婚約者はショタです。
「他に想っている人がいる。申し訳ない、ローゼ。…別れてほしい」
とある晴れた日のこと、婚約者であるこの国の王子グリード・ラミレスからローゼ・クリストは婚約破棄を申し込まれた。涙は出ない。
…えぇ、知ってましたとも。
貴方が別の人を想っているということも、その視線に私が入ってないということも。いつ告げられるかと悶々としていた日々に比べたら気持ちはスッキリするというものだ。
「分かりました。…親が勝手に決めていたものですからね。」
「ありがとう。」
「…ただし、条件がありますわ」
私だって無条件で了承するほどのお人好しではないんですのよ。
「このラミレス国を私に下さいな」
***
政略結婚なんてこの世界では当たり前だ。それに不満は無かった。元より自国に未練もない。この国へ輿入れが決まったのは国と国の結びつきをより強固にするというものである。隣国クリストの一の姫である私は政治の道具として送り込まれて早一年。来年には正式にこの国の第一王子との婚儀を上げる予定だった。
それを婚約破棄なんて、なんて度胸のある王子なのだろう。そして、なんて馬鹿な王子なのだろう。
クリスト国の方がラミレス国よりも豊かで大きいのだ。王子の色恋ごときで婚約破棄をするなんて、国が許さない。戦争にはなりはしないだろうが、いい関係にはならない。
仮にも民の上に立ち、導く存在である王族がそれなのであれば身の程知らずである。
「…そんな王子、こちらから願い下げよ。
と言うわけで、グリードの王位継承の破棄をして頂けますでしょうか?」
「それでローゼ姫の気が済むのであれば如何様にも。…愚息が迷惑をかけ申し訳ない。」
グリードは最後まで嫌がっていた為、経緯を王自らに直談判した。グリードは私を睨むように見る。
「父上…何故ですか!私が王位を継がなくてどうするんですか!ローゼには別の方法で納得して頂くつもりですが、次期王は私です!そして、その妻として王妃にはマリアがなります。」
グリードの横にはマリアと呼ばれた美しい娘がいる。…グリードってば、まだ騙されているのね、ご愁傷様。
「黙りなさい。…この婚儀は我が国からクリスト国に申し込んだものであるぞ。お前には婚約という重荷を背負わせたことは申し訳ないと思うが、これは由々しき事態なのだ。」
「…っ…」
グリードは父である国王に頭が上がらない。…頭の回転が悪いのね。
そもそも、婚約破棄をするなら王様に先に言うべきではなくて?政略結婚なんだから。
「王様!私、グリード様を愛しております。ずっと側にいたいのです!その為なら私、いい王妃となって民を愛しますわ。」
マリアの甘ったるい高い声。聞いていて耳が痛いわ。
「…黙りなさい。」
「貴女に命令される筋合いはありません」
きっと私を睨むマリアの目。背が低い彼女は男の庇護欲を掻き立てるのだろう。背が高い私からはどうしても見下ろす形になる。
流石の私も我慢の限界だ。
「へぇ、もうグリードの妻、王妃として振舞っているつもり?グリードの側にいるのに王妃になる必要はなくてよ。…平民として生きるとか、あるでしょう?」
「貴女こそ、グリード様の婚約者でなくなったのでしょう!ならっ…」
「誰に物を言ってるの?私はクリスト国の姫よ。グリードの婚約者と言う立場を無くしたとしても貴賓である立場。この国の男爵家の娘ごときが意見を言える立場じゃないわ」
男爵家、貴族の一端であるのにもかかわらず、やはり頭の回転が遅い。というか考え方が甘い。
「でも!」
「でも、何です?言いたいことが有れば好きにどうぞ。今なら不敬としないでおきましょう」
「貴女は王妃にふさわしくありません!王妃にふさわしいのは王に寵愛される者です!貴女にはそれはありません」
やはり、頭は甘々である。必要のない脳みそが詰まっているのね。おかわいそう。
「…はぁ、貴女は馬鹿ね。もう笑えないほど呆れるわ。王妃は王の寵愛など要らないわ。民の上に立つもの、民からの支持が一番の必要なもの。あとは外交力や知性、国を治める能力よ。王の愛だけで国が支えられるものですか。王妃は王のお飾りではないわ」
話していてもラチがあかない。
王に視線を向けるといたたまれない程に嘆いている。ラミレス国の現王は賢王として知られるのに、なぜ王太子がこれなのだろう。明らかに人選ミスだ。
「グリード、お前の王位継承権を剥奪する。…マリア嬢と共に生きるのに文句は言わないが、勝手な行動や発言が次期王としてはふさわしくない」
「そ、んなっ…!
誰が王位を継ぐのですか!」
グリードもマリアもあり得ないと顔に書いてある。グリードが王を継ぐ最大の理由は、先王妃の長子であると言う点が大きい。
そう、まだ現王には子供がいるのだ。
病気で亡くなられた先王妃の代わりに王妃になった現王妃のダイア様との間に。
「まさか…オズワルドを王太子にする気ですか!?」
「そのまさかだ。異論はない。ローゼ嬢にも承諾を得ている。…ローゼ嬢はグリードと婚約解消しオズワルドと婚約することになった。これはクリスト国にも承諾頂いたことで簡単には変えられない。」
「なっ…!」
ー…私にこの国をください。
そう、私はこの国を諦めるつもりはない。
自国のためとかそう言う訳でもない。
ただ私はこの国が好きなのだ。
この国に1人送り込まれてから、初めて人の温かさに触れた。この国がとても愛おしい。
だからこそ、私はこの国を支える。
「そう言うことよ。…未来の王太子妃への態度を改めることね」
「血迷ったのか!?オズワルドはまだっ…」
「まだ7歳、知ってるわ」
16歳の私とは9歳も離れている。
それでも婚約した。国のためですからね。
王の指示でグリードとマリアを近衛兵が追い出すように動く。
「マリアさんとお幸せに。グリード」
「お前っ…」
「それから、マリアさん」
「…贅沢な暮らしは出来ないわね。ご愁傷様」
グリードに聞こえないように彼女の耳元で囁く。彼女は美しい顔を歪ませて此方を睨みつける。
グリード、貴方が愛していた彼女が愛していた物は権力とお金よ。貴方の王太子という地位を愛していたの。…ご愁傷様。貴方には私からなんて教えてあげないわ。
ばたんと扉が閉まり騒がしかった部屋が静まり返る。彼の好きな苦い香水の香りが鼻に付く。まったく嫌になる。
こほんと王が咳き払いをし、私に頭を下げる。
「ローゼ嬢、この度は愚息が申し訳ないことをした。1人の親として恥ずべきことだ」
「陛下、お顔を上げて下さい。
私はこの国が好きですわ。オズワルド様を支えていく所存です。…婚約破棄では自国に戻されてしまいますもの。」
「ローゼ姫、ありがとう。誠に感謝する。そうだ、オズワルドを呼ぼう。オズワルドも君に懐いていたしね」
女性が年上、しかも9歳も上なんてこの貴族社会ではあり得ないとされるだろう。しかも、相手はまだ毛の生えていない子供だ。
「ローゼお姉様!」
「オズワルド、いい子にしてましたか?」
あぁ、とても可愛らしい。柔らかい栗色の髪の毛に触れる。無知で無垢な王子。婚約者なんて建前でしかないのだけれど、それでもこの子を私は支えるわ。
「僕、これからもずっとローゼお姉様と一緒にいられるの?」
「えぇ、そうよ。」
ギュッと抱っこをするとお日様のいい匂いに包まれる。それだけで癒される。
「王様、この度は私の願いを聞き入れて下さり、感謝致します。オズワルド様と婚約できてとても嬉しく思いますわ」
「いや、こちらこそありがとう。クリスト国とラミレス国の更なる良い関係が築けるだろう。…オズワルドが大人になるまでは辛抱して欲しい」
「心得ております」
オズワルドに手を引かれて王の執務室を退席する。オズワルドの手はとても小さく、私の手にすっぽりと収まるぐらい。
「ローゼお姉様!」
「はい」
「僕、沢山勉強してみんなが困らない生活ができるようにします!それでローゼお姉様を幸せにします!わからないこと一杯だけど、この国のお勉強するから」
純真無垢に私を見る彼の瞳がキラキラと未来への希望に満ち溢れている。
「あら、頼もしいわ。だけどお鼻の先に土が付いてるわよ。どこで遊んできていたのかしら?お勉強の前に先にお風呂に入りましょう」
婚約者と言っても一緒に入っても7歳児だから問題なく、仲の良い姉弟としてしか見られない。グリードはマリアに熱を上げていた為私の元へ来たことはほとんどない。空いた時間に私はオズワルドと遊んでいたし、お風呂にも入っていた。つまり、何も変わらない。
ー…私はこれから、オズワルドを立派な賢王へ育ててみせます。
***
オズワルドは優秀だ。婚約者…というより保護者に近いが、贔屓目なしで見てもとても優秀だ。幼いながらにして別の国の言語をマスターし自ら外交を行えるようにもなり、政治の仕組みや国の問題点を調べては改善方法を模索し王に助言する。
幼いながらにしてこの様な事ができるというのは素晴らしいことだ。もちろん、足りない知識にはヒントをあげる。答えをあげるのは違うと思っている。ヒントを与えて自分で考える力、その得た情報を取捨選択し正解を導き出す力、それが国のトップと立つ人間には必要である。
クリスト国の帝王学でもあります。
門外不出とかでは無いので出し惜しみせずオズワルドに与えられます。
「ローゼ様は不思議です。クリスト国へ戻るという手段もあったでしょう?」
「自国に戻っても私はきっと厄介な娘が戻ってきたとされるだけよ。それに、オズワルドの婚約者となれて私はとても有意義に毎日を過ごせてるわ」
クリスト国から唯一連れてきた信頼の置ける侍女のレーナ。私は彼女の繕わない部分を買っている。
「そうですけれど、事実は人伝に捻じ曲げられてしまいますわ。ローゼ様の寛容なグリード様への対応も国を乗っ取るという歪な物に歪められてます。」
「知ってるわ。それぐらい嫌でも耳にするもの。それでも真実を知る者が少しでもいるのなら私は大丈夫よ。」
国を乗っ取る気などさらさらない。
私自身の悪い噂も流れるだけで立場が危うくなるのは砂の城と変わらない。そんなもので崩れてはならないのだ。
コンコンと戸を叩く音がする。
「ローゼお姉様、一緒にお風呂いいですか?」
「くすくす、良いわよ。レーナ、準備をお願いするわ」
「かしこまりました。」
ローゼ19歳
オズワルド10歳
しっかりはしているが、それでもまだまだ幼い。
親に甘えようとはしないため、私の元へやってきては一緒に寝て、お風呂に入る日もある。
私は流石に大人となって姿形は変わらないが、オズワルドには毎日のように驚かされる。成長が凄まじい。能力面でも…身体面でも。
…そろそろ一緒にお風呂はまずいわね。
薔薇の香油が入ったお風呂はとても良い匂い。2人入ってもまだ余裕はある湯船に肩まで浸かり息を吐く。
「ローゼお姉様」
「ん?何?」
ぷに、と唇に柔らかい感触。
可愛い顔が目を閉じて、私の目の前にある。
「…オズワルド、軽々しくこう言うことはしてはいけません」
「婚約者ならするものだって聞いたよ。好きならって。僕はローゼお姉様が好きだから」
オズワルド、あのですね
言いづらいんですけど。
ナニが、見えてます。
経験なくても分かります。
…何故もう反応してるの。
これはもう、お風呂禁止令です!
***
オズワルドは更にすくすくと成長する。子供の頃からかなり整った顔立ちをしていたが、大人に成長するにつれてそれが顕著に現れる。
柔らかい髪の触り心地はそのままに、甘いマスクを持った美丈夫へと成長していく。私の英才教育の賜物なのかわからないが、女性の扱いも一流。レディーファースト精神に余念がない。
また、次期王への期待も高まる。成長につれ公務が増えて彼の力を発揮する場が増えたのだ。
ローゼ23歳
オズワルド14歳
彼を支持する人が増える度に、娘を持つ貴族の親は考えるようになる。『年の離れた婚約者よりも年の近い我が娘を』と。
以前よりあった意見がさらに大きく言われるようになる。私は婚約者であるがせいぜい婚約止まりであり、婚姻という所までいっていないのも周囲から見たら機を狙う気持ちになるのだろう。
「ローゼ、ちょっといい?」
「オズワルド様、何でしょうか」
公私を分ける意味でも周囲の前では彼は私を呼び捨てにし、私は彼に敬称をつける。最近加わった私達の中のルールである。
背はぐんぐんと伸びたが、まだ少し見下ろす程度には低いオズワルド。グリードも背が高かったし、王様や王妃様も背が高い。きっとまだまだ伸びる。つむじが可愛いとクスリと笑みがこぼれる。
「…笑わないでよ」
「あら、ごめんなさい」
やっぱり私の中ではまだまだ可愛いオズワルドなのだ。大人になってきたからといって、保護者としての気持ちは拭えない。
流石にもう一緒のお風呂には入らなくなったし、一緒のベッドで寝ることもなくなった。いつからか線引きをしていき、昔に比べて距離を置くことが増えた。
大人としての線引きだ。
「僕たちの結婚式なんだけど、いつする?僕としては早くしたいんだけど…出来る歳になったらすぐしたい。」
「…結婚式、って」
私は現実に結婚する気などさらさらなかったのだ。寧ろ、周りの貴族が機を狙うようにしているのを見てその通りだと思っていたぐらいだ。
オズワルドには年相応の王妃として差し支えない令嬢をと考えていた。もし私と結婚をしても妾として別に側に置くことでもいいと思っていた。
だから、現実的に自身の結婚式のことなんて考えたことなかった。自分が結婚するなんて、頭の片隅にすらなかったのだ。
「…任せるわ。まだ先の話よ。
オズワルドにこの年増を任せるのは気がひけるもの。素敵な方が他にいればその方と婚約でもいいのよ」
この国の成人は17歳だ。結婚にはまだ早い。
あと3年はあるのだから。まだ決断しなくてもいいだろう。
「…ローゼ」
「…っん…!?」
突然の唇の感触。開いた隙間から差し込まれる舌の未知の感覚。
疑問符が頭に沸くけれど深く考えられないぐらいの濃厚なキス。
やっと離れたかと思えば更に角度を変えて深く深く溺れそうなキス。離れた唇から糸が結び、とても官能的だ。
「…はぁ…」
息も絶え絶えだ。
「ローゼ、僕はそんなの望んでない。…姉様しか望んでない」
オズワルド、いつの間にこんなことを覚えたのかしら…。酸欠状態でぼんやりと霧がかかった頭の中ではオズワルドに抱き抱えられるので精一杯だ。
こういうことは成人まで禁止だとよくよく言い聞かせないといけないかもしれない。
***
「…ローゼ様、こんな物が…」
レーナが渋々と差し出したのは一枚の手紙。差出人の名はない。
書いている内容は呆れるほどに品のない言葉の羅列。私の手元までやってくる時点で、家族の誰かだろう。
「レーナ、大丈夫よ。放っておきなさい」
「いえ、でもしかし、オズワルド様にご相談されては?」
「こんなことに気にかけてもらう時間を割くわけにはいかないわ。」
手紙には私を侮辱することやオズワルドの婚約破棄を促すことなどが盛り込まれている。ちなみにこれが初めてではない。
ローゼ25歳
オズワルド16歳
オズワルドが来年成人となり私と正式に婚姻する前にと躍起なのだろう。成人まで一年を切ったあたりからこの手の手紙をよく受け取るのだ。
「気にしてたら身がもたないわ。それ程までにオズワルドの王妃という座は大きいみたいね。モテモテよ」
「笑いごとじゃありません。」
「まだ実害はないんだし、放っておくのが一番よ。この状態じゃ犯人を探し特定するのも難しいでしょう。」
私室扉をノックする音がする。
「ローゼ様、オズワルド様がお呼びです。執務室までお越しください」
「わかりました。今行きます。
…レーナ、それ、破棄しておいて」
「畏まりました。行ってらっしゃいませ」
王太子妃とはなっていないが、もう扱いがそれと同等に扱われるようになってしまっている。国事にも勿論オズワルドの婚約者として参加をしているせいだ。
オズワルドが足りない時間の穴埋めのために、私だけで確認出来る簡易なものについては代わりに捺印する。専らの最近の仕事となりつつあるので、毎日のように近衛兵が部屋まで迎えにきて執務室へいく。
「お迎えありがとう。毎日毎日、要らないって言っているのにオズワルドが許してくれなくて…ごめんなさいね。貴方のお仕事は別にあるでしょうに」
「いえ、そんなことはございません。ローゼ様をお守りするのも私の重要な任務でございます」
毎日迎えにくる近衛兵は変わる。当番制なのだろうけれど、何度か見たことある顔だ。近衛兵なんてなくても問題ないのだけれど、城内は危険だと思っているのだろうか。私を守るのであれば城を守れと再三言ったが、これに関しては頑として聞く耳を持たない。
…反抗期かしら。少し遅い気もするが。
「…ローゼ様、少しお待ちください」
「はい?」
神妙な顔をした近衛兵。言いにくそうに目を泳がせる。目を伏せ顔色が悪い。
「申し訳ありません」
「どうしっ…っ!?」
後頭部に鈍痛が走る。視界がぼやけて立っていられない。遠のく意識の中、走馬灯のように浮かんだのはいつもそばに居た彼の姿だった。
ー…ガンガンと痛む頭の痛みで目が覚めた。
頭が殴られたことは鮮明に思い出させるが、犯人の顔は覚えていない。近衛兵も共犯なのだろうけれど、私を殴ったのは後ろからであり正面にいた彼の犯行ではない。
「はぁ、逃げなきゃいけないんだろうけれど、足が痛いわ」
倒れた時に捻ったのだろうか、頭も痛いが左足首も痛む。それに、ここはどこだろう。暗くてよく周囲が見えない。目をならす必要がある。
犯人の心当たり、と言われると真っ先に思い浮かぶのは手紙の差し出し主。…筆跡は分からなかったけれども、私の五感は反応していた。
ガチャリと戸が開く音がする。隙間から光が漏れてきたが、一瞬でまた暗闇へ戻される。入ってきた瞬間にわかる。手紙の差し出し主が犯人だと。
「…やっぱり、グリードだったのね」
「!?」
「そんなに驚かなくても良いじゃない。手紙の差し出し人も貴方。…筆跡だけ気をつけていても意味がないってことよ」
筆跡は分からないように毎度のごとく変えており、機械じみたような文字だったり、可愛らしい女性のような文字だったりしていた。
ただし、手紙から発せられる匂いは全て同じものだった。
私の苦手な苦い香水の匂い。
「…貴方の好きな香水の匂い、手紙にまで移ってたわよ。筆跡だけ気にしても意味ないわ。お粗末な犯行ね」
「…っ、お前は今も変わらないな。
俺を見下したような顔、腹が立つ」
恨まれているだろうとは思っていたが、やはりマリアとは続かなかったのだろう。噂でマリアは優秀な公爵家の嫁に収まったと聞いている。王位継承権の剥奪を受けた男にいつまでも付いてはいないだろうとは踏んでいたが、なかなか要領がいいらしい。あの美しさを利用すればある程度は好きにできるのだろう。
「お前のせいで俺は王位継承権を無くしたんだ!今頃俺が王になってたんだ!そしたらマリアとも一緒にいられた!
っ…後妻の子供などに王位を奪われることもなかった。オズワルドなど、王にふさわしくない!」
あぁ、未だにこの男は馬鹿なのだろう。
元々競争者がいない1人息子だった為、さもそれが当然だと勘違いしている。オズワルドが生まれても地位は変わらないと思っていたのだろう。
当然なものなどこの世に一つもないと言うのに。
マリアとの関係もその立場ゆえのものである。本当にグリードのことを思っているのなら、そんなことで簡単に離れていくことはしないだろう。
「王にふさわしいと判断するのは自身ではないわ。他が認めてこその王になり得る。民は王に従うのではありません。民が付き従いたいと思うからこそ王として立てるの。…貴方はまだわかってないのね」
「女のくせに見下して」
「はっ…女を見下してるのは貴方でしょう?見下すその女の腹から出てきたのに。男と女の比率は半分よ。その半分を見下す貴方についていく民はいないわ」
ギリと歯を噛む音。
カッとなって殴りかかろうとしてくる手が見える。逃げられないのは囚われているから百も承知。
暴力で支配するのは間違っている。
目を閉じたまましばらくしても拳は飛んでこない。殴られる覚悟はしていた。
「…ローゼに手を出さないでくれる?兄さん。近衛兵、グリードを捕らえよ」
ー…よく知っている声。
安心する声がする。
目を開けるとそこには見慣れた栗色の髪が背を向けて立っている。私を守るように。いつの間にか私よりも逞しくなったその背中を私に向けて。
「オズワルドっ…!離せ!俺はこの国の王子だぞ!」
「…グリード・ラミレス。貴方は私の婚約者でありクリスト国の姫であるローゼ・クリストを誘拐し暴行した。この行いは法により裁く。…本来なら法関係なく裁きたいが、それは僕の私情独断により出来ない。独裁国家でないこの国に感謝することだな」
…オズワルドはわかっている。独自で裁く独裁には民が付いてこないという事も、嫌という程私と共に勉強してきた。
それを自身の理性を以て制する。
怒りを込めた剣が震えてる。
拳を強く握り怒りに耐えている。
…良い王太子になった。
この王太子が王になるとき、この国はきっといい国になる。
「ローゼ、怖い思いさせてごめんね。レーナが僕に知らせてくれて良かった。待たせてしまったよね。…もう一人で無茶しないで。」
「私は平気よ。これぐらいすぐ治るわ」
振り返り私を見る彼の顔はいつも通りの甘いフェイス。怒りなどが微塵も見えない優しい顔。
「…ローゼ」
「オズワルド…?」
ふわりとオズワルドのコロンの匂いがする。甘くて優しい匂い。いつもそばに居た慣れている匂い。
「姉様はいつまでも弱音を吐かない。強くて気高くて、美しい。だけど、僕には弱音を吐いてほしい。いつまでも守られる弱い立場じゃない。僕ももうローゼを守れるよ」
「オズワルド…」
いつでも私は貴方の前に立ってきた。そうすべきだと思っていた。
いつのまに知らないうちに貴方は、一回りもふた回りも成長し私を追い越す。
「っ…頭が痛いわ。足も挫いて歩けなさそう」
涙が出てくる。
グリードに婚約破棄された時ですら出なかったものだ。
オズワルドの言葉が身にしみていく。
「ローゼ姉様の泣き顔、初めて見た。
泣かせたい訳じゃないのに、泣いて欲しいって思う僕は変かも」
「…変態に成長させたつもりはないわ」
簡単に私を横抱きし医務室へと向かう彼の胸板は厚く、そして頼もしかった。
結局、私は殴られた頭から少し血も出ており、足首は捻挫と診断された。全治は2週間ほど。その間のオズワルドとレーナの過保護っぷりには呆れてしまうほど。
しかし、今回助かったのはオズワルドとレーナのおかげでもある。
近衛兵の態度に不審に思ったレーナが証拠の手紙をどっさり持ってオズワルドのもとへ行き、私の行方について早々に探したそうだ。
レーナには手紙を捨てて置くように毎度伝えていたのだけれど、今回の事もあり良かったのだろう。
おかげでオズワルドとレーナには頭が上がらない。大人しく看病されて過ごす。
近衛兵は家族を盾に脅されていただけであり、情状酌量の余地があり重刑は免れた。謹慎処分ぐらいだと聞かされてる。しかしグリード本人やグリードの甘い言葉に騙された貴族がグリードが捕まると同時に芋づる式に炙り出された。おかげでオズワルドは忙しい。
オズワルドは冷静に対処していたものの、怒りで目は笑っていなかった。普段怒らない彼がここまで怒るとは。優しい人は怒らせてはいけないと身にしみて感じる。
「ローゼ」
「オズワルド、公務は良いの?」
「大丈夫。部屋の中にこもりきりなのも身体に悪い。外に行こう」
…療養中、なぜかオズワルドのお姫様抱っこにて移動する毎日。できれば歩かせて欲しい。捻挫ごときでそこまでしなくても良い、というか軟禁状態の原因に一枚噛んでるのはオズワルド本人である。
「ローゼ、諸々の犯人達は捕まえてある。裏で糸を引いていた貴族達にも、処罰はしてある。安心して城の中を歩けるようになるよ」
「それは安心ね。出来れば私も普段通りの生活に戻りたいわ」
お姫様抱っこで城内をウロウロするのは気が引ける。なにせ私を抱えているのはオズワルドだから周りの視線がより痛い。
オズワルドが向かうのは城の上の階、屋上だろう。この時間は夕日が降りとても綺麗な景色が観られる。
「でも、僕は出来ればもう少しローゼ姉様を抱えて歩きたい。僕のだって自慢して歩きたい。」
「…やめて頂けるかしら?」
屋上に出ると綺麗な夕日が視界に入る。赤くて情熱的な太陽の色。城下の街並みも同じように染まる。オズワルドは屋上に置いてある腰掛けに私を座らせる。
「この街、この国を僕の手で守っていかないといけないんだと思うと、いつもここに来るたびに気が引き締まるんだ」
「オズワルド…」
守っていく重圧、責任を彼はよくわかっているのだろう。城下を見下ろす彼の横顔から緊張が伝わってくる。
「ローゼ姉様…いや、ローゼ。聞いて欲しいことがあるんだ。」
ゴクリと息を飲む彼の喉仏が動く。
私はただ頷くだけ。
「物心ついた時からローゼは側にいてくれた。婚約者だったからという貴女の義務感がそうさせていたのかもしれないけれど、僕は嬉しかった。ローゼに色々教えてもらって僕は成長できたと思っているし、感謝している」
「それはお互い様よ。…私もオズワルドから学ぶことは多かったわ。」
オズワルドはとてもいい王太子になった。私のおかげなどと、そんな烏滸がましいことは思っていない。ただ、子供は大人の考えていることを飛び越える想像力の持ち主だ。いい意味で期待を裏切られ、私自身も学べる事が多かった。
「ローゼ・クリスト姫」
「くすくす、もう姫っていう歳じゃないわ。」
「姫は姫でしょ。クリスト国の姫。」
そんなの、10年近くも前の話だ。
人生の三分の一以上はもうラミレスで過ごしている。
「ラミレス国を背負わないただのオズワルドとして、ローゼ姫が欲しい。僕と結婚して下さい」
跪き、手の甲にキスを落とされる。
こんな情熱的な告白、グリードの時は一切なかった。オズワルドにこんな事を言われるなんて、思っても見なかった。頬が熱くなるのを感じる。
「僕と結婚することによって、普通は無いような苦労をかけるかもしれない。もし、王族への謀反が起きたとしたら巻き込まれるかもしれない。国を統べる者に等しくありえる話だから…そんな苦労をローゼにかけたいわけじゃないけれど、僕はそれでもローゼが欲しい」
真っ直ぐに私を見て伝えてくれる彼の言葉が胸にしみる。
「何言ってるの…地獄に堕ちる時は貴方と一緒よ。」
返事の代わりに、精一杯の気持ちを込めて唇に触れたー…。
***
結局、私は正式に王太子妃となる。
オズワルドは妾を作る気などさらさらないらしい。
オズワルドが17歳になると同時に婚儀をあげた。オズワルド自身が『婚約者がいるのに王太子妃の席を狙う人が後を絶たない』と嘆き王へ意見したのも要因の一つだろう。
婚儀には王様を始めとした国の貴族が参列し、王族の結婚ともあり市民に向けてのパレードも行われた。主役であるオズワルド、私はクタクタだったが、不思議と嫌な疲労ではない。
「はぁ…でも流石に足がフラフラするわ」
「ローゼ姉様は体力ないね」
「17歳と同じ扱いをしないで欲しいわ。」
ベッドにダイブと行きたい所だが、今日はそういうわけにはいかない。晴れて夫婦となった為に本日から寝室は同じとなっている。オズワルドの側でそんな行儀の悪いことは出来ない。
この寝室だが何故か王様が張り切ってリフォームをしていたらしい。ベッドはキングサイズで2人寝ても大丈夫になっており、枕が二つ見える。寝室からそれぞれドアが四つあり、二つは私と彼の衣装部屋、一つは廊下へ繋がる扉、一つはお風呂場である。
まだ見ていないが、オズワルドに事前に聞いていた。
「ローゼ姉様」
「…姉様は無いんじゃないかしら。流石に婚姻したのよ」
「じゃあローゼ」
レーナが衣装部屋に向かうのを見て、私もドレスを脱ごうと一緒に向かう。
「レーナさん。今日はもう下がってくれていいよ。僕がする」
「え、オズワルド?」
衣装部屋に向かう私の手を掴み行く手を阻止。レーナもレーナでオズワルドの言うことを聞いて部屋を後にする。
「ドレス脱がなきゃいけないのよ?」
「わかってる。僕が脱がすからいいでしょ?」
「良くないわよ!」
抵抗しようにもオズワルドは颯爽とドレスの紐を外していく。コルセットは一人で脱げないから仕方ないんだろうけれど、それでもこれは中々恥ずかしい。
「昔はよく一緒にお風呂に入ってたから、今更じゃない?」
「それとこれは別!この5年ほどは入ってないじゃない!」
「じゃあ久しぶりに一緒に入ろう。せっかく父上がリフォームしてくれたんだから。」
「…リフォームって…」
嫌な予感がする。
「父上のポケットマネーで結婚祝いのプレゼントだよ。ローゼと一緒にお風呂に入りたいって言ってたら気前よくね。2人で入るならお風呂は大きい方がいいでしょ?」
…王様まで知っているのね。
リフォームした理由ってこれ?
コルセットの紐が緩んでいく。
反比例するように私の緊張は高まる。
元はグリードの婚約者と言えども彼はずっとマリアにご執心だったし、正直、キスなんてオズワルドが初めてだった。男に対しての免疫は皆無の中二人きりの空間でドレスを脱がされている状況に頭がついていけない。
「ローゼ、もう限界」
「!?」
ふわりと身体が浮く。状況を把握する間も無くベッドの上に着地。ん?ベッド?
「ちょ、オズワルド!貴方っ…」
「ずっとお預けだったんだから、今日は我慢しない」
天蓋の掛かるキングサイズのベッドの上、座った状態で互いを見つめ、向かい合う。
幼かったオズワルド。面影はどこかへ消えて1人の男でしかない。どこで身につけてきたの、その色気。
「が、我慢も大事よ。それに今日は疲れたでしょ?」
「デザートは別腹ってやつだから問題ないよ。ずっと一緒にこれからもいるんだから、こんな僕にも慣れて。…僕も男だから」
そう言って彼は私をベッドへ沈める。
目の前に見えるのは雄の顔をしたただのオズワルド。国を背負う男ではなく、ただの人間の男。
ー…可愛いかったあの頃の面影をなくした、ただの一匹の狼。
【婚約者はショタです。・完】
紫式部の源氏物語の若紫のような
男の人が女の子を育て上げるの逆verを書きたかったので書いてみました。
18禁にするか悩みましたが長くなりすぎたので、この話はここまで。
続きは18禁 verで書いていこうと思います〜(^^)