1話 聖女の娘に生まれ変わった
TS大正義
去年できた年上の彼女が、ある日突然いなくなった。
俺からも、彼女の友人や身内からでさえ連絡が取れないし、捜索も手掛かりが一切なくて難しいらしい。
そんな状況で焦りすぎて、一人で山に入ったのが間違いだった。
右腕は食べられ、脇腹もやられた。くわえられたまま引きずられていくのがよくわかる。痛いけど、もはや痛みは気にならない。
ああ、死ぬような状況でも冷静でいられるんだな。
何が何でも、彼女を——
「ああ、アリサ……」
意識が途切れたと思ったら、目の前の二十代前半くらいであろう女性にそう語りかけられた。
頬は赤らんでおり、息も少し切れている。
明らかに俺のほうを見て「アリサ」と言ったが、どういうことだ?
「おめでとうございます、ユウカ様」
「突然のご懐妊、何事かと思いましたが……無事にご出産できたようで何よりです」
知らない言語だが、なぜか言っている意味は分かる。
俺はついさっきまでクマに咥えられていたはずだが……きっと、死んだのだろう。しかし、これはどういうことだ。
最近よく異世界転生もののラノベは読んでいたが、そういうことなのだろうか。
手を目の前に持って来てみれば、とても小さい、赤子の手がある。
まだ彼女を見つけられていないというのに、どうやら俺は赤子に転生してしまったらしい。
転生して一年がたった。
どうやら俺——いや、今なら私は、異世界転生してしまったようで、豪華な服を着ていた偉そうな感じの人曰く、聖女の力を持っているらしい。
そして、ユウカと呼ばれていた女性は私のママで、私が産まれる前までは聖女をやっていたらしい。今でもその時の知識を生かして、引っ越した先の田舎で怪我人を治療したり、狩りをしている。
聖女がいて魔法があって、当たり前のように剣を使って狩りをする。まさに異世界だ。
しかし、私の生活は至って平穏で、寝たいときに寝て、お腹が空いたらママの母乳を飲んで、今では歩けるようにもなったので昼には手を繋いで散歩に出て、魔法で動物や魔物を狩るところを見て。
「アリサ、お散歩いこっか」
「うん!」
ママと手を繋いで家を出る。
家の外は結構な田舎で、周りは畑や川、家は石造りの家が主で、我が家も石造りの家で庭に小さな畑と遊び場がある、本当に異世界らしい家だ。
ママと手を繋いで外を歩いていると、無害な魔物のスライムやホーンラビットとすれ違う。
これでも中身は十六歳の男子高校生なのだが、幼女の身体のせいなのか、見かけるものすべてに興味をそそられる。
「おぉ~、もふもふ……!」
ホーンラビットの角をよけながら頭を撫でる。
昔から小動物は好きだったが、なかなか触れる機会がなかったのでこちらの世界に来てからは本当に幸せだ。
幸せだが、何というか人格が幼女に引っ張られている気がして若干不服でもある。
「……飼っていい?」
「だーめ。お世話するの大変だよ?」
「でも……」
家でも撫でまくりたいじゃないか。
「ホーンラビットはね、ああ見えて肉食だから餌をあげるのも大変なんだよ? だから、この辺にいるのをなでなでするだけで我慢しようね?」
「……うん」
幼女に染まりかけているとはいえ、理性はあるのでママの言うことに頷く。
流石に餌を当てるのも大変となれば諦めるしかない。
「偉いねー、アリサちゃん」
ママが頭を撫でてくれる。
安心感を覚えるのはまあ当然なのだろうが、なぜか懐かしさも覚える。不思議だ。
そして、こんな穏やか生活がさらに五年続き、六歳になった。
六歳にもなればとりあえず動物や魔物を殺すことを見るのも、解体して調理して食べれるようにするのも、前世では絶対見ないようなことだが、今では普通のこととして受け入れられている。
この世界に来て六年も経ったからか、前世で付き合っていた行方不明になった彼女のことはなぜか自然と気にならなくなり、今では気兼ねなく生活を満喫している。
それと、村から出たことがなかったのでわからなかったが、どうやらこの世界で黒髪というのは珍しいようで、それに加えて処女受胎したママと、そこから生まれた私は見事に村の女神様的存在だ。
「よぉ、アリサちゃん! 昨日はありがとな!」
聖女の力というのはなかなか便利なもので、怪我を直すだけではなくあらゆる魔法も使えるらしい。そんなわけで、村の畑仕事を手伝ったり、魔法を使って友達と遊んだりしているので、散歩に出かければ話しかけられる程度には村に馴染んでいる。
「いえ、畑仕事は私も嫌いじゃないですから。またやらせてくださいねー!」
一応女の子として生きる上で前世のように「またやらせてくれよ!」なんて口調ではいけないので、とりあえず誰に対しても敬語で喋るようにしている。
ネトゲならこれだけで主婦と間違われることもあったので、たぶんこの見た目ならば一生バレない。
「よっ、アリサ。今日も散歩か?」
「はい。それくらいしかすることもないので」
道端で会った彼は三歳年上のアデルだ。
私のことを妹のように可愛がってくれている男の子で、よく一緒に川遊びをしている。
体力のないこの身体では疲れて歩けなくなることがしばしばあるのだが、そのたびにおぶって家まで連れて帰ってくれるいいお兄さんだ。ただ、年下におぶられて家に帰っているとたまに今の身体に馴染みすぎている自分が嫌になる。
「適当に歩くの?」
「いえ、森のほうを見に行こうかと」
「なら俺もついて行くよ。魔物はいないけど動物はいるから危ないからなー」
森自体はよく行っているし、なぜか私は襲われないから危険ではないのだが、どうも心配性なようで森に行くときに出会ったらいつもついてきてくれる。
「アデルもお散歩が好きなのですか?」
「まあなー」
たった三文字の返答だが、私にはわかる。
会うたびに手を繋いでいるあたり私と一緒に居たいのだろう。そして、お兄ちゃんであることを自覚したいのだろう。なんとも可愛い男の子じゃないか。
正直男に甘えたいとは思わないが、アデルはまだまだ九歳なので手を繋ぐことに躊躇いはないし、お兄ちゃん面したい気持ちはわからないでもないので最近は妹っぽく振舞うようにしている。
「アデル、ちょっと休憩したいです」
実の妹は知らないが、いとこや友達の妹に我がままを言われると嬉しくなるのが男心というものだ。
「じゃあそこで休むかー」
川のほとりで靴を脱いで、冷たい水で涼みながら一休み。
理想のお兄ちゃん像でもあるのか、足の間に私を座らせてくれたので、アデルの身体を背もたれにする。
「ふへぇ~」
気が休まりすぎて、つい間の抜けた声が出た。
「アリサ、お前寝るなよ?」
「寝ないですよ~」
寝たら森に行けないからな。
今日はついでに果物を収穫して帰る予定なので、途中で帰るわけにはいかない。
それから少し休んだ後、風魔法で足を乾かしてから靴を履いて森に向かった。
森で虫を取ったり小動物と戯れたり水浴びをしたり、色々してから帰る前に果物を収穫する。
「アデル、肩車してください」
「はいよー」
九歳と六歳、お互いまだ小さいが、そもそも私がこの世界の基準では結構小柄なようで、楽々持ち上げられるらしい。
アデルの肩車でいくつかおいしそうな果物を採って、たくし上げたスカートを籠代わりにして持って帰る。
ロングスカートなので中はギリギリ見えないし、見えたところでドロワーズなので大丈夫だ。
「ありがとうございました。アデル」
「また行くときは声かけてくれよ。じゃあなー」
家の前まで送ってもらったお礼に果物をいくつか分けてからアデルと別れ、家に入る。
「おかえりー。楽しかった?」
「はい、楽しかったです! 見てください。沢山採れました!」
「おっ、じゃあ今夜はタルトを作ってあげよう」
「ほんとですか⁉」
「もっちろん。楽しみにしててー」
果物を採って帰ると、ママはいつもタルトやゼリーを作ってくれる。
前世の彼女とひたすらイチャイチャするだけの生活ももちろん楽しかったが、こうして自然の中で生きているような生活もなかなか悪くない。
所謂スローライフ、苦労は多いけど、これからも続けられそうだ。
護摩引けたし胡桃も2凸したから追い課金して完凸までもっていきたいおるたんですどうも
散財万歳(/・ω・)/