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第1話 『姫は脱獄《だつごく》盛り』


「姫が逃げ出しました」


 ダンジョンの主である、《大銀龍(だいぎんりゅう)ペディランサス》の下へ報告が届いたのは、姫を王国よりさらってきてから僅か3時間後のことであった。


 大銀龍ペディランサスは、魔王配下のドラゴンである。

 その巨体は、名にある通り銀色の硬い鱗に覆われ。背には、大きな翼を有している。長い首に、長い尾。そして、全てを見通すかのような柘榴色の大きな目。


 まるで、絵本に出てくるようなその姿に、百人が百人口をそろえて『立派なドラゴンだ』と言ったとか言わないとか。


 そんな立派なドラゴンが今、額に汗を滲ませ大いに取り乱すこととなっていた。


「逃げられた? こここ、こんなに早々に逃げられたのでは赤っ恥ではないか!」


 空気すら震わすペディランサスの咆哮に、側近であるオークの《トックリ》は肩をすくめる。


 一言にオークと言っても、実のところその種類は数多に及ぶ。トックリはオークの中でも、イノシシ寄りで厚い毛皮と牙をもった種族であった。オークでありながらネズミ色の着物と同色の羽織に腕を通したその姿は、ぱっと見たところ大店(おおだな)の番頭といった感じで、いわゆる知性にかけ性欲に溺れるオークとは、かけ離れた雰囲気を醸し出している。


「参りましたねえ」


「そんな悠長な!」


 ダンジョン《大地のくびれ》における、トップとそれに次ぐ二人が今まさに、たった一人の小娘の脱獄に頭を悩ませていた。しかし、時に悩みとは思いもかけず晴れてしまうもので。


「報告! ダンジョン内をさまよっていた姫を捕らえました」


 頭を抱える二人の前に、一匹のスライムがぴょこんぴょこんと跳ね出てきた声を張り上げた。その朗報に、ペディランサスとトックリは「おおっ」と目を輝かせる。


「それにしても早いな」とペディランサスが独り言ち。


「すぐにここに連れて来てください」とトックリがスライムに命じた。



 王国第一皇女《サンデリアーナ=ドラセナ》。

 手枷(てかせ)を嵌められ連れてこられた彼女は、ペディランサスの巨体を前に物怖じせず、そのクリっとした可愛らしい瞳を向けてきた。


 腰ほどまで伸びたグラデーションがかかった緑髪が、薄い桃色のドレスによく映える。やたらとひらひらしたドレスのせいで、その体形は定かではないが胸元には少しばかり物足りなさを感じさせる。


 14歳という年齢特有の、わずかに幼さを残した顔立ちながら、その表情には少し険がある。しかし、王国より無理やりさらわれてきたことを思えば致し方あるまい。だが、それでもなおその愛らしさは損なわれることはなかった。


「驚いたぞ、王国の姫よ。まさか、そのようにか細い身でありながら脱獄を図るとは」


「―――脱獄、脱走は捕虜に与えられた職務」


 ペディランサスの問いかけに、サンデリアーナは臆することなく答えた。その声は、とても澄んでいて凛としたものだった。


 サンデリアーナは続ける。


「わたしが脱走を図ることで、魔王軍はその捜索に人員を割かなければならなくなる。そうすれば、その分、前線の人員が減り王国の負担を減らすことができる」


「す、末恐ろしい娘だな……。しかし、どのようにして牢獄を破ったのだ」


 一転して、サンデリアーナは口を真一文字に閉ざした。更には、(まぶた)を下ろし鼻もつまむ。おそらく、答えるつもりは無いとの意思表示であろう。


「ふむ、答えぬか。トックリよ、牢獄の状況は?」


「はい。牢屋の格子が、綺麗に切り取られていたそうです」


「鉄製の格子が切り取られただと? 勇者ならいざしらず、小娘が手刀で鉄を切るとは思えんが」


シュッ。

突如、サンデリアーナの手刀が空を切り、驚いたトックリがヒイと声を漏らした。


「お願いを聞いてくれるなら、どうやって逃げたか教えてもいい」


 どうやら、手刀ではなく挙手であったらしい。ペディランサスとトックリは、顔を見合し小声で相談する。


「どうしましょう?」


「いや選択の余地はない。早急に、脱獄対策を練るうえで問題を姫自ら教えてくれるというなら、多少の要求は呑んでしかるべきだろう」


「あんまり無茶な要求は断ってくださいね」


 短い相談を終え、ペディランサスは再び姫と向き合った。


「よかろう姫よ。だが、あまり無理を言ってくれるな。このダンジョンのお財布を握っているのは、そこのトックリじゃ。彼奴(きやつ)の財布のひもは、天下一の硬さじゃぞ」


 姫が頷く。


「それで、いったいどうやって牢を破った?」


「簡単なこと。ドレスの中に隠し持っていた金切りノコで格子を切っただけ」


「トックリ! なぜ牢に入れる前に身体検査をしなかった!?」


ペディランサスの詰めるような物言いに、トックリは困り顔で応える。


「いやあ、王国の姫が金切りノコを隠し持ってるなんて思いもしませんでした。それに、嫁入り前の娘さんをオークがベタベタ触るのも可哀そうじゃないですか」


「むぅ、一理どころか百理ある。だが、何を隠し持っているかわからない以上、身体検査は必須じゃ。そうだな、魔王城より急ぎ女魔族に来てもらえ。そして、検査を終えた後、再び姫を投獄するのだ」


「承りました」


 ここで、再びサンデリアーナが手を上げた。


「要求がまだ」


「そうであったな、申してみよ」


「部屋着が欲しい。ドレスは肩が凝るから」


「よかろう、トックリよデパートへ行って何か良さげな服を買ってくるのだ」


「わかりました」


「そこのオーク、間違っても高い服なんて買って来てくれるな。部屋着、部屋着だからね。変なマンガのキャラとか入ってるのは嫌よ。あとスカートもNGだからね」


「喜べ、トックリ。デパートではなく、し●むらで良さそうだぞ。綿のスウェットか何かを買ってこい。それと、姫のドレスをクリーニングに出しておくのも忘れるな」


 ペディランサスの言葉に、サンデリアーナがうんうんと頷いてみせた。


 ペディランサスの指示は、姫の意図を汲んだうえに、ダンジョンの財政状況も鑑みた的確なものであった。そのうえ男所帯に身を置きながら、姫のドレスにまで気を回す始末。トックリは、自身の主が魔王軍一の知将と呼ばれる所以(ゆえん)を改めて強く感じたのだった。


「よし、女魔族が到着するまで牢に入れるわけにもいかん。我が直々にダンジョンを案内してやろう! ついてこい!」


 かくして、金切りノコを代償に部屋着を手に入れた姫。だがしかし、脱獄においてその頭脳こそがあらゆる道具より価値あることというに、二匹の魔物が気づくのはもう少し先のことなのであった。



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