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僕とギターとあの子と、そしてセカイ  作者: イーグル
1章 僕と宇宙塔とユミミ
9/17

ハートに火をつけて

 結局、土曜日はやってきた。




 あのあと、僕は白紙に戻っていた数学の課題を終えると弦の切れたギターを背負ってそのまま家に帰った。

 家には誰もいなかった。

 その日は弦を張り替えて、適当にアニメを見たり本を読んだりして過ごした。

 夜ご飯の時は、ユミミがやはり何食わぬ顔で居座っていた。

 父は仕事で帰っておらず、母と彼女と三人で夕食を食べた。

 母は、まるでそれが我が家の日常だとでも言う風に過ごしていた。


「将貴はこんなに綺麗なフィアンセがいるのに、仕事でイギリスなんて本当ついてないわよね、あの子は」


「まあまあお母さん、来年には帰ってくるらしいですしー」


「そうねえ」


「むしろ彼を待つ間ひとりぼっちの私をこの家に置いてくれてありがとうございます」


「それは全然いいのよ。家事も手伝ってくれるし」


「そりゃあ、私だって働きますよー。あ、私食べ終わったんで郵便受け見てきますねー」


 母とユミミが話しているのを聞きながら、僕はもくもくとご飯を食べた。


「翔貴、遊んでばっかいないで勉強しなさいよ」


 食事を終えて部屋に戻ろうとする僕に母はいった。


「うん、やるよ……」


 僕はいつもの通り、適当に受け流していた。



 夕食を食べ、シャワーを浴び、時間を潰してベッドに入る。部屋の電気を豆電球にして、仰向けに寝転がる。

 世界がどうなっているのかはわからない。部屋のベランダから見えるあの塔は、昨日のように光り輝くことはなかった。

 それでも、兄貴が生きている。

 お兄ちゃん、一体どうなってるの、教えて。心の中でそう唱える。


 その時、部屋のそうっとドアが開く音がした。廊下の明かりが入ってきて部屋が少し明るくなる。僕は身を起こしてそちらを見つめる。

 そこには、ユミミが立っていた。

 ジェラピケのようなモコモコの服を着て、下は短パンに生足というなんともアンバランスな格好だった。その手には大きな枕が抱えられていた。


「ありゃ、ばれちゃった。一緒にねんねしに来たよしょーくん」


 彼女はそう言ってドアを閉め、ベッドに上がってくる。


「な、ちょ、ちょっと、何やってるんだよ!」


「いいでしょ、姉弟なんだからー。あーさむさむ」


 彼女はもぞもぞと布団の中に入って来た。


「う、うああ! 近い近い!」


「えーでもこうしないと私が落ちちゃうしー」


「そもそもなんで一緒に寝るんだよ」


「スキンシップだよ、スキンシップ」


「お前は兄貴の婚約者なんだろ? 僕と一緒に寝ていいのかよ」


「あら、やーねえこれだから年頃の男の子は」


「な、ち、ちが、そういう意味じゃなくて!」


「はいはい寝るよー」


 そう言って彼女は鼻のところまで布団をかぶせた。

 僕は諦めるとできるだけ彼女から離れるため、彼女に背を向け壁ぴったりにくっついて寝転んだ。



 そのまま沈黙の時間が過ぎた。

 部屋は静寂に包まれており、まるでこの部屋の外には一切何もかもが存在しないような気さえした。

 僕は緊張してとても寝られそうになかった。

 チッチッと時計の針が進む音が部屋に響いた。

 時折、カサカサと布団が擦れる音が鳴る。





「しょーくん起きてる?」


 やや低めのトーンで、彼女が囁いた。


「起きてるよ」


 背を向けたまま僕は答えた。

 再び、沈黙。

 チッチッチッ。




「……襲ってこないの?」


「しないよ!」


 思わず僕は彼女の方に向き直る。すると、すぐ目の前にユミミの端正な顔があった。

 暗くてよく見えないが、その影がより一層彼女の美しさを増している気がした。


「君はなんだか変わった男の子だねえ」


 顔を僕の方に向け、じっと見つめたまま彼女は言った。


「そうなのかな」


 僕も至近距離で彼女を見つめる。


「確かに、自分を持っているんだろう。でもその反面、なんだか、すごく、寂しそう」


『自分を持て』。兄貴がよく俺に言っていた言葉だった。


「よし、今日はお姉さんの胸の中で寝るんだ」


 そう言って彼女は僕の顔を右手で掴むと、自分の胸のところに押し付けた。

 洋服越しでもとても大きくて柔らかいのがわかる。そして何より暖かかった。


「どう、幸せだろ?」


 陽気に彼女は言う。


「タバコ臭いよ」


 彼女は何も言わずにそのまま僕の頭の上に顎を乗せる。

 その手で僕の頭を包み込み、ゆっくりと、優しく、何度も撫でてくれる。

 頭がぽかーんとして、急に眠気が襲ってくる。まぶたが重い。彼女の手の動きが、布団の暖かさが、胸の柔らかさが、全てが僕を包み込んだ。

 タバコのほのかな残り香が僕を安心させた。


「どう? 落ち着く?」


 今度はとても優しげな口調で問いかけてくる。

 豊満な胸に顔を埋めたまま、こくんと頷く。左手を彼女の腰の上に回し、抱きつく格好になる。左足も彼女の足の間に入れて絡ませる。

 僕はただ、今朝会ったばかりのユミミに甘えていた。



「……ごめんね」

 彼女がそう言ったのを僕は夢うつつの中聞いた。



 そうして僕が目覚めたときには、ユミミの姿はなかった。

 スマホを確認すると、12月4日の土曜日。どうやら、三度目の金曜日は来なかったらしい。カーテンを開けると、3時の方向に宇宙塔が見えている。

 こうして、僕には再び日常が訪れた。

 もっとも、そこにはあの塔があって、ユミミがいて、兄貴は遠い外国で生きていて、そんな風に今までとは違っていたけれども、僕の生活は結局変わらなかった。

 休日に遊ぶような友人はいなかったし、ユミミもずっと外出していた。

 いつもの通り、僕は小説を読んで、ギターを弾いて、音楽を聴いた。

 日が暮れかけてきたら、気晴らしに寒空の下ランニングをして汗をかいた。

 そして夕食を食べ(二日ともユミミはいなかった)、日が変わる前くらいに眠りにつく。

 もちろん、一人で。

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