3話 お友達
「ママ、なにか近づいてきてないですか?」
二日目の昼過ぎ、今日も今日とてママと手を繋いで歩いていると、後ろの方から気配が近づいてきた。
まだ音はしないが、確かに何かの気配が近づいてきている。
「ほんと? 流石アリサちゃんだね」
なぜか昔から人の気配を察知する能力にたけていて、少し集中すればそれだけで大まかな索敵ができるし、近づいて会話していれば感情も読める。と言っても、私に対していい感情か悪い感情かということしかわからないが。
「……五人くらいですね」
「商人か盗賊か……商人だったらいいね」
「はい。そろそろ歩きたくないので馬車に乗りたいです!」
「そうだねー。流石にママも足痛くなってきちゃった。よし、休憩しよう!」
道から逸れて、近くの木陰で一休みすることになった。
さほど道から離れていないので、私が感じ取った気配が見えるところまで来れば商人だった場合助けてもらえるし、休憩するにはちょうど良い場所だ。
空に飛竜らしき影が見えるし、道の向こう側には狼っぽい形の魔物やゴブリンも居るが、こちらを警戒している様子もないので多分大丈夫だろう。何かあったらママも居るし、きっと大丈夫なはず。
「ママ、膝を貸してください」
「ん。おいで」
座るより寝るほうが楽なので、ママの膝を借りて横になる。
「おー、空が見えない……」
「ママ、おっぱい大きいからね」
「私もそんなになれるかな」
って、何を聞いているんだ私は。
まあこの身体になった以上いい身体になれるならそれがいいけど、男として何となく負けた気がする。
「大きくなってもそんなにいいもんじゃないよ?」
「そうなのですか?」
「重いし見られるし、剣で戦う時は邪魔だし当たり判定……攻撃をよけにくくなるし」
ママも当たり判定なんてゲームみたいな言葉を使うんだな。見た目も日本人っぽいし、よく考えたら名前もユウカとこの世界の名前というより日本人のような名前だし、もしかしたら転生なんてこともあるのかもしれないな。
まあママと普通に暮らせるならそんなことはどうでもいいけど。
「おっ、アリサちゃん、馬車が見えてきたよ」
数分ママと戯れていると、ようやく後ろにいた馬車が見える場所まで近づいてきた。
言われるまで気付かなかったので、どうやら私の気配察知はほかに集中していることがあると機能しないようだ。
近づいてくる馬車の御者が私たちを見つけたのか、停車して中から肉がよく付いたおじさんが出てきた。
「お二方はもしや聖女様で?」
一言目から私たちを聖女だと言ったということは、おそらくつい最近まで住んでいた村に立ち寄ったか、もしくは私たちが相当な有名人なのだろう。
「そうですよ。今ではこの子にしか聖女の力はありませんが」
「そうでしたか。ユウカ様も、いつの間にか母になられていたのですね」
「八年前突然に、ですけど」
「処女受胎というのは事実でしたか」
どうやらママの処女受胎の話も知られているらしい。
「初めまして、お嬢さん。アルバンディア商会の会長、メディクと申します」
「あ、アリサ、です……」
村の人以外との会話が初めて緊張して上手くしゃべれなかったどころか、ママの後ろに隠れてしまった。
そもそも前世でも家族と彼女意外とは会話していなかったから、たぶんそのせいだ。
何というか、この姿とはいえいい年して人見知り発動してママの後ろに隠れてしまうとはなかなか恥ずかしいな。
考えていると、顔が熱くなる。
「ごめんなさいね。この子人見知りで」
「いえいえ。アリサ嬢と同い年くらいのうちの娘もそんなものですから。さ、事情はお聞きしております。ぜひ馬車にお乗りください。もちろん、お代はいりません」
どうやら私たちの事情を知っていたようで、メディクさんは馬車まで案内してくれた。
中にはメディクさんの娘で私と同い年のリアとリサの二人で、どうやらメディクさんが御者も護衛もすべて一人でになっているらしい。
そもそも、いつもは一人か仕事を継ぐ予定の長男と二人のことが多いが、今回は娘たちにせがまれて断れなかったのだとか。
二人も父とこうして遠出が出来たらなのか、いろいろな景色が見られたからなのか、私が来て若干気まずそうではあるが、ずっと嬉しそうな顔をしている。
どんな旅をしてきたのか聞いてみたいが、話す勇気が出ない。
合計二十四歳の私がなぜ幼女相手にこんなに緊張しているのだろうか。
こうして碌に会話することのないまま、村に到着してしまった。
この村は商人がよく立ち寄る村で治安が良いらしく、住むにも最適らしい。
とは言っても家が無いので、今日はメディクさんたちと宿に泊まる事になった。まあ私の人見知りのせいで特に隣の部屋のメディクさん達と特に会話することもなく夜になって寝てしまったのだが。
あれから三時間程だろうか。
廊下の灯りも消され、月明り真っ暗になった頃、廊下から聞こえる足音と、二人分の不穏な気配で目が覚めた。
ママも気づいている様で、私を守る様に抱きしめてくれている。
気配は隣の部屋の扉の前で止まったので、恐らく狙いはメディクさんが馬車から下ろした商品だ。
この村は商人が多く立ち寄ると言うだけあって国家所属の騎士が盗賊から積み荷を守っているらしいのだが、それすら掻い潜ってきたと言うことは相当な手練れなのだろう。
メディクさんも盗賊に気づいたのか、隣の部屋からさっきの様なものを感じる。
「ママ……」
「対人戦の勉強、しとく?」
私なら大丈夫だと思っているのか、盗賊を教材にできる自信があるのか、ママに耳元でそんな提案をされた。
「します」
正直人と戦うのは怖いが、メディクさんやリア、リサが心配だ。それに、騎士も盗賊もいる世界なら、対人戦の経験は大切だろう。
「じゃあママが剣で応戦するから、アリサちゃんは魔法で攻撃して。敵だけを、狙えるよね?」
「はい。いっぱい練習しましたから」
少し強い魔物を相手する時、ママに当てない様に魔物を狙ったり、魔法で妨害しつつ支援したりする練習はしている。
「じゃあ、ちょっと外に出よっか」
そう言った瞬間、ママがいつもの優しいママから、私ですら少し恐怖を覚えるほどに真剣なママになった。
寝巻きのままでは動きにくいと、魔法で戦闘用の服に着替え、村で狩をするときに使っていた剣を取り出し、私には去年誕生日プレゼントでくれた魔法の杖と魔導書を渡す。
「隣の扉の前で武器を構えてます」
私が集中しているからか、気配だけでなく行動までもがはっきりとわかるので、それを報告する。
「そう。じゃあ出たらすぐに宿の外まで押し出すよ」
「はい。えっと、防御の魔法ですね」
「正解。じゃあいくよ」
ママに防御魔法——高密度の魔力を纏わせる魔法——をかけた瞬間に、ママは部屋を出て行った。
その直後、音もなく盗賊の気配が店の外に移ったので、私も部屋から出てみると、壁に大きな穴が空き、そしてその先に立て直そうとする盗賊二人と、彼らを警戒しているママの姿が見える。
音がしなかったのは恐らく魔法だろう。起こさない様に配慮も欠かさない、さすがはママだ。
しかし、馬車での移動中に「元冒険者でしてね」と語っていたメディクさんは音がなくても気付いたようで、娘達を連れて剣を持って様子を見にきた。
「……さすがは聖女様ですな。さて、私も加勢いたします。アリサ嬢はどうか、娘達を」
「お任せください」
「リサ、リア。アリサ嬢の側から離れない様に」
二人は震えながらも小刻みに頷き、目の前の戦場に赴くメディクを見送った
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