雨が降ったら時雨が来ました?!
登場人物
・夜月彼方
・緋明時雨
前章 「幽霊少女」
前章
「今日も雨か」
ここのところ、ずっと雨が続いている。
じめっとしてるし、洗濯物も干せない。だけど僕は、雨の日が好きだ。
だって、なんか特別感がある。雨の日にしかできない、特に思いつくことはないけれど、なんかこう、言葉にできないような、そんな感情。
でもそれは確かなもので、雨の日だけの特別なものが出来た。その”特別”は平凡だった僕の日常を、イレギュラーな毎日へと連れてゆくのだった。
「よいしょっと、これでよし」
「それでは、ありがとうございましたー」
そんな爽やかな挨拶を残して、引っ越し業者のお兄さんは帰っていった。
静まり返った部屋に一人、僕はベットに寝転んだ。
「今日から一人暮らしかー、楽しみだなー」
無事第一志望の会社に入社できるようになった僕は、晴れて社会人になった。窓の外には美しい空が広がっている。
「いい天気だなぁ」
まるで、新しい生活をスタートする僕の気持ちを表しているようだ。
「さあ!片付けするか!」
ベットから起き上がり、部屋いっぱいにおかれた段ボールを開けて、荷ほどきを始めた。
社会人になって、約半年。忙しいけど楽しい、そんな生活を送っていた。特に何かあるわけでもない。でも退屈はしなかった。毎朝会社に行って、先輩や同僚と笑ったりしながら働く。平凡すぎるけど、充実した毎日。
でもそんな日常が、非日常へと変わっていった。
「今日も雨か。最近ずっと雨だな」
ここ最近、ずっと雨が続いている。まあ別に、嫌いじゃないからいいけど。久しぶりの休日だし、ゆっくりしようかな。
「雨の日は嫌いですか……?」
「いや、別に嫌いじゃないけど……って、え?」
今、女の人の声が聞こえた気がする。
「気のせい?」
「気のせいじゃないですよ!」
「うわぁ!?」
え?誰?女の子?いや、同い年くらいか、少し下くらいか。
「あ、驚かせてしまい申し訳ありません。悪いものではないのでご安心ください」
そういわれても、不法侵入な気もするけれど。
「そうですか……」
一体誰なんだろうか、この人は。
突然現れたその少女は、時雨といった。
「初めまして、私、緋明時雨と申します。さっきは驚かせてすみません、よかったら、時雨と呼んでください」
「あぁ、どうも。僕は夜月彼方です。呼び方はなんでも」
どこから来たんだろうか、勝手に部屋の中に入ってきたし……もしかして、霊とかそういう系?でも、悪霊みたいな雰囲気はない気がする。白い服とか、長い黒髪とか、そういうのとは程遠い。一体何なんだろう。なんか、同じことしか考えてない気がする。
「君は、どうしてここに?」
「特に理由はないですよ。なんとなく?」
「別に敬語じゃなくてもいいよ。歳近そうだし」
「あ、分かりました。私、雨が好きなんです。彼方くんも、雨嫌いじゃないでしょ?」
「まぁ確かに、嫌いではないかな。」
どちらかというと、好きな方だ。
「確かに君も、時雨って、雨の名前だもんね」
「そう!いい名前でしょ~!」
そういって嬉しそうにする彼女。自分の名前が好きみたいだ。そういうの、なんかすてきだな。
なぜか良くわからないけれど、彼女と少しお話をすることになった。友達とするような、他愛もない話だけど、彼女がとても楽しそうだったので、話している僕も、自然と笑顔になっていた。初めて会ったというのに、なんだかすぐに打ち解けた気がする。
「あー楽しかった!こうやって話すの久しぶりな気がする!」
「僕も楽しかったよ。ありがとう」
軽く頭を下げる。確かに、こうやって話すのは学生以来かもしれない。
「こちらこそありがとう。じゃあまたね!」
そういうと彼女は帰っていった。帰りは普通に帰っていったけど、来るときはどうやって入ってきたんだろう。でも、彼女と過ごした時間は楽しかった。外を見ると、雨はやんでいて、太陽の光がさしていた。
「さあ、明日からまた仕事頑張るか!」
翌週の雨の日、僕は早く仕事が終わったので、同僚とご飯を食べに来ていた。
「でさー、こないだの休み雨だったじゃん。そしたらさ、いきなり女の子がでてきたの!本当なんだよ?」
「あはは、何それホラーじゃん。幽霊じゃない?」
「う~ん。僕もそう思ったんだけどさー、服白くないし、黒髪で長くもなかったよ?」
うん、水色だった。めっちゃ派手髪だった。カラコンも入ってた。パリピ並みだけど雰囲気は違ったなぁ。
「ええ、今時そんな幽霊いないだろ」
「え!お前見たことあるの!?知らなかったー」
意外過ぎる。こいつに霊感があったなんて。というか、霊に流行りなんてあるのかな。
「いやないけど?」
「ないんかい!」
思わずツッコんでしまった。でもよかった。霊感あったら怖いもん。取りつかれたら嫌だし。
その後は、普通にご飯を食べて、お話したりして、普通に駅で別れた。
「そういえば今日も雨だな」
もしかしたらいるかもしれない。いたら怖いけど、なぜかそんな気がした。気持ち早歩きで家に帰った。
なんて、何を期待してんだ僕は。そう笑いながらも、歩く速度は増していくのだった。
「ただいまー」
よかった、不法侵入はしてない。
やっぱり気のせいだったのかな。手をあら合って着替えて、ベットに突っ伏した。
「疲れたー」
仕事は疲れる。帰ってきてふかふかのベットが待っていてくれるのは幸せだと思う。
寝返りを打って天井を見つめる。静かな部屋に、雨音が響いている。
「やっほ!」
「わぁ!?」
「びっくりした?」
そういってにやにやして出てきた彼女。
「急に出てきたら誰でもびっくりするよ」
やっぱり急に出てくる。いつ来たんだろう。どうしても気になったので聞いてみることにした。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「ん?なに?」
「君ってさ、もしかして……霊?」
その問いに、今度は彼女が驚く。けれど次の彼女の言葉に僕がもう一度驚いた。
「う~ん、教えてもいいけど、ただ教えるだけじゃつまんないからなぁ」
いや、普通に教えてくれていいんだけど。
「じゃあさ、私が教えたら、私のこと名前で呼んでくれる?」
「え?」
思わず聞き返してしまった。妙に頬が赤くなっている気がしたけど、気のせいにしておこう。
「だから、君、とかじゃなくて、時雨って呼んでほしいの」
「……君の答え方によるかな」
あえて、少しいじわるな答え方をしてやった。べつに、名前で呼ぶくらいいいんだけど、つい癖で“君”と呼んでしまうのだ。人を名前で呼ぶのって、なんか恥ずかしいのだ。
「なにそれ!ずるい!」
「あっはは」
そう言って頬をふくらます彼女。この表情の変わり方が面白くて、ついからかってしまうのだ。
やっぱ、彼女といると楽しい。
「じゃあ、教えてあげる」
「まじ!?いいの?」
「うん。別に隠すことじゃないしね。その代わり、君も名前で呼んでよね」
「まぁいいよ」
なんで、そんな要求なんだろう。そんな簡単なことでいいんだ。謙虚なのかな。
「彼方の言う通り、私は霊だよ。雨の日に現れる霊。雨の時にしか出てこないから、時雨」
「へ~」
「何その反応!興味な!」
「別にそんな驚くことではないし、予想はしてたからね」
あまりにもマイペースで、軽すぎる僕の反応に、彼女はちょっと残念そう。いたずら好きなのか。
「でも、雨の日にしか来ないんだね」
「うん。そうだよ」
「じゃあさ、雨の日は一緒にお話ししてくれるかな」
言葉にすると思ったより照れくさかった。けれど、彼女のおかげで、この平凡な毎日が楽しくなったのだ。社会人になって、友達と遊ぶことも減った。学生時代とはまるで違う生活。家にいる時間は少ないし、基本はずっと働いてる。
それでも充実はしてるけど、彼女といるほうがとずっと楽しい。遊んでいるからなのもあるけど。
彼女の方を見ると、驚いていたし、頬や耳が少し赤かった。でも嬉しそうで、微笑んでいた。
そのまなざしは、とてもやさしい雨のように。
「彼方がいいなら、いつでも来るよ」
「いいの?」
「うん。だって、君と話してると楽しいもん」
「あっはは。ありがとう。僕も時雨といると楽しいよ」
嬉しかった。やっぱり、人と話すのは楽しいなぁ。
普段雨の日はなんとなく過ごしていた。けれど、これからは楽しみがある。雨の日は、時雨と話すことができるから。
五月雨の降る日、僕らは出会った―――。
それから、五月のうちは良く晴れたので、彼女に会うことはほとんどなかった。雨が降ってもすぐに晴れてしまうので、一時間もいないうちに帰ることが多かった。
それでも、仕事は楽しいし、少しいい仕事を任されたので、とても楽しかったので、時の流れが速く感じた。
それに、六月になれば梅雨の時期になる。梅雨になれば雨だってたくさん降るし、彼女にもたくさん会える。そうやって、毎日を楽しく過ごしていた。
六月。
僕は毎朝少しだけ早く起きるようになった。
朝の空の様子を見るためだ。そして天気予報はなるだけ見ない。いつ雨が降るか、その日に知りたいからだ。その日の日の出の様子、空の様子、観察するのはとても楽しい。
そして毎朝、朝焼けを願う。
”朝焼けは雨、夕焼けは晴れ”だからだ。
「ん~、四時か。今日の空はどうかな~」
そんなわくわくしながらカーテンを開け、窓の外を見る。しずかに吹く風が心地よい。外に広がっていたのは。
「ああ……燃えてるみたい」
燃えるように紅い、朝焼けの空だった。何回か見たことはあるけれど、いつ見ても美しい。
夕焼けと違って、橙色ではない、紅色だ。
その景色に見惚れながら、太陽が昇り、群がる雲を眺める。そして、だんだん空が暗くなって、ポツポツと雨が降ってきた。今日の仕事は午前中だけなので早く帰れる。
「よしっ!いくか!」
と意気込んで家を出た。
「おはようございまーす」
「おはようございますー」
「おはよー」
何人から返事が返ってきた
「おはよ」
席に着くと夜久はもう仕事を始めていた。来るのはやいな。
「おう、おはよ」
相変わらず元気そうだ。夜久とは同期だったのもあるが、名前に『夜』という漢字が入ってる、というのもあって、入社後すぐに仲良くなった。死ぬほど元気で、笑顔がまぶしくて、いるだけで周りが華やぐ存在。そして裏表のないいいやつだ。
「そういえば、ゆーれーちゃんはどうなの?」」
「あーしばらく会ってないね。もしかしたら今日来るかも」
夜久には時雨のことは言ってある。彼が興味深々だったのと、こいつには話してもいいとなんとなく思ったからだ。
「てかさー、幽霊と何話すの?会話のネタとか合わなくない?」
「ん、ただの雑談だよ。お前と話してるような、普段のちょっとしたこととかさ」
「へー。幽霊ちゃんの生前とかは知らないの?」
「あー、聞いたことないかも」
確かに、時雨のことはあまりしらない。今日会ったら聞いてみようかな。もちろん、彼女が嫌でなければだけど。
「おまえらー口だけじゃなくて手も動かせよー」
「あ、やべ」
『はーい』
部長に注意されたので僕たちは話を切り上げて仕事に戻った。
「ふー、終わったー」
「なー。腹減ったわ」
十二時近くまで今日の分の仕事をやった。もちろん、今日のノルマは終わったので、もう帰れる。
「帰ろうかなー」
「えー!まじ?」
「うん、だって終わったじゃん」
「え、俺まだ残ってるんだけど」
そう言って小学生みたいに笑う夜久。こいつどんだけゆっくりやってたんだろうか。
「まじかよ、昼飯行こうかと思ったんだけど……しょうがないか。じゃ、頑張れよ~」
「おう!」
「またなー」
帰る支度をしてから、読まなきゃいけない資料もかばんに入れる。こういうのは家で読むようにしているのだ。
「お先失礼しますー」
「はーい」
「お疲れ様ですー」
みんなの声を聞きながら外に出る。ちょうど雨が降りそうなところだった。
「やべ、傘もってないや」
雨が降ることはわかっていたのに、傘を持ってくるのを忘れてしまった。雨が降り始める前に家に着きたいので、急いで電車に乗る。
結局、バスを降りてから雨に降られてしまったので濡れてしまったが、家の近くまでこれたからよかった。
「あーさびぃ……風邪ひくわー」
自業自得だとは思いながら家に入る。急いで荷物を置いて即行シャワーを浴びた。冷たい雨とは違って温かいお湯だった。
「温かかったー」
髪を拭きながら部屋に戻って、濡れてしまったスーツを干す。中の資料が無事でよかった。昼飯を何にするか考えていると、
「久しぶり!」
と聞きなれた声と共に時雨が現れた。
「おお、びっくりしたー」
「えっへへ」
と笑う彼女は満足そうな顔をしていた。なんとなく癪にさわったので、
「はい、不法侵入で現行犯逮捕しまーす」
とだけ言ってやった。それでも楽しそうに笑うので、こっちまで笑顔になってしまった。
「そうだ、今日の朝はすっごくきれいな朝焼けだったんだよ。まるで空が燃えてるみたいにまっかだった。美しかったな」
「じゃあ雨が降ること分かってたじゃん。なんで傘持ってかなかったの」
笑いながら言う彼女。どうやら傘を忘れたことを知っているみたい。幽霊だからかな。
その後、数時間彼女とおしゃべりをした。他愛もない話をして、笑って。気付くと寝る時間になったので、彼女とさよならをしてベットに入る。
そんな風に、雨の日を過ごしていた。そして、雨の日が前よりも好きになった。だって、彼女と会えるから。平凡な毎日を、非日常へ変えてくれるから。別に、恋愛とかそういうんじゃない。ただ、彼女と話していると楽しいのだ。
雨の日は、仕事がはかどる。だって、楽しみがあるから。
そうした日々が、半年ほど続いた。
彼女は僕のことをよく知りたがった。会社での話、好きなもの、嫌いなもの。いろんなことを。もしかしたら、自分ができなかったことを、知りたいのかもしれない。だから、生きている僕の話を聞きたがるのかもしれない。でも、彼女は自分のことを話したがらなかった。でもある時、ひょんなことで、彼女の好きなものが分かった。
「そういえば、今日は新月だね」
「確かに、そうだった気がするかも」
「僕は満月も好きだけど、新月も好きだな」
「どうして?」
意外!というような表情で聞いてきた。
「満月は、太陽のいない闇の夜を照らしていて美しい。でも新月は、月の光がない分、星たちがめいっぱい輝くんだ。いつもは見えない、一等星以外の星たちも一緒になって輝く。なんか特別感がある」
「......」
彼女は驚いたような、切ないような、でも少しうれしそうな、哀愁漂う表情をしていた。いつもと違う表情だけど、まだ僕にはその真意が読み取れない。何か悪いことでも行ってしまったのかと思ったが、そんなことはなかった。
「君も同じ考えかぁ」
「え?」
少しにやついてそう言われた。『君も』ってことは彼女もなのか?
「私ね、生前、天文部だったの。それで、星をよく見てたんだ。でも月があまりにも美しいから、それに見惚れちゃって。でもある時、ふっと空を見上げると、いつもより星が多く、明るく見えたの」
「......」
今度は僕が声を失った。彼女が自分のことを話したのは初めてだったのだ。そのときに思った。僕は彼女の何を知っている?雨が好きだという事。霊だという事。天文部だったという事。思えばそれしか知らなかった。半年間一緒にいて、何も知ってない。
そして、彼女のことを知りたいと思った。なぜ幽霊になってしまったのか、生前は何をしていたのか、なぜ成仏できていないのか。
「聞きたい」
「何を?」
「もっと、君の話を聞きたい。時雨が見てきた景色を教えてほしいな。もしかしたら、君が成仏するのをお手伝いできるかもしれない。」
「ん~…じゃあ、今まで君の話をたくさん聞かせてもらったから、私の話も聞いてもらおうかな」
彼女がそういうと、心なしか雨が強くなった気がした。
そしてこれが、ある事実を知るきっかけになるとは思いもしなかった―――。