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「今回の者達は……」
「ああ、中々に……」
「お、おいっ……」
「まだ反応がっ……」
何やら話し声が聞こえる。 目を薄く開けると、私を囲うように人が立っているのが見えた。 その場にいる全員の視線を向けられ、私は少し怖くなってしまう。
「……ぁっ……」
声がうまく出ない。 掠れた音を出した私に、更に視線が集中した。 ……何故、私はここに? ここは何処? 私は……何?
「ほう……」
「これはこれは……」
一番近い位置にいた二人の男が、此方を見て妖しく微笑む。 思わずたじろいだ私に、別の場所から近寄ってくる人物がいた。
「皆さん! 儀はまだ終わってはおりませぬ! この者の"鑑定"を始めます!」
そう叫んだ男は、祭司のような仰々しい衣服に身を包んでいた。 厳格な顔つきに、この場の誰よりも大きな体格。 そんな人に近寄られ、私は更に一歩後ずさる。
「お嬢様、心配はいりません。 ……御名前を伺っても?」
祭司はにこやかに言った。 その見た目に不釣り合いな笑顔を浮かべているせいで、どうにも気味の悪さが勝ってしまう。
……名前……私は……私は……? ……! そう、私は……セラ?
「……セラ」
「セラ様! ようこそいらっしゃいました! この世界の加護があらん事を……!」
祭司が言うと、それに合わせるように周りの人も祈りだす。 ……居心地が悪い。 そういう扱いはして欲しくない……私は……私は?
私は……なんだろう。 よく分からない感情に戸惑っていると、祭司が手のひらを向けてきた。
そのまま彼は目をつむり、じっと動かなくなる。 周りの人達の視線が私から彼に移り、期待感のこもったものに変わった。
何やらわからないけど、動かない方が良さそうだ。 そう悟った私は、この部屋を眺める事にした。
一番気になったのは足元。 難しそうな文字がびっしりと刻まれ、私を中心に円形を描いている。 思えば最初は光っていたような?
その先に繋がる道には真っ赤な絨毯が敷いてある。 ……こういうのを見て、高そうとか思えるくらいの記憶はあるんだけど。
奥の扉脇には兵士が二人。 外からの侵入を防いでいる……というよりかは、中から誰も出さないようにしている?
「……」
その扉から左の方、壁に背を預けている人と目があった。 他の人達とは違い、ギラギラとした宝飾の服を着ていない。 その眼光は鋭いが、不思議と怖くは感じなかった。
「皆さん! "鑑定"が終了しました!」
「……っ!」
気を取られていると、祭司が大声をあげた。 吃驚して声を出しそうになったけど、何とかこらえる。
祭司は私に向けていた手のひらを、近くの机の上にあった紙に移す。 紙がほんのり光り輝くと、周りに居た人達が机の近くに寄って行った。
「さぁ、皆さん。 お手に取りください。 そして、ご一考を」
その紙を見た人達の反応は様々だ。 興味を失ったように紙を戻す人、顎に手をやり考え込む人、私を見て笑みを向ける人。
何が起きているのか分からない。 分からないけど、不安になった。 この場から逃げ出したい。 そう強く感じる位には。
「私が引き受けたいと思います!」
「マーク卿」
真っ先に声を上げたのは、太った背の小さな男だった。 マーク卿と呼ばれた彼は、私を一瞥した後に祭司の方へと近寄る。
「召術……というものは存じませんが、術の一種である事は確かでしょう。 で、あるならば。 私の国で預かるのが……」
「待て、待たんか!」
マーク卿が高々と説明しているのを遮る別の男。 立派な長い髭に、身の丈程もある大きな杖を持った老人だ。
その老人が近づくと、遮るようにマーク卿の前に護衛が出てきた。 老人の護衛も反応して前に進み、そのまま二人は護衛越しに言い争い始める。
「術士ならば、儂の国でこそ……」
「何を!貴方は孫の妾に……」
「お主こそ、側室にでも……」
何やら、私には不快な言い争いが繰り広げられている。 その二人に触発されたのか、他の人達も声を上げ始めた。
武器こそ出しては居ないが、いつ流血沙汰になってもおかしくなさそう。 祭司が落ち着かせるために声を張り上げるが、誰も言う事を聞く様子はない。
そんな中、私は扉を確認していた。 脇にいた兵士も騒ぎを止める為に移動している。 今なら逃げ出せるかも? なんて考えが頭をよぎる。
『黙れ』
ぴしゃりと放たれた言葉に、思わず息が詰まる。 他の人達も同じだったようで、あれだけ騒がしかった室内が静まり返った。
見れば、言い放ったのは扉脇に居た人。 預けていた背を壁から離し、ゆっくりと歩いてくる。
「こ、これはギルバート様。 お言葉ですが、この場は……」
「黙れと言った」
「……っ」
マーク卿が何か言おうとするのを、彼は再び黙らせる。 老人との言い争いでは出てきた護衛が、今度は全く前に出ようとしない。
そのギルバートと呼ばれた彼は、私の前で足を止める。 睨みつけられている様で、非常にいたたまれない。 私を見たまま、彼は祭司に話しかけた。
「彼女は、私が預かろう」
まるで決定したような。 全く譲る気の無い口調で、彼は言い放ったのだった。