色盲少女に彩りを
私は色覚異常者だ。
正式名称は異常1色型色覚。
私にとって、世界はモノクロだった。
人間が肌色だとか、空が青いとか海が青いとか血が赤いとか信号には赤青黄だとか――知っているけど、私にとっては人間も空も海も血も信号もすべてが白黒。
まるで世界から逸脱してしまうんじゃないか――そう錯覚するほど、錯覚を納得してしまうほど、他人は私を異常者として見ていた。
障害者は異常者に見られる。だから私は異常者と世間から捉えられている。
そんな、異常者と付き合えるのも、また、異常者――障害者だと知るのは自明で、中学生の今では当たり前のように意識できている。
私には友達がいる。
同じ障害者の友達。彼女――しぃちゃんは、簡単に言えば、走ることができない人。
喘息じゃなく、心臓の病気らしい。だから、私やしぃちゃんは回りからハブられる。いや、ハブられるというと語弊なので、言い換えると、普通の人と仲のいい友達になることはできなかった。
よく、テレビで障害者が、何かを目標として頑張り、目標を達成するまでの物語を見せてくるのを見かける。
確かに、頑張ればできることもある。でも。障害の、障害たるゆえん部分はどうにもできない。
私はどんなに努力しても、私の見る世界は色褪せている。
変えられない決定事項。
障害が絶対に乗り越えられない。
壁を打ち砕く以前の問題。
壁はびくともしないし、何もない。
壊れることもないし、欠けることもないしヒビが入ることもない。
私だけでは何もできない。
私は、ずっとセピア色の世界しか、見ることができない。
それを認識して。
私は人生に期待をしなくなって。
中学生までに至る。
私としぃちゃんはよく遊ぶ。
しぃちゃんは私のことをみぃちゃんと呼んでいる。
私の家で、何か二人でする時もあれば、何もせず、適当に喋って終わりな日もある関係――つまり友達。
今日もそんな日の一日だった。
私は自分の部屋で、漫画を読んでいた。
漫画というのは、心地いい。
漫画はモノクロだ。差別がない。
障害者でも、関係ない。
モノクロの世界で、最高の世界を提供してくれる。
でも。
次のページをめくったときに、絶望する。
巻頭カラー。
そう書かれながらも、目の前に見えるのは、彩られたキャラクターではなく、モノクロのキャラクター。
……いつものことだ。
カラーだということは忘れて、モノクロのまま楽しもう――
「ねえ、みぃちゃん。大丈夫、泣いてるよ?」
え……。
いやいや、そんな。
泣いてるわけ――そう思い、眼をこすると。
私は本当に涙していた。
「どうしたのみぃちゃん。何か嫌なものでも見たの?」
私は呼吸を整えて。震える呼吸を元に戻した。
でもその間に、
「ああ、そういうこと」
何故涙しているかバレた。
思わず弁解する。
「いや、別にこんなんで泣いたわけじゃないから。さっき泣けるシーンを見て――」
「――嘘だよね。私分かるよ、嬉しくて泣いてる時のみぃちゃんは、そんな泣き方しないよ」
「……そうだね。私は今、色が見えなくて泣いていた……」
改めて、自分の口から、その言葉をするのは、心が痛い。
「色……教えてあげようか?」
「え? しぃちゃん、それってどうやって?」
「ちょっと待ってて」
そう言いながら、私の机の引き出しから取り出す。
カラー12色と書かれた鉛筆。つまるところ、色鉛筆12色。
でも、その色は私にとってすべてモノクロだ。
「まずね、赤。赤の代表的なものって、火とか、血とか、あとは赤信号に赤とんぼかな。赤っていっぱいこの世の中にあるんだよ。この漫画で言うと、このキャラのこの服の大部分と、瞳の部分は赤だね」
しぃちゃんは指をさしながら説明するけど、色の区別がつかない私は良く分からない。
「赤って暖色って言われるんだよ。あったかい――暖かな印象を受ける。モノクロだとしても、暖かな印象って受けるんじゃない?」
「ううん」私は首を横に振る。「灰色の中でも濃いってイメージしかないかな……」
「じゃ、じゃあ。これが黒、それでこれが白」
そう言いながら12色の色鉛筆のうち、二つを順に指さした。
「これは分かるんだよね?」
「そうね。白と黒は分かるわ」
「じゃあ、これは白ってわかる?」
漫画のカラーページに指をさすみぃちゃん。
私はそれが本当に白色なのか分かっていなかった。
「分からない……」
「じゃあ、あれだね。まずは、黒と白で、このキャラたちを見ていこうか。こことここ。あとここも、それとここも。この部分は全部黒」
「うん……」
あまりピンとこない。
「白と黒の間は……灰色かな」
「そうだね」
「でもみぃちゃんは赤青黄、その他もほとんどが灰色に見える……」
「うん」
「…………」
黙ってしまった。
多分、お手上げなんだろう。
「大丈夫だよ、しぃちゃん。私はたとえ世界がセピア色に染まって見えても、変わらないものがあるって分かってるから」
「それって……?」
「私としぃちゃんは、いつでも、いつまでも友達ってこと」
本心だ。どんなに世界が色褪せても、どんなことがあっても、私としぃちゃんは友達。
どんなに離れ離れになろうとも。
あまり会えなくなっても。
友達であることに変わりがないと、友達になったときからそう思っていた。
「あ、ありがとう、みぃちゃん。私ね! 頑張るね!」
「え? 何を?」
脈絡が、半ば強引飛ばされて、混乱した。
「私が、しぃちゃんに色ある景色を見せてあげる!!」
中学生のしぃちゃんが、家中に響き渡る声でそう宣言した。
*****
あれから十年。
高校生。私としぃちゃんは別々の高校に通っていた。
しぃちゃんは、なぜか勉強をめっちゃしていたらしく、県でも一番頭のいい大学へ行った。
そのあと、私は勉強の邪魔をするのは駄目だと思い、しぃちゃんから連絡を取らない限り、私はしぃちゃんに何も連絡しないと心に誓った。
そして私は、色が見えなくても問題のない漫画家になっていた。
あまり稼ぎがいいとは言いにくいけど、私にとって、私のような境遇の人に、一番見せたいものは漫画だと結論付けて、高校時代から漫画家になる努力をして、結果、なることができた。
急に。
携帯から、電話がかかってきた。
よくわからない番号……と、思っていたけど、気づく。
「しぃちゃんの携帯番号?」
よく電話でも話し合っていた私としぃちゃん。だから、気づけた。
電話に出る。
「も、もしもし?」
「みぃちゃん!! ついに!! 完成したよ!!」
電話に出て、しぃちゃんはすぐにそう言った。
「何が完成したの?」
「とにかく!! 私の研究所に来てほしいんだよ!!」
*****
研究所前で、私は十年近く会っていなかった友達に出会う。
私を見た途端、しぃちゃんは急に抱きついてきた。
「久しぶりに会えてうれしいよーみぃちゃん!!」
「私も嬉しいよ」
しぃちゃんの感情表現に戸惑うも、よく考えれば子供時代から、こんな感じだった気がする。
「高校のあと大学行ってそのまま研究に没頭したってのは、見た目で分かるんだけど……。しぃちゃん、一体何が完成したの?」
「決まってるじゃん! しぃちゃんにも、彩られた景色が見れる機械が完成したの!!」
「――!! ……本当に?」
「ホント! マジだよマジ。私けっこう有名人になっちゃってるらしいから、みぃちゃんも知ってると思ったんだけどなあ―」
「私漫画になったから、時間取れなくて俗世に疎くなっちゃったんだよね……」
「そうなのー? まあいいや。早く、私の案内する場所までついてきて!!」
嵐のようにしゃべりだしながら、嵐のようにこの場を過ぎ去り、研究施設内に入ったしぃちゃん。私はそのあとを追う。
そして、よくわからない扉を開けると巨大な機械があった。
いや、機械というよりは、部屋がというべきかもしれない。
「みぃちゃん、この扉に入ってくれる?」
「いいわよ」
扉の中に入る。
密閉された空間。
暗い部屋。
世界がモノクロ。
否、黒のみ。
そこに、
「これが、色とりどりの世界だよ! みぃちゃん!!」
景色が広がる。
壮大な景色。
山から見下ろす景色だった。
色があった。
赤から何まで、見える。
白と黒だけの世界ではない。
世界が、彩られた。
背景が変わり、飛行機から撮影したのか、海を俯瞰に見える人称に切り替わる。
海は青かった。
飛沫にも色があるとしっかり認識できているのが私自身、痛感している。
「どうかなみぃちゃん。ちゃんと色見えてる?」
「み……見えてる、よ」
「良かった。嬉しいよ」
涙がこぼれているのが分かる。
なるほど。これが涙の色。透明で、でも、ただ白いだけじゃない。
色は固定されているというよりは、グラデーションがしっかりとある。私はそれを初めて知った。
「泣くほど嬉しいなんて。作った甲斐があったよ!!」
「す、すごすぎだよ、しぃちゃん……!」
「えへへ。出来ればもっと早く見せたかったんだけどね。なかなかスケジュール通りに行かなくてね……」
「十分――いや、産まれてここまで嬉しいことはなかったよ……。しぃちゃん。ありがとう……!」
*****
あの出来事のあと。
しぃちゃんは、眼鏡をかけるだけでカラーに見える世界を作ってくるよと言って、さらに研究を深めると言った。
私はというと。
幸せに満ち溢れていた。
見れないと思った景色が、見れた。
これほど幸福なことはない。
色を知れた。
それは、本来ではなかったこと。できなかったはずだったこと。
でも、しぃちゃんはやってのけた。
私はそのことが嬉しかった。
私はあの日を一生忘れることはない。




