何だかとても嬉しくて嬉しくて。


「わたくしからも何かお礼を差し上げないと…」


「そんな気にしなくていいの。わたくしが差し上げたいだけだから。」


「有難う。イレーヌ様。」


二人で生徒会室で一緒に仕事をして、いつしか、仲良く話をするような仲になっていた。

エルディアはイレーヌに対して好意を持つようになった。


話をしていてとても楽しい。

イレーヌは博識でエルディアととても話が合った。



そんな楽しい日々が続いたとある夜、エルディアは父であるコルテウス公爵に呼ばれた。


「イレーヌ・キルディス公爵令嬢と仲良くしているそうだな。」


「ええ。彼女はとても良い人。わたくし、一緒にいてとても楽しいものですから。」


「その娘と付き合うな。お前とその娘は未来の王妃の座を争っているのだぞ。

キルディス公爵家がお前に害を加えないとも言い切れない。良いな。」


「でも、ユリウス王太子殿下に共に生徒会の仕事をするように言われているのですわ。」


「王太子殿下も何を考えているのか。イレーヌが良い娘でも、キルディス公爵は、国王陛下の側近だ。王家の影を指揮する油断ならぬ男だ。いいか?今は大事な時。慎重に行動するがいい。いいな。」


確かに父の言う通りである。

本当ならば王妃の座を狙うライバルのはず…

仲良くしている場合ではないのだ。



翌日、学園でいつものようにイレーヌが声をかけてきた。


「おはようございます。エルディア様。」


「イレーヌ様。これからは親しくするのはやめましょう。」


「どうしてですの?」


「だってわたくし達…」



すると、ユリウス王太子が二人に声をかけてきて、


「私は嬉しいぞ。二人が仲良くしてくれるのが…」


エルディアは思った。王太子殿下は何を考えているの?


イレーヌがにこやかに、


「どちらかを側妃なんてお考えになっているのでしょうか?王太子殿下。」


「それはどちらの公爵家にも失礼だろう?そこまで私は愚かではない。ただ、先行き、どちらが王妃になるにしろ、社交界で顔を合わせる事になる。その時にいがみ合ってほしくはない。王妃となった者を助けて貰いたい。それは私の我儘だろうか…」


エルディアは思う…それは理想論ではなくて?

派閥の貴族達が良くは思わないだろう。


「そう上手くいかないのが貴族社会というものですわ。」


ユリウス王太子はため息をついて、


「そうだな…」




イレーヌがユリウス王太子に向かって、


「王太子殿下はどちらを選ぶおつもりですの?わたくしは出来ればエルディア様を選んで欲しい。そう思っております。」


エルディアは驚いたように、


「貴方、人が好過ぎるわ。」


イレーヌはエルディアの手を取って、


「わたくしはエルディア様と争いたくはないの。お友達でいて欲しい…」


ユリウス王太子は、空を見上げて、


「私はまだどちらを選ぶか決められないでいる。ああ、ずっと三人でいられればいいのにな。」


エルディアは困ったように、


「わたくしは…三人なんて嫌…わたくしは…ユリウス王太子殿下を愛しております。イレーヌ様との友情、とてもとても嬉しくて…大事にしたい。そう思っても、それでもわたくしは…愛されたい。ユリウス王太子殿下に、政略だけでなく愛されて選ばれたい。」


ユリウス王太子はエルディアとイレーヌに向かって、


「まだ卒業まで一年ある。卒業パーティで私の婚約者を発表する事になっている。エルディア。君の気持ちは嬉しい。だが、マリウス王国の王妃。私はそれにふさわしい令嬢を妻に迎えたい。イレーヌ。王国の為を思うのなら、エルディアと争って貰いたい。それは私からの願いだ。」


エルディアの胸が痛んだ。ユリウス王太子の心は恋だの愛だのそんなものはない。

ただあるのはこのマリウス王国の国王になった時に、助けてくれる優秀な王妃。

それを求める心のみ。それならば…


「解りましたわ。イレーヌ様より、わたくしがふさわしい。それを示さないとならないのですね。」


イレーヌも頷いて、


「わたくしはエルディア様と争いたくはないのに…でも、キルディス公爵家の名にかけて、争わなくてはなりませんね。解りましたわ。」



それから、再びイレーヌとは、派閥の令嬢達も巻き込んで、よりギスギスとした関係になった。

王立学園のテストの成績も、互いに上位を争い、一進一退を極めた。


廊下ですれ違っても、互いに知らんふり。


書物を読み漁り、政治を勉強し…


イレーヌには負けたくない。もっともっともっと…

より優秀に…


ダンスやマナーの勉強も、家庭教師を雇いエルディアは頑張った。


そんな中、ふと手にしてみるのは、イレーヌに貰ったハンカチ。


彼女から貰った綺麗な花の刺繍入りの…

この戦いが終わって、どちらかが未来の王妃に選ばれる。

イレーヌとの関係を修復できるだろうか。


自分はユリウス王太子の隣で微笑むイレーヌを見て、耐えられるだろうか。

嫉妬のあまり、取り乱してしまうかもしれない。


こんなにもわたくしはユリウス王太子殿下の事が好き。

愛しているの…

あの人はわたくしの事を、愛してなんてくれないけれども…

わたくしはずっとユリウス王太子殿下の事を愛しているの。


負けたくない。勝ちたい。


そんなとある日、エルディアとイレーヌは王宮の夜会に招待された。

外国の招待客も来ている大事なパーティだ。


ユリウス王太子の傍で真紅のドレスを着て黒髪を上に結い上げたエルディアと、金の髪を肩に流して桃色のドレスを着たイレーヌの二人は、外国の招待客達に紹介される。


「我が婚約者候補 エルディア・コルテウス公爵令嬢と、イレーヌ・キルディス公爵令嬢だ。」


「エルディア・コルテウスでございます。」


「イレーヌ・キルディスでございます。」


そう、そこから社交が試される。

色々な国の招待客達は、色々な国の言葉で話してくる。


エルディアは学んできた語学を利用して、にこやかに対応した。


勿論、イレーヌも負けてはいない。


全ては試されているのだ。


その後も、ユリウス王太子と、エルディアとイレーヌはそれぞれダンスの相手をしたり…


気が抜けない。

ここでミスを犯したら、イレーヌに後れを取る事になる。


エルディアは必死だった。


そんな気の抜けない日々が続いて、いよいよ卒業パーティの日が来た。


ユリウス王太子が婚約者を発表するのだ。


大勢の卒業生達や、国王陛下、王妃、コルテウス公爵夫妻、キルディス公爵夫妻等、

沢山の人々が見守る中、ユリウス王太子が発表する。


「国王陛下達とも相談し、これまで二人の令嬢を見て、吟味を重ねた結果。

私の婚約者は、イレーヌ・キルディス公爵令嬢とする。」


金のドレスを着たイレーヌは、優雅にカーテシーをした。


「謹んでお受けいたします。」



エルディアはショックを受けた。


負けてしまった…でも、わたくしは精一杯やったのだわ。悔いはない。


イレーヌの傍に行き、


「おめでとう。イレーヌ様。どうか、良い王妃様になって下さいませ。」


イレーヌはエルディアに向かって、


「ごめんなさい。貴方の気持ちをわたくし嫌という程、知っているのに…わたくし…貴方と争っていたら負けたくないと思ってしまったの。王妃になりたくないだなんて嘘。だって王妃様になれば、思う存分、わたくしの能力が発揮できるでしょう。でも、エルディア様とお友達になりたかったのは本当。だってエルディア様はとても素敵なんですもの。わたくし、貴方といがみ合いたくはなかった。でも、貴方と競い合ってとても、幸せだった…」


エルディアはイレーヌを抱き締めた。


「わたくしも貴方と競い合ってとても幸せだったわ。張り合いのある一年だった。有難う。イレーヌ様。」



ユリウス王太子殿下の事が好き…

でも、この一年間、自分を更に高めて張り合いのある一年間だったわ。悔いはない。







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