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星拾い人  作者: 心奏
輝星
10/13

シリウスという星


「────!」


刃を向けた右前方の木の陰から、真っ黒な星影が咆哮をあげて飛び出してきた。


突進してくる 星影に向かって、僕も駆け出す。

そのとき左後方にも、もう一体の星影が姿を現したのが、ちらりと目に写った。

目の前から向かってくる星影の大きさは僕の腰に届くか届かないかくらいだが、四つ足で走っているので立ち上がったらそれなりに大きいだろう。

長い尾ととがった耳のようなものがあり、このまま縮めば猫に見えそうでも......いや、 見えないな。

この怪物に猫のようなほのぼのしたものは微塵もない。縮んだって、それが変わることはないだろう。

形だけは猫のような星影との距離が数十センチほどとなったとき、奴が飛びかかってきた。

僕は走っていたそのスピードを利用して、素早く身体を伏せる。


飛んだ星影が、伏せた僕の真上を通過する瞬間に合わせて、剣を突き上げた。

短剣が、星影を貫く。


まだ油断はできない。

もう一体の星影が迫ってきているのは、わかっていた。

その気配が今、真後ろから僕に攻撃を仕掛けようとしていることも 、わかっていた。

奴の気配さえ感じていれば、後ろからの攻撃だろうと恐れることはない。

僕は振り向きざまに、短剣を振るう。

右上から左下へと直線の剣筋を描いて、僕の剣は星影を切り裂いた。

驚いたように見開かれた星影の黄色い瞳と目があう。

僕はその瞳を見つめかえして、小さくささやいた。


「おやすみ」


僕の言葉がきっかけだったかのように、二体の星影は同時にその輪郭を崩し、弾けるように闇の中に散った。

二体の星影の残骸である黒い粒子がふわりふわりと闇夜に舞って、溶けていく。

もとは悪意という悪いものでも......夜の闇の中ならば安らかに眠れるだろうか。

星影を見送りながら、ようやく一息をつこうとすると、


『楽勝楽勝〜』


実に緊張感のない軽い口調でシリウスが言った。戦闘で力の入っていた僕の身体から、 一気に力が抜ける。

調子のいいことを言う彼に呆れつつ、僕は肩をすくめた。


「まったく。見ているだけの君が言わないでくれ」 『見てるだけじゃねぇって。応援もしてた。とっとと仕事しろ、ってな』

「......それ、応援?叱責じゃないのかい?」

『激励だろ?』


けらけらと笑いつつも、伝えるべきことはきちんと伝えてくれるシリウス 。


『今のところ、こっちに気付いてる星影はいねぇぞ』

「それはよかった」

『とはいえ......あまりに数が多いと、俺様も把握しきれない。回収対象に近づけば近づく ほど星影が増えてくる。自分の身は自分で守れよ 。俺様を頼るな』 「正確な情報、頼りにしてるからね。シリウス」

『星の話を聞け』


シリウスをからかいつつ、僕は警備隊の青年たちの姿を隠した木々の先に目を向けた。

警備隊の彼らは無事だろうか。

夜の闇はどこまでも深く、その奥にあるはずの彼らの姿を確認することはできない。

だから当然、僕の問いに答えはでない。

僕の頬を撫でる冷たい風が何かを答えてくれているようだけれど、人間の僕に風の言葉はわからなかった。

……それでもきっと、彼らは大丈夫だろう、と僕は思う。

なぜなら僕はわかっているからだ。


「彼らの願いを、聞いてくれてありがとう。シリウス」

「……あん?」

「シリウスは、あの三人の無事に帰りたい……というう願いを聞いてくれたんだろう?」


その問い......いや、事実の確認にシリウスは答えない。

シリウスの場合、答えない...... ということが答えみたいなものなんだけれど。


先ほど、シリウスが警備隊の彼らにしていた純粋な願いがあれば無事に帰れるという話は、彼らを安心させるためだけに言ったのではない。

星であるシリウスが......すでに彼らの願いを聞き入れていたから言ったんだ。

基本的にあまのじゃくなシリウスは、自分が願いを聞いたぞと言わなかった。

だから、シリウスの行動が彼らに伝わっているかはわからない。

......そもそも、喋るキーホルダーを 彼らが星だと認識していたかどうかすらも怪しいところだ。

でも......


「......願いを聞いてくれて 、ありがとう。シリウス」


僕はわかっている。

僕は、お礼が言える。

それは誇らしいことなんだよ、シリウス。

基本的にあまのじゃくで照れ屋な彼は、僕の感謝に面食らったようだ。

ちかちかという瞬きが早くなっている。 これは焦っている証拠なんだけれど、その事実におそらく彼は気づいていない。


『......別に、大したことはしてねぇ。俺の力がどこまで通用するかわからねぇから な。いつも言ってるけど、星は万能じゃねぇよ。やつらの思いの強さ次第だ』

「僕も彼らの無事を願ってる。僕の願いも聞いてくれているんだろう?」

『...............』

「僕の願いの強さは君が一番知っているはず。だから、きっと大丈夫」

『...............あんまり期待すんなよ』


ぼそぼそと呟く素直じゃない相棒に、僕はわかったよと微笑み返す。

内心では期待......いや、大丈夫だという確信を持っているから、僕の答えも素直じゃないな。


『言っとくけどお前のためじゃねぇからな。警備隊なんかを守ってお前がぶっ倒れたら、誰が落ちてきた星を拾ってやれる。俺にとっちゃ人間の命より......星のほうが大切なんだ』


さばさばとした口調でシリウスはそう言うが......本心がそうでないことくらい、僕は気づいている。


「はいはい。わかってるよ、シリウス」

『じゃ、とっとと本業に戻れ。この話はこれで終わりな』


会話を切り上げたがっているシリウスをこのままからかっても面倒なことになるだけだ。

彼の言葉通り、本業を進めるとしよう。


星が早く拾われること......それも、この土地にいる人々の願いなのだから。

僕はその願いを叶えなくちゃいけない。


方角を確認するためにポケットから方位磁石を取り出すと、


『回収対象は......西の方角』


すばやくシリウスが進むべき道を教えてくれる。

落ちてきた星が待っているであろう木々の先を見据えてから、僕は歩き始めた。

どこから星影が飛びだしてくるかわからない。

武器は手にしたままのほうがよさそうだな。


雪で白く化粧をした森は、とても静かだった。

星影が徘徊しているからだろう。

生き物の気配は全くない。


まるで、死の世界。


僕の雪を踏む音だけが静かな森の中に響いていく。

この世界に僕一人だけになってしまったのではないかという錯覚に、捕らわれそうになるほど暗い、夜の森。


でも......寂しくなりそうなときは、僕の手元で輝くシリウスを見ればいい。

彼は、どんなときでも僕を、その光で照らしてくれる。

まばゆくて、美しいその光で。


『......なんだよ?』


僕の視線に気づいたシリウスが不思議そうに尋ねてくるので、


「いいや、星はやっぱり綺麗だな、と思っていただけ」

『..................』


素直に答えたら、黙り込まれた。

ありがとう、くらい社交辞令で言ってくれてもいいのに。

相棒のそんな態度を困ったなと思いつつ、おかしくも思いながら前を向くと、


「.........あれ?」


ふと、明らかに他とは様子の違う木が目にとまった。

この森に群生している木は冬には葉を落とさないらしく、辺りの木々は緑の葉を身に纏っている。

しかし、僕の目の前で根を張る木には......葉がほとんどない。

茶色くてか細い枝が、むき出しになっている。

空に向かって伸ばしているその枝も 、どこか弱々しい。

その姿は緑の森の中で、ひどく目立っていた。


「枯れてる......?」


近づいてそっとその幹に手を添える。

手袋ごしなので、感触まで感じることはできなかったが......その木に生気がないことは、はっきりとわかった。

おそらくはその木のものだったのであろう葉が、根元に力なく散らばっている。

まだ少し残っている葉も、かろうじて枝にしがみついている、といった感じだ。


『この辺から邪気が濃いからな』


命を終えてしまいそうな木。

この木を こんな姿にした原因を、シリウスは静かに告げた。

邪気......警備隊の本部で隊長さんが報告していた被害の一つ。

植物を枯らし、生き物に不調を及ぼす悪い空気......その正体は、星影と同じもの。


そう......人間の悪意だ。


今まで星が体の中に何年も取り込んできた 悪意のある願いが、落下の衝撃で星の身体から飛びだし、散らばったもの......それが邪気。

過度なストレスを感じすぎると気分が悪くなったり、身体を壊したりするだろう?

邪気にあてられた状態は、その何十倍のストレスに晒されていると考えてくれればいい。

星の力で膨れ上がった〝悪意〟が、人間や生き物を苦しめているんだ。

僕は星の力に耐性のある拾い人であるから、邪気に耐えることができるが......大抵の生物はこの邪気を吸い込むと気分が悪くなる。

星の近くに行くほど邪気は濃くなるが、そんなところに耐性のない者が入り込めば倒れて数日間寝込むほどだ。


森を進むと......邪気の濃さを目で実感することができた。

先ほどの枯れていた木が始まりだったかのように、ぽつぽつと葉のない木が現れる。

枯れた木を追い越すたびに、目の前に広がる森にやせ細った木が多くなった。

辺りの葉をつけた木も、邪気をあびて弱っているのだろう。

力なく、季節外れの落ち葉を散らせている。

進めば進むほど、緑の数は減っていき、降る葉の数は増えていく。

僕の周りから、命が消えていく。


『.........あ.........』


急にシリウスが何かつぶやくと同時に、僕の視界の端を小さな白い粒子が横切った。

はっとして顔を上げると、それは一つだけではない。

次から次へと、上から降ってくる 白い粒子。


「......雪だ」

『降ってきたか......』


手のひらを広げると、雪の一つが手に吸い込まれるように落ちてきて、すぐに溶けた。

僕の手にのらなかった雪は地面に落ちて、すでに積もっている白い絨毯の一部となる。

はらはらと僕の周りを舞う、雪と落ち葉。

冬と秋がいっぺんに来たみたいだ。


『......これじゃ、空が見えねぇな』


寂しそうに、シリウスが呟く。

見上げてみると......黒い雲で覆われている夜空では、星も見ることができなかった。


空はシリウスが輝いていた場所で、帰りたい場所でもある。


雪がふってきたことにすぐに気づいたのも、彼が空をよく見上げているからだろう。

あの厚い雲の向こう側でも、星たちは輝いている。

誰も見て、いなくとも。

そう思うと、雲をかきわけてでもその姿を見に行きたくなるのは僕だけだろうか。

そんなことを考えて空を見上げていると、僕のゴーグルにまで 雪が降り積もってきた。


「......う。視界が悪い......」


ゴーグルの雪をはらっても、降る雪の勢いは増すばかりで僕の視界を阻む。


『雪のせいか。面倒だな、人間の目ってやつは。 できる限り状況把握はしてやるが、 気を引き締めろよ、彗』

「わかっているさ。これだけ邪気が濃いとなると......急いだほうがよさそうだね」

『この先、どんどん濃くなってくるはずだ 。星影も増えるぞ。ちなみにすぐ近くに三体は いる』

「そんなに星影がいるのか......。脅威ではないけれど、数が多い」


シリウスが教えてくれた情報に、僕は思わず顔をしかめる。

ついつぶやいたその言葉に、シリウスは冷たく吐き捨てた。


『警備隊上層部があんな悪意の塊じゃ、多くもなるだろうよ』

「......それは」


彼の言葉に反論をしようと開いた口は、結局それ以上の言葉を発しなかった。

星影の数が増えるのは、人間の悪意がそれだけこの土地に充満しているということ。

警備隊の本部で悪意の一部を見てしまった以上......人間の僕が何を言っても、言い訳にしかならないように思えてしまう。


『......悪い。八つ当たりだな、これじゃ』


黙り込んでしまった僕に、シリウスがぼそりと言った。

僕は首を横に振って、そんなことない、という思いを無言で示す。

その話題から逃げ出すように僕が歩き始めると、


『......回収対象はそのまままっすぐ......あ、ちょっとだけ右向け。そう。その方向。そん なに遠くない』


シリウスも話を逸らしたかったのだろう。僕の進むべき道を細かく指示し始める。

静かな森の中を進みながら、僕はシリウスの言葉にどう返すべきだったのかを考えた。

答えなんてないかもしれない。

だとしても......認めてしまうのは哀しいことだ。

確かに......人は悪意に満ちた言葉や願いを平気で吐き出す。

同じ種族までも差別するの は、この地上で人間だけだ。


でも......それは、人間のほんの一面。

それに、人が星を恐ろしいと言うことは責められない。

故意ではないとはいえ、実際に星たちは生き物の命を奪っているのだから。

自らの命を守るために、恐怖を持つのは当然のこと。


でも......それだって、星のほんの一面だ。

どうして、悪いものにばかり目を向けてしまうんだろう。

どうして、ほかの一面を見ようとしないのだろう。


確かに、すべてを星のせいにする警備隊の人がいる。 でも、逃げることもできたのに、怪我をした仲間を命がけで守ろうとした警備隊の人も いる。

確かに、人や生き物を傷つける星影を生み出す星がいる。 でも、放っておくこともできたのに、 人の願いを聞き入れたシリウスがいる。

黒く染まるかもしれないのに、空で願いを聞き続ける星がいる。


そして、 そんな星を見るのが、大好きな僕がいる。


どうして......こ の思いは伝わらないんだろう。

こんなにも優しくて、綺麗な思いはたくさんあるのに、どうして伝わらないんだろう。

星の思いも、人の思いも、シリウスの思いも、僕の思いも、簡単に届けばいいのに。


みんなみんな、届けばいいのに。



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