約束
僕らは部室棟を出てグラウンドの端の通路を通って職員室へと向かう。ところどころ外灯で照らされているが、外は真っ暗である。
忘れていた冬の冷気が体に浸透して来る。僕はやはりマフラーをぐるぐる巻きにする。珍しく、いつも下校時間を過ぎても練習しているサッカー部の姿がなかった。
グラウンドの端にある水道の所では男女二人が立って話していた。暗くて顔まではよく見えなかったが、男子の方はどうやらサッカー部のようだった。女子の方は制服を着ている。
僕らがその横を通り過ぎようとした時、海藤が「あっ」と言った。
その声に男子の方が反応する。
「おう、蓮、今帰りか?」
「う、うん」
「蓮くんじゃん、久しぶりー。本当にギター背負ってるんだー」
女子の方もそう言いながら二人は近づいて来る。それに連れて、徐々に明るく見え始める。男子の方はとても背が高く、顔は小さくてスタイルが良い。女子の方は、背はそこまで大きくないが、やはりスタイルが良い。このリボンの色は、三年生だっけ……。
美男美女カップルという感じだ。
「おー、美男美女だ」
藤原先生も同じことを口に出す。
「蓮、お母さんに今日は遅くなるって伝えといてくれ」
「わかった……」
「じゃ、気をつけて帰れよ」
「蓮くんまたねー」
それに対して海藤は何か言いかけたが、思いとどまったように黙り込むと、また歩き出した。
僕たちも黙ってそれに従った。
「あの男の子、海藤くんのお兄さんなの?」
「そうっす」
「とても、ハンサムなのね」
「自慢の兄貴なんで……」
そう言う海藤の横顔はどこか寂しそうだった。
そんな折、年配の女性の声で、校内放送が流れた。
『一年一組、赤月翔貴さん、お姉さまがお見えです。至急職員室までおこしください』
「ぼ、僕?」
「赤月、姉さんいたんだ」
「う、うん、まあ色々あってね」
「まあどうせ職員室に行く予定だったんだし、このまま行きましょ」
そうして職員室に行くと、その向かいにある待合室でユミミは座っていた。
海藤と先生はそこからさらに少し離れた鍵の管理場へと行っていた。
上は前と同じライダースのジャケット、下はベリーショートのデニムパンツに黒タイツという格好で、その細くて長い足を偉そうに組んで待っていた。またバイクで来たのだろう、髪の毛が少し乱れている。
「お、しょーくん、迎えに来てやったぜ」
「ど、どうしたの急に」
「可愛い可愛い弟が無事帰って来れるかシンパイでシンパイで」
「ほんとかよ」
「そんなことよりしょーくん、どうなってるのこの学校」
「何が?」
「なんで全域禁煙なの! さっき外で吸おうとしたらすけべたぬきハゲおやじ校長に注意されたんだけど。こんなんで健全な青少年が育つのかね」
すけべたぬきハゲおやじ校長って……。初めて会っただろうにその言い草……。
「育つと思うよ。それに最近の高校生は粋がってタバコ吸うのは逆にダサいって価値観だから……」
「はえー、これがジェネレーションギャップってやつかー」
ユミミとの会話にも大分慣れて来た。思えば、彼女と会話をするようになってから、海藤たちともそこそこコミュニケーションを取れるようになった気がする。
そんなくだらない話をしていると、鍵を返し終えた海藤が戻って来た。彼はこちらに来てユミミを一目見るなり、焦ったように僕に耳打ちした。
「お前の姉さんめちゃくちゃ美人じゃねえかっ」
「そうかな」
「そうかなじゃねーよ、モデルか? 芸能人か?」
「違うと思うけど……」
「はえー、とにかくすげー。なんかオーラが違うわ、こんな美人生で見んの初めてだ」
「あら、しょーくんのお友達かしら、こんにちは」
「あっ、は、はいっ。海藤蓮ですっ」
「そう、蓮くんっていうの。しょーくんをよろしくねー」
「は、はいっ」
海藤は無駄に緊張しているようだった。
というか今……。
「しょーくん、友達いるじゃん。おねーさんうれしーぞ」
「と、友達……」
「明日も一緒にカラオケ行くんでっ」
海藤が言う。
「そう、それは楽しそうね」
そうか、これが友達なのか……。
この、少しばかりの安心感、楽しさ……。これが……。
「いつまでいるのー、もう下校時間過ぎてるのよー」
そう言って藤原先生が職員室から出て来る。そして海藤の隣に並んだ。
「げっ……。ユミさん……」
待合室で相変わらず偉そうに座っているユミミを見た彼女は、驚き半分呆れ半分と言った口調で言う。
「おーるみるみじゃんかー。君たちは私を見て一人ずつ違った反応示すなー」
「るみるみって言わないでください! なんでここにいるんですか!」
「んー、だから可愛い弟を迎えに来たんだってー」
「お、弟……?」
先生は怪訝な表情で僕を見る。
「あ、血は繋がってないですけどね」
僕は一応補足する。
それにしても、どうやらユミミと先生が知り合いということに僕は驚いていた。
「あ、ああ、大学の先輩なのよ。ユミさんはとっくに卒業してるけどね」
二人のやりとりを聴きながらぽかんとしている僕と海藤を察したのか、先生が説明する。
「おいこらるみるみ、誰がおばさんだ」
「言ってませんよー。でもユミ先輩、なんだか前と比べて随分とお肌のハリが……」
先生は煽るように言う。
「おう!? やんのか貧乳!?」
「へ、平均くらいはありますぅ!」
両者とも声を張り上げる。どうやらそこまで仲良しというわけではないらしい。
「だいたい先輩はいつもいつも私を小馬鹿にして!」
「ひんにゅっ、ひんにゅっ♪」
「うるさいっ、ビッチ!」
「おいおいそんな相手もいないからって嫉妬かバージンガール?」
「な……! バーカバーカ!」
「あーほあーほ!」
「あのー、お二方、一応ここ職員室だから、そのー静かにね」
美人とは思えない低レベルの口論がさらにヒートアップしかけた時、たまたま通りかかったすけべたぬきハゲおやじ校長がなだめるように注意した。
二人は舌を出してあっかんべーをしあっていた。
そうして僕たちは各々帰路に着いた。
「本当に、今更なんでいるんですか?」
「まあ結局は、るみるみと同じ方向だよ」
二人は小声でそんなやりとりを交わしていた。
「あ、赤月ってラインやってる?」
「一応やってるよ」
「お、じゃあ交換しとこ。というかやってるならギター部のグループラインもあるから入れよ」
「う、うん……」
「じゃあ明日な、細かいことは後でラインするわ」
「わかった。ま、また明日……」
海藤とは手を振って別れた。
そうして僕とユミミだけになる。
ユミミはずっと薄気味悪くニヤニヤしていた。
「な、なんだよ……」
僕がそういうと、彼女は「可愛いなあ」と言いながら僕の髪の毛をくしゃくしゃとかき回した。