夜の公園
海藤は、歌をつけずに伴奏だけを通しで弾いた。ところどころ、音が安定しなかったり早さがぶれるところがあったが、許容範囲内だろう。
「……どうかな?」
不安そうに彼は僕らに尋ねる。
「いいんじゃないかな」
「うん、私もそー思う」
「そっか……よかった……。次は歌付きでやって見たいから、どっちか歌ってくれるか?」
海藤が問いかける。僕と竹下とに目線を投げる。
「ぼ、僕よりは絶対竹下の方が上手だと思う」
「悪いけど、そうだよな。雪、歌合わせてくんね?」
「うん、いいよー」
そう言って彼女はマイクを持つ。海藤は再びピックを握って手に持ったアコギを弾き始めた。ところどころ、歌と伴奏がずれるたびに彼らは互いに目線を交換して、頷きながら修正して行く。竹下の透き通るような高音は、アコースティックギターの優しい音とよく合っていた。
その後も彼らは問題なく演奏を続けた。
「うん、めちゃくちゃいい感じっ」
歌い終えた竹下が言う。
「うん、本当にすごくよかった」
「そうか? ありがと」
「このまま二人で出てもいいんじゃないかなってレベルだったよ」
僕は正直に思ったことを言う。
「えへへー、そんなにかなー」
「うん、なんか二人とも途中から息ぴったりだったし、すごく感動した」
「まあ俺は一人で出るけどな」
「意地はるなよー蓮、私の優美な歌声を貸してやってもいいぞー」
「いや、いらん、俺は一人でやるから」
「……そ、そっか……」
なんだか少し微妙な空気になる。
「じゃ、じゃあ、弾き語りでもう一回弾いてみてよ!」
僕が切り出す。
「そうだな、うしっ」
そう言って彼は再び初めから弾きだす。僕は何度も途中で確認しながら練習に付き合った。
それから少し経ったころ、竹下が急に立ち上がった。
「ごめん、私、そろそろ帰らないと」
「あ、そっか。今日はほんとありがとな、雪」
「そう? 私はギターのアドバイスもできないし、いらなかったんじゃない?」
「そんなことねーよ、なあ?」
「う、うん……」
突然振られた僕は慌てて頷く。
「ならよかったけど」
「おう。気をつけて帰れよ」
「うん。赤月くんもまた明日ねー」
「う、うん、ま、また明日……」
そう言って彼女は僕たちを残してカラオケボックスを後にした。心なしか元気がなかったように見えた。
「……」
海藤も同じことを感じたのか、少し思案顔であった。
「まあ、こんなとこだろ。もう8時だし外出てどっか適当にラーメンでも食いに行こうぜ」
僕たちはカラオケを出て、駅の方に向かった。
とっくに日が暮れていて、昼間と比べて人通りも多い。土曜日ということもあってか、居酒屋の前にはたくさんのグループが集まっている。寒さはそこまできつくなかった。
駅前には大きなツリーが置かれ、その周りを電飾が煌めいている。
そしてツリーの下には待ち合わせをしているのだろう、若い女の子が立っており、少ししてから、改札から出てきた同じく若い男性と合流する。二人は同じマフラーをしていた。
僕たちは近くのラーメン屋さんに入ると、カウンター席で隣同士で座った。
「今日はほんとありがとな」
セルフの水を飲みながら海藤が言った。
「いや、僕も楽しかったよ」
「そう言ってくれて嬉しいよ。赤月の歌声も聞けたし」
「そ、そっか……」
「前から気になってたんだけど、なんでギター始めたんだ? あんま目立ちたいってタイプでもないだろ」
「う、うん……」
僕がギターを始めた理由、それは二つある。
どちらも僕の内面に大きく関係している。
「あ、いや、別にそんながちなやつじゃないから、テキトーでいいんだけど」
海藤なら、彼ならいいだろう。
僕たちは、友達なのだから。
「じ、実は、僕も弾き語りが好きなんだけど、どもらないんだ」
そのうちの一つを僕は彼に話す。まだ誰にも話したことのない動機。
「どもらない?」
「うん、僕はたまに吃音になってるでしょ」
「あー、確かに」
「ギターを弾いて思いっきり歌えば、なんていうか、自分の中にあるものをしっかり外に出せる気がするんだ」
「あー、なるほどな」
「うん」
「なんか、いいな、そういうの」
彼はボソっと呟いた。
「へい、豚骨お待ち」
ラーメンが目の前に置かれる。熱々の湯気が顔にかかる。
僕らは割り箸を同時に割ると、ラーメンをすすり出した。食べているときはお互い無言であった。途中で彼はニンニクやら胡椒やらラー油やらを大量に投入していた。
僕はこのままの味で良かったので、手を休めることなくすすった。
冷えた体に染み渡るように美味しかった。
「もうすぐクリスマスだなー」
ラーメン屋を出て再びツリーのところまで来る。
「そうだね」
「赤月は、予定ある感じ?」
「あると思う?」
「仲間だ」
そう言って彼ははにかむ。僕もふふっと笑う。
「好きな人とか、いないの、竹下とか」
僕はできるだけ自然を装って聞く。
すると、彼は立ち止まる。
「またそれか……」
「また?」
「山田先輩にも大石先輩にも同じこと聞かれんだよね、それだけじゃない、同じクラスの女子にも」
「そ、そうなんだ……」
「……ちょっと歩けばこの奥に小さな公園あるんだけど行かね?」
「え、う、うん……」
僕たちはそうして、住宅街の中にある誰もいない小さな夜の公園にきていた。僕はブランコの手すりに座って、自販機で買った暖かいお茶を握っている。
彼は適当に石を拾っては投げてを繰り返していた。
「赤月って口硬い方?」
突然彼が口を開く。
「だと思う。そもそも、僕はそういうことを話す相手がいないから」
「はは、そう自虐するなよ」
少しだけ彼の表情が緩む。
「……俺な、好きな人がいるんだ」
彼は少し溜めてから言った。その目はどこか遠くを見ていた。
「うん」
「誰だと思う?」
まさか……。
「た、竹下?」
「ははっ、だったらいいよな。違うよ。伊藤詩織って人」
「だ、誰?」
彼のクラスメイトか誰かだろうか。あいにくクラスの人の名前すら怪しい僕は知らない。
「三年生なんだ、お前も会ったことあるぞ」
三年生……?
確かに僕が入部してすぐはギター部にも何人かいたような気がするが、すぐに引退してしまったため、あまり覚えていない。
「本当に僕も会ったことあるの」
「ああ、つい昨日だよ」
昨日……。
「え、もしかして?」
昨日、部室の鍵を職員室に返しに行くときに海藤のお兄さんと一緒にいた人だろうか。
暗かったので顔までははっきりと見えなかったが、すらりとスタイルがよかったことは覚えている。
「そう、その人。ちなみに兄貴の彼女。ウケるだろ」
そう言って海藤はクククと笑った。
「でも、しょうがない……」
僕は呟く。
「ああ、好きになっちゃったのはしょうがないんだ。もちろん、雪の気持ちだって気づいてる。あいつは俺が鈍感だと思ってるみたいだけど。んで、雪も俺が詩織さんを好きなことは知ってる」
三角関係。
「そうなんだ……」
好きな人に他に好きな人がいることを知る悲しさ、それを知っていながらも兄の恋人を好きになってしまう辛さ。竹下も海藤もそんな思いを抱えながら一緒に過ごしているのか……。
正直、僕には全くわからないセカイだった。
「うまく行かねえよな。もし俺が雪を好きになれたら、それが一番いい形で、誰も傷つかないんだろうけど」