パリピJKがタイムリープ? まさか?!
第一章 ゾンビが街にやってきた
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「ダディ! マミー! どうしたの? ねぇ! なんで黙っているの?」
二人とも虚ろな目をしていた。
頭には、先の膨らんだぶっとい角が一本、生えていた。
アタシが呼び掛けてると、答える代わりに頭の紫色の染みが全身に広がっていった。
次の瞬間、目が金色に光り、奇妙な雄叫びをあげた。
「キェェェ! キュェェェ〜!(旨そうな人間だ! 腹を抉って腑を引きずり出して食いたい!)」
二匹のゾンビが奇声を上げて襲ってくる。
ほんの少し前まで二匹のゾンビはダディとマミーだった。
二人とも目が金色に光り、鼻がなくなり、口が耳元まで裂けた!
肌は蛍光紫で、ガマガエルのようにイボだらけだ。
角は昨日ぐらいから生えてきた。角の先は膨らんだかと思ったら、色が血のような赤に変色した。
実際には、キェェェという雄叫びしか聞こえない。でも、私には、それが「食ってやる!」と絶叫している風に聞こえてきた。
「キャァ~! 助けて! ヤバい、ヤバい!」
私は狭い喫茶店の中を逃げ回る。
レースのカーテンからは朝の光が差し込んでいた。
テーブルは、ダディが苦労して手に入れた自慢のゲーム筐体を兼ねたタイプだ。
ゾンビになったダディは、そんなことはお構いなしだ。
土足で駆け上がったり、飛び降りたり、めちゃくちゃだ。
開店前で、お客さんがいないのが不幸中の幸いだ。
「グェェェェ!(逃げるな! ご馳走め!)」
一匹が怪獣のような声を上げながら、江戸切子の砂糖壺を投げつけてきた。
ガッシャーン! 砂糖壺は粉々に砕け散り、ニス塗りのウッディな壁は傷だらけだ。
砂糖壺、マミーの趣味の高いやつなのに。ヤベェよ!
壁だって、どうするのさ。ダディがレトロ風だとか自慢して、拘ってたやつだったじゃん。
「グェェェェ!(トドメだ! 死ねぇ!)」
一匹が、テーブルにしているゲームの筐体を高々と持ち上げると、私に投げつけてきた。
ガッシャーン! 私が咄嗟に身を躱したら、筐体は窓を直撃。
木のサッシを白く塗ってお洒落にした窓だったのに。修理費が高いよ!
そんな愚痴をいってる場合じゃない。
殺される! ヤバいよ!
アタシは入口から飛び出した。
モルタル塗りの壁を白く塗った古い小さな洋館。その応接間をじいちゃんの代に改装して作った横浜の下町の喫茶店。
二階には私の可愛らしいお部屋もある我が家だったのに、今はゾンビ二匹が暴れる化け物屋敷だ。とにかく通りに逃げよう。
ウチの辺りは、表通りはマンションがいっぱい建ってる。
レトロな商店街っていうと横浜橋辺りが有名よね。でも、裏通りに回るとまだまだ古いお店がポツポツ残ってる。ウチもそんな古いお店の内の一軒だ。
ウチを飛び出すと私は走った。
豹変したゾンビは、もはやダディでもマミーでもなかった。
捕まったら、おしまいだ。たぶんアタシは助からない!
「キェェェ!(待てぇ! この、おかず娘!)」
ヤバい! ゾンビが追ってきた!
通りのバス停まで走ってきたところで、バスが来た。
しめた! 部活に行くつもりでアタシは制服に着替えてあった。白のワイシャツにミニスカート。ポケットにはパスモ。
バスのドアが開いた途端に飛び込んで、料金箱のパッドにタッチ。バスは、すぐ発車。ざまあ見ろ。ゾンビを撒いたぜ。
朝のバスにしては、まあまあ空いていた。
車内の椅子は、ひととおり埋まって、立ち客がちらほらいた。
助かったかなぁ。
走ってバスに飛び乗ったから、息が切れた。
ハァハァハァ。
でも、ピンチは終わらなかった。
ゾンビが走ってきた。バイクを軽々追い越して、飛び上がり、バスの後にへばりついた。
まるでガラスにひっついたガマガエルだ。
え? まだ追っかけてくるわけ?
しつこいヤツ! バスから滑り落ちればいいのに。
次の瞬間、ゾンビがバスの後の窓に頭突きをした。
ガッシャーン! バスの窓ガラスが砕けた。
キキー! 運転手が急ブレーキを踏んだ。
「キャー! 危ない!」
悲鳴と共に立っている乗客が前に吹っ飛んだ。もちろんアタシも。
もう、パニックだ!
ゾンビめ! どうする気だ?
バスの運転手さんも他のお客さんも食べる気なの?
ゾンビが破れた窓から入ってきた。頭の上の赤い角は先が開いて紫色の煙のような粉を噴き上げていた。
後を向いた運転手は真っ青になり、ドアを開けてマイクで絶叫した。
「乗客の皆さん、緊急事態です。バスに怪獣が侵入しました。直ちにお逃げください! ひぇ~!」
乗客と運転手が前と中央のドアに殺到、我先に逃げ出した。逃げ惑う乗客の人波にアタシも押し出された。
ゾンビは逃げる乗客を片っ端から襲っていた。
逃げ切らないとアタシの命が危ない! 逃げないと!
後のほうでは、逃げ遅れた人が腕を食いちぎられて血塗れになっていた。
他の人なんか、構ってられない。ゾンビを撒かないと。
人波に紛れて走り出し、途中の路地に入る角で横っ飛び。フェイントの積もりだ。路地に入ると、とにかく走った。
横浜の下町の裏通りだけに古い木造住宅が並んでいた。
その中で、玄関前に高く雑草が生えている家があった。ここは何年か前にお婆さんが亡くなって、以来ずっと廃屋だった家だ。
門をよじ登って、中に飛び込んだ。
不法侵入だろうって? それどころじゃない。ぼうっとしてたら、ゾンビにやられちゃう。
玄関の引き戸が、半開きのままになっていた。
中に入っちゃえ。入って適当にドアノブをガチャガチャやってたら、開いた!
トイレだ。カサコソカサコソ。
「キャッ! ゴキブリが出た。それも黒くて大きやつだよ~! ああ、キモい!」
咄嗟に靴で踏みつけた。ここでしばらく息を潜めてよう。ゾンビはアタシを見つけられないはずだ。
一時間ぐらい体を縮めて震えていた。やっぱり怖いよ。
もう大丈夫かな、って思った矢先に、窓に黒い影。まさか。
次の瞬間、ガツンガツンと音がしたかと思ったら、ガラスが割れた。
「グェェェェ!(見つけたぞ! こらぁ! このおかず娘!)」
紫色の顔が覗き込んだ。
出た! ゾンビだ!
トイレから飛び出して玄関に走ると、つんのめって転んだ。
「いったぁい! あ~~もう。膝小僧を擦りむいちゃった!」
そのままじゃ捕まるから、立ち上がって駆け出した。
路地を走って行ったら、行き止まり。
「キェェェ! グェェェェ!(追い込んだぞ! 観念しろ!)」
ゾンビが近寄ってきた。もう終わりだ! 詰んだ。 アタシのJK生活も終わりか。
「キェェェ!(死ねぇ)」
二匹のゾンビが両手を高く挙げたとき、遠くから声がした。
「危ない! 早く、こっちへ来るんだ!」
次の瞬間、アタシの全身が光に覆われた。
私はドアのない真っ白な部屋に、いきなり連れ込まれていた。