7月30日 四
カルデラ人というのが私にとってどれだけ衝撃を与えたか、伝えられる術が文字という中でしかできなくて非常にもどかしい。
朝刊の小さな記事にカルデラ人の紹介と報告が載っていたに過ぎなかった。
笹中は記事を見て固まっている私と興奮している田畑を見て、訳がわからないという顔をしていた。
私と田畑は笹中にカルデラ、そして、それにつながるトウと魔女の伝説をそれはもううんざりするほどに言い聞かせた。あの日の笹中は哀れだったなと、書いていて思う。
ここにもざっくりとだが、私たちの計画を知ってもらうためにも、書き記しておこうと思う。
サマクンラ諸島はヨーロッパ南西部、キアナ公国から130キロ東にある、それなりに大きい島である。
日本だと北海道と同等くらいか。
かつてはカルデラ人による排他的社会が形成されていたらしく、そこで作られたとする技術は現在の科学技術を持ってしても不可能で、人知を超えたテクノロジーが生まれていた、とされている。
そのカルデラ人は、the towerという、名前以外は何もわからないが、カルデラの結晶とも言えるものをこの世に作り出したのだという。
科学を超えたもの、それはもう魔法なのでは、ということから、カルデラ人は畏怖を込めてwitchと呼ばれている。
日本での正式な名前がないため、「トウ」と「魔女」と呼んでいるが、基本的にその手の情報に詳しい人の間ではこれで通じる。
ヨーロッパでは有名な古典史料である、「アルヴァス」にそれは載っているのだが、誰もがそんなこと信じてなどいなかった。
18世紀、19世紀と、調査隊がサマクンラ諸島に上陸し、探索をした記録があるが、そもそも人の痕跡すらなく、無人島であると報告されて、誰もがアルヴァスの記録などあてにせず、忘れられていった。
しかし、今から10年前の1985年、状況が変わってくる。
サマクンラ諸島の調査をしたキアナ公国の調査隊が、ジャングルの奥で巨石を発見した。
長さ20メートル、高さ・幅は3メートル、重さは800トンにもなる巨大な石である。
現実的に考えて、この巨石は人力で動かすことができない。
検証によれば、1万5000人が一斉に働きかければ動かせないことも無いようだが、そんな人数で一斉に動かすことなど実質不可能である。
そんな巨石が、等間隔に3つ、並んでいるのだ。
さらに注目するべきことが何個もあるのだが、サマクンラがいかに不思議に満ちているかを述べるとキリがないため、今はここまでに控えておこう。
世界がこのニュースに注目した。サマクンラの名前はたちまち広まり、その時にアルヴァスの書も注目を浴びることになった。当時、連日連夜このニュースでテレビは持ちきりだった。
だが、1970年代にも起きた、超能力ブームと重ね合わせ、真実を突き詰めるよりも面白おかしく報道する方向に舵をきっていった。当時、テレビを見ていた私は不満でしかなかった。テレビの力が偉大であると持っていた私は、本気で挑めばアルヴァスの書のこともカルデラ人のこともサマクンラのことも、全てがわかるのではないかと思っていたが、現実はそうはならなかった。
諦めきれない私は当時、ありとあらゆるオカルト雑誌を読み漁り、そっち方面に詳しい人がいないかと限られて大人たちに話し回った。成果は当然得られなかった。
小学生の私には、見える世界も考え方も小さかった。ただ、この時の成果は得た。田畑と出会ったのだ。彼が高校に進学する際に引っ越すまえまで、二人で何度も世界の不思議について喋った。
もちろん、サマクンラのことも。行ける範囲の不思議に飛び込んでいったりもした。まさか大学で、同じサークルに入ることになった時は二人で驚いて笑いあった。
とまあ、いろいろはしょりつつ説明してきたが、カルデラ人という半分いないと諦めかけた存在が、どういうわけか特定され、トンプソン調査隊に発見されたのかもしれないという話が、ここまで上げてきた全てである。