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3:もふもふ辛辣美青年と新しい職場!

「おかえり、メイダン」


 アローは親しげに、青年に声をかけている。

 なぜだろう、私はメイダンと呼ばれた青年に既視感を覚えた。


 荒野で倒れたのとは別の機会に、彼とどこかで会ったことがあるはず。

 再び、前の魂の記憶を探る。


 広い学園、卒業式で糾弾してきた高飛車な公爵令嬢、その彼女の傍……斜め後方。

 そうだ、公爵令嬢の護衛軍団の中にいた。つまり、取り巻きの一人だ!

 前の魂がイケメン好きだったため、彼を覚えていたらしい。

 

 どういうことだろう、公爵令嬢の取り巻きが私を助けた?

 いや、違う。助けたのじゃない。助ける理由がない。

 困惑していると、メイダンと呼ばれた青年が私に視線を向けた。

 

「なんだ、生きていたのか。ずいぶんしぶとい奴だ」

 

 私が倒れる寸前に耳にしたのと同じ声だ。

 

「あなたが助けてくれたと聞いたけど」

 

 答えれば、彼はフンと視線を逸らせる。


「おめでたい女だな」

「はい?」

「俺が親切心から、お前を救ったと思っているのか?」

 

 ……そうではないのだろう。

 問われた私は、自分の考えを彼に伝える。

 

「公爵令嬢の命令で、私たちを監視するために追ってきたの? 卒業式で彼女の近くにいたよね?」

「なんだ、あれだけ学園のテストで0点を連発していたのに馬鹿じゃなかったか。というか、よく公爵令嬢と俺の繋がりがわかったな」

「たまたま(前の魂が)覚えていただけ。それに、私を見張る理由があるのは、あの公爵令嬢くらいでしょう。なんであなたが、私が野垂れ死にするのを助けたかまではわからないけど」

 

 私を見捨てれば、メイダンは晴れて厄介な任務から解放された。

 公爵令嬢の周りの男性は、皆彼女を慕っている。

 彼だって、一刻も早くセレーニに戻りたいに違いない。

 

「ただの気まぐれだ。男どもに軒並み見放され、さすがに哀れに思った」


 気まぐれでも、同情からでも、助けてもらえたのはありがたい。

 私一人では、あの荒野は抜けられなかった。


「元王太子たちは監視しなくて構わないの? どちらかというと、私よりも向こうのほうが権力者だし、野放しにしたら危険じゃない?」

「それに関しては、別の者が担当している」

「あなたたちも大変だね。元王太子たちがいつまでも、揃って行動しているかはわからないよ?」

「一体、誰のせいだと……まあいい。あいつらのグループは、すでに分解したと連絡が入っている。王太子擁護派と反王太子派に別れ、行動を開始したようだ」

「そうなんだ」

 

 あれだけ団結していたのに、瓦解するときは一瞬。

 エルシーと愉快な仲間たちは、所詮、その程度の関係だったのだ。

 

 それにしても、私を助けてくれた上に、正直に愉快な仲間たちの現状を教えてくれたメイダンは親切だと思う。

 私の元の魂は、取り返しのつかないほどの大失態をやらかしているのだから。

 親切ついでに、私自身の現状も聞いておこう。

 

「とりあえず、ありがとう。でも、ここはどこの国なの?」

「セレーニの隣国、アゼロックだ。主な住民は獣人で人間は少ない。セレーニは四つの国に囲まれているが、お前の倒れた場所から一番近いのがアゼロックだった」

「そうなんだ」


 荒れ地を彷徨っていただけだが、メイダンのおかげで私は他国へ出ることができたらしい。

 セレーニへ戻るのは許されないので、現在地が他国と知ってホッとする。


 とはいえ、これから先は行く当てがない。

 獣人がメインの国……しかもセレーニの隣国では、人間に対する風当たりは強いのではないだろうか。暮らすには厄介だ。

 別の国を目指すほうがいいかもしれない。

 しかしお金も持ち物も皆無で、移動できる気がしない。

 

「あの、どこか働ける場所を知らない? お金を稼がなきゃ、これから生きていけないし」

 

 私が告げると、なぜかメイダンは目を見張った。

 

「お前、本気で言っているのか?」

「え? そうだけど?」

 

 前の魂は、労働なんてしない性格だったに違いない。

 

「なんの仕事に就くつもりだ? 酒場の酌係か娼館の……」

「いや、そっち系じゃなくて! 性別に関係なく働ける仕事がいい! 飲食店なら経験があるし!」

「嘘を言うんじゃない。男爵に拾われる前は、孤児院にいただろう」

「うっ……」

 

 そうだった。ここでの私はエルシーなのだ。

 気をつけないと、私自身の前世について話してしまう。

 

「まあまあ、試しにうちで働いてもらえばいいじゃない。ちょうど、人手が足りていなかったし」

「おい、姉貴! マジかよ!? コイツ、隣国で問題起こした罪人だろ?」

 

 どうやら、彼らは私の素性も知っているようだ。

 メイダンが説明したのだろう。

 

「構わないわ。敵の敵は味方、セレーニの敵はアゼロックの味方ってね。お給料は弾めないけど、食事つきで雇ってあげる。部屋は、そのまま使うといいよ。酔い潰れて、どうしようもなくなった客を休ませる部屋なんだ」

 

 レーナはセレーニ国が嫌いなようだ。

 少し前まで獣人を奴隷扱いしていたのだから、仕方がない。この国で被害が出ていた可能性もある。

 人間の私が獣人の国で暮らすのはきついかもしれないが、背に腹は代えられない。

 

「ありがとう。ここで働かせてください、お願いします!」

 

 私は腰を直角に倒して頭を下げた。日本風、最上級のお辞儀は、セレーニでも変わらないのだ。

 アゼロックでは知らないけれど。

 

「だから~、堅苦しいのはいいってば。業務開始は明日ね? 昼と夜は地獄の忙しさだから覚悟してよ?」

「わかった、頑張る!」

 

 レーナは私を受け入れてくれたけれど、アローは嫌そうにしている。

 そして、メイダンは店の二階へ上がっていく。

 不思議に思い眺めていると、彼は仏頂面のまま私に言った。


「当分は、ここに滞在させてもらう予定だ。お前の監視もあるからな。ここの姉弟は俺のいとこで協力者……」

「それって、一日中、ここで私の仕事姿を見ているってこと? 暇じゃない?」

「昼間はレーナやアローに監視を任せる。俺には別の仕事も来るから」

「別の仕事って?」

「お前には関係ない」


 素っ気ない態度から、自分が彼に好かれていないどころか嫌われ気味だとわかる。

 それはそうだろう。

 学園でのエルシーを見ていれば、まともな人間はイラッと来ていたに違いない。

 ましてや、彼は公爵令嬢側の人間なのだから。

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