7月30日 二
始まりは半年前の1月7日。夜から大学図書館で借りた本を読み漁っていたため、昼ごろまで寝るつもりでいた。
そんな朝、私のアパートを訪ねてきたのは、同じ旅行サークルの田畑だった。階段をドタドタと駆け上がる音は、田畑だとわかるくらいにはこのアパートを訪ねてくる。
田畑が家をバンバンと叩く前に、私はドアを開けた。
「田畑、大学は明日からだぞ。冬休みの最後くらい一人でいさせてくれ。」
「お前、見てないのか!今日の朝刊、とんでもない記事が載っている!」
新年の挨拶も、そもそも礼儀としての挨拶すら交わさずに、田畑は息を荒くしながら喋る。鼻息が荒かったが、どうやら走り疲れただけではないらしい。
生憎、私のアパートは新聞もとっていなければテレビもない。ラジオは我が家からもらってきたが、電波が悪く、最近は聞いていない。その事を告げると、
「じゃあ、とりあえず学生室行くぞ!準備しろ」
田畑は一刻も早くことの真相を伝えたがっていたが、田畑自身の口から伝えようとしてもうまくまとめる自信がないようだ。
懸命な判断だ。田畑はまとめる、ということに置いては全般的に苦手なのだ。この大学2年間の生活の中で何度こいつのレポート制作に手を貸してやったことだろうか。まとめることが苦手というより、日本語が苦手なのか。
田畑が急かすので、訳も分からないが、厚手のコートを着て、大学へと歩を進めた。
学生室には私たちが所属している旅行サークルに充てがわれた部屋がある。
暇な時はみんなでゲームをしたり雑誌を回し読みしていたりするが、今日はなんだって学生室に行かなければならないのか意味がわからなかった。
大学は当たり前だが閑散としていた。授業のない日に学校に訪れようとする大学生はいるのかもしれないが、少なくとも私の周りにはいない。ソフトボール部の皆様が寒い中外で大声を張って練習をしているのをみると、なぜかこちらが申し訳なくなってしまう。
練習場の通りを抜け、学生室に向かう。鍵は開いており、田畑は当然のように入っていく。
ドアを開けてすぐにある中央ロビーの溜まり場にはストーブが置いてあり、そこでは見知った顔が手をストーブに向けて温まっていた。
私たちと同じ旅行サークルの笹中である。笹中はこちらに気づいて顔を向ける。
「お、先輩方、やっと来ましたか。」
笹中が軽い調子で言う。こちらに礼をした後また読書に戻っていった。
笹中は4月のサークル見学に来た際は初々しさが残っていたのに、今ではこのサークルに完全に染まってしまっている。
ここにまだまだ若い男ども3人が集まっているというのに華やかさなど無に等しく、擬態語を使うとしたら、イモイモとしている。
田畑も笹中もこの年末と年初めは帰省をしていたが、既に寮に帰って来ていたようだ。おそらく、同じ寮に住む田畑に連れてこられたのだろう。
「よし、ここに既に我らが旅行サークルのメンバーが3人もいる!臨時活動としての話し合いを設けさせてもらうぜ」
3人しかいないのに田畑は張り切っていた。笹中は読書をやめ、田畑に向き合った。
この時の私は、正直言ってあまり機嫌が良くなかった。
朝っぱらから見知った顔に有無も言わさず来いと言われたら誰だって穏やかな気分ではないだろう。
田畑のテンションとは正反対に、私は早く帰りたいという気持ちでいっぱいだった。どうせくだらないことだとたかをくくっていたのだ。
普段活動という名の話し合いは設けられた部屋である202号室で行なっているのだが、誰もいないことをいいことにいつもは人で埋まって使用できないこの中央ロビーを活動場所とするようだ。もぞもぞとリュックの中から田畑は新聞を取り出す。先ほど言っていた朝刊であった。
「22ページだ!世界ニュースの面!」
既にくしゃくしゃになりかけている朝刊を3人が見えるように開いてみせた。
この記事が、私を突き動かすことになる。
『 アメリカのトンプソン調査隊 カルデラ人の末裔を発見か 』