闇夜
「......シリウス?そんなに遠くないんじゃなかった のかい?」
シリウスに遠くないとの言葉をいただいてから、回収対象の星がいる方向に向かってはいるのだけれど……一向にその姿は見えてこない。
かれこれ三十分以上は歩き、遭遇した四体目の星影 を闇に還した直後に、僕の口からそんな言葉が出 る。
『遠くねぇよ。お前がへばるのが早すぎるんだろ』
......げんなりしている僕に対して、相棒の返答は厳しかった。
そもそも何万光年という単位で生きてきた星と、キロメートルという単位で生きてきた人間とでは距離感が圧倒的に違う。
......小さな単位で生きている僕のことを気にしてく れてもいいじゃないか。
『大体、今回の星影は弱いだろうが。......ま、数が多いのには同情してやるけど、その点を差し引いてもいつもの仕事よりは楽だろ』
「それはそうだけど......」
落ちてきたときの地震の震度などの事前情報を踏ま えると、今回の回収対象はそこまで強大な力を持っ た星ではない。
しかし、それを鑑みても対峙する星影は弱かった。 どの星影も一突きで倒せてしまう。
それでも長時間、雪の降る森の中を歩き回って仕事をしていたら、
「......あぁ、早く布団にくるまって、惰眠をむさぼりたい」
こう言いたくなるのも仕方がないんじゃないだろうか。
『仕事しろ』
......ぐったりしている僕に対して、相棒の返答は相変わらず厳しかった。
『いつもより楽だからって、いいかげんにやるんじゃねーぞ。お前はいつも仕事に対する心構えが生ぬるいからな。あ、それから』
呆れたようにお説教していたシリウスの言葉が途 中で終わる。
ふと不思議に思う......間もなかった。
「!?」
嫌な気配を感じ取った僕は、前に出そうとした足をひっこめ、そのまま後ろへ飛び退いた。
こういうときは頭で考えるより、身体の反射に任せるに限る。
直後、右側の茂みから黒い物体が猛スピードで飛び出してきた。
物体が横切ったのは、まさに僕の目と鼻の先。
風を切る音でどれだけ素早かったかを実感させられる。
不意打ちだったが、僕の身体には一瞬にして緊張が 走り、攻撃態勢をとった。
気の抜けていたこの状態でも、本能には忠実だった僕の身体に感謝する。
そして、
『右から攻撃が来るぜ』
……今更としか言いようのないタイミングで、シリウス が言った。
「......そういうことはもっと早く言ってくれないかな。あやうくひかれるところだったじゃないか」
『毎回俺様が教えてやってたら、お前のためにならねーだろ』
そう言って、けらけらと笑うシリウス。
......痛い目に遭うのは僕だぞ。
シリウスとくだらないやりとりをしているうち、 僕をはね飛ばそうとした黒い物体が引き返してきた。 わざわざ確認する必要もないだろうけど......どこからどう見ても星影だ。
星影が増えてくるとシリウスが教えてくれたエリアからは、ずっと武器を手にしていた。
不意打ちの攻撃にだって対応はできる。
僕を敵意に満ちた黄色い瞳でにらんでいる星影は、今までより少し小さかった。
その分、スピード が速かったような気がする。
姿は......一見、狼のようだ。
しかし、息遣いに呼応して輪郭がゆらゆら揺れているので、ほとんど原型が崩れてしまっている。
引き返してきた星影は一度、咆哮をあげると再び僕に突っ込んできた。
やはりほかの星影よりすばやい。
体当たりしてきた星影に動きを合わせて奴の懐に潜りこみ、そのまま小刀を突きつけた。
星影が速度を出していた分、僕が大きな力を加えなくとも小刀はすっと星影を切り裂いていく。
黒い粒子が宙を舞い、闇に溶ける。
「ふう......」
急に飛び出してきた星影を倒したことでつかの間の安息を得た僕はほっと溜息をつき、うっかり深く息を吸い込んだ。
「......!?げほっ......ごほっ!」
その際思い切り邪気を吸い込んで、むせかえる。
『星に近づいてきて、邪気の濃度が濃くなってきた からな。大丈夫か?』
心配して聞いてくれたシリウスにも、すぐに返事が返せなかった。
何度か咳き込んで落ち着いてから、正直に答える。
「......これくらいなら、まだ平気。でも......あまり長居はしたくない」
『......無理すんなよ』
シリウスがぼそっと言ったその言葉に、僕は黙ってうなずいた。
いくら星拾い人が星の力に耐性を持っているとい っても、濃い邪気にさらされ続けると限界は来る。
根は優しいシリウスは、邪気の影響で僕が倒れたり しないかを心配してくれているのだろう。
それにしても......油断していたとはいえ、拾い人の僕が咳き込むほど邪気が濃くなっているなんて。
つい先程までは、それほどではなかったと思う。
いくらなんでも邪気が濃くなるのが早すぎないか......?
不思議に思っていると、シリウスが苦しそうに呟いた。
『......輝きが、鈍くなってる』
「!」
その言葉に、僕も思わず息をのむ。
輝けなくなる......星にとってそれは、人間の死と同意義。
悪意を身体に取り込みすぎると......星は黒く染まる。
それは空にいる星たちにも起こりうる現象だが、地 上に落ちてきた星は、空のそれとは輝きを失う速さ が比べ物にならない。
地上は人間に近い。
近いということは......それだけ悪意も多いということ。
すぐにその身体に悪意を取り込んで、真っ黒に染まってしまう。
本来は光っているべき星の輝きが完全に失われると、星はただの闇になる。
輝きが鈍くなっている......ということは、そのとき が近づいている、ということ。
先ほどの星影の輪郭が崩れていたのも、邪気の広がりがこんなに早いのも、輝く力が失われつつあるからか......。
星の力は、輝く力が源となっている。
星にとっては輝くことが、生きることだからだ。
その輝くことが難しくなれば、それだけ力も暴走す る......。
「急ごう」
武器を持つ手に力を入れて、短く宣言する。
闇となってしまったら、拾うどころか目視すること も永久にかなわなくなってしまう。
『いや、慎重に行け。星影がいたるところに出現し てるんだ。まだ、大丈夫だ』
シリウスはあくまで冷静に忠告してくれるが、その声に焦りはにじみ出ている。
大丈夫......という最後の一言は、確信ではなかった。
自分に言い聞かせるのと同時に、確信を得ようと言葉にしているようだ。
『......できるだけ、急いでくれたらうれしいけどな』
小さく呟かれた願いに、僕は黙ってうなずく。
言われなくても、そうするつもりだった。
落ちて来た星を拾うために、森を進む足を速めた。
あの小さな瞬きが、永久に消えてしまう前に……僕の手で拾うんだ。