スキンヘッド①
オスカー・クレマンスは闇の中で意識を取り戻した。
全身がずぶ濡れで寒いし身体の節々が痛い。
しかも後頭部の下はゴツゴツした湿った岩肌で、ここはいつも飲んだくれた自分の安アパートメントの部屋のベッドじゃあない。
一体俺は今まで何していた?
記憶では俺はボートに乗って夜明け前の深夜に沼地に来ていたはずだが・・・
獲物を探してライト片手で水面を照らし、目当てのものを探している最中に突然背後から何かに掴まれ沼に引きづりこまれたような気がした。
そこで記憶が途絶えてそこからが覚えていない。
身につけていたはずのライフジャケットもどこかに言ってしまっている。
鼻の下が生暖かいから触ってみると強い痛みが走りしかもヌルっと濡れていた。
暗くてよく見えないが鉄臭い匂いからしてきっと鼻血だ。
半分乾いているからそんなぬに長くは意識を失ってはいなかっただろう。
全く状況が分からなかったので身を起こそうと身体を動かすと脳天を貫くような痛みが下半身から感じる。
「ガハっ! い、痛えぇぇよ・・・」
朦朧とした意識もすぐに痛みに鮮明になる。
身を起こしてよく見ると両足がそれぞれ変な方向に曲がってしかも折れた骨が脛の肉を突き破って外に出ていた。
「そんなあぁぁぁ! 俺の! 俺の足があああ!」
動くに動けずオスカーは絶叫を上げた。
なんでこんな事になったんだ!
想定外の事態にオスカーは完全にパニックになった。
よく見たら身体のあちこちに細かな裂傷や打撲があり、傷だらけで自由になるのは悲鳴を出せる口だけだった。
身動きできないこんな暗闇でたった一人、しかもオスカーは誰にもマークスヒルズの沼地に行ったなんて告げていない。
寧ろ誰にも知られないように秘密でここに来たのだ。
オスカーは己の不運を嘆いた。
自分がこの沼地に来たのは密猟目的だ。
週末は気が向いたら沼地や近くの崖に巣を作る保護動物や野鳥を狩り、金を持て余した都会の好事家に高値で売っている。
本業ではないがそれでもいい小遣い稼ぎだ。
だが、今日は普段はいかない沼の奥地にやってきた。
しかも今まで立ち入ったことのない、立入禁止になっている化学薬品工場の私有地への不法侵入だ。
そこまでリスクを犯さざるを得なかったのは理由はオスカー自身にある。
先週オスカーは本業である宅配会社をクビになった。
5年ほど前から常習していた金目のモノの荷物の横流しをバレたのだ。
自分では用心深くやったとしても流石に調べれば一目瞭然だった。
逮捕されなかっただけマシだったかもしれない。
それでも昨日まではバーで飲んでクダを巻いていたが、そろそろツケがきかなくなり店主の視線も険しくなったのでようやく職探しに重たい腰を上げたのだ
だが、手癖の悪いオスカーを雇う危篤な人間などほとんど知り合いだらけのミザリータウンにはいない。
ましてや40過ぎて家庭も持たず好き勝手に生きてきたオスカー自身も今更真面目に働く気も更々なかった。
だったら勝手知ったるこの沼地でビーバーでも乱獲しようか勇んできたがこの様だ。
「畜生・・・ 畜生、なんで俺がこんな目に・・・」
泣きべそをかいて助けを呼ぼうとするが、助けを呼ぶ声はいたずらに暗い洞窟で反響するだけだった。
ひとしきり声が枯れるほど叫び尽くして力尽きたオスカーはふと視線を送るとあるものに釘付けになり、痛みさえ忘れて表情も凍りついた。
光一つ無い洞窟と思われる場所で自分の足が克明に認識できたかのは、目が慣れたからではなかった。
オスカーの周りには微かに薄い燐光に覆われた、言われないと気づかない程度淡い燐光だった。
燐光を纏う何十人もの人影に囲まれていたのだ。
人影は一様に姿勢が低くしゃがんだり中腰でずっとオスカーを見ていたのだ。
「ひいぃ・・・!」
こいつら俺が叫ぶ間中ずっと見ていたのか・・・・
ゾッとして後退ろうとするが360度囲まれたオスカーに逃げ場はなかった。
人影はオスカーが自分達に気づいたのを合図かのように音もなく、幾つもの影がオスカーに覆いかぶさった。
オスカーは間近に人影が寄ったことで初めて正体を知った。
全員がほぼ同じ顔だった。
体毛が一本もない血管が浮き上がった皮膚に病的な変形した顔の骨格、やせ細っているが万力のように押さえつけられ叫ぶ間もなくオスカーは鼻をつままれ何かの頭蓋骨のような容器に満たされた液体を強引に口に注がれた。
「あぶぶぶ! ぶぼぇ!」
凄まじい匂いと味だった。
これは人間が飲んでいい液体ではない、工業薬品を更に悪臭と腐食が混じり合ったような感じだ。
何か細胞レベルで汚れていくような感覚だ。
どんなに吐こうと試みても何故か胃に流し込まれていく。
頭蓋骨に満たされた液体を無理矢理飲まされると、オスカーは目が飛び出さんかのような表情で、無言で小刻みな痙攣を断続的に繰り返し始めた。
既にオスカーの皮膚はみるみる灰色に変色していく。
このままだとオスカーは数時間で彼等と同じ《スキンヘッド》と呼ばれるクリーチャーに変貌するだろう。
◆
そう、魔女の森から離れたマークスヒルズの更に奥にある暗く湿った岩肌の洞窟にそいつらは群れを構築しコミュニティーを作っていた。
男も女も老人も子供も皆一様に異様な外見をしている。
落ち窪んだ眼窩、血管の浮き上がった灰色の皮膚、痩せ細りながらも鋼のような四肢、そして全ての体毛が抜け落ち骨格レベルで変形した形相、ここはスキンヘッドの集落だった。
この洞窟は彼等にとって唯一無二の安住の地であった。
オスカーが飲まされたのは、化学薬品工場が不法投棄した産業廃棄物の薬液と偶然事故で僅かな量だが流れ落ちた軍の管轄でで処理されるはずだったドラム缶に詰まった放射性物質の混合物だった。
決して交わる筈ではなかった2つが悪夢の化学反応を起こし、この沼に近づく人間をスキンヘッドへと突然変異させていた。
それがこの世界を支配する《創造主》が定めたこの地での理でもある。
彼等は何一つ疑問も持たず極稀に訪れる人間を襲い、時に喰いそして更に本当に稀であるが適正のあるものを自分達と同種にして仲間にしていた。
普段は蛇や蛙など食しながら静かに暮らしていた。
だが先刻から彼等を動揺が襲っている。
彼等が崇拝してやまない尊き聖母を祀る祭壇を汚した人間を攫うべく、何人かの一族の仲間を放ったのだが、一向に戻ってこない。
おかしい! こんな事は初めてだ。
強烈な焦燥感、喪失感が群れを包んでいく。
群れ全体の精神状態が不安定になり無音のざわめきがテレパシーのように全てのスキンヘッドに疾走る。
その時彼等の脳裏に《創造主》の神託が下された。
いつぶりだろう個人差はあるがほとんどの者は自分達がスキンヘッドとなった時に聴いた《声》以来だ。
《秘匿クエスト【復讐と本能】が発生しました 達成条件【指定エリア内の全ての人間を抹殺】》
彼等はその時理解した仲間の死を。
そして狂おしいほどの怒りと使命感が彼等を高揚させた。
感極まって誰かが咆哮を上げると群れが連鎖反応のように興奮状態になった。
「なっ?! やめろ! ぎゃあああああ」
凶暴化したスキンヘッドが怒りの矛先を、仲間になりきっていないオスカーに向け、鋭い爪でオスカーの肉を抉ると、他のスキンヘッドも連鎖反応の様にオスカーの肉を喰らいつき、全身を引き裂かれたオスカー・クレマンスは断末魔の絶叫上げながら血飛沫を上げる。
だが皮肉にも彼は廃液の混合物をしこたま飲まされた状態で、放っておけば彼もまた新たなスキンヘッドになっただろう。
しかしまだ変異が伴っていない状態でここまで肉体を損傷するとスキンヘッドになれず死ぬ。
そう、死ぬ運命ではあったがそれはナンシーを蝕んだように数種の毒が全身を巡り一種の麻痺毒はオスカーに簡単に死を与えてはくれなかった。
スキンヘッドになりクリーチャーとして生まれ変わることと、全身首から下を骨と臓器だけにされ、筆舌に尽くし難い苦痛に襲われながら緩慢すぎる死、どちらが彼にとって不幸なことか彼自身も分からなかった。
洞窟内に白い霧が立ち込める。
彼等は狂喜した。
この白い霧こそ《創造主》から下賜された憎い敵への道標なのだ。
本能がそうだと理解した。
おもむろに一人が白い霧に飲み込まれ姿を消すと他のもの次々と後に続く。
スキンヘッド達は誰一人躊躇うことなく全員が白い霧に飛び込んだ。
更に彼等の《創造主》の神託が厳かに流れてきた。
《特殊条件を満たしました》
《スキンヘッドA1〜A112はLv35に上がりました》
《スキンヘッドB1〜B76はLvが42に上がりました》
《スキンヘッドC1〜C134はLvが31に上がりました》
《一定条件を満たしたので種族スキル【感染噛みつき】がLv8にあがりました》
《一定条件を満たしたので種族スキル【毒爪】がLv7に上がりました》
《一定条件を満たしたので種族スキル【闘争本能】Lv5に上がりました》
《一定条件を満たしたので特殊個体出現を開放します》
静寂になった洞窟内に新たな人影が姿を現した。
《森の魔女》もしくは《黒の修道女》ことベアトリスは美しくも残忍な笑顔で我が子の見送っていた。