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星拾い人  作者: 心奏
輝星
12/13

塗り潰す黒


森の中をひたすらに進む僕への猛攻は止まない。


『彗。右前方に星影』

「了解」


僕の言葉が終わるか終わらないかのうちに、脇の木陰から黒い怪物が飛び出してきた。

そんな出し抜けの攻撃にも慣れてきた僕は即座に剣を突き立てる。


「次は?」

『左』


視線を向けると......黒い粒子となった敵の向こう側 に、今までより少し大きな星影がたたずんでいるの が見えた。

目が合うと同時に突進してくる星影。

タイミングを合わせて跳躍し、着地と同時に小刀で貫く。

黒い粒子が舞い上がる。


「.........っ!」


今度はシリウスに聞く間もなく、すぐに次が来た。

真正面からイノシシのように僕の懐めがけて向かっ てくる星影。


望むところだ。

迎え撃ってやろうと思い、武器を構えたが、


「......!?」


後ろから迫ってきている気配を感じて、すぐさま右に飛び退いた。


危機一髪。

僕の背後で不意打ちを狙っていたらしい星影は、僕がよけたことにより、正面から突進してきた星影と衝突する。


......結構痛そうな音がした。

どちらも相当のスピードだったようだ。

衝突の衝撃もさぞかし大きかったに違いない。

よっぽど痛かったようで、星影二匹はまだもがいている。

やれやれ......と思いながら、僕は肩をすくめた。


「ニ対一なんて......卑怯なことをするからだよ」 『......おい。なんで俺様が数に含まれてねーんだよ』


......いや、戦力外なのは明らかだろう。


心の中で呟きつつ、僕は一匹づつ動けないでいる彼らを闇に還してやる。

舞った黒い粒子が地面に溶けていくのを眺めながら、僕はふうっと長いため息をついた。

星影の攻撃は収まったようだが......あたりにはまだ、奴らの気配が多数ある。


「......数が多すぎる」


ここにとどまるのは......無駄に体力を消耗するだけになりそうだ。

しかたない。走るか……。


駆け出したところで、もう一匹の星影と出くわす。

勢いをそのままに、奴の身体を切り裂いた。


黒い粒子が散って、夜の闇を舞う。

僕は足を止めずにそのまま森を駆けていく。

冷たい風と、さらに冷たい雪の粒が頬に触れては、僕を冷やして溶けていく。


『...............変だ』


そのとき、唐突にシリウスがぽつりと呟いた。


「なにが?」


僕は足のスピードを緩めずに尋ねる。


『奴ら、敵意はあるんだ』

「......うん?だから、それは見ればわかるよ」

『そうじゃなくて......なんて言えばいいかな』


シリウス自身もどう表現したらいいのか、よくわかっていないのだろう。

考えをまとめているらしいシリウスが黙っている間、僕も黙って彼の答えを待つ。


『......敵だとは認識されているんだ』


しばらくして、ゆっくりと語りだすシリウスの声は、自信なさげだった。


『いるんだろうけど......あっちは本気じゃねぇっていうか......』


なんとか説明らしくはなっているけれど、やはり曖 昧ではっきりしない。

それでもこれが精一杯、といった感じだ。

僕も少し考えてから、シリウスの言った言葉を自分の言葉に直してみる。


「敵意はあるけど、殺意はない......ってことかな」 『そう!それ!』


うれしそうにシリウスが声を上げ、僕は僕で自らが口にした言葉に驚いていた。

その言葉がなんの疑いもなく、すとんと僕の心に落ちたからだ。

もしかしたら戦う中で僕も感じていたのかもしれない。


「殺意は、ない......ね」


僕がその言葉を復唱してみると、


『雰囲気が、だからな。あんまり真に受けて、気抜 くな……いや違うな。サボんなよ』


シリウスは冷めた声で忠告してきた。

......隙あらば僕が気を抜いているように言わないで ほしい。


「だから、僕はいつも真面目だって。......ん?」


シリウスに反論している途中、僕は妙な気配を感じて駆けていた足を止めた。


......なんだろう。


温かみのある生き物の気配とは明らかに別のものだ。

でも、星影とはまた違う。

奴らの気配は痛みを感じるかのような冷たさと鋭さを持っている。

僕が今感じている気配は......冷たいけれど、痛みではなくて......苦しさを感じるもの。

苦しさ......いや、寂しさ?だろうか。

武器を構えて警戒しつつ、ゆっくりと歩を進めると、ニ、三歩で明らかな異変に気づいた。


「.........空気が重い」


答えると同時に、僕は顔をしかめる。

邪気の濃さが尋常じゃない。

こんなところに長時間いたら、窒息死してしまいそうだ。

あたりの木々も、葉をつけているものは全くなかった。

すべての葉を散らしてしまったやせ細った木々が、ぽつりぽつりともの哀しげに立っている。


『彗』


低く呟いたシリウスに、僕も頷いて答えた。


「ここまでくれば僕にもわかる。......すぐ先だね」


邪気が濃いのであれば......その邪気を放出している原因がすぐそばにいるということ。


つまり......落ちてきた星が、この先にいる。


僕の感じでいる気配も、その星のものだろう。

木の陰に身を隠させてもらいつつ慎重に歩みを進 め、僕は気配の主を探す。

ゆっくり、ゆっくり進んでいくと......三本ほど先の 木の向こう側が、ほんのりと明るかった。

息を殺して、その木の陰に身体を滑り込ませる。

陰からそっと、光の発生源の様子をうかがった。

僕が身を隠している木の先に群生していたのであろう木々は細くやせ細り、ぽっきりと折れているも のが多々ある。

落ちてきた星の邪気にあてられたのだろう。

木が倒れていれば森の中でも自然と視界が開ける。 まだ少し距離はあるものの、僕の目にははっきりと 写った。


黒く染まった......小さな星が。


見つけた。


星は僕の肩くらいの高さに浮いていた。

星はもといた空に戻ろうと、落ちてきて地面にぶちあたったあとも浮き上がろうとする。

でも......弱りはてた星に空まで浮き上がる力などあるはずがない。

目前の星も下に落ちかけては、元の高さに戻るということを繰り返していた。


あの星は......必死で空に戻ろうとしている。


しかし、星を染めている闇はそれを許さず、地に落とそうとする。


星の身体はどす黒い闇に染まっていた。

暗視ゴーグルを通しているからこそ見える闇だが、あの色を黒......と単純に言っていいのだろうか。

あれはもっと暗くて深い......染まったら戻れない 色。

夜だって闇にあふれているけれど、その闇とは明らかに別物だ。

夜の闇が輝くものを目立たせるものだとすれば...... 今、星を取り囲んでいる闇は……光までを塗りつぶすものだ。

そんな闇の塊が星の身体からどんどんあふれ出し、 地面に落ちていく。

ぽたぽたと滴が垂れるとように闇が落ちる。

星からこぼれ落ちた闇は、みずたまりを作るかのよ うに広がっていった。


......でも。


そんな姿でも、星は輝いていた。


とても鈍くだけれど、光を発していた。

暗視ゴーグ ルをしていなければ、あの輝きには気付けないだろう。

弱々しくはあるが......あの星はまだ、瞬いている。 一定に発せられる強弱のある光は、星が鼓動を響かせているように見えた。

あんな姿になっても、あの星は輝き続けようとし ている。

僕は声をひそめて、シリウスに尋ねた。


「シリウス、知っている星?」

『知らねぇ。空がどんだけ広いと思ってんだよ。俺 が知ってる星は、冬の空のほんの一部だけだ』

「君が知り合いだったら、話は早いのに」

『この状況下でもまだ俺を頼るか、お前は』


話していることだけは普段通りのやり取りだが、シリウスも僕も口調にいつもの軽さはない。

僕の......そして、おそらくシリウスの心にもあるのは、あの星を一刻も早く拾うこと。

その緊張感がある限り、僕らの口調はもとには戻らないだろうな。


ゆっくりと右の手袋を外し、その手をコートのポケットに突っ込んだ。

僕の右手の甲で拾い人の証である紋章が淡く光っている。

星を拾うときに手袋を外すのは、僕のポリシーだ。

手袋をして星に触るのは......星を汚いものと扱っているようで嫌なんだ。

星からすると、人間に素手で触られるのは嫌かもしれない。

でも、星が嫌がっているから......という理由で手袋をつけて しまうと、星にとって人間は汚いものと認めてしま うようで......やっぱり嫌だ。


結局は僕のエゴかもしれないけど、シリウスは『信 念なら、いいんじゃねぇの』と認めてくれたので、その言葉に甘えさせてもらっている。

手袋を外したために寒さでかじかみそうになる右手をさすりながら、僕は回収対象の星の様子をうかがった。

同じく僕の右手にぶらさがって様子見をしていたシ リウスが小声で聞いてくる。


『話しかけるのか?』

「............」


一秒でも早く星を拾いたいが......急いては事を仕 損じる。


「いや、もう少し様子を見......」


星の出方をうかがう、という旨をシリウスに伝えようとしたその時。

ぱきん、と小さいけれど静かなその場には十分大 きすぎる音が響きわたった。


「!?」


頭上の木の枝が自身の重さに耐えきれず、折れた。

邪気で汚染された影響で脆くなっていたのだろうけど、こんなタイミングで、こんな状況で、こんな不運があるだろうか。


星に気を向けられたら終わりだ。

絶対に気づかれる。


『何やってんだよ!?アホ!』


相棒が理不尽な罵倒をしてくるが、いや、今回に関しては僕はなにも悪くない……。

響いたその音に誰よりも驚いている僕は、その反論もできなかったけれど。


もしかしたら気づかれていないかもしれない、 いう淡い期待......いや、頼むから気づかれていませんように、という願望を胸に僕は恐る恐る星のほうへ意識を戻す。


『............誰............?』

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