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第4話 『被告オーク ~セクハラ裁判編~』


「おや、こんなところで珍しいですね」


 ダンジョン内に設けられた、魔物用食堂に見慣れぬ姿を見かけたトックリは、男の了解をとり、その正面へと座った。


 男は、肩に届かない程度に伸び少し巻いた白髪に口ひげを貯え、筋の通った鼻に、きりっとした目にはモノクルが差さっている。白いワイシャツに、キャメル色のベスト。その姿は、品の言い壮年の人間を体現したかのようなものだ。


 男の手元には、本日の日替わりランチであるアジフライ定食が置かれていた。


「まあ、《竜の間》で一人で食事をするのも寂しいのでな」


 男の正体は、ダンジョンの主《大銀龍ペディランサス》であった。本来、その巨体のせいで自由にダンジョン内を動き回ることができないペディランサスであるが、変身魔法で人間に化けることによってサイズダウンを果たしたのだ。


「でも、結局食堂でも一人で食事をしてるじゃないですか」


「みな遠慮して近づいてこんのだ。それに、皆の姿が見えるだけで我には十分よ」


「そんなもんですか」


 トックリが、手をあわせ「いただきます」と食事を始める。彼の皿も、またアジフライ定食だ。


 二人が近頃の天気や、流行りの音楽といった何気ない会話と共に食事を進めていると、ふと厨房より鼻歌が聞こえてきた。

 鼻歌の主は、ダンジョン内社員食堂の料理長、サイクロプスの《ブルーアイ》である。


 2mを超える巨体ながら、白いコックコートを身に(まと)い、その繊細な指先で様々な料理を作り出すブルーアイは魔物達より《目玉の親父》の愛称で親しまれている。


「ところでトックリよ。今日の料理長は、やけに機嫌がよくないか?」


「ん、ああ、なんでも、サンデリアーナ姫から献立にリクエストがあったとか。それも、かなり手間のかかるものだったらしいです」


「手間のかかる料理で機嫌が良くなるとは、本当に料理バカここに極まれりといったところか」


「もともと、食堂に収まるような料理人じゃないんですよ。腕を振るえる機会が増えたとなれば、そりゃあ喜びもしますよ」


 「そんなものか」とペディランサスが、皿へと視線を戻すと(にわ)かに食堂の入り口あたりが騒がしくなった。顔をあげると、アタフタしたパキラが見受けられる。

 パキラは、食堂内を一通り見まわしトックリとペディランサスの姿を見つけると慌てた様子で近寄ってきた。


「ペディランサス様、トックリさん、食事中にすみません!」


「ああ……嫌な予感がします」


「構わん。パキラ君何かあったか?」


「サンちゃんが逃げ出しました!」


 トックリが、大きな大きなそして長い長い溜息をついた。


「またですか。わかりました、私がすぐに指揮を執りますのでペディランサス様は食事をお続けください」


 しかし、それをペディランサスが手で制した。


「まあ、待てトックリ。ひとまず、落ち着いて食事をとってからでよい」


「よろしいので?」


「うむ、よくよく考えたのだが姫に脱獄されたからと言って、実のところそう焦る必要がないことに先日気づいたのだ」


「どういうことです?」


「我がダンジョンは、北と南の大陸を唯一つなぐ洞窟ダンジョン。つまり、ダンジョンの出入り口さえ封じておけば逃げ出すことは不可能というわけじゃ」


「なるほど、それでしたらわざわざ捜索隊を編成しなくとも、出入り口付近の魔物たちに気を付けるよう伝えておけばいいわけですね」


不安げなパキラが、恐る恐る手をあげる。


「でも、もしも出入口を突破されたら……?」


「安心せい。仮に北の大陸、王国側に逃げられたとしても問題ない。北の入り口付近は、このダンジョンを要塞化するにあたって毒沼を設けてある。人間の身では、どうあっても抜けられん」


「じゃあ、もし南の大陸に逃げられたら?」


「それもまあ心配あるまい。南は我らが魔王軍の支配下、とても逃げおおせるものではない。まあ、魔王様に姫の脱獄が知られたら我が怒られるかもしれんが」


 パキラは、「なら安心ですね」と胸を撫でおろした。


「だからな、トックリよ。いまは、食事をゆっくり楽しみながら姫が捕まるのを待とうではないか」


「それでは、遠慮なく」


 そうして、二人は本日のランチ《アジフライ定食》を十分に堪能したのであった。



 《竜の間》に沈黙が降りている。

 血の気が引いて真っ青のペディランサスと、冷や汗と脂汗を額ににじませたトックリが、ダンジョン内を詳しく記してある地図を、一言も発することなくただただ凝視している。


 姫の脱獄から、かれこれ数時間。

 当初、あっさりと捕まると思われていた姫は未だにその姿を誰一人としてとらえることができず、しびれを切らしたペディランサスはダンジョン内の魔物総出で姫を捜索するよう指示を出したのだった。


「こんなことなら、最初から捜索隊を出すべきだった」


 沈黙を破ったのはペディランサスであった。しかし、その声は、どうにか絞り出したといった感じで。とても沈んだものだった。


「まさか、既にダンジョン内から出ているということはないかと思いますが……」


「馬鹿者! そんなことは心配しておらん。むしろ、姫が未だダンジョン内を彷徨っていることを我は心配しておるのだ」


「ああ……ダンジョン内は結構暗いし、転んだりしたら危ないですしね」


「女の子一人で心細い思いをしてないといいのだが」


 二人がうんうん(うな)っていると、突如大扉が勢いよく開かれパキラが飛び込んできた。


「報告しますっ!」


「おお! 姫を捕まえたか!」


「いえっ! 別件です!」


 パキラの顔は紅潮(こうちょう)し、瞳孔(どうこう)が開いている、息も荒く頭から湯気を登らせている。

 ペディランサスとトックリは、何事かと顔を見合わせた。


「女子更衣室にトックリさんが忍び込み、私の荷物を漁っていたところを捕らえました!」


「なんだとぉっ!?」


 ペディランサスが、声を荒げトックリを睨みつける。しかし、トックリは状況に追いついていけないのかキョトンとしてしまっていた。その様子を見て、ペディランサスも「はて?」と思い直す。


「この豚野郎っ! いい魔物だと思っていたのに!」


 言いきらぬうちに、パキラがトックリにビンタを見舞った。


「ぷぎぃっ!」


 《竜の間》に、轟く苛烈(かれつ)な破裂音とトックリのあげた悲鳴がその威力を雄弁に物語った。トックリは、あまりのダメージに膝をつき、その瞳からは一筋の涙が零れ落ちた。


「ペディランサス様! 至急、セクハラ委員会を開いてください! トックリさんを厳罰に処して―――って、なんでトックリさんがここに居るんです???」


「……はい。私は、ずっとここにいました」


 パキラが焦った表情で、ペディランサスへと視線を向ける。


「トックリはずっとここにおったぞ。ワシが保障しよう」


「ごごめんなさい! じゃあ、さっき捕まえたオークは……?」


「とりあえず、その捕まえたオークとやらを連れてきなさい」


「―――わかりました」



楽しんでいただけたらブック―マークに高評価よろしくお願いします。

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