表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

2:もふもふ双子にお世話されます

 気づけば、私は古そうな木のベッドに寝かされていた。

 石造りの頑丈な建物は、エルシーの生まれ育った木造の貧乏長屋とも、男爵家の成金部屋とも違う。

 木の床には厚手の青い絨毯が敷かれ、白い壁には素朴なタペストリーが掛かっていた。

 明らかに知らない場所だ。


 体はきれいになっており、服も新しいものに着替えさせられている。

 不思議な模様のワンピースは可愛らしい。

 追放されるときに着せられた囚人服は、荒野を歩くうちにくたびれて、ボロボロになってしまった。

 

 悪い人物に捕まったにしては、待遇が良すぎる。

 罠か、罠なのか……


 倒れる寸前に声をかけてきた、あの人は一体誰だろう。

 いろいろ失礼なことを言われたけれど、彼が助けてくれた可能性が高そうだ。

 とりあえず、お腹が空いた。


 王太子と愉快な仲間たちが、お金も食べ物も水も、根こそぎ持って行ってしまったので、私は丸一日以上何も口にしていない。

 飢え死にする前に、誰か人を探そう。

 

 裸足のまま部屋を出た私は、家の住人を捜して歩き回る。

 寒い季節ではないので助かった。

 

 少し進むと、階下から賑やかな声が聞こえてきた。おいしそうな匂いもする。

 たくさんの人が食事を楽しんでいるみたいだ。

 誘われるように階段を下りると、後ろから声をかけられた。


「目が覚めたのね!」

「えっ?」

 

 見ると、同い年くらいの女の子が、食べ物の乗ったお盆を持って立っている。

 茶色い頭の上には、小さな立ち耳がついていた。

 前の魂の記憶を思い出す。

 

 この異世界では、人間と獣人などの種族が共存している。

 ただ、私のいたセレーニ国で獣人は、長年差別の対象となっていた。

 彼らは種族的に体に魔力を宿さず、魔法を扱えないからだ。

 セレーニ国周辺で暮らしていた獣人の多くは、人間に捕縛され、拘束の魔法をかけられ奴隷にされた。

 

 もっとも、数年前に奴隷解放戦争なるものが勃発し、獣人は奴隷の身分から解放されたのだが。

 争いを起こした中心人物は、学園入学前の公爵令嬢(たぶん十歳くらいのとき)だと言われている。


 どんだけ天才なの、公爵令嬢!

 そして、私の前の魂よ、どうしてそんな厄介な相手を敵に回しているの!?

 勝てるとでも思ったのか!? 学園の勉強にすらついて行けないお前には無理だ!!

 

 こちらの世界の人間は、魔法を使うことができる。

 魔力や才能の差はあるし、ほとんどの人は生活に必要な程度の魔法しか使えないけれど。


 エルシーは膨大な魔力を秘めていたので、男爵家の養子になった。

 けれど、学園ではハーレム作りに夢中で全く勉強していない。

 つまり、魔法が使えないに等しい。

 しかも、身体能力が優れた獣人と違って運動神経も悪い。いいところナシだ。

 

 この場所はどこなのか。セレーニ国の外だということしかわからない。

 とはいえ、さほど離れてはいないはずだ。

 にもかかわらず、獣人の彼女は人間の私を助けてくれた。

 人間と獣人の確執など意に介さない様子で、女の子は話を続ける。

 

「そろそろ様子を見に行こうと思っていたの。体は大丈夫? あなた、丸二日眠っていたのよ。まだ無理しちゃ駄目、部屋に戻って」

「わ、わかった」

 

 勢いに押され、思わず頷いてしまった。


「私はレーナ、弟と二人で食堂を経営しているの。あなたは友人が運んできたのよ」


 階下が賑やかだと思ったら、店らしい。

 そして私は、彼らの住居である二階に寝かされていた模様。

 

「あの、私、エルシーといいます。助けていただき、ありがとうございます」


 家の名前はもう出せない。

 男爵に拾われる前と一緒で、私は名字のないただのエルシーになった。

 

「そんな堅苦しくしないでいいわよ。見たところ、年も近そうだし」

 

 フレンドリーに接してくれるのはありがたい。

 レーナに連れられ部屋に戻った私は、再びベッドの住人になった。


「もう回復したから大丈夫なんだけど……」

「駄目! 人間はヤワなんだから! トイレとお風呂は二階にあるから、今日はこの部屋で安静にしていてね。はい、これはうちの特製ディナープレート。中身は体に優しいものばかりだけど、無理のない範囲で食べるように」

「ありがとう……」

 

 押しに弱い性格の私は、大人しく彼女の指示に従うのだった。

 夜も更けた頃、レーナの店は急に静かになった。おそらく、閉店したのだ。

 すっかり回復した私は、食べ終えた食器を持って彼女のもとへ向かう。

 

 一階は木のテーブルが四つとカウンターのある、温かな雰囲気の店だ。

 新しくはないけれど、きれいに手入れされている。


 ふと、前世で働いていたバーを思い出した。

 店主のおじいさんと過ごした、二度と戻れない優しい空間。

 物思いにふけりながら周囲を観察していると、私に気づいたレーナが厨房の奥から出て来た。


「あれ、お皿を持ってきてくれたの!? ありがとうね、気を遣わなくていいのに!」

「おかげさまで、もう元気に歩けるから大丈夫」

 

 話をしていると、店の奥からレーナと似た雰囲気の男の子が顔を出した。

 髪の色は彼女より若干淡い。

 垂れ目気味のレーナと違って吊り目。

 薄灰色の目の、きれいな男の子だ。彼にも猫のような耳と尻尾がある。


「あ、紹介するね。双子の弟のアローよ」

「エルシーです。あの、お世話になってます」

 

 お礼を言おうと思ったら、アローは遮るように告げた。


「そういうの、別にいいんで。あいつが連れてきたから、あんたの面倒を見ただけだよ」

「あいつって?」

「ああ、あいつ」


 答えたアローは、店の入り口を指さした。

 つられて顔を上げると、獣人の青年が店に入って来たところだった。

 銀髪に同じ色の尖った耳のついた美しい獣人で、ふさふさの大きな尻尾も毛並みがきれい。


 私が倒れる寸前、目にした人物だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ