第11話:崩れ去る日常
四月四日午後一時、相変わらずの晴天で雨が降る気配もない中で、ある人物が竹ノ塚のゲーセンへ姿を見せたのである。
その人物は何と島風彩音だった。これには周囲のギャラリーも動揺している様子。一体、何が起きているのか?
(あいつは間違いなく、何かを知っていた)
島風のいうあいつとは、先ほど倒した頭領の事である。
戦闘中に言及した、あの発言の真意は――何処にあったのか?
「貴様! まさか、ダークフォースの――あのトリックを知っているのか!?」
島風がガジェットを装着している時、彼はその様な事を言っていた。
何を指して『トリック』なのかは分からない。極めつけには――とてつもない発言で周囲を凍らせたのえある。
「ヒーローブレイカーは所詮ごっこ遊びの延長戦。所詮、超有名アイドル等と違って子供だましではないのか?」
特大級のブーメラン発言は、他にもあったらしい。
その発言に反応した島風が取った行動、それはARガジェットを使用して頭領を気絶させた事である。
ヒーローブレイカーがゲームである事は百も承知しているのだが、頭領の発言は明らかに一種の煽り炎上を狙う様な発言だったのは言うまでもない。
そうした人物によって歪められて拡散した結果が、SNS炎上を招く事は分かっているはずだ。それに、超有名アイドル商法を巡る炎上はそのノウハウが売買されるレベルで拡散した噂もある。
島風は未だにあの事件を引っ張っている訳ではないが、それによって様々なコンテンツで大打撃をうけた。
それこそ、思い出したくもないような部類の事件も――超有名アイドル商法は起こしたのである。
最終的には国会が規制法案ではなく禁止法案を提出するまでの事態に発展し、一部の信者が反対運動や署名を立ち上げたりもした。
それこそが芸能事務所によるマッチポンプであるとも気付かずに、行動を起こした一部のアイドルグループが今回の事件の首謀者にされてしまったのである。
あの事件は未だに影響力が高く、その発言をしないように自粛するSNSがあるレベルだ。
最終的には『芸能事務所Aの罠』と言うネットスラングが誕生し、流行語大賞にノミネートされ、該当事務所関係者が受賞辞退と言う展開にまで発展する。
その事件が起きたのは、ごく最近とまで言われているが正確な時期までは特定に至っていない。それ程に黒歴史として扱われているのだろう。
島風は自動ドアが開いてすぐ、周囲を見回すことなくまっすぐにVR版ヒーローブレイカーのスペースまで移動している。
おそらく、彼女は直感で誰かがいると確信しての行動なのだろう。そして、その行動は的中した。
「お前が噂のバーチャルコスプレイヤーか」
目の前に現れた青年の姿を見ても、島風には誰なのかは分からない。むしろ、名乗ってもらわないと困るレベルだ。
黒髪のショートヘア、迷彩色のバンダナといった特徴もあるが、どう考えても顔が若干イケメンなので同一人物と思えないのも事実である。
「まさかと思うけど、貴方がアサシン・イカヅチか?」
島風はバンダナを見て、ふとイカヅチなのか――と。
バーチャル動画投稿者としてのアバターでは、この迷彩色バンダナを使用していた。
「そうだとしたら?」
「驚きだわ。まさか、あの歴戦の傭兵アバターの人物の正体が、イケメンなんてね。普通、逆のケースが――」
「こっちも驚くしかない。アバターとして幼児体型とも言われていたが――」
「!?」
この二人がまさかの遭遇を果たした事に対し、遠目から見て驚いたのは長門ハルだった。
彼は過去に両者と遭遇した事もあり、この二人が合流する事には困惑をしている。
(水と油じゃないけど、この二人が組むのは――)
長門は二人のぶつかりあいとも言えるトークを聞いて、若干呆れている様な表情をしている。
本当にアルストロメリア内で喧嘩にならないか、と言う部分も心配をしていた。
その一方で、ダークフォースサイドは頭領の一件に関して情報が入った。
【奴も無断で行動した天罰が下ったというべきか】
【しかし、ダークフォースの名前を使った以上は我々の行動にも影響が出る】
【何としても、阻止しなくてはいけない。彼らの行動を】
【それはガーディアンの事か? それとも一部のパリピか?】
【どちらも違う。アルストロメリアだ】
コミュニティ上でアルストロメリアの単語が出てきたと同時に、数十秒はコメントが止まった。
迂闊に切り返したり、同調したりすると炎上しかねないという空気が、コミュニティ内に流れていたのかもしれない。
「アルストロメリア――そう言う事か」
コミュニティをスマホで確認し、何処かの喫茶店でコーヒーを飲んでいるのは、身長一七〇位の青髪のショートカット、白衣を着用しメガネをかけた女性だ。
彼女はダークフォースのメンバーや構成員の類ではなく、ゲストとしてコミュニティを閲覧していたのである。
コーヒーの方はホットなのだが、さりげなくミルクと砂糖が若干多い。甘党なのか?
「ヒーローブレイカーを巡る事件、それが超有名アイドル商法を巡る事件と似てしまうのは、やはり仕掛けている人物の考えもあるのか?」
コーヒーを飲み干した後で、彼女は喫茶店を後にする。そして、外に出た光景は明らかに先ほどの静かな喫茶店のイメージとは違う場所だった。
「かつて、超有名アイドル商法を巡る事件で舞台となった街――秋葉原。場所は変わっても、同じような事件は起きてしまうのか」
先ほどまでSNSを見ていたスマホは白衣のポケットに入れ、彼女はARゲームのゲーセンが並ぶ通りへと消えていく。
彼女は明らかに何かを知っている様な目で周囲を見回し、このような変化をした秋葉原に関して少しさみしそうな思いを抱いていた。
(全ては、ARゲームと言うシステムが誕生した事で始まり、様々なジャンルと融合し、最終的には――)
彼女の名は天津風唯、自称同人作家と言われているが正体は不明である。




