三年生を送る会
以降はサブタイトル普通にします。
「えー、今日から教育実習でお世話になります。藤原瑠美です。担当は英語です。三週間という短い時間だけど、できる限りみんなと思い出を残せるように頑張りたいと思います。よろしくね!」
藤原先生は、パンツスーツですらっと細身の体型でスタイルが良い。きっちりと染めた黒髪は、前髪は分けられ、後ろはしっかり結ばれている。
ユミミとは対照的に、顔の凹凸は少ないが、その分パッチリとした目が強調されていて、涙袋がぷくりと特徴的だった。
月曜日の朝の教室には拍手が響く。
「え、めっちゃかわいくね?」
「やっぱ年上いいわー」
「俺わんちゃん狙おうかな、クリスマスに向けて」
「無理に決まってんだろ」
ざわざわと教室が騒がしくなる。
藤原と名乗った女性は、まっすぐ桐川の方を見つめていた。
放課後、ギター部の部室には珍しく大石以外の五人が揃っていた。
つまり、僕、桐川、海藤、山田、竹下の五人。
「莉子センパイ、また別れたってほんとですかー? インスタのストーリー見ましたよー」
「あーまじまじ。まじ病みかけた」
「結構イケメンだったのにー」
「いやあ、でも性格だめだったわ。なんかデートしてても頼りないというか、なんでうちがいちいちどこ行くかとか何食べるかとか決めなきゃいけないわけ!?って」
「優柔不断系男子かー」
「そうそう。うちは引っ張ってほしいタイプだわやっぱ」
「てか莉子先輩は本命いるじゃないですかー」
「おいこら雪、それは秘密だ。というか雪の方こそ、バレバレだぞ」
山田先輩は桐川と目を合わせて、ニヤニヤと笑う。桐川も応じるように微笑む。
「ちょっと、唯! あなただって笑ってるけど検討ついてるんだからね!」
「やっぱり? うちもそう思ってたんだよ、そこんとこどうなの唯ちゃん」
「え、えー、私はどうかなー」
困ったように桐川は笑う。
こんな感じで女子三人は相変わらず僕とは無縁なトークに花を咲かせている。
僕は今日は彼女らに気を使ってアンプには繋げず、指の動きの練習をしていた。このように、僕がいても彼女たちが帰らない時は、大きな音を出さないというのが暗黙のルールになっていた。
窓の外には相変わらず、宇宙塔。それ以外は、いつも通りの放課後。
「おいお前ら喜べ、いいニュースが二つあ……いてっ」
勢いよくドアを開けて入ってきた大石は、そのまま頭をドアのへりにぶつけた。
「ってて……」
「あはは、まこっちゃんだっさー」
それを見た山田がからかう。竹下と桐川もくすくすと笑った。
「うるせーよ莉子。いいニュースが二つあるって話」
部室の中に入ってきた彼に続いて、もうひとり女性が入ってくる。
「こんにちは。今日から一年一組メインで教育実習する藤原です。学校にいる間はギター部の臨時顧問って形になるからよろしくねー。こう見えても私、結構弾けるんだよ」
そう言って彼女はその場でエアギターの真似をする。
「えーせんせーめっちゃかわいいー」
「メイクとか教えてくださいー」
「ありがとー。えー、雪ちゃんはメイクしなくても十分可愛いよー」
女子たちには好印象のようだった。
藤原先生は、僕と桐川にも視線を向けてにこりと微笑んだ。
「それでまこっちゃん、もう一個のニュースってなんなのー?」
「ああ、二週間後の三年生の送別会で、急遽俺たちギター部にも枠が設けられることになった。時間は10分以内。やりたいやついれば、歌っていいぞ」
「えー、そうなんだー」
「莉子、本来は部長のお前がこういうの仕切るべきなんだぞ」
「えへへー」
「それで、誰かやりたいやついるか?」
「うちはこの二週間予定詰まってるし、今からはきついかなー」
「私は、まだ人前で演奏とかのレベルじゃないから……」
「私もです……」
しおらしく辞退した竹下に、桐川も続く。
「赤月はどうだ?」
「……ちょっと考えさせてください」
あと二週間か……。納得の行くレベルまで仕上げられるだろうか。
僕は真面目に考える。
「……あの」
すると、これまで黙っていた海藤が口を開いた。
「俺、やりたいっす」
「おー」
女子たちが一斉に拍手する。
「おお、いいねえ。三年生には世話になったし、俺もやろうと思うから、じゃあ俺と海藤で一人ずつ出ることにするか。赤月もそれでいいか?」
「はい」
僕だって無理に出たいというわけではないので了承する。
「いいねえ、青春だねえ」
まじまじと藤原先生が言った。
そのあと、大石は生徒会に戻り、藤原先生も職員室に戻り、女子三人は帰宅した。よって例のごとく、僕と海藤だけが残っていた。
お互い特に会話もせず、下校を告げるチャイムが鳴ったので、僕たちは部室を後にした。
職員室に部室の鍵を返しに行き、帰路に着いた時にはもうすっかり日がくれていた。
「……俺が出てよかったのか?」
校門に向かう途中、彼が切り出した。
「もちろん。応援してるよ」
「そうか……な、なあ」
「なに?」
「今日俺チャリじゃねんだ。駅まで一緒に帰らないか」
「う、うん……」
僕は咄嗟にぎこちなく返してしまった。
僕と海藤はしばらく無言のまま、丘を下り駅を目指した。
寒空の下、気まずい沈黙が続いた。
僕はその沈黙に耐えきれずに、口を開いた。
「そ、そういえば、何の曲をやるつもりなの?」
「ああ、チェリーだよ、スピッツの」
「ふむん、いい曲だ」
「だろ」
「うん」
「弾けるか?」
「ふ、譜面は見たことないけど、そんなに難しくはないと思う」
「そうか」
「うん」
「……なあ、赤月」
「なに?」
彼はふうと息を吐いた。
「俺に、もう少しギターを教えてくれないか」
ちょうど街灯の下にきたため、彼の真剣な眼差しがはっきりと映った。