6話 聖女の恋
「では、出発いたしましょう」
村に三日ほど滞在し、私とママはメディクさんとともに王都へ向かう事になった。
今回は私とママが護衛を兼任しているので、運賃はそれでチャラどころか護衛分でプラスになる。
旅は馬車で休憩も挟んで一週間ほどで、その間にリサとリアと一緒にママの魔法の講義を受けるので、多分暇はしないだろう。
それに、二人となら少しは話せる様になったし、講義がない間だって問題ない。
「アリサちゃん、見てみて~」
講義終了後、リサが嬉しそうに水魔法でホーンラビットの形を作って遊んでいた。
「おー、器用ですね」
「リサお姉ちゃんすごいでしょー。私はこういうの苦手だからできないんだよねー」
一方リアは魔法はさほど得意ではないようで、火の柱を出して遊んでいる。
「リアちゃん、馬車が燃えちゃうから中で火はダメだよ」
「はーい」
ママに言われて大人しく火を消すと、リアは大人しく本を読み始めた。
「何の本ですか?」
「聖女様が王子様と恋する本!」
なぜだろう、少しもやっとする。
「パパなんていりませんから」
創作ということはわかっていても、どうもママが結婚するというのは受け入れられない。
「はっはっは、聖女様は多方面で人気ですからなぁ。魔族との戦に重きを置いた本、恋愛、略奪愛、政争などなど、色々な物語が描かれておりますぞ」
「私のママを勝手に本にしちゃダメ!」
「そうそう。ほんとだよ。いったれアリサちゃん」
「読んじゃダメですか……?」
「ああ、ごめんね。読むのはいいよ。でも、書こうとは思わないでね?」
ママとしても、創作のネタにされるのは不服だったようだ。まあいつの間にか物語の主人公にされてありもしないストーリーを展開されるの気分がいいことではないだろうな。私だって、前世の彼女とのあれこれを本にされれば反抗だってする。
「聖女様は物語みたいな恋はしなかったんですか?」
「この世界に来る前はあったよー。助けてくれた人と付き合ってた。でもその人以外好きになれないから王族からの求婚も全部断ったんだ」
それで我が家にはパパがいなかったのか。
私も美少女と付き合いたいとは思うが、確かに前世で付き合っていた人がいるから、何らかの形で決着をつけるまでは新しい彼女を作ろうとは思わない。
「その人とはもう会えないの……?」
「うん。向こうの世界で死んじゃったんだって。だから、王子様なんかよりあの人とこの世界でまた会いたいな」
王子様と恋に落ちるよりよっぽどいい話じゃないか。私としても、ぜひこの世界で元カレと再会して幸せになってほしいものだ。
俺も、この世界で会えるなんて奇跡が起こってほしい。誘拐されて、死体で見つかったなんて最悪な結末は絶対に嫌だ。せめて、ママみたいに転生していて欲しい。
考えているとなんだか寂しくなってきたので、ママの腕に体を預ける。
「一途な恋……絶対そのほうがいいです!」
「素敵な話ねー。異世界から聖女を呼び出せるなら死んだ恋人の魂をこっちに引っ張れないかしら」
なかなかすごいことを考える八歳だな。確かにそんなことができるなら私も協力するが、思い付きはしなかった。
「ふふっ、ありがとう。そんなこと、出来たら素敵だよね。でも、あの人にこの世界は過酷すぎるかな」
そもそも現代日本で生まれたような人なら、男であろうと女であろうとこの世界は厳しいだろうな。
いくら異世界でも、ラノベの様にはいかないのだ。
「二人は好きな人いないの?」
「「お兄様!」」
なんとも可愛らしい答えに、思わずほおが緩む。まあ私も聞かれればママと答えるが。
「そっかー。こんな可愛い子たちに好かれて、お兄さんは幸せ者だね」
「でもお兄様には婚約者さんがいるから……」
「でもね、婚約者のお姉様もすっごい良い人なのよ! 伯爵家の長女なんだけど、手作りのお菓子がすっごくおいしいの!」
「そうなんだ。私も食べてみたいなぁ」
「きっと王都の家で作って待っててくれてるわ!」
同棲しているわけか。私も——俺も、彼女と同棲したかったな。
「いいなぁ。私ももっとお菓子作ってあげたり、一緒に暮らしたりしたかったな。あー、王族とかどうでもいいから誰か私と彼氏がこの世界で出会う話書いてくれないかな!」
「でしたら、いい作家を紹介しますぞ」
「あはは、面白くなりそうだけど恥ずかしい話が世に出回りそうなので遠慮しておきます……」
ママはいったい元カレと何をしていたのだろう。まあ私もいろいろしていたし、そんなものなのだろう。
それなりに可愛い年頃の女子は大抵どこかで経験しているものだ。それに、ママはもう三十なのだから、二十でこの世界に来たと考えても経験済みなのは不自然なことじゃない。
けど、そんなに恥ずかしい事なのか。
「って、子供の前でなんて話を……」
「大丈夫です。その、理解はあるので……」
「アリサちゃん、なんで理解あるのかな? もしかして、私の書斎の本読んじゃった?」
「まあ、そんな感じです……」
前世の記憶とも言えず、適当な理由を付けてごまかしておく。一応、書斎の少し官能的な小説も読んでいたし、嘘ではないしな。
「私にもそのうち、好きな人が出来るのかしら……」
「私も出来るかなぁ~」
「出来るよ、きっと。学院とか社交場とか、護衛の冒険者のことが好きになるってこともあるかもしれないね」
「アリサちゃんは好きな人いないの?」
「ママが一番好きです」
「あの村、男の子はいたけどお兄ちゃんって感じだったもんね。だから、リサちゃんとリアちゃんが初めてのお友達なんだよね?」
「そ、そうですけど……恥ずかしいから改めて言わないでください」
「えへへぇ、初めてのお友達になれたんだ」
赤くなったであろう顔を隠すために、ママの腕にぎゅっと抱き着く。
色々と慣れていない私からすれば、こんなのはもはや羞恥プレイだ。
「アリサちゃんって照れる時も可愛いんだねー」
最近じゃ可愛いと褒められるのも嬉しくはあるが、恥ずかしすぎてこれ以上は何も喋れなかった。
彼女欲しい