2:もふもふ双子にお世話されます
気づけば、私は古そうな木のベッドに寝かされていた。
石造りの頑丈な建物は、エルシーの生まれ育った木造の貧乏長屋とも、男爵家の成金部屋とも違う。
木の床には厚手の青い絨毯が敷かれ、白い壁には素朴なタペストリーが掛かっていた。
明らかに知らない場所だ。
体はきれいになっており、服も新しいものに着替えさせられている。
不思議な模様のワンピースは可愛らしい。
追放されるときに着せられた囚人服は、荒野を歩くうちにくたびれて、ボロボロになってしまった。
悪い人物に捕まったにしては、待遇が良すぎる。
罠か、罠なのか……
倒れる寸前に声をかけてきた、あの人は一体誰だろう。
いろいろ失礼なことを言われたけれど、彼が助けてくれた可能性が高そうだ。
とりあえず、お腹が空いた。
王太子と愉快な仲間たちが、お金も食べ物も水も、根こそぎ持って行ってしまったので、私は丸一日以上何も口にしていない。
飢え死にする前に、誰か人を探そう。
裸足のまま部屋を出た私は、家の住人を捜して歩き回る。
寒い季節ではないので助かった。
少し進むと、階下から賑やかな声が聞こえてきた。おいしそうな匂いもする。
たくさんの人が食事を楽しんでいるみたいだ。
誘われるように階段を下りると、後ろから声をかけられた。
「目が覚めたのね!」
「えっ?」
見ると、同い年くらいの女の子が、食べ物の乗ったお盆を持って立っている。
茶色い頭の上には、小さな立ち耳がついていた。
前の魂の記憶を思い出す。
この異世界では、人間と獣人などの種族が共存している。
ただ、私のいたセレーニ国で獣人は、長年差別の対象となっていた。
彼らは種族的に体に魔力を宿さず、魔法を扱えないからだ。
セレーニ国周辺で暮らしていた獣人の多くは、人間に捕縛され、拘束の魔法をかけられ奴隷にされた。
もっとも、数年前に奴隷解放戦争なるものが勃発し、獣人は奴隷の身分から解放されたのだが。
争いを起こした中心人物は、学園入学前の公爵令嬢(たぶん十歳くらいのとき)だと言われている。
どんだけ天才なの、公爵令嬢!
そして、私の前の魂よ、どうしてそんな厄介な相手を敵に回しているの!?
勝てるとでも思ったのか!? 学園の勉強にすらついて行けないお前には無理だ!!
こちらの世界の人間は、魔法を使うことができる。
魔力や才能の差はあるし、ほとんどの人は生活に必要な程度の魔法しか使えないけれど。
エルシーは膨大な魔力を秘めていたので、男爵家の養子になった。
けれど、学園ではハーレム作りに夢中で全く勉強していない。
つまり、魔法が使えないに等しい。
しかも、身体能力が優れた獣人と違って運動神経も悪い。いいところナシだ。
この場所はどこなのか。セレーニ国の外だということしかわからない。
とはいえ、さほど離れてはいないはずだ。
にもかかわらず、獣人の彼女は人間の私を助けてくれた。
人間と獣人の確執など意に介さない様子で、女の子は話を続ける。
「そろそろ様子を見に行こうと思っていたの。体は大丈夫? あなた、丸二日眠っていたのよ。まだ無理しちゃ駄目、部屋に戻って」
「わ、わかった」
勢いに押され、思わず頷いてしまった。
「私はレーナ、弟と二人で食堂を経営しているの。あなたは友人が運んできたのよ」
階下が賑やかだと思ったら、店らしい。
そして私は、彼らの住居である二階に寝かされていた模様。
「あの、私、エルシーといいます。助けていただき、ありがとうございます」
家の名前はもう出せない。
男爵に拾われる前と一緒で、私は名字のないただのエルシーになった。
「そんな堅苦しくしないでいいわよ。見たところ、年も近そうだし」
フレンドリーに接してくれるのはありがたい。
レーナに連れられ部屋に戻った私は、再びベッドの住人になった。
「もう回復したから大丈夫なんだけど……」
「駄目! 人間はヤワなんだから! トイレとお風呂は二階にあるから、今日はこの部屋で安静にしていてね。はい、これはうちの特製ディナープレート。中身は体に優しいものばかりだけど、無理のない範囲で食べるように」
「ありがとう……」
押しに弱い性格の私は、大人しく彼女の指示に従うのだった。
夜も更けた頃、レーナの店は急に静かになった。おそらく、閉店したのだ。
すっかり回復した私は、食べ終えた食器を持って彼女のもとへ向かう。
一階は木のテーブルが四つとカウンターのある、温かな雰囲気の店だ。
新しくはないけれど、きれいに手入れされている。
ふと、前世で働いていたバーを思い出した。
店主のおじいさんと過ごした、二度と戻れない優しい空間。
物思いにふけりながら周囲を観察していると、私に気づいたレーナが厨房の奥から出て来た。
「あれ、お皿を持ってきてくれたの!? ありがとうね、気を遣わなくていいのに!」
「おかげさまで、もう元気に歩けるから大丈夫」
話をしていると、店の奥からレーナと似た雰囲気の男の子が顔を出した。
髪の色は彼女より若干淡い。
垂れ目気味のレーナと違って吊り目。
薄灰色の目の、きれいな男の子だ。彼にも猫のような耳と尻尾がある。
「あ、紹介するね。双子の弟のアローよ」
「エルシーです。あの、お世話になってます」
お礼を言おうと思ったら、アローは遮るように告げた。
「そういうの、別にいいんで。あいつが連れてきたから、あんたの面倒を見ただけだよ」
「あいつって?」
「ああ、あいつ」
答えたアローは、店の入り口を指さした。
つられて顔を上げると、獣人の青年が店に入って来たところだった。
銀髪に同じ色の尖った耳のついた美しい獣人で、ふさふさの大きな尻尾も毛並みがきれい。
私が倒れる寸前、目にした人物だ。