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ザッピング  作者: 青井星二
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ザッピング


                    2


 普段は、横浜駅回りで、石川町まで電車で通っている。私の高校は横浜中華街の片隅にある。

 見た目がオフィス・ビルみたいな七階建てのビル。グラウンドは中庭で、猫の額のような狭いところだ。

 マミーはケチだから定期券は夏休み、冬休み、春休みの間は買ってくれない。

 自転車で行きなさいよ! っていう。

 実は電車だと、ちょっと遠回りで、自転車だと学校まで五キロぐらい。

 のんびり歩くと、JKの足で一時間半は掛かる。でも、自転車なら三十分は掛からないだろう。

 さっき台所を通ったとき、『ありあけのハーバー』を取ってリュックにしまっていたのを、取り出して食べる。

 栗の粒が入った栗餡を、舟形のスポンジ・ケーキでくるんだ横浜銘菓。袋には、客船のイラスト。

 昔からあるやつで子供の頃から好きだった。

 口に含むと、ふんわりした甘さが広がる。ハーバーって舟形のお菓子だからハーバーなんだって聞いた覚えがある。

 大抵はお進物用だけど、横浜駅の売店に、一個売りのがある。ときどき欲しくなって、買うのよね。

 姉妹品で黒船の絵が付いた黒船ハーバーもある。チョコバナナ味で、こっちも好きだけど、一個売りのは滅多に見かけない。

 むしゃくしゃするとお気に入りのお菓子を食べるだなんてザーラみたいだな。

 アイツの毒気に(あて)られたかな。

 イヤ、それは、違うな。もともと好きだったし。趣味が似てた、ってことか。

 あの全身タイツと。なんか、やだな。

 ハーバーを食べると、私は自転車を漕ぎ出した。

 途中、コンビニに寄って、サンドイッチを買った。

 いつもはマミーに作ってもらうけど、漂白剤事件で揉めちゃったからなぁ。

 区役所の前を通りすぎる。

 その先の、新興宗教が建てたビルの群れの中を、泳ぐように突っ切る。

 高速が見えてきたら、沿うようにして石川町へ。

 自転車は校門前に着いた。

 那由多総合高校。ここが、私の学校。

 入学式で、校長が説明をしていたな。

 那由多は、凄く大きな数の単位。

 若者の限りなく無限に近い可能性と未来を示しています、ってさ。

 校舎の裏には、掘っ立て小屋みたいなプレハブの建物が連なっている。そこは運動部の部室。

 その近くに自転車を停めると、エレベーターに真っ直ぐ進んだ。

 我が文化部の部室は、放課後と休みの日の教室を使っている。

 吹奏楽部は音楽室で楽器置き場は音楽準備室。

 生物部は理科室を間借り。

 私の占い部は情報教室の後。

 情報教室は、情報科の授業で使う部屋。

 パソコンがズラリと並んでいて、教壇の近くにプリンターもある。

 情報教室の大半はパソコン部が使っていて、占い部は隅っこの五台だけ。

 五台しか使えないの?

 そりゃ、そうでしょ。部員五人の弱小サークルだしさ。

 高三の先輩は一学期一杯で引退。

 私は、副部長。部長は幼馴染みの布刈(めかり)彩芽(あやめ)

 情報科二年。身長百五十㎝で小柄、ボン、キュッ、ボン体型。

 私より胸が大きい。

 サラサラのロングヘアーで、顔は癒し系ほのぼの美人。

 今朝うちに来ていたメカ・オヤジは、コイツのお父さん。

 パソコンの達人にして、中一でパソコン検定の資格をいくつも取っていたのが自慢の子。 うちの占いアプリは、みんなコイツの作品。

 情報教室に入ると彩芽が手を挙げた。

「よぉ! シオ、おせぇじゃん」

「今朝、親と揉めちゃってさぁ」

 空いていた一番隅のパソコンの前に座った。

「秋の学祭のポスターって、できてる? 学校の承認エントリーは夏休み中だけど」

 彩芽がポスターの仕上がり具合を聞いてきた。

「できてるわよ。私、夏休みの宿題は早めにやって、あとは遊ぶほうだからね。こういうのは八月の全般に仕上げちゃうわ」

 カバンからUSBメモリーを取り出し、パソコンにセットして開いた。

「わっ! すっご~い! もう、できてるンだ」

 彩芽が、すかさずモニターを覗き込む。

「作ったわよ! ばっちり。気に入ってもらえるといいんだけど」

 私は男子たちが洒落(しゃれ)で言っているとかしか思えないけど、うちの部は美少女戦隊なんて呼ばれている。

 そこをちょっぴりネタにして、部員五人の似顔絵に占い師っぽく黒い魔女っ子風のコスチュームを着せて戦隊モノのポスターみたいにデザインしたものだった。

「あっ! 可愛い! 神崎さんの絵の腕前ってプロ並みですね!」

 スーこと模型屋の娘である雪弥生が、やたら誉めちぎる。

「何よ。おだてたって何にも出ないわよ! あ、出るものが、一つだけ、あるか。舌ね。てへぺろって」

 こそばゆいから、ついつい洒落(しゃれ)のめしてしまう。

「私たち占い部の模擬店は校舎入口の脇だったね。うん、ちゃんと書いてあるわね。冗談はその辺にして、インジャナに出して来なよ」

 インジャナはうちの顧問で、現代文の竹田徹。

 オールバックの髪を長めに伸ばして後のほうに撫でつけていて、いつも()れ縒れのスーツを着ている。

 マミーは昔の学園ドラマの熱血教師に雰囲気が似ているとかで、入学式で一年のときの担任になったとき、喜んでいた。

 だけど、熱血教師でも何でもないんだな。これが。


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 さて、あたしの力作、プリントアウトするかな。

 情報室の片隅にはカラー・プリンターがある。

 うちの学校はコンピュータ関係は力が入っているからな。

 レーザー・プリンターだ。

 見た目は小型のカラーコピー機だ。

 自分の席のパソコンから『印刷』をクリック。

 A4サイズにセットして、よし、プリントアウト。

 プリンターの前に行って待っているとプリンターが動き出した。

 ウィィィィン!

 めでたくポスターが出てきた。

 よし! 持っていくぞ!

 二階奥の教員室に行くと、インジャナは作りかけのプリントをパソコンで開いたまま、ぼうっとして鼻毛を(むし)っていた。

 きったねぇの。

「失礼しま~す! 学祭用の占い部ポスターを持ってきました」

 情報室の隅にあるプリンターで出力した、できたてのA4サイズのポスターを提出した。

「ン? ああ。まぁ、いいんじゃない?」

 竹田は一瞥して、つまらなそうに言った。

 インジャナって渾名(あだな)は、この口癖に由来している。

 如何にもやる気のない反応は、いつものことだ。

 ホントは「可愛く描けているね」って一言、声を掛けて欲しいところだけどね。

「それじゃ、竹田先生。占い部のポスターの貼り出しをよろしくお願いしま~~す!」

「ああ。やっとくよ」


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 そのまま情報室に戻ってきた。

「神崎さん、インジャナは何か褒めてくれました?」

 蘭ちゃんこと蘭島薫子が、私を見た。

「万事に適当なインジャナが、洒落(しゃれ)た褒め言葉なんて掛けるわけないじゃん。なんたってインジャナだよ」

「それもそうですね。たかがインジャナに期待しちゃ、ダメか」

「授業は、自分で作った虎の巻を板書して読み上げるだけ。指されて答えても、よっぽどトンチンカンな答えを出さない限り、まぁいいんじゃない、だしね。試験だって、問題が毎年、変わらないって」

 彩芽はシラケた表情で私の代わりに蘭ちゃんに答えた。

「毎年、授業内容も、言うことも同じ。あれなら、アタシだって国語教師が務まっちゃうわよ」

「あ、それでか。代々の先輩からインジャナ試験対策マニュアルが伝わっているって話があるのは」

蘭ちゃんは妙に納得する。

「まぁ、授業の進み具合を見て試験問題を作っているみたいなんだけど、結果的には伝説のマニュアルに書いてある問題から出て来るわね」

 私のマニュアルは一学期に引退した三年の星前部長から貰ったやつだった。

「神崎さん、来年インジャナの現代文を取るつもりなんですけどね、マニュアル貰えますか?」

 蘭ちゃん、ちゃっかりしてるなぁ。今から唾つけるか。

「ええ、いいわよ。三学期の期末が終わったら、あげるわ。授業は詰まらないけど、いいの?」

「マニュアルをしっかり覚えたら、大丈夫なんですってね。だから、勉強できない子は、インスタをやっていて、勉強ができる子は内職で塾や他の教科の課題をやっている、って聞きました」

「みんな、インジャナの授業で内職しているって話、結構、一年生にも知れ渡っているのね」

「それで、インジャナ先生は全然、怒らないとも」

 蘭ちゃん、ちゃんと情報を掴んでいるわね。

「そうよ。対策マニュアルをしっかり覚えておけば、テストは、バッチリよ。私みたいに暗記の苦手な子だって、六十五点は固いわね」

「へぇ~~。ホントですか?」

「授業じゃインジャナは怒らないから、勉強が嫌いな子はSNSをやっているし、勉強が得意な子は、他の授業の宿題や、塾の課題を内職しているわね」

 蘭ちゃんは神妙な表情で私の話を聞いていた。

「なるほど。それなら、神崎さんのノートがあれば来年は、ばっちりですね」

「さて、学祭本番のみんなの出し物を確認しておかないとね。三木ちゃんは姓名判断ね。私の作ったソフトに、来た人の名前の画数を入れれば、結果が出るシステムになっているわ」

 彩芽はソフトの使い方をしっかり指示していた。

「蘭ちゃんは、星占いか。生年月日と星座を入れれば、あとはソフトが自動的に計算してくれるわ」

「これだと電卓を使わなくてもいいわね。楽だわ。彩芽さん、いいソフトを作ってくれたわ。ありがとうございますぅ!」

 感激して蘭ちゃんの目がキラキラしていた。

「スーちゃんは筮竹(ぜいちく)ね。出た卦を入力するだけよ。それにしても凄いね。その筮竹は手作りなんでしょ?」

「はい。うちの売り物の竹籤(たけひご)で占いの本を見ながら作りました」

 手作りってところに蘭ちゃんが突っ込んだ。

「筮竹入れる筒も、でしょ?」

「これは、ホームセンターで買った塩ビのパイプを加工して色を塗ったんです」

 つくづく器用な子だ。

「ふ~~ん。ホント、よくできているわよね。スーちゃん、大したもんだわ」

 感心した蘭ちゃんが、クラスの男の子たちの動向に触れた。

「うちのクラスの男子でガンプラやっている子が、プラモならススギだよな、ってみんな噂してるわよね。

「へぇ~。そんな有名なんだ」

「そういえばこないだ遊びに行ったときにショー・ウインドウにスイーツの模型も飾ってあったわね」

「布刈さんも、うちの店を見に来てくれたんですか? 実は、あれね。私が作ったんですよぉ」

「あのスィーツの模型も? スーちゃんって手先が器用ね」

「普通のプラモだと、おじさんと男子しか買ってくれないから、私が提案して、スイーツ模型の材料も、置くようにしたんですよ。サンプルは、私の手作り。むっちゃ、可愛いでしょ?」

 私は不器用だから、こういう子が羨ましい!

「さて、問題は、シオ、あんたよ」

「え? ア、タ、シ?」

「水晶玉占い。てんで当たらないのよね。あんたのは!」

「そうかしら。自分ではキマッテルって思っているんだけどなぁ」

 ちょっと心外だわ。

 我が占い部で一番占い師らしいのは、アタシだと思っていたのにぃ!

 ちょっと向かってきて頬を膨らました。

「何が、キマッテルよ! もう。ズバリ、ファッションだけでしょ? 黒い魔女っ子衣裳に水晶玉は、本格的に見えるけどね。本当は水晶玉に映った光景を見て、適当な話を作っているだけでしょ! それも、当てずっぽうで」

 ズバリだ。キッツいな。で、どうする気なんだ? 彩芽は。

「もう一度インジャナに提出したポスターをモニターに出してくれる?」

「あのポスター? いいわよ。アタシの大傑作を、おっきなお目目を倍にして、よ~~く見てね!」

 さっきのポスターを、言われるがままに呼び出す。

 彩芽は画面のポスターを覗き込んで、少し考え込んだ。そうしているうちに目がキラッと光った。

 何か閃いたみたいだった。

 彩芽ったら、私に何をさせる気なのかしら。

 一瞬、不安がよぎった。

「ねぇ、ここにいるみんなの似顔絵を、描いてよ。そのまま描くんじゃなくて、一割ぐらい盛るの。あんた、イラストレーター志望だから、それぐらいできるわよね! まずは、うちの顔ね」

「彩芽の似顔絵ね。はいはい。描きますよ。可愛らしくね」

 取り敢えず、ペン・タブレットをカバンから出してセットし、線画で、ささっと彩芽を描いてみた。

「ええっと、彩芽は丸顔で、眉毛はわりかし三日月っぽいのね」

「そうね。三日月眉とは言われるわね」

 彩芽がパソコンのモニターを覗き込んだ。

 目つきはかなりマジだ。

「で、目はちょっと垂れぎみ。全体的に癒し系か。髪はストレートのロングね」

「シオって、ささささーって描いちゃうのね! や~~~っぱり! 上手いなぁ」

 感心する彩芽に、お喋りな蘭ちゃんが口を挟む。

「可愛い! サイコーですよ!」

「あんたに似顔絵を描いてもらうと恋が叶う。片思いの人は両想いになる。そういう噂があるの、知ってる?」

 彩芽が真剣な表情で私を見つめた。

「うっそぉ! 私の似顔絵って都市伝説なの?」

 これには、ちょっと驚かされた。

「私に、ちょっと考えがあるの。」

「え? 何? 何かアイディアでもあるの?」

「占いで残念な結果が出た人に、似顔絵を描いてあげるの。幸せの似顔絵、ってタイトルで。

「今みたいに、パソコンで描くのかしら?」

「プリンターは模擬店じゃ使えないから、百均の色紙にペンで描いてあげるの。色は色鉛筆かトーンで軽く着色して。値段は五百円だとちょっと高いから、三百円ぐらい。色紙代とトーンや色鉛筆の費用を考えると一枚につき、百円の儲けね。乗る?」

 シオ、凄い作戦を考えるなぁ。

 取り敢えず魔女っ子コスプレは、そのままさせてもらえるし、水晶玉占いでブーイング喰らうよりは、いい。

「分かった。乗るわ。その作戦。それにしても、その顔で、よくそんなこと、思いついたわね」

「私って天才? シオ、ちょっとは私を尊敬しなさいね」

 彩芽が花をひくひくさせた。

「神崎さんの出し物って、開運似顔絵コーナーになるんですね? だったら、私を描いてくださいよ!」

 我が占い部きっての賑やかし、ちょっとパリピが入ってる蘭ちゃんが自分のパソコンの席から立ち上がって、私の前にやって来た。

「二人目の似顔絵のお客さんは蘭ちゃんか。じゃ、そこに座って!」

「せっかくだから、全員分の似顔絵を描いちゃいなよ」

 彩芽部長様の鶴の一声で、仲良し三人組の似顔絵も描くようになった。

 まずは蘭ちゃんか。卵形の輪郭で眉毛は細め。目と唇は小さく纏まっていて、と。

「その、ふわふわのパーマっ毛って、天パなの?」

 蘭ちゃんは明るく答える。

「はい。天パで髪の毛も元々茶色なんです」

「とっても可愛いね。でも学校から文句を言われなかった?」

「学校から、黒く染めてストレート・パーマを掛けるか、天パ茶毛証明書を申請するか、どっちかにしろって迫られて、証明書を取りました。そのほうが自分らしいな、って思ったから」

 そうなの? じゃあ、ふわふわの髪も、しっかり描かないとね。

 できた似顔絵を見て、蘭ちゃんは、めっちゃテンションが上がった。

「わぁ、嬉しい! 神崎さんのイラストだ! これで私も、モテモテになれるわ!」

「次は三木ちゃんか。こっちに来て」

「え? 私は二人に比べると可愛くないし」

三木ちゃんは、ちょっと困惑した表情を浮かべた。

「早くおいでよ」と声を掛けても、もじもじして、なかなか席を立たない。

 シャイで控えめな子だなぁ。口数も三人の中じゃ一番少ないし。

「三木ちゃん、充分に可愛いよ!」と、おだてて描き始めた。

三木ちゃんは顔が逆三角形で、目は二重、髪はショートボブか。ちょっとボーイッシュだね。

 できた絵を見せる。すると、三木ちゃんは頬を紅潮させて、小さな声で喜びの声を上げた。

「わぁ、可愛らしい。私って、こんなに綺麗だったかしら」

 充分に可愛いってば。この三人って、そういえば苗字がミキ、ラン、スーになっているわね。

「充分に綺麗よ。よく見たら三人とも可愛いわね」

 ふと、ダディが新学期に新入部員の話をしていたときの様子を思い出した。

「うちのダディが、あんたたち三人組の噂を聞いて、昔、苗字でなく、名前がミキ、ラン、スーになっているアイドル・グループがいて、凄い人気者だった、って懐かしがっていたわ」

 それを聞いて、賑やかしの蘭ちゃんが、にやにやしながら突っ込んできた。

「え? パフュームのことかしらね」 

 そりゃ平成の歌手じゃん。

 ケロケロで声を電子音みたいにしている人たちでしょ。

 古臭い昭和のアイドルなんか、平成生まれの私には、ピンと来ないけどね。

「さ、残りは我が占い部の職人さん。あんたよ!」

「え? スーちゃんって呼んでくださいよ。なんですか? 職人さんって。呼び方が可愛くないし」

 ちょっと()ねちゃったか。

 いいじゃん。

 手先が器用なんだから。

 私は絵は得意だけど、スイーツの模型なんか作れないし。

 そっちは、マミーの世界だし。

「まぁまぁ。怒らないで。私は不器用(ぶきっちょ)だけどね、マミーが、お店のサンプルを手作りしているわ。マミーと話が合うかもね」

「へぇ。そうなんですか? 今度、神崎さんの喫茶店にお邪魔していいですか?」

「いつでもどうぞ! 手芸が好きならマミーに気に入られるかもね」

 勿論、大歓迎よ。さて、スーちゃんの分を描かないとね。

 丸顔で彫りが深めで目はぱっちり大きくと。

 睫毛(まつげ)が長くて、カールしているのね。ビューラー要らずだわ。

 唇は、ちょっとぽってり気味、と。

 髪は、いつもはサラサラのセミロングで横分けだけど、今日はツインテールか。

 よし、できたぞ、と。

 スーちゃんが画面を覗き込んで(はしゃ)いだ。

「うわぁ、可愛い! これじゃ、まるでアイドルですよ!」

「いや、実際にアイドル顔じゃん。今年の文化祭でやるミス那由多の一番人気はスーちゃんなんでしょ?」

 スーちゃんは照れまくって顔を真っ赤にした。

「え? やっだぁ。ミス那由多高の一番人気候補だなんて」

 両掌(りょうてのひら)を頬に当てて恥ずかしがるスーちゃんの手を思わず見つめた。

「うわ、ほっそい指。しかも、長い! アイドルだけでなく、手タレもできそうね」

「指が綺麗だって誉められた経験はないですけど、手先が器用そうねって誉められたことは、ありますよ。お父さんの遺伝かな」

 スーちゃんは指をひらひらさせた。

「お父さんってプラモデル屋さんをやっているのよね?」

「プラモデル屋さんだけでなく、モデラーもやっているんです。

「自作の模型を、ネットとかで売っているのかしら? それともプラモデルを組み立てて完成品にして出しているのかしら?」

「最近はプラモデルを自分で作れない人が多いんですよ。お父さんは組み立てもやってて、ネットで完成品も出しているんです。そっちの注文が多くて」

「それでもお休みの日ぐらいは、お父さんとお出かけすることだってあるんでしょ?」

「お店がお休みでも依頼に応じてどんどん作らないね。定休日に休んでいたら間に合わないんですよ」

「それじゃお父さんとお出かけできないわね」

「それどころか、応接間を工房にしているんですよ。この頃は、どっか出かけるときは、お父さんがお留守番でお母さんと弟だけで行くんですよ」

 家族旅行ができないんだな。スーちゃんのところって。

「うちも自営業だけどね、家族旅行のときは、お店に『しばらく休みます』って張り紙して、出かけるのよ。近場だけど、箱根とか日光とか伊豆に、仕入れ兼用のワンボックスをダディとマミーが交代で運転してね」

「いいなぁ。神崎さんのとこは」

 スーちゃんが羨ましがるのを尻目に、彩芽が近づいてきた。

「雑談が始まったところを見ると、できたのね。私と仲良し三人組の似顔絵が」

 絵を一通り見て彩芽が感心した。

「シオ、やっぱ上手いわねェ。でも、一人、抜けているわ」

 彩芽は「さすが、さすが」と何度も呟いて頷きながら、四人分の似顔絵を代わる代わる何度も出しては眺めていた。

 ちょっと照れくさかった。

 でも、一人、抜けているって誰のことかな。

 私は顧問の投げやりな口調と、どうでもいいんだと突き放しているかのような表情を思い浮かべながら尋ねた。

「え、インジャナも描くの?」

「あんな薄汚いおっさんは、どうでもいいの。あんたよ、ア、ン、タ!」

 彩芽のやつ、指差しやがった!

 もう偉そうに!

 上から目線の注文は、ちょっとカチンと来るなぁ。

 でも、自画像なんて、あんまり描いた覚えないぞ。どうすんだ?

 鏡でも見るのかよ。ちょっと、これには困惑した。

「私の自画像まで描くの? 困ったな。コンパクト見てたら、左右反対になるわよ」

 私は、ちょっと困惑して、彩芽の目を見た。

「シオはなんにも考えない子ね。頭を使いなさいよ、もう」

 彩芽の不機嫌そうな小言を聞いて、咄嗟(とっさ)に頭をブンブン大きく振った。

 自慢のパッツン・ロングがふわりと舞い上がり、近づいてきた彩芽の顔に当たった。

「ちょっとぉ。何すんのよ。口に、あんたの髪が入るじゃんよ」

 髪の毛攻撃で、イラッと来たみたい。

 彩芽が睨みつけて、口の周りを手でぱっぱと払った。

「ん? 頭を使えってお小言するから、頭を使ってみたの」

「お馬鹿! 学生証を見てみなよ。ちょっと小さいけどさ、写真があるじゃんよ。それ、見て描けば、どうにかなるでしょ?」

 確かに。

 あ~あ。名古屋弁の全身タイツだけでなく、彩芽、あんたも私を罵倒するか。

 とにかく学生証の写真を見ながら自画像を描いてみた。

 できあがった絵を彩芽に見せると、吊り上がった目が見事なまでに縦書きのカッコみたいになり、急にニコニコし始めた。

「ほらぁ。シオちゃんは、やればできる子なんです! いいじゃん、いいじゃん。全員分の似顔絵が揃ったわね。似顔絵を全部カラー化して、さらに陰影(いんえい)とか付けて3D化すればパーフェクトね。これをポスターにして各部員の席の前か背後に貼り出せば完璧ね。」

 カラー化に3Dと来るか。それだと午前中になんて、できないぞ!

「カラーで3Dのイラスト? 時間が掛かるわよ。今日中でも、全員のは、きついわね」

 彩芽もそう思ったのか、腕時計を見た。

「もう昼じゃん。続きは午後にしようよ。手を洗ってお弁当を食べようよ!」

 彩芽部長の掛け声で、みんなカバンから一斉に弁当を出した。

 スーちゃんのは、そぼろと卵に昨日の御菜(おかず)っぽい野菜炒めと唐揚げのお弁当。

 あんまり女子っぽくない理由は、弟さんの分とセットで作っているからかな。

 三木ちゃんは一口お稲荷に海苔巻き。こりゃ、助六寿司だな。

 蘭ちゃんのは、ナポリタンがメインか。

 で、彩芽は手作りのローストビーフのロール・サンドイッチに、コンビニで買ったような茹で卵。

 あれ? 彩芽って、茹で卵嫌いじゃなかったっけ?

 横に座ったスーちゃんが、私の持参したお弁当を覗き込む。

「神崎さんのって、今日はコンビニのハムサンドですかぁ? いつもはお母さんの手作りサンドイッチなのに?」

「今日は、親と喧嘩しちゃったからね。普段のは、お店の日替りランチ用サンドイッチを包んでもらってるの」

 サンドイッチをカバンから出したあと、底に何か入ってるのを見つけて、取り出した。

 ゲッ! 漂白剤スプレーだ。

 何で、こんなのカバンに突っ込んじゃったんだろ?

 スーちゃんがスプレーの存在を見逃さなかった。

「神崎さん、何で霧吹きなんか持ってきたンですかぁ? もしかしてお母さんと喧嘩した原因と関係あったりして!」

 鋭いな! スーちゃん。あんた手先が器用なだけでなく、勘も鋭いか。

「あ~あ、見られちゃったか。こんな話、信じてもらえないとは思うけど、うちのダディとマミーが宇宙のお化けキノコに寄生されて、ゾンビになって襲ってきたの」

 スーちゃんが驚いて私の顔をまじまじと眺めた。

「何なんですか? それ。新作のギャグですか?」

 うわぁぁ。やっぱり信じてもらえないよ。

 当たり前か。

 でも一応、説明するしかないんだよな。

「本当なのよ。嘘みたいな話だけどね。私ね、ゾンビに殺されそうになったの。

「うっそぉ! ゾンビに変身したお父さんとお母さんに襲われたんですか?」

 スーちゃんが、ただでさえ大きな目を、三倍ぐらいにして驚いた。それじゃ、目が落ちるって!

「ピンチにザーラって名乗る、全身タイツの怪しい宇宙人に助けられたの。そのときに頭に時間を巻き戻す、ザッピングってインプラント埋め込まれたのよ」

「脳の中にカプセルみたいなものが入っているってわけですか?」

 スーちゃんだけでなく、他の人たちも弁当を持ったまま近づいてきた。

 おいおい、アタシは、ワイドショーか? 彩芽も三人組も、目を輝かせて顔を近づけてきた。

 みんな、私の話を完全におかずにしているな。

「そうなのよ。あんたのいう、カプセルみたいなやつのパワーを使ったの。過去に戻ってこの漂白剤入りの霧吹きを頭に掛けてキノコを退治したわ」

「漂白剤なんか振りかけたら服が台無しになるじゃないですか」

「そうなのよ。結果、ダディとマミーが激おこで、逃げるようにうちから出てきたってワケ」

「ギャーハッハッハ!」

 スーちゃんだけでなく、耳をダンボにしていた残りの三人まで大爆笑!

「あんたさ、絵だけでなく、小説の才能もあるよ。今年の文芸部、会誌用の小説が詰まらないのばっかりなんだって。顧問の小津が、全校生徒対象に募集を懸けていたわ。応募したら?」

 彩芽は顎を少し上げて、小馬鹿にした口調で揶揄(からか)ってきた。

「いいじゃん、神崎さん! 特選を貰えますよ」

 お調子者の蘭ちゃんまで尻馬に乗ってきた。

「私が嘘をついているって馬鹿にしているんでしょ! いいわよ。やってやるわ。タイムリープを!」

 変身ヒーローのように目を閉じて両手をクロスさせて叫んだ。

「ザッピング・オープン!」

 パッとモニター画面が瞼の裏に現れた。みんなに見せるんだから、時間は五分前にセットする。

 ヤー! と叫んで画面に飛び込んでみた。



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