7月30日 三
会場には見渡す限り200人はいて、久しぶりに私は緊張をしていた。
「えー、僕たちは、トウの探索、そしてー、魔女探しをしにサマクンラ諸島へと向かおうと思います。」
我らが旅行サークルのメンバー、並びにOBの方々をお呼びした臨時活動報告会が開かれたのは、私たちがあの朝刊に出くわしてから2週間後の日曜日である。
声を響かせるマイクを持ち、黒板の前でみんなの視線を釘付けにしているのは紛れもなく、この私であった。
私に提案をした田畑は隣で不安そうにこちらを見ながら立っている。私に事案を持ちかけた奴が一番おろおろしていてどうするんだ。
あれを見せられたあの日から、私は臨時報告会を提案し、OBの方たちへの連絡をし、ありとあらゆる資料をできる限り集めた。
現メンバーには事前に今回私が提案したサマクンラのことを話しておいたが、OBの方々はまだ知らない。
見渡してみれば、口をあんぐり開けているOBと目を輝かせているOBの両極端になった。
サプライズとしては大成功だった。
その後すぐに返ってきたのは矢継ぎ早に来る質問と怒号。
OBの方々から聞こえてくるのは多分大体、出来るわけねーだろ、危険すぎる、だったと思う。
歴代続く先輩方の伝統的な「熱いエール」である。
幹事長に就任してから始めての報告会であったが、歴代の幹事長たちはこの荒波を超えてきたのか。
思い浮かべればろくな先輩たちではなかったが、ろくな人たちでないからこそこのぶっ飛んだサークルを成り立たせていたのか思い知った。
創設してからまだ17年の浅いサークルであるが、変人奇人が多くこのサークルの門を叩いてくる。
サークルのメンバーだけでない。150以上ある大学サークルの中で最もいかれているサークルランキングの堂々の2位に輝いている私たちの集会を一目見ようと見物人が押し寄せて来た。
中には教授、そして、事務員の方も毎度のようにきている。教授の中には活動を全面に押してくれている人もいるが、事務員からは活動の面においてとても危険視されている。
何年か前からか、報告会は大学の一種のイベントととして認知されたらしい。
どんだけこのサークルが好きなんだ、みんな。私と田畑は場を一旦落ち着かせたあと、質問を一つ一つ聞いていった。
「いつからの出発になりますか?」
「夏休みの始まる7月最後あたりを予定しています。」
「滞在期間は?」
「夏休みフルの予定です。」
「最小決行人数と最大決行人数を教えてくれ」
「機材持ち込みや現地での行動を考えると、最小決行人数は6人、最大は8人です。」
旅行サークルはどこに行こうとメンバー全員で参加をするということはない。各々の企画者がメンバーを集めて行くという感じだ。ただし、大規模な旅行計画を立てるさいは多角的な意見を聞くという名目のもとに報告会を開くことが伝統になっている。
「現在決まっているメンバーは?」
「私と、ここにいる田畑、そして、1年生の笹中です。」
「ふざけてんのか」
「先輩達が散々に行ったことを省みてくれればわかるように大真面目です。」
「金どーすんだよ」
「こればかりは、皆さんに貯めてもらうしか。最低でも1人60万は用意してもらいます。」
会場から恒例の、いつも通りの悲鳴とざわつき。同じように先輩たちも貯めてきたはずなのに。
このサークルに入ったら最後、アパート費用すら旅につぎ込む。
ビンボー学生などと言っていられる暇なんてない。みんな死にものぐるいで金を貯め、そして費やす。
無駄金と前に部外の誰かから言われたことがあるが、その人はさぞ有意義な無駄じゃない金の使い方をしているのだろう。
私らからしてみればそれが無駄であると感じてしまうが。
「ちょっと、根本的な質問なんですけど、よろしいでしょうか」
遠慮がちに手を挙げたのは1年生の高橋であった。
「そもそも、サマクンラって上陸していいものなんですか?」
「...トンプソン調査隊が上陸したとおり、正式な手続きを通せば行ける可能性は充分にあります。」
「規模が違うだろ。あちらさんはサマクンラ諸島を領有しているキアナ公国とのパイプがあるっていうこともある。俺ら日本人がそう簡単に行けるのかわかんねーぞ。機材っつったって、大学生が揃えられるものなんて高が知れているぞ。それに・・・リスクが高い。もっと他に行く場所はあるはずだ。」
先輩からも最もな意見が飛び出る。
具体的な内容は避けたが、サマクンラ、それにサマクンラ周辺の事情は複雑怪奇で、リスクという面では段違いに高い。逆に今まで行く前提のような質問が多かったのでその質問が逆に不思議に思えた。
「キアナ公国はアメリカほどではありませんが、着実に外の国々との接触を図ろうとしていると聞いたことがあります。・・・先輩方も何度か未知の領域に踏み込み、無謀とも言える果敢な活動をなされてきたのは存じております。だからと言ってなんでも許されると思っているわけではありませんが、・・・起こりうるだろうトラブルを予想し、対応できたらと思います。・・・私たちの目的はサマクンラのトウへの到着そして調査ですが、危険だと判断したら即刻プロジェクトを取りやめて退散します。機材は・・・順次対応したいと思います。」
歯切れが悪くなっているのを感じた。調査調査とサマクンラに行くことだけが先行し、機材のことをないがしろにしてしまっていたのはこの時しまったと思った。
会場がざわついている。過酷な道を乗り越えてきたOBの先輩方たちでさえサマクンラに行けるかどうか未だ懐疑的なのかもしれない。
現メンバーのみんなはまだサマクンラにどんなリスクがつき、どんな自体が予想されているのかを飲み込めていなかった。
今更になって、途轍もない不安と後悔が襲いかかってきた。数秒間、私は停止してしまっていた。
「幹事長さん、質問、いいかな?」
そう言ってきたのは初代幹事長兼このサークル創設者にして私をこのサークルに勧誘した天野さんだった。場が静かになる。もう40に差しかかろうとしている年齢なのに私も田畑もこの人には随分と無茶をさせられ、また、この人のことをとても尊敬しているので、つい顔が硬くなっていた。
「どうして、サマクンラに行く決定的な理由は?」
高橋よりさらに根本的な質問が飛び出てきた。
その時私はハッとした。あの朝刊を見て以来、衝動とも言える形でここまで進めてきた。理由?食べ物を見つけたから食べにきた、みたいなくらいに理由と言える理由にならないが、言ってみた。
「・・・カルデラ人が、見つかったんです。あの、トウの建設者と言われているカルデラ人です。先輩方も見たでしょう?魔法使いが、マジの魔法使いと言われるカルデラ人ですよ?行きたいと思わないほうが、どうかしています。」
一瞬の沈黙の後、みんなゲラゲラと笑っていた。あれ?
「それが聞きたかった」
天野さんはニカッと笑い、ついで先輩方は拍手を送ってきた。
納得したと言わんばかりにOBの方達は安心した顔をしている。現メンバーも訳がわからないままに拍手をしている。
見物人たちもぽかんとしている。
旅をこなしてきたものにしかわからない拍手であったと思う。