ザッピング
15
私のペースに乗せて、時間を短縮した積もりだった。だけど、いつの間にやら、お昼になった。
みんながカバンから、お弁当を取り出した。私は漂白剤入りの霧吹きを出さないように気を付けながら、朝、買ったカツサンドを取り出す。
彩芽は手作りのローストビーフのロール・サンドイッチにコンビニで買ったような茹で玉子。
ここは変わってない。
三木ちゃんは自作助六寿司。スーちゃんのは唐揚げのお弁当。蘭ちゃんのはナポリタンがメイン。
そのままだ。
「あれ? 神崎さんのは、今日は、お母さんの手作りサンドイッチじゃないんですね」
おっと、さっそくスーちゃんが覗き込んできたぞ。
ここは、話題を変えねば。
蘭ちゃんの妖怪趣味に突っ込みを入れてやろうっと。
「今朝、お母さんと喧嘩しちゃってね。それより蘭ちゃんさ、さっき気になったんだけど、妖怪が好きなの?」
スーちゃんに喧嘩の話をちらっとしてから、蘭ちゃんを見た。
「そうなんですよ。子供の頃から妖怪のマンガが好きだったんです」
よし、話に乗ってきたぞ。
「ずいぶん詳しいわよね。さとりとか普通は、出ないわよ」
「そうですか? これ、信じてもらえないかなぁ。実は私は、妖怪が見えちゃうんですよ」
エ? どういうことだ?
詳しく聞かないといけないわね。
「どんなのが見えるの? ぬりかべとかなまはげとかかしら?」
「妖怪ってね、大抵は、お花や木の妖精さんなんですよ! お花の妖精は、だいたい、ティンカーベルみたいなやつで、木の妖精はゴブリンみたいな感じですね」
「他には見えるの? 小さいおじさんとかも、見た体験があるの?」
「それは雑草の妖精ですね。人間にいつも引っこ抜かれるから、人間が嫌いなんですよ」
蘭ちゃんの目が急に輝き始めた。
口元には笑みさえ浮かべている。
妖怪話がそんなに好きかよ。なんか、信じられない話だ。全然ついていけないぞ。
私は、ちょっと戸惑った。
「ええ? ホントなの? それ」
「あと、鉢植えのガジュマルだと、手足の生えたタワシみたいなのがついていて、それがキジムナーなんです」
「驚いたわね。話もできるの?」
「残念ながら声は聞こえないんですよ。見えるだけ。交通事故現場とかだと、白い人影が見えることも、ありますよ」
蘭ちゃんは、ちょっと残念そうな顔をした。
でも、私にしてみれば、見えるってだけでも、ビックリするってば。
私は、まじまじと蘭ちゃんを見つめた。
「凄い能力じゃん!」
私は声が、一オクターブとは言わないけど、二音ぐらいは、高くなった気がした。
「神崎さんは見えないんですか?」
蘭ちゃんは、首を傾げた。
むしろ見えないほうが変だろう、と言わんばかりだ。
私には全然、見えないわよ。そもそも、見えるほうが、よっぽど変だっつうの。
「他に何か見えた経験は、あるの?」
「お祖母ちゃんがなくなったとき、ティンカーベルやゴブリンがいっぱい集まって来て、蓮台にお祖母ちゃんを乗せて、虹の橋を登って行くところも見ましたよ」
「人が死ぬと、妖精が集まってくるの? 信じられない!」
私は、あまりに不思議な話に、目を剥いてしまった。まじまじと蘭ちゃんを見る。
蘭ちゃんはアタシの表情に、ちょっと戸惑った顔をした。
「お祖母ちゃんはガーデニングが好きだったから、お世話したお花や木がお礼に天国まで連れていってくれたみたいなんですよ」
蘭ちゃんのビックリ発言に驚いていると、彩芽が茹で卵を丸飲みした。
「あ、彩芽! 今、茹で卵を丸飲みしたでしょ! 茹で卵が嫌いじゃなかったっけ?」
普通、茹で卵なんか、丸飲みにしないべ。
あまりに奇妙な動作に、アタシは咎めるような口調になった。
「おかしなことを言わないでよ。箱根の林間学校で大涌谷に行って、一緒に黒玉子を食べたじゃん!」
反発した彩芽が言い返してきた。
あ~あ、つい突っ込んじゃった。
怪しいけど、これ以上しつこく詮索してもボロなんか出さないわね。
「勘違いだったかな。茹で卵嫌いは他の子だったかも」
話を、はぐらかすしかなかった。
そろそろお昼休みも終わりか。
じゃあ、彩芽が仕切る前に、先手を打とう!
「お昼休みも、もうすぐ終わりね。次の予言を行きま~す! 午後の作業で、彩芽は私に午前中描いた似顔絵を3Dカラー化したポスターを作るように命令するだろう! 残りのみんなは自分のプロフィールを作ること。更にネットのアイドルのプロフィールを使った見本用占いの作成を命じるだろう! どう? 当たった?」
彩芽が、ただでさえ大きな目を三倍ぐらいにして、私を見た。
口ときたら、半開きだ。
「また、私の考えている計画を、読んだの? ここまで来ると、キモいわよ! シオ」
「神崎さん、妖怪さとり説は大当たりみたいね!」
喜んでヘラヘラしているのは蘭ちゃんだけか。
能天気なやつ。
ここで日が暮れるまで缶詰にされたんじゃ、肝心の舜くん救出計画が台無しだわ。
「それで彩芽、悪いけどさ、今日は四時で上がらせて」
「もしかして、舜くんとデートの約束でもしたの?」
彩芽が意地悪く笑った。
私は仕方なく頷く。
「えへへ、しょうがないわね。頑張ってきな! シオ! ファイト!」
からかうような口調でOKされてしまった。
「よ! 憎いね! 神崎詩織!」
こういうとき、すかさず蘭ちゃんが揶揄ってくるんだよな。私は顔全体が熱くなるのを感じていた。
たぶん真っ赤だよ。
あ~! 恥ずかしい!
「ところで、シオ、あんた、自分の顔は描いた?」
おっと、いきなり彩芽が突っ込んできた。
「あ、まだか。すぐ描くよ。あと、全員分の似顔絵の色塗りでしょ!」
慌てて、生徒手帳の写真を見ながら自画像を描く。
色塗りもか。
3D仕上げだから大変だ。
線画に影と色を付けて、自分の宣伝コピーを加える。
幸せの似顔絵
占いで不吉な結果の出た皆さん! 大丈夫です。私に似顔絵を描いてもらった人は片想いが両想いに! 恋が実ります。一枚いかがですか? 三百円でサービス中!
ミス那由多高校 神崎詩織。
まぁ、こんなところか。
時計をチラチラ見ながらやったけど、たった一枚、描いただけで、もう四時だ。
「シオ、できた? 一枚ぐらい」
彩芽が覗きに来たので、できたマイポスターの画像を見せる。
「さすがね。やっぱり上手いよ。他の人のは、まだかしら?」
「あとの人のは、明日やりま~す。もう四時だから、今日は帰るわね」
そこに蘭ちゃんまで覗きに来た。
「神崎さん、似顔絵にペンを持たせて頭にベレー帽まで載せてるぅ。今日から画伯様って呼びますね」
「もう。変な渾名をつけないでよ。それなら、あんたはスピリチュアル・オタクだから、スピ蘭って呼ぶわよ!」
「面白い渾名。私はスピ蘭でもいいですよ! 画伯様」
このスピ蘭め。ニヤニヤしているよ。
あ~あ、こんなところで時間を潰していられないわ!
「じゃあ、皆さん! また明日!」
「デート頑張ってくださいね! 画伯様!」
蘭ちゃんに手を振られて、情報室を出た。
水虫薬付きハンカチを用意しなくっちゃ。私は廊下の隅の女子トイレに駆け込み、個室でガーゼ・ハンカチを取り出した。
四つ折りのハンカチの一面に、べとつかない水虫軟膏をたっぷり塗り付けると、二つに折ってポケットにしまった。
さぁ、校門に急ごう!




