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 取り出した食材を食べやすいサイズに切り、小鍋を用意して水を張る。 テーブルの上に鍋を置くと、すぐ下にあったボタンを押して火を付ける。 ……これも部屋に欲しい。 直ぐにお湯が用意できるのは魅力的だ。




 鍋の水の中には、細かく切った野菜類、調味料を順次投入していく。 何をしているか? 料理だ。 せっかく設備があるのだし、美味しく食べようと思って。


 料理の知識は何故か色濃く残っている。 きっと、前世の私は料理が好きだったのだろう。 なんとなく、どうすればどんな味になるかの想像がつく。




 しばらく煮込み、味見をしてみた。 ……うん、美味しい。 でも、ちょっと刺激が欲しいかもしれない。 火を一旦弱め、私は再び食材を探しにむかう。




「そうね……多分、これで良いはず」


 手にとったのは赤くて小さな野菜。 匂いをかぐと、鼻が刺激されてむず痒くなる。 これを刻んで、少しだけ入れれば丁度いい。 上機嫌で鍋の方に戻ろうとすると、厨房の奥で物音が聞こえた。




「……誰かいるのかい?」


「っ!」


 出てきたのはふくよかな女性。 メイド服を着ていることから、ここのメイドさんであることは確実だけど……今の状況を考えて息が詰まった。


 何しろ、勝手に食材を漁り、厨房を使って料理をしているのだ。 怒られても仕方がない。 私を見つけて近づいてくるメイドさんを前に、私は一歩も動けなくなった。




「おや、まぁ。 セラ様でしたか。 どうしたんです? こんな時間に」


「え……っと、あの……」


 良かった、私のことは知っている人みたい。 でもバツが悪いのは変わらない。 私の視線はすーっと鍋の方へ向かい、メイドさんの視線もつられて鍋にいく。




「あら、食事でしたらベルで呼んでいただければ用意しましたのに」


「あ、の……。 遅い時間ですし、悪いと思って……」


 私が言い訳を言うと、メイドさんはキョトンとした顔になった。 怒っては……いない? 伺っていると、彼女の顔が笑顔に変わった。




「あっはっはっはっはっ! 悪いだなんて、使用人はいついかなる時でも主人の要望に答える為にいるのですよ? 貴女様はなんにも気にしなくて……」


 豪快に笑ったメイドさんの視線が鍋の方に再び戻る。 弱火で煮込んでいたスープから、ちょうどいい香りがしてきたからだ。 うん、お腹が鳴りそう。


 メイドさんは鍋の方に移動して、中身を確認する。 スプーンで少し掬い、口元に運んだ。 ……その後すぐ、私の方に駆け寄って……!




「セラ様! あのスープは貴女が?」


「は、はい!」


 彼女の声につられて、私も大声で返事をしてしまった。 どうやら、スープがお気に召したらしい。 まだ完成してないと伝えると、是非続きをとせがまれた。




 私は持っていた赤い野菜を細かく刻み、適量を鍋に放り込む。 そのまましばらく煮込み、スプーンで一口。 ……よし、刺激は丁度いい。 もう少し調整しよう。


 細かい味を整えるために調味料を少し。 更に香り付けのために葉類を刻んで浮かべる。 香りが強くなってきたところで、下のボタンを押して火を止めた。




「あの、完成です」


「あら、まぁ……」


 出来たスープをお皿に盛り付け、メイドさんの前のテーブルに置いた。 自分の分も用意し、椅子を持ってきて二人で座る。 ……あれ、何だかおかしなことになってる気がする。




「頂きます」


 メイドさんがスープを口に運んだのを見て、私も食べ始める。 ……うん、我ながら美味しい。 きちんと想像通りの味に仕上がっている。


 目の前の彼女の反応が気になり、チラチラと見てしまった。 ひと口ごとに感嘆の声を上げながら飲んでいる。 良かった、彼女の口にも合っていたみたい。




 スープを飲み終え、いくらかお腹も膨れた所で、メイドさんに弁解することにした。 勝手に食材を使ってしまったのは謝らないといけない。




「あの、勝手に使ってしまってごめんなさい」


「いえいえいえいえ、そんな事を気にする必要はありませんよ。 それより、私の方こそスープをご馳走になってしまって……。 使用人にあるまじき行為です、申し訳有りません」


 私が謝ると。彼女は気にしないでいいという。 むしろ、私に料理を用意させたのが申し訳ないと謝られた。 いやいや、こちらこそ気にしないで欲しい。 私が勝手に作ったのだから、彼女のせいではない。


 そのまま何度か謝罪の応酬を続けていると、メイドさんが笑ってしまった。 私もそれにつられて笑い、おあいこという事で決着をつける。




「私は厨房を担当するメイドを纏めているマリアと申します。 どうぞお見知りおきを、セラ様」


「はい、私の方こそお世話になります」


 ここで初めて挨拶をかわした。 マリアさんと暫く世間話をしたあと、彼女に部屋まで送って貰うことになった。 彼女はとても良い人だ、帰り際に小腹がすいたときのお菓子まで持たせてくれた。


 しかも、厨房も食材も好きに使っていいと言ってくれた。 願ってもない事だ。 今後も、たまに料理をさせて貰おう。






―――――






「それでは、私はこれで」


「はい。 ありがとうございました」


 部屋の前でマリアさんと別れ、私はベッドに戻る。 お腹も膨れ、睡魔も再び襲ってきていた。 そのまま、身を預けて寝てしまおう。


 ベルを使わずに部屋を出て正解だった。 これで、キールとマリアさん。 気を張らなくてもいい人が二人に増えたのだから。


――キールに言われた明日の謁見なんて言葉は、頭の片隅にも残っていなかった。








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