金曜日の夜
その晩、僕はドキドキしながらベッドの上で携帯を見ていた。そこには、僕と海藤と竹下のグループトークがあった。
『明日は10時に駅前集合な』
『はーい』
可愛らしいクマのスタンプとともに竹下が返事をする
『わかった。』
僕も返事をする。思えば、家族以外誰かとこのようにラインするのはとても久しぶりだ……。
友達なんて必要ないと思っていた。僕は僕だけの世界で完結していて、そこに他人を入れる意味なんてないと思っていた。
そして、今でもその考えは変わらない。
けれど、たまにはいいだろう。
そんな風に考えていた。
カラオケに兄貴以外と行くのも初めてだ。今からは歌えそうな曲を確認してあしたに備えておこう。もっとも、僕は歌はへたっぴだけれど。
もう一度、グループトークを確認して、その後、友達欄にある「海藤蓮」と「ゆき♡」という名前を確認する。
友達、か……。
!?
僕はその友達欄、母と海藤と竹下ともう一人の知り合いの下に書いてある名前、上から5つ目にある名前を見て驚く。
そうだ、今までどうして気がつかなかったんだ。遠くの外国にいると聞いてからは、話すことを諦めていた。生きているならよかったとだけ思っていた。
兄貴が生きているなら、兄貴と連絡が取れるじゃないか。
そこには『赤月 将貴』という名前が登録されていた。
トーク画面を開くが履歴は残っていない。
いきなり電話をしてみるのも怖いので、メッセージを送ってみることにした。
『兄貴、久しぶり』
既読はつかない。
そういえば、イギリスは今何時なのだろう。確か日本の9時間前だから、ちょうど昼すぎか……。今日は平日だし、仕事が忙しいのかもしれない。
年が9離れた兄。そのせいか、幼い頃から僕にとてもよくしてくれた。優しくて、優秀だった兄貴と、それに守られる弱気な僕。
また、会いたいな。
「うぃーす、しょーくん、飲もうぜぃ」
そう言いながらラフな格好をしたユミミが千鳥足で部屋に入ってくる。その手にはウイスキーの角瓶が握られていた。
「うわ、酒くせえ……」
僕は思わず顔をしかめる。
「当たり前だろ〜金曜日なんだから〜」
そういって部屋の小さなテーブルに瓶をおくと、どかりと座った。
というかこの人、酒も飲むのか……。
「いやー、ほーんとやってられなくなるときってあるよね〜。クソハゲ上司のこんちくしょうめ〜」
「知らないよ……」
「だいたいね〜、私には私なりのやり方があるっつーの」
「部屋に戻りなよ」
僕はベッドから降りて部屋を出ると、机の上におかれたペッドボトルの水をとって彼女に差し出す。
彼女はそれを受け取り、ごくごくと飲む。僕は彼女の隣に座った。
「部屋で飲んでたんだけどね〜、誰かに話したい時ってあるじゃん〜。あ〜頭いて〜」
「わからないよ……」
僕にはわからない。自分を相手にさらけ出すことが。
そんなことをしても、呆れられ、見下され、離れられるだけではないか。
「明日はお友達と遊ぶんだろ〜、お姉さん嬉しいよ、引っ込み思案のしょーくんが踏み出してくれて」
「うん」
「まあどうせあの男の子が歩み寄ってくれたんだろうけどな〜」
確かにそうだ。僕は彼に応えただけで、僕自身から近寄ったわけではない。
「いいかい、しょーくん、それだけじゃあダメなんだ。外部からの刺激に反応しているだけじゃあ、プログラムとなんら変わらない。人と人とのコミュニケートってのは、お互いがね、歩み寄ってコミュニケートしてコミュニケーションになるコミュニケートなのさ」
「何言ってるのかわからないよ」
「私もわかんねーよ〜。頭いてーよ〜」
そう言うと、彼女は急に僕の方に持たれてきた。
肩に彼女の頭が乗る。サラサラの髪が顔の近くにきて、ほのかにコンディショナーの甘い香り。
僕の心臓の鼓動が跳ね上がる。
「しょーくんの首元、いいにおーい〜」
彼女はクンクンと顔を動かす。そのせいで髪の毛が僕の顔を撫でるように動く。
「や、やめてよくすぐったい……」
「へへへ〜。緊張してんのか〜?」
「し、してないよっ」
「いいじゃん、抱き合って寝た仲だろ〜?」
「そ、そうじゃなくて……」
『ピコピコ』
ラインの通知音がなる。兄貴からの返事かもしれない。
そう思って僕は彼女を気にせず立ち上がり、ベッドの上におかれたスマホを確認する。僕に体重をかけていた彼女はそのまま横にこてんと倒れていた。
送り主は竹下で、明日の夜は家族で外食に行くから夕方ごろには帰るという旨をグループトークに書いていた。
ユミミは再び水を飲んでいた。
「ふええ、少し落ち着けるために一服すっか」
そう言って彼女はタバコを咥える。
「な、ちょ、ちょっと、ここで吸わないでよ!」
「えー、小さい男ねー」
「そこのベランダに出てよ……」
「はいはい」
彼女は立ち上がるとよろよろと窓の方に進む。
僕はカーテンを開けて、窓を開けてやる。
外の冷気が一気に部屋に侵入する。
彼女はベランダにあるサンダルを履いて外に出る。
「あーさむさむ」
彼女はそう言いながら、タバコに火をつける。
僕が窓を閉めようとしたその時、異変が起こった。
はじめは、よくわからなかった。
一瞬のことだった。
しかし、視界に何かがチラついたので、僕は外の方を見た。
すると、もう一度、遠くで何かがぱちっと光ったのだ。
雷かな。でも、雨は降ってないし、雲だってなさそうだ。
もう一度、閃光が冬の夜空に響く。
あの方向は、学校の方だ。そして……。
「宇宙塔……」
僕がつぶやく。
「光ってるねえ」
僕に背を向けてじっと外を眺めていたユミミも言った。
「うん……」
それ以降、宇宙塔が光を発することはなかった。
一体あれは何だったのだろう。
しかし、それよりも、僕には引っかかっていることがあった。
「……なんで、ユミミは宇宙塔が見えるの?」
22歳と言っていた藤原先生のさらに先輩のユミミ。
ネットには、10代後半までしか宇宙塔は見えないと書いていた。
彼女に、見えるはずがない。
「見ようと思えば、いくつになっても見えるもんなのさ」
先ほどまでとは打って変わって、真面目な調子で彼女は答えた。
タバコの先端から出る煙は、薄く空に続いて行った。