スタンド・アローン
夕暮れの中で佇む大きな校舎は、ただ静かにそこにあった。もう完全下校の時間を過ぎているため、一部の教職員を覗いて学校には誰も残っていない。校門の前の道路の街灯はまだ少しだけ明るいこの夕暮れ時に点くべきか迷った様子で、点滅を繰り返していた。
僕は早足で部室を目指した。
金曜日の今日、中身の入った水筒を置いて帰ったら錆びてしまうかもしれない。冬だし大丈夫だとは思うけれど。
誰ともすれ違うことなく、部室棟に着く。誰もいない学校って、やっぱりどこか怖い。
この丘の上には、学校関係者以外の自動車が通ることも稀であるし、民家もとても少ない。目の前にはシンとした大きなサッカーグラウンド。
こんな静寂の中、ギターを背負った僕は歩いた。
そういえば、校内に清掃が入るから完全下校って言ってなかったか……? どこにもそんな気配はない。
あちこちに亀裂の入ったコンクリートの棟に入る。階段は錆びついた金属の螺旋状。
本日二度目の登頂。ハッハッと少し息を切らしながら登る。三階の通路。
左を見れば、大きなグランド、そして校舎。右には部室が並んでいる。日は暮れ切って暗くなっている。
ふうと息を整えて、奥まで進む。
この時間がなぜか、ひどくゆっくりに思えた。
部室がなぜか、ひどく遠くに思えた。
僕はズボンのポケットに手を入れて、歩いた。
当然、部室の鍵は閉まっている。しかし、通路側の窓の鍵が壊れているため、容易に中に入ることができる。
僕はギターを先に部室の中に入れてから、身を乗り出して、真っ暗な部室に入る。
そして、部室の電気を付け……。
パチッ。パチパチッ。
何度電気のボタンを押しても、明かりはつかない。切れてしまっているのだろうか。ポケットからスマホを取り出して、懐中電灯モードにしようと試みる。
しかし、スマホの電源も切れているようで、全く反応しない。仕方なしに、僕は真っ暗闇の部室の中を、記憶を頼りに進む。手探りで進む。ところどころ、足に何かをぶつけながらも、なんとか奥の窓まで進む。
月の光が届いているようで、ここは少しだけ見える。机に置かれたままの水筒を取って、カバンにしまう。
ミッションをやり遂げた僕は、大きく息を吐く。
そんな僕を、突如、一筋の「光」が襲った。
「うおっ」
僕は頓狂にそんな声を出す。
「光」は、僕のすぐ隣の窓からやって来て、部室に届いている。
慌てて窓の外を見てみると、あの、宇宙塔が、白く、輝いている。
「マジかよ……」
それは輝いているというより、白い光を見にまとっているという言い方のほうが正しいかもしれなかった。
青白い輝きを見にまとい、放射状に、何本もの光を出している。
それは、僕が16年間見てきたものの中で、最も美しかった。
天まで届く塔は、その白き腕を、僕らのセカイに落としていたのだ。
どれくらい見惚れていただろう。
ふと正気に戻った僕は、その光る塔から目を離し、部室の中に視線を戻した。
そこには、その光を胸元で受け止める、女の子が立っていた。
「うわあああああああああああ!!!!!!!」
驚いて後ずさりした僕は、後ろの壁に頭をぶつける。
さっきまで、誰もいなかったはずの部屋に、女の子がいる。
「……き、桐川……?」
彼女が胸元に受けている光が反射して、その全体像が見える。
それは、僕と同じクラスで、同じギター部で、たまに少しだけ話をする関係の少女、桐川唯だった。
そんな彼女が、裸で立っている。
ややすらっとした手足、くびれのある腰、小ぶりな胸、そして控え目だが可愛らしい顔、手入れの行き届いた眺めの黒髪……。確かに驚いているのに、なぜだかその姿は鮮明に僕の脳裏に焼きついた。
「あ、赤月くん……」
彼女も驚いたように僕の方をじっと見つめて応じる。何よりも僕が驚いたのは……。
「な、なんで、ち、血が……!」
彼女の目からは血の涙が流れていた。
僕の意識はここで途切れる。