表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

リコリス

作者: hybrid

気まぐれ短編です。

その人は、何時もそこに座っていた。

着物の袂が揺れ、閉じられた瞳の色を想像した。

黒い着物に咲き乱れる彼岸花が整いすぎた顔立ちと相まって、まるでこの世の者では無いような気さえさせた。


「先ほどから、何ようです。人をじろじろ見て。」

「っ………すまない。」

「いえ。ただ、こんな昼間っから、道ばたに座り込む女を眺めるほど、お暇なんですかえ?」

おかしな話し方をする女だった。

訛り……と言うか、なんというか。

離しているにもかかわらず、未だ目は閉じられたままで盲目なのかと疑いはじめた。

「上等な仕立てのお着物に角袖外套、ステッキも。食い扶持にはお困りの無いようだのう。」

「え、ええ。まあ。あの、見えて…?」

「否。」

女はにっと笑った。

赤い唇が細く伸びる。

「目では見ていぬ、心で見ているのだ。」

「は、はあ?」

やはり、どこかおかしな女だった。

頓珍漢な事をさらりと言う。


「一夜の相手は求めておらん。用がないならお帰り。」

「なっ…………俺がそのために近づいたと思うのか。」

「違うのか?私に近付く物好きは、大体そのような者だ。」

花街にも行けぬ、ジゴロ志望のクソどもよ。と女は笑った。

笑いどころは分からなかった。

そもそも、そのような相手を求めるほど、欲求不満な生活は送っていない。

趣味の勉学も、仕事も、それなりに充実し、忙しく過ごしていた。

しかし、その時は、その順風満帆の生活の中の何時も目に入る異分子を確かめたくて、非日常を求めて話し掛けたのであった。

「俺は、こう見えて役者でな、なんというか、あなたに目がとまっただけなんだ。」

「おやおや、一枚目か二枚目か分かりませんが、大層な方がお話になられているもんで、」

「いや、そんなことない。板に載るのもままならない、言わせてみれば九枚目だ。」

「あと、一歩だと、いいたいのか?」

あははと女は声を出して笑った。

その口元に添えた指の一本すら、計算されたような洗練された美しさを持っていて、陶器のような白さと相まって、目を引かれるのはごく自然のように思えた。

どこまでも常識にとらわれないこの女を、一つ、暴いてやりたくなり、時間の許す限り話を続けようと決意した。

「あなたはなぜ、ここに?」

「さて、なんでだか。」

「特に、理由があるわけではないのか?」

「はて、あろうがなかろうが、お宅には関係ないように思うが?」

もっともである。

しかし、ここまで来たのだ、これはもう聞き出すしかない。

意を決して、女に話し掛ける。

「ここには、好きでいらっしゃっているのですか?」

「……応。この様なところに理由もなく座り込むやつがあるか。」

すっと細く目が開かれる。

「ただ。待っているのです。」

「待つ?どなたを?」

「探し求める者を。」

ううむ。と唸る。

どうも話をはぐらかされているような気がする。

逆説的にも思える文章で、彼女はゆっくりとその美しい声を震わせる。

ねっとりとした蜜のようだ。

「親しくしている者か?家族か?」

「否。私は相手の顔は分かりませんの。」

「それでは探しようがないじゃないか。」

「それも否。探し求める者は、見れば分かるはずです。」

どこからか取り出した鞠を手のひらで転がしながら女は笑った。


暫くして、馬の蹄の音と人々の足音、話し声に混じってか細い歌声が聞こえはじめた。

どこからか聞こえ始めた声に、女はにっと笑った。

「やっときた………」

「この声の主が、探していた者か?」

「応。」

少しづつ大きくなっていく声を二人はその場で暫く聞いていた。


歩いてきたのは背中に赤子を背負った女だった。

赤子の纏う布との差を見に、どこかの屋敷の乳母とお嬢ちゃんと言ったところか。

真っ直ぐ道を歩いてきた女は、此方を気にすることなく通り過ぎると思われた。

「あっう………」

背中に背負われた赤子が声を上げる。

その拍子にその小さな紅葉のような手から、でんでん太鼓が落ちる。

カランと、音をたてて地面に落ちると、今まで楽しげに音をたてていたお気に入りのおもちゃが突如消失した悲劇に、赤子が堰を切ったように泣き出す。

「うっ……うぇ……うああああ!!」

「うわっ、お嬢様、どうなさったんですか?」

おもちゃが落ちたことに気付いていないのか、突然泣き出した子を女は焦ったように困ったようにあやし始める。

咄嗟に立ち上がると、目の前に落ちている太鼓を拾い上げ。赤子に握らせる。

「これでいいかな、お嬢さん。」

どこかの知らない男の手によって元に戻された太鼓を赤子はもう一生離すまいと小さな手で握りしめた。

安心したようににっこり笑うと、キラキラと声を出して笑う。

それに安心したように。女は息を吐くと、振り返ってお礼を言ってきた。

「どうもありがとうございます。」

「いいえ。気になったから、したまでです。」

そんなに丁寧にお礼を言われると、此方が小っ恥ずかしい。

女はもう一度頭を下げると、其の儘歩き出す。


「ちょいと、待ちなさい。」


女は声をかけられて振り返った。

「はい。」

「あなたに言っているの。私は、あなたを待っていたのよ。」

「えっと………どちら様でしょうか?」

「………緒歩。」

そう名乗ったように聞こえた。

女の名は、そんなだったのかと一つ謎が解けたように思う。

「えっと………以前どこかでお会いしたことありますか?」

「否。初対面よ。」

「は、はあ。」

黒い着物の女は、ゆっくりと立ち上がり、此方に歩いてくる。

しゃなりしゃなり、と言うより、どこか地に足が付いていないようなあやふやな歩き方だった。

「どのような、ご用で?」

「……そうね。あなたには特に。あなたのここに、ご行事よ。」

そっと女の着物の腹部を触る。

意味が分からないというように、首をかしげる女。

突然、赤子が大声を上げて泣き始める。

「ふっ………ぎゃああああ!」

「うわっ、どうした……の……」


一瞬分からなかった。

違うと思った頃には、俺の体の左半身に女の血をべったりと浴びた後だった。

赤ん坊の声の中に、悲鳴が交ざっていた。


「は……………」

「うっ………あぁ……」

女は唸るとその場で崩れ落ちる。

目の前にいる赤子をどうにか捕まえる形で、女を抱きかかえる。


女の首にかぶりついた黒い着物の女。

周りから悲鳴が聞こえる。

通行人が腰を抜かしていた。

腰を抜かしたいのは此方の方だ。


「美味しい………これで、私も手に入る。可愛い可愛い私の子…」


恍惚とした表情で黒い着物の女は、微笑んだ。

美しいと、思ってしまった。

細い可憐な花弁を伸ばして赤く、紅く咲き乱れる彼岸花のように。

恐ろしい美しさとはこういうものなのだ。

着物とその女が二つで一つのような気さえした。

背中にぞくりと振れが走る。

恐怖で腰が砕けた。其の儘その場に崩れ落ちる。てには赤子を抱いて。

女はこちらをチラリと見ると、口元に指を当てて微笑んで見せた。

いつかと同じ美しさ。いつかと違う恐ろしさ。




気が付いたら、目の前には何もいなかった。

二日後に町の近くの川で女の死体が上がったらしい。

子宮がくり抜かれた状態で。



俺は今でも思う。

あれは、きっと怪士の類い。

恐ろしく美しい化け物。

今、俺がやっている役のような。

いや、あれには到底叶わないが、きっとあれをもとにすれば良い演技が出来る。

あの異様さは誰の心をも掴んで離さない。

畏怖と恐怖を振りまく艶やかさ。

いつまでも子を待つ女の色っぽさ、切なさ。


「もし、そこのお兄さん。この子を抱いてはくれませんか?」

暗い舞台の上で、顔を隠して子を抱いて若い男に抱かせる。

そして抱いた男をどこまでも追いかける。


あの時の女の表情を思い出して、自分の中に移し込んで。

男の身で、子を見ること無く死んでいった女を演じる。

いつしか俺はその筋では有名になっていた。


「やはり…………の、産女鳥は、日本一だ。」

「あれはまるで本物だ。あの恐ろしさ、美しさ。」

「とても男とは思えない。」





***

こんにちは。まりりあです。

時代物書いてみたかったんですよね。と言うか、妖怪が好きなので、楽しかったです。

産女鳥うぶめどりは、妊婦が亡くなるとなると言われている妖怪です。

歴史書の姿形とは少々違う形で書かせていただきました。

本で読んだとき戦慄した産女鳥の作品を書けて嬉しいです。

気になったら、調べてみてくださいね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ