4話 盗賊退治
私もだが、戦う技術やそうなる心構えができていて当たり前の世界で過ごしていると、案外こんな状況でも泣かずに耐えられるらしい。
「大丈夫ですよ。私が二人を守りますから」
同世代の、自分より背の低い幼女に言われて安心できるかは些か疑問ではあるが、なにも言わないよりはマシだろう。
「おい、護衛はいないんじゃなかったのか」
「そのはずだ。何者だ、貴さつ——」
盗賊が喋り終わる前に、ママは先制攻撃を仕掛けた。
それに続いてメディクさんももう片方の盗賊に攻撃を仕掛けるが、流石に鈍っている様であっさりと防がれている。
強化魔法を使いたいが、魔力を纏わせるだけの防御魔法とは違い、色々複雑なので私には使えない。
なら——
「氷よ、我が敵を束縛せよ《アイスケージ》」
大きめの魔物を狩るときに使っていた氷魔法でひとまずメディクさんと戦っている盗賊を氷の檻で閉じ込め、動きを封じる。
「炎よ、槍となりて我が敵を穿て《ヴラドフレイム》」
さらに、氷の檻の下から炎の槍を出現させて追い打ちをかけるが、檻をあっさり破ってそれを回避された。
ママが明らかに手加減しているが、それでも善戦しているし、私が攻撃したほうもあっさり檻を突破して槍も魔法でとっさに相殺していたので、恐らく騎士はやられてしまったのだろう。
メディクさんより私のほうが脅威と思ったのか、盗賊が私に向けて魔法を放ってきた。
「っ、壁!」
詠唱を端折って岩の壁を生成し、魔法を防ぐ。
ひとまずこれで正面から攻撃されることはないので落ち着いてリサちゃんとリアの周りに障壁を張って壁を消す。
ママと練習したから大丈夫だ。障壁はママの攻撃でも防げるし、対魔法強度も高い。落ち着いて、自分が被弾しないようにしつつメディクさんの邪魔にならないように攻撃を仕掛ければいいか。
「アリサちゃん……」
二人が不安そうに私のほうを見ている。
「大丈夫。ママも、メディクさんもいますから」
二人と手を繋いで安心させてあげたいが、片手に杖、反対に魔導書を持っているので一人ずつ頭を撫でてあげることすらできない。
「お父様が……」
鈍った身体と無駄な脂肪のせいで未熟な私の支援程度ではメディクさんの圧倒的劣勢が覆ることはなく、辛うじてママから一人引き離せている程度だ。
一方ママは私がどのタイミングでどの魔法を発動するか、どれほど正確に発動するか、発動までの時間はどれほどか、そもそも気づかれないように発動出来ているかを観察している。
「ちっ、さっきからよそ見ばっか——」
「夜なんだから大きい声出さないの」
ママは盗賊の攻撃をいなしながら、うるさい盗賊の口を氷魔法で凍らせて無理やり黙らせた。
「って、剣の音もうるさいよね。アリサちゃんも人との戦い方わかったみたいだし、もう終わろっか?」
ママ的には今回の私の戦いは合格点だったようで、「リサちゃんたちも怖がってますし」と言うと、魔法で束縛して動けなくした状態で首をはね、あっさりと戦闘を終わらせてしまった。
頭が落ち、それから少しして体が崩れ落ちるのが薄っすらと見える。
狩りで魔物を何度も殺めたが、それでも人がこうもあっさりと死ぬところを見ると、前世の価値観もあるせいで少し気持ち悪くなってきた。
何より、あの温厚なママが何のためらいもなく人を殺めたことがショックだ。
この世界ではそれが普通なのはわかっている。しかし、いざ目の当たりにすると、どうも受け入れられない。
「リサ、リア、大丈夫ですか……?」
気分を変えるように、二人の心配をする。
「ええ。アリサちゃんが守ってくれたから」
「アリサちゃん、魔法すごいんだね」
「ま、まあ、ママに教わったので」
結局魔法で盗賊を退治することはできなかったが、対人戦の勝手はわかった。それと、私に必要なものも。
「……もう大丈夫だから、先に部屋に戻りましょう」
杖と本を脇に挟み、二人と手を繋いで部屋に帰す。
メディクさんが帰ってきたら「では」と会釈してママと泊っている部屋に帰り、静かに反省会が始まった。
「アリサちゃん、お疲れさま。今度、魔法発動を早くする練習しよっか」
「は、はい……」
もちろんそれも課題だが、何より「人を殺す心構え」が重要だ。
たぶん、今の私では人に怪我をさせることすらできない。
攻撃しろと言われればするが、正直さっきですら当たらなくて少し安心していた節もあった。
「……戦わなきゃダメなんですか?」
「そうだね。村を出れば盗賊も、いきなり襲い掛かってくる人もいるし、場所によっては捕まえただけじゃどうしようもない。だから、そうするのが自分のためにも、皆のためにも安全なんだよ」
きっとママは日本出身だろう。たまに出る私の前世の記憶にあるような言動や容姿、名前からほぼ確定だ。そんなママが数年、十数年この世界で生きたうえで言っているのだから、間違っているとは思わない。
ここは、そういう価値観の世界なのだ。
「楽しんで殺すのはダメ。でもね、守るために殺すのは仕方ない事なんだよ。もちろんそうしないのが一番だけど、それはとっても難しいから」
「そうですね……」
さっき戦って分かった。少なくとも、今の私では足止めすら満足にできない。それなのに殺さず加減して戦うことなんてできないし、そんなことをすれば隙が出来て私が死ぬか、もっとひどいことになってしまうかもしれない。
「ごめんね、怖い思いさせちゃって。でも、これも大切なことだから……」
ママとしても私にこんなことをさせるのは気が引けるようで、心なしかいつもより強く抱きしめられている気がする。
この後、少しママの昔話を聞いて、抱きしめられながら眠った。
こんなこともあるけれど、基本的にこの世界は平和で、王都なんかは物価が高いものの治安はよく、平和に暮らしていけるらしい。
そして、学校もあるのだとか。
あんなものを見た後だが、なかなか夢のある話を聞けたおかげであの盗賊が夢にまで出てくることはなかった。
しかし、あの首が落ち、身体が崩れる姿は当分頭から離れることはなかった。
メディクの強さは冒険者の中では上位なのでよっぽど盗賊が強かったんでしょうなぁ