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僕とギターとあの子と、そしてセカイ  作者: イーグル
1章 僕と宇宙塔とユミミ
4/17

ルックアットマイライフ

「おう」


 入ってきた僕を見て一言そう言った男の名前は、海藤蓮(かいとう れん)。少しだけ茶色に染めた髪の前髪と襟足がとても長い。細長の一重の目で見つめてくるため、慣れるまでは睨まれていると勘違いしていた。僕と同じ一年生だがクラスが違う。

 彼は教室にあるのと同じ椅子に座って足を組み、譜面台におかれたコード表を眺めていた。その傍らにはギタースタンドがおかれている。


 どこからか持ってこられた青いベンチには女子生徒が二人座っていて、二人とも僕を見て軽く頭を下げると、会話に戻った。


「ね! これ、めっちゃ美味しそうじゃない?」


 そういって楽しげに隣の女子生徒に話しかけているのは、山田莉子(やまだ りこ)。海藤より明るめに染めており、ボブヘアーである。この季節なのに短めのスカートと大胆に開けた胸元のボタンが特徴的な二年生。


「行ってみたいですね」


 ニコニコしながら応じているのが、海藤と同じクラスの竹下雪(たけした ゆき)であった。彼女もまたボブヘアーだが、山田と違って黒髪である。また、格好も大人しめで、品の良さが出ている。実家がとても裕福らしい。

 二人とも、部活の最中はギターを弾くよりこのようなおしゃべりをしている時間の方が長い。


 僕はいつもの定位置、つまり、部室の一番奥の窓横の椅子に座る。

 何気なく窓の外を見る。やはり、ここからでも見える。宇宙塔。というより、距離的には教室の窓よりさらに近い。

 ふと下の方を見ると、道路を挟んだ向かいは変わらずスカスカの林であるのだが、その木々の間にはオレンジ色のプラスチックフェンスが横一面に敷かれていた。

 おそらく、宇宙塔をこのフェンスで囲っているのだろう。


 夕方ごろにはこの校舎には毎日カラスが集まって来る。彼らの合唱が、僕らの放課後を彩った。


 僕はギターケースからエレアコを取り出した。

 エレクティック・アコースティックギター。フェンダーのドレッドノート。木目調のデザインがしっくりくる。

 それを丁寧に取り出して、足の上に乗せ、静かにチューニングを始める。


 ギター部には全員揃うことは珍しい。とてもゆるい部活なのだ。そしてたまにふらっと来ては各々好きなように過ごして帰って行く。

 海藤はこのように黙々と練習する時もあれば、学校の空いているスペースで友人たちと走り回っていることもあるし、また、放課後の授業を受けていることもある。

 山田と竹下は大体二人一緒に来るか、来ないかで、来るにしても週に一度くらいだ。部活に来た時は、大体お菓子でも食べながらダラダラするが、たまにギターの練習もしている。特に竹下はとても歌がうまいらしい。

 

 そして僕はなぜこんな所にいるのかと言うと、こいつのためだ。

 チューニングを終えた僕は、エレアコをアンプに繋げる。家では満足にギターも弾けない。

 日中だけパートに出ている母にうるさいと言われ、そんなことをする暇があるのなら勉強をしろとどやされるからだ。


 僕が準備を進めるのと並行して、女子生徒二人は立ち上がり、帰り支度をする。

「じゃあ、お疲れー」

 そう言って二人は部室を後にした。基本的に僕と彼女たちが一緒になることは少ない。一緒になったら、彼女たちはこうして早めに切り上げて行く。

 僕がアンプに繋げて練習してたら満足に会話もできないからだ。


 こうして部室には僕と海藤の二人だけとなる。今来ていないのが、帰った二人を除けば、二年生で生徒会長をしている大石誠(おおいし まこと)

 それから、桐川。

 あれ、先に部室に行くって言ってたよな……?

 今日は帰ったのかな。


 特に気にせず、僕は宇宙塔が見える窓のそばで、適当にジャンジャカとギターを弾き鳴らした。

 海藤はヘッドホンをして、念入りにコード進行を確認していた。



 二時間ほど弾いたところで、僕らは一息ついた。

 僕はカバンから水筒を取り出すと、麦茶をごくごくと飲んだ。冬は寒いが喉が乾く。


「なあ、ちょっといいか?」


 急に海藤が話しかけて来る。


「どうしたの?」


「いや、あの、ちゃんと音鳴ってるか見ててくんない?」


 そう言って彼は一つ一つのコードをストロークし始めた。

 彼がこの部活に入ったのは数ヶ月前で、まだまだ始めたてなのだ。


「うん、いいと思うよ、できてる」


「本当に? Fコードも?」


「うん、いい感じ」


「そっか、あんがと」


 これで会話は終わった。確かにFコードは微妙にずれていて、多分人差し指でうまく抑えきれていないのだろうけれど、わざわざそれを言うことはない。

 僕は、ダメ出しとかアドバイスだけでなく、頼み事とか自分の意見すらも誰かにはっきり言うことが苦手なのだ。

 再び麦茶を飲む。冬は寒いが喉が乾く。



「おう、お前ら」


 扉をあけて入って来たのは大石だった。その頭を少しかがめて部室に入って来る。180センチは優に超える高さだ。短めに切り揃えた髪、くっきりとした目鼻立ち、爽やかな格好よさがあった。


「今日は校舎に清掃入る関係で五時半で完全下校だからさっさと帰れ。部室の鍵返して来てないのここだけだぞ」


 どうも彼は生徒会長としてここに来たようだった。僕たちはギターをケースにしまいこみ、立ち上がった。時計は五時二十分を回ろうとしていた。



 部室の外に出ると、日は暮れかかっていた。まだ、少しの明るさを残しつつ、辺りは着々と夜に向けて準備を進めていた。

 冷たい風が顔に吹き付ける。

 僕はグルグルにマフラーを巻いて、まだ仕事のある大石と自転車通学の海藤と別れて帰路に着いた。


 再びイヤホンをつけて通学路を歩いた。ぽつぽつと下校途中の生徒がいた。

 僕はなんとも言いようのないやり切れなさのようなものを抱えていた。

 それは、なぜだかわからない。けれど、ほかにもう少し何か、うまく、楽しく、生きることができるんじゃないかと思えてしまうのだ。

 駅前の信号待ちのところで立ち止まる。

 カバンを開ける。

 水筒はない。今日は金曜日。

 冬は寒いが喉が乾く。

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