ふわふわの詰草
摂布留町。人口1万人前後の、小さな町。それが、俺が子供の頃から住んでいる町だ。
成り立ちは平安時代、摂政となった貴族が持っていた荘園のひとつが、今の摂布留町だと言われている。
この町には、そこそこ大きな神社と寺が、隣り合わせに建っている。そして、この神社と寺を中心に、自治会主催でお盆の時期に夏祭りが催される。このお祭りは、天から還ってきたご先祖様方を、明るく迎えようと行われる、伝統的な祭りだ。
このような成り立ちであるために、このお祭りには「幽霊も参加している」なんて都市伝説もあるが、実際に視たという人は居ないので、ほんとうにただの都市伝説だ。もし実際に参加していたとしても、お祭りを楽しもうとしている俺らには、あまり関係ないことではあるけれども。
俺ら――峰岸彼方と幼馴染の白石四葉は、毎年、鳥居から4本目の電柱で待ち合わせして、このお祭りに出掛けている。四葉の家族は、6年前にいくらか先の町まで訳あって引っ越してしまった。それで四葉と会うのは、もっと小さなときから毎年ふたりで出掛けていた、このお祭りのときだけになってしまった。
そんなことを考えていると、急に視界が利かなくなった。
「……だーれだ♪」
そして、懐かしい声が聴こえた。
「……久しぶり、四葉」
振り返ると、去年や一昨年とおなじように浴衣を着た四葉がいた。
「せいかーい! 久しぶり、かなた!」
髪を結わえたリボンや、左手に持った小さな袋、浴衣の袖は、風に吹かれて微かに揺らいでいた。
「じゃあ、今年も一緒にお祭りをまわろ!」
そう言うと彼女は、そっと右手を差し出した。はぐれないように手を繋ぐ。昔からずっと、続けてきたことだ。俺はその右手に、左手を添えた。ひんやりとした感触が伝わってきた。
白石四葉という女の子を表現するのに適した言葉は、「なんだかふわふわしている」だろう。発言は軽快で、運動はできる。こういったことから「まるで浮いてるみたい」と当時のクラスメイトの間で使われ始めた表現だが、彼女がどこまでも好奇心旺盛なことと、行動的なことがこの印象を強めているといえる。現に今も
「ほらほら、次はこっち!」
「ね、そこの輪投げやろ!」
「そこ! ほら! フルーツ飴!」
こんな感じであちらこちらへ興味がいっていて、安定していない。
好奇心と行動力だけで評価するなら、ふらふらしてるというか、ただ興味が安定しないだけという印象になる。それでも最終的にふわふわしているという評価に落ち着くのは
「はいこれ!」
手がこちらに差し向けられ、口内にフルーツの甘みが広がる。(毎年されていることではあるが、)フルーツ飴を口に入れられたみたいだ。
「かなたも楽しまなきゃ、ね?」
「あ、ああ、もちろんだ」
俺がそう言うと彼女は笑顔を浮かべた。
そう、評価がふわふわしているに落ち着くのは、四葉の行動のほとんどが優しさと、愛らしさに繋がるからだ。マシュマロやわたあめといった類のふわふわ、といったところだろうか。友人は「ネットスラングを使うなら、『マジ天使』だな」などと言っていたが、天使というのもあながち間違いように思う。恥ずかしいから絶対本人には言わないけど。
「かなた、勝負しない?」
「勝負って?」
「ほら、あそこに射的の屋台があるでしょ?」
四葉が指さしたところには、「しゃてき」「目玉景品は仁典堂の最新機!」と書かれた看板があった。
「あの屋台で、多く景品をとったほうが勝ち。どう?」
「ああ、いいだろう」
「じゃあ、始めるよ!」
多くとったら勝ち。このルールならば、軽く、原価が安いものを狙うべきだろう。垂直に弾を込め、台に肘をつき、弾を放つ。弾は景品の横をすり抜けていった。だいたい、こういったものは弾道が安定しない。だから、俺はできるだけ同じように弾を込め、誤差を減らす工夫をしながら挑戦した。結果
「かなたが一つ取れた以外、収穫なしか」
工夫もむなしく、狙ったものの隣にあったものしか取れなかった。屋台のおじさん曰く、リコリスという花をモチーフにした、白いコサージュだそうだ。町の老人会が作ったものだそうだ。それを詰草とともにラッピングして、景品として置いているらしい。
「四葉、これあげるよ。俺には使い道がないし」
コサージュが入った包装を四葉に差し出す。
「え、いいの?」
「ああ」
「ふふっ。ありがとう」
四葉はふわりとした笑顔を浮かべた。
「次はあれ、どう?」
四葉が指さしたその先には、肝試しと書かれた看板があった。
自治会が運営しているためか、このお祭りでは肝試しが毎年作られる。町外からこの肝試し目当てで来る観光客がいるほどに、なぜかクオリティがものすごく高い。「本物のお化けもいるかも?」と、都市伝説になぞらえたキャッチコピーがあったりするが、この肝試しのクオリティとはあまり関係ないだろう。
おっと、今は肝試しのクオリティなんかよりも、気にしないといけないことがあった。
「なあ、四葉」
「な、なにかな?」
「お前、こういうの苦手だったよな?」
「ぅぐ……」
四葉はお化けや怪談といったたぐいのものが相当苦手なのだ。それでも、この肝試しには毎年行きたがる。
「だってさ、毎年内容が変わるなんて言われたら、気になるじゃない。それにさ、かなたがいればどうにかなるかなって」
「……ったく」
風に流される風船のような行動力。四葉はやっぱりふわふわしていた。
「……やっぱり、無理」
いつも通り四葉が気を失ってしまったことは、本人の名誉のためにも、心の中に留めておくだけにしておこうと思う。
気を失った四葉を背負って、休めそうな場所――川辺に向かった。四葉は重さを感じないほどに軽かった。
川辺についてしばらくすると、四葉は目を覚ました
「もしかして、今年も気絶しちゃてた?」
俺は、あえて無言を選択した。いたたまれない空気が漂う。
「……喉乾いたかも」
「じゃあ、俺が買ってくるよ。ちょっと待ってて」
俺は四葉を置いて、飲み物を買いに自動販売機を目指した。
飲み物を買って戻ってくると、そこにはメモ用紙と、詰草で作られた花冠が置かれていた。
~かなたへ~
ごめんね。もう帰らなきゃいけない時間になっちゃったから、帰らせてもらうね。白い彼岸花のコサージュ、とっても嬉しかったよ。お返しというわけではないけれど、この花冠を送るね。
それじゃあ、また来年に!約束だよ?
「やっぱり、『今年も』ここにいたんですね、かなたくん」
振り返ると、そこには四葉のお母さんがいた。
「四葉はもう帰ったみたいですよ」
「そう、みたいね」
「これ、四葉に渡しといてください。喉乾いたかもって言ってたので」
俺はペットボトルを渡して
「四葉に、また来年って伝えてください」
そう言って帰路についた。
「……かなたくんは、やっぱりここにいた」
シロツメクサと彼岸花の花言葉を思いながら、思う。
「きっと、ほんとうに『四葉が来ていた』のね」
都市伝説を思い出しながら、思う。
「四葉が天国に旅立ってから6年、か」
シロツメクサ(クローバー)の花言葉:幸運・「約束」・「私を想って」・復讐
白いリコリス(彼岸花)の花言葉:「想うのはあなただけ」・「また会う日を楽しみに」
もしよろしければ、結末を知ったうえでもう一度読んでみてください。
きっと、1回目とは違う世界が見えるのではないかと思います。