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それだけの話

作者: 仲岾 ハルキ

それだけの話



会社に盆の休みをもらったのでこの田舎町に帰ってきた。


俺は高校のときまでこの町に住んでいたが、あの頃から相も変わらずこれといって珍しいものもない。実家の墓参りを済ませた後はうだうだと和室の畳の上で部屋に残っていた昔のマンガをもう一度読み直したりしていたが、時間を持て余してしまっていた。


そのときの俺の意識は何かに取りつかれてしまっていたのかもしれない。

一体なにを思ったのだろうか。この暑さの中体は外へとさまよい出ていた。


頭にジリジリと突き刺さる日差し。

髪が燃えはじめているんじゃないかと思うほどだったが、それでも歩みを止めることなくフラフラとさまよい歩くのはあの頃の憧憬を無意識に求めているからだろう。



家を出てしばらくブロック塀にそって歩き続けると、見えてきたのはよく来ていた商店だった。


ここは小学生のときまではよく通っていたが、店のおばちゃんが亡くなって、店番がおじちゃんに引き継がれてからは次第に足が遠くなり、しまいにはぱったり行くのをやめてしまった。

おじちゃんのおまけのひいきが気に入らなかったとかいう理由だったような気がする。

ここではアイスを夏になるとよく買っていた。まだあの真ん中からポキリと折れるやつは販売されているだろうか。

商店にはかつての俺のように小学生がたむろしていて、乗ってきたのであろう自転車のかごにはスイカのビニールボールと、まだ濡れたままで水の滴っている水着のパンツが入っていた。黒いサドルは見ただけでも分かるほど熱せられ、凶悪な日光を眩しく反射させている。


そういえばあの子はメロンのカップアイスが好きだった。

いまごろどうしているだろうか。


おじさんに声を掛けようかなと思ったが、やめておいた。

別にまだおじさんが嫌いというわけではない。


なんとなく、そんな気分にはならなかっただけだ。



歩き続けていると川沿いの道に出た。少しでも涼しい気分を味わえるかと思った俺は、橋の上から川を覗いてみることにした。車がこんなところを通るとは思わない。だからここで物思いに耽っても誰も文句は言わない。

川を覗くと、キラキラと煌めく水面に名前も知らない小魚が三匹で編隊を組んで川の流れに逆らっていた。

顔を前へ向けると、遠くの山の爆発する緑の影が、青く無限の空の青と決して交わることのない境界でせめぎ合っているように見える。


ずっとどこまでも広がってゆきそうな夏の情景が、瞳にじわりと焼き付けられる。



ふと、昔のことを思い出していた。




あの頃、

【あの子】を間違いなく好きでいた。

あの夏の日、あの子がどんな顔していたかも忘れてしまっていたが、思い出せないからこそ胸のつっかえとして覚えていた。

あの子は俺が小学二年の時に越してきたはずだ。

何がどうしたのかはしらないが、(親同士が仲良かったのかもしれない。)

えらくよく打ち解けて、一緒に遊んだことを覚えている。

大概の女の子の例にもれず、同じ年頃の男子より大人ぶって、俺と遊んでいた【あの子】

……そうだ。この川であの子と遊んだことがあった。

服のままで川に入り、靴もびしょびしょにしながら川で遊ぶ情景。

ここまで思い出して、目の前が夏の日差しに眩む! 


……そうか。


俺は【あの子】を探しているのか。


夏の夕暮れが、すべてを赤紫に染めていく。




ぼんやりと川を眺めていると、カラカラと下駄の音が向こうの方から近づいてきていた。

おじいさんと孫だろうか。緩やかな坂道、慣れない下駄をはいた孫と転ばないように手をひく祖父。


そういえば、向こうの神社ではこの時期に祭りをやっていた。お祭りではしゃいだりする方でもないが、夕闇に浮かぶ屋台の光と、夜の神社の境内が作り出す非日常の空気が幻想的で好きなのだ。それに何年も祭りになんて行っていない。さまよい歩いたついでに少し覗いてみようか。




この田舎町のどこにこんなに人がいたのかと思うほど神社周辺には人が集まってきていた。

リンゴ飴やら綿飴やらの屋台が立ち並び、男の子がくじ引きの景品の絶対にあたることのない一等のゲーム機を見て、母親におこづかいをねだっている。

行き交う人々の顔はみな祭りの熱に浮かされているように見えた。

俺のように祭りに一人で来ているような人はいない。

こうしていると、大勢の人波にいながら自分一人別の世界に取り残された気分がする。

皆がにぎやかななか、ただ一人で行き交う人々のあいだを縫う。

だれも俺には気を留めず、俺の姿はみえていない。

そんな、空想。



実はここのお祭りにもあの子と来たことがあるのだ。

小学の高学年に入ったころだっただろうか。

あの子と一緒にこのお祭りに来ていた。

ああ、そうだ。あの子は確かリンゴ飴が好きだった。


あの子はリンゴ飴片手にご機嫌で、「その飴、食べないの? 」って聞いてみたが、


「リンゴ飴は美味しいから買うんじゃなくて、見ていてかわいいから買うの。 もちろん食べるけど」

 

といって飴の刺さった串をくるくる指で回していた。

俺の手は焼きイカのたれでべとべとになっていた。




これは非常にどうでもいいことなのだが、リンゴ飴や綿あめ、焼きイカなどは分かるが、キュウリは買う必要あるのだろうか。そこらのスーパーでも祭りの屋台で買う値段で少なくとも五、六本は買えてしまうだろう。味は確かにおいしいが、家でも十分作れる味である。家で作ってクーラーボックスに入れて持って来ればいい。


……さて、そうしてあの子とともにお祭りを回っていた時だった。小学生としては最大のトラブルに直面する。クラスの他の男子にみつかってしまったのだ。


「おーおーお熱いですねぇ。」

「ヒューヒューすっすんでるーう」

「……っ そんなんじゃねえよっ」

「おっどうした顔赤くして」

「お祭りデートだ、デート♪ 」


こうなるともう手が付けられない。男子小学生の冷やかしはエスカレートしていく一方である。俺もあの子を意識していたこともあり恥ずかしさのボルテージは上がっていく。


「うらやましー」

「もう、やめてよ二人とも……。」

「大ニュースだ 大ニュース」

「……っ うるせえ 俺はこいつのことなんか全然好きじゃねぇし! 」

「……! 」


思わず言ってしまった言葉。あの子は少しだけ悲しそうな顔をして俯いて神社を出て行ってしまった。


「お、いいのか追いかけなくて、」

「カノジョさんどっかいっちゃったぞ」

「……。」



二人をさんざん殴りつけたあと、俺はそのまま家に帰ってしまった。

家に帰ると母親が


「あんた電話かかってきて――ちゃん今帰ってきたって言ってたけど一緒じゃなかったんね。」

「知らん。風呂入って寝る。」


そう言ったっきりだったが、母親は祭りでなにがあったのかは特に話題にすることもなく、俺はほんとに風呂入って寝たのである。

結局、夏休みの間には仲直りをしたりすることもなく、やってなかった宿題にヒーヒー言いながら日にちは過ぎていった。

そして、学校であったらなんて声かけようとか迷っていた始業式。



あの子の姿はなかった。



親の仕事の都合で二学期から引っ越してしまうことが決まっていたらしい。

あの子はこのことを俺には自ら話そうとし、話さないでと俺の母親には言っていたらしいが、言うに言い出せなかったのだろう。あの日から会うこともなかったのだから。

ひどく後悔した。なんであんなことを言ったのか。言ったのは俺だ。なんでもう一度会わなかったのか。会わなかったのも俺だ。




そんなあの頃の後悔を思い出していた時だった。

俺は思わず、大きく息をのんだ。

人ごみの中、チラリと見えた横顔は紛れもない

あの子の面影だった。

人の波をかき分けて、声をかける。


「――! 」

「えぇ? ああ! ひさしぶりだね、元気だった? 」

「ああ。 どうしたの? 盆でかえってきたのか? 」

「そうよ。帰省してきたとこ。あれからずっとここに住んでたの? 」

「いや、俺も帰ってきただけだ。」

「そうだったの。あ……、ちょっと、勝手に行こうとしないでって……、ごめんね、もう……じゃあ、またね。」

「……ああ。」


あの頃好きだった初恋の相手の指先には銀のリングがはまっていて、その後ろにはあの日の彼女の面影を残す小さな女の子がしっかりとあの子の手をにぎっていた。

ただ一人過ぎて行った日に思いを馳せていた夏の、

それだけの話。


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