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ザッピング  作者: 青井星二
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ザッピング


                    5


「もう、昼じゃん。続きは午後にしようよ。手を洗って、お弁当を食べようよ!」

 彩芽は腕時計を見て、昼休みの時間帯になっているのに、はっと気が付いた。

 部員全員に、慌てて声を掛ける。

 あれ? お弁当を出す瞬間に戻ってしまった。

 そうか!

 ザッピングは一応、パラレルワールドにも行けるけど、基本的には、時間を巻き戻すだけだった。

 つまり、私が消えて時間を(さかのぼ)る瞬間を、誰も見られないんだ。

 さっきと同じく、また、みんなの弁当を眺め合い、私のゾンビと戦った話をギャグだと思われたところまで、そのまま再現された。

 驚いたことに、彩芽が揶揄(からか)ってくる言葉遣いまでもが、さっきと一言一句まで同じ展開だった。

「あんたさ、絵だけでなく、小説の才能もあるよ。今年の文芸部、会誌用の小説が詰まらないのばっかりだからって、顧問の小津が、全校生徒対象に募集を懸けていたわ。応募したら?」

 ここで「嘘じゃないんだから!」って、いくら言い訳しても、無駄ってことか。

「私が嘘をついているって、馬鹿にしているんでしょ!」

 私は、その後に付け加える言葉を変えるしかなかった。

「過去に戻るのって、時間を巻き戻しているだけだから、みんなには見えないし、嘘だって思われても、仕方ないわね」

 完全に、みんなに(いじ)られるモードに入ってしまった。

 そこで話題を変えて助けてくれたのも、なんと、スーちゃんだった。手先が器用なだけじゃなく、優しいよな。

「ところで、神崎さんって、去年のミス那由佗高だし、綺麗なのに。女優さん目指さないんですか?」

「私はインジャナのテスト対策用ノートの予想問題がなかなか覚えられなくて、たったの六十五点しか取れなかったのよ」

「へぇ。意外ですね。神崎さんって暗記が得意だと思ってました」

「暗記がねぇ。大っ嫌いなの。英単語も英熟語も日本史の年号も苦手。分厚い台本を渡されたら、もう、それだけで、西瓜(すいか)割りの西瓜みたいに、脳味噌が爆発しちゃうわ」

 丸暗記が苦手だから、どうやったって、逆立ちしたって、ドラマや映画のセリフなんてムリムリ!

 顔を(しか)め、手を振って否定する私に、今度はスーちゃんが追い打ちを懸けるように聞いてきた。

「だったら神崎さんは、アイドル歌手になろうって思ったことがないんですか? ただの一度も?」

 その質問には、私よりも彩芽が先に反応した。

「この子とカラオケ行った地獄の体験がないから、そういう、見当外れの質問ができるのよ」

「え~~~! そんなこと言っちゃやだぁ!」

 彩芽は容赦なくアタシの黒歴史を暴露した。

「シオの歌ってね、メロディーがあっちこっち半音高かったり低かったりするだけじゃなくて、か細い声で歌うもんだから、呪いの呪文みたいに聞こえるの。音痴なんてもんじゃないわ」

「ひっど~い! そこまで(けな)す? まぁ、音痴は認めるけど」

 彩芽は可愛いし、リーダーシップがあって、面倒見もいい。

 でも、いつも毒ばっかり吐いているのが欠点だ。

 だから、あんたは彼氏いない歴十七年なんだよ。

 むきになって言い返したいところだった。

 けど、小学校以来の友情に鶴嘴(つるはし)(ひび)を入れるような発言をしても、何のメリットもないからな。

 ここは、黙っとくべ。

 私には暗記力が全然ないから、女優は目指さない。

 呪いの歌武勇伝まである音痴だから、アイドルのオーディションは受けないという発言に、スーちゃんはウンウン頷いていた。

 納得したみたい。

 やぁだ、もう!

「なるほどねぇ。それで、雑誌の読者モデル一本でやっているわけですね。モデルさん、社会人になっても、やるんですか?」

「背が高いワケじゃないから、モデルも無理ね。私、みんなが思っているとおり、画力には自信があるからね。美大に行って、絵のスキルを上げるつもりなの」

 この言葉に、お調子者の蘭ちゃんが突っ込む。

「未来の一流イラストレーター! 神崎詩織画伯に乾杯!」

 ペットボトルで乾杯のポーズを決めた。

「そういうスーちゃんは将来、どうするつもりなの?」

私が尋ねると、少しはにかんだ表情でハッキリ自分の夢を口にした。

「私は造形作家を目指してます。フィギュアとかドールハウスのね。造形作家なら、お父さんの仕事を手伝いながら、やれるから」

 目をキラキラさせているスーちゃんの後で、彩芽が奇妙な行動をとった。

 なんと殻を剥いた茹で卵二つを、続けてスポンスポンと掃除機で吸い込むように丸飲みした。

「彩芽、今の何? あんた、茹で卵を丸飲みしたでしょ!」

「え? 何? どうかした?」

 彩芽は不思議そうな表情で私を眺めた。

「丸飲みも変だけど、あんたは茹で卵が嫌いだったでしょ?」

「何を言ってるの? 小学五年生のときの林間学校で箱根に行って一緒に黒卵を食べたじゃん。忘れちゃったの?」

 え? 私の勘違い? 変だなぁ。

「あんた、今日は変だよ。突然、宇宙キノコで親がゾンビにされたとか、タイムリープができるとかさ。変な宇宙人に脳ミソを改造されちゃったの?」

 茹で卵嫌いは他の人と間違えてるのかな。

 どうも今日の私は、変だ。

 彩芽は時計を見て午後の活動を促した。

「もうお昼は、みんな食べたわよね。午後の活動をやりましょう」

 彩芽の一言で仲良し三人組はパソコンに向かった。

 三人組は、私に提出すべき自分の占いのキャッチコピーを考えていた。

 また、見本用の占いのターゲットになりそうなタレントのプロフィールも、ネットで探していた。

 余計なことを考えるまい。

 私も五人全員の似顔絵を3Dカラー化する作業に取り掛かり始めた。

 パソコン部は情報室のほぼ前半分を使っていた。

 合同で出し物をやるわけではないからお互いに干渉はしない。ただ、部屋をシェアしているだけだ。

 パソコン部は文化祭の間、この部屋でオリジナル・ゲームを使ったゲーム・コーナーをやるらしい。

 でも、私たちは関心が全然なかった。

 昼休みの間はずっと情報室にいなかったから、たぶん中華街のランチでも楽しんでいたに違いない。

 かつて女子商業高校だった名残で、うちの高校は女子の人数のほうがやや多い。でも、パソコン部は部の性格からか、男子のほうが多かった。

 とはいえ、あまりカッコいい男子もいないからなぁ。

 私たちはパソコン部と、特に親しく交流しようとも思っていなかった。

 パソコン部は席に戻ってくると、無言でパソコンに向かった。

 彩芽や仲良し三人組も、無言でパソコンのキーボードを叩いている。

 部屋に響くのは、カタカタ、カタカタというキーボードの音ばかりだった。

 さて、私は今から五人分のカラー・ポスターを作らなくてはならない。

 でも、3Dだし、細かい陰影をつけなくてはならない。

 一枚を仕上げるのに、一日で果たして、できるかどうか。家に持ち帰って、少しやるとしても、三日で全部できるかなぁ。

 悪戦苦闘しているうち、窓の外は朝露に濡れた青い朝顔のような色の空が、レモンティー色になり、やがて紫色を帯び始めた。

「今日は終わりにしよ! 続きは明日ね!」

 疲れたか、飽きたか。彩芽がパソコンの見すぎで目を真っ赤にして、部活動の終わりを宣言した。

 彩芽は私の横に来て、にっこり笑ってポンと肩を叩く。

「舜くんと校門で待ち合わせしているんでしょ? 早く行ってあげな!」

「すっかり遅くなっちゃったね。瞬くん、かんかんに怒っているだろうなぁ。じゃぁね。また明日!」

 私は荷物を片付けると、校舎の裏の自転車まで駆けていった。




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