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「どうした、何か問題があるのか?」
静まり返った群衆に追撃。 それに誰も反論はしなかった。 周りを見渡した祭司が紙を持って彼に近づいていく。
「ギルバート様は、今回一人も選んではおりません。 よって、彼女は貴方の預かりになる事を認めます。 ……何方か、意見のある者はおりますかな?」
祭司は紙を渡しながら言った。 苦い顔をしている人は数人いるが、誰も口に出して言う事は無かった。
それを見て満足そうに頷くと、祭司は高々と宣言する。
「それでは! これにて儀を終了と致します! 各々方に世界の祝福がありますよう!」
祭司の号令と共に全員が祈りを捧げた。 いや、ギルバートと呼ばれた彼を除いて。
床の円に白い直線が引かれ、それを見た人達はそれぞれ動き始める。 よく見ると、団体の中に最低一人、この場に似使わない格好の人物が紛れ込んでいた。
私は、と言うと。 預かると言った彼が、足早に立ち去るのについていった。 拘束されるとも案内されるとも無く。 逃げ出そうと思えば逃げられたけども、私は着いていった。
扉を出て、階段を降り、橋を渡る。 先には馬車があり、あれが目的地なんだろうなと分かった。 馬車近くにいる人達が、こちらに向かって頭を下げているからだ。
「乗れ」
一言だけ。 しかも、私を見てすらいない。 興味がないのか分からないけど、とりあえず従う事にする。 他に行くあても無いし。
「やぁ」
「ひゃっ」
ため息を吐きながら乗ったせいで、下を見たままだった。 おかげで、中に居た人に気づかなかった。 悲鳴を上げてしまったのを隠すように、小さく咳払いをする。
私に話しかけてきたのは、中肉中背の如何にも普通……と言わざるをえない青年だ。 同い年くらいだろうか? 私を見て不思議そうに……あっ、返事をしてない。
「僕はキール。 よろしくね? えっと……」
「あっ、セラと言います。 宜しくお願いします……?」
何が宜しくなのか分からないまま、差し出された手を握って握手をした。 中の椅子に座ると、馬車は直ぐに動き始める。
扉についている小窓から、ギルバートと呼ばれた人が見えた。 彼は馬車に乗っていないが、そのまま進んでいってしまう。
「ああ、ギルバート様は別の用があるからね。 僕達は先にお城へ帰るんだよ」
「はぁ……」
城……城とは? 立ち振舞、服装、それに従者も。 あの人は、何処かの偉い人なんだろうか? そんな私の心情を察したのか、目の前の彼……キールは口を開く。
「ギルバート様は、僕達がこれから向かう先、セレスト皇国の皇帝だよ」
「皇帝……」
皇国の皇帝。 つまり、一番偉い人だ。 あの人が皇帝なら、あの場にいた他の人達も……?
「さっきの会場にいた人達も、みんな各国の統治者だね」
「……」
やっぱりそうだ。 私は、凄い人達が揃った場に居たらしい。 ……けど、何故? 私はあそこに居たのだろうか?
思い出そうとしても、やはり記憶がない。 それ以前の事が、すっぽりと抜け落ちてしまっていて、妙な感覚だ。
私は自分の手を見る。 そのまま身体に視線を移しながら、頬をつねって感覚がある事を確認した。 ……よし、夢じゃない。
「あはは。 まぁ、無理もないよ。 君は"生き返った"んだからね。 中途半端に記憶が残ってて、変な感じでしょ?」
「……え?」
待ってほしい。 今、彼はさらっと凄い事を言った。 生き返った? 私が?
口を開けたまま固まる私の前に、分厚い本が差し出された。 本の題名は……こんな文字見た事も無い……けど、何故か意味が分かる。
「"世界の祝福"?」
何処かで聴いたような……? そうだ、あの祭司が繰り返し言っていた言葉だ。 視線を上げると、キールは本を更に前に出した。 私が本を受け取るのを待っているらしい。
その本を受け取り、数ページをパラパラとめくる。 ページの隅から隅までびっしりと文字が書かれていて、それが最後のページまで続いている。
まさか、読めって事? 文字に圧倒されていると、私の手からキールが本を取って持ち上げた。
「この世界について、君について。 全部、これに書かれてるんだ。 …さて! これを読むのと、僕がかい摘んで説明するのとどっちが良いかな?」
さわやかな笑顔だ。 あれは、私がどう答えるか分かっててやっている顔。 少し癪に触るけど仕方ない、あの本を読むのは勘弁してほしい。
「……説明をお願いします」
「りょーかい!」
元気よく答えた彼は、ポケットから紙切れを取り出した。 どうやら、それに本の内容がまとめてあるらしい。 ……最初から、それを読ませてよ。