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バトル開始から一分三〇秒後、思わぬ展開がアサシン・イカヅチを襲った。
彼も今回のレイドボスが一定エリアを移動する移動型ボスなのは確認していた中での出来事だったのである。
初めの三〇秒は彼のFPSにおける経験やテクニックもあり、アルストロメリアに大きくリードをしているような展開だった。
レイドボスのゲージも四割削った上での優位だったので、周囲のギャラリーもこのまま勝利すると思っていたらしい。
(しまった! レイドボスに気を取られ過ぎたか)
イカヅチはレイドボスに視線を向けて集中砲火をしていたのだが、背後には別のプレイヤーの影があったのである。
普通、FPSであればレーダー等で相手の位置を特定可能なゲームもあるのだが、ヒーローブレイカーではプレイヤーの位置は特定できても――。
「イカヅチ、ここであったが百年目!」
背後にいたのは木曾アスナである。木曾はイカヅチを知っているが、イカヅチは木曾の事を知らない。
しかし、相手プレイヤーに攻撃を加える事はペナルティの対象になる。それもイカヅチは知らなかったのだ。
(敵なのか――!)
既に銃口を木曾に向け、数発撃ってしまった段階でイカヅチは大きなミスをしたのである。
イカヅチのスコア表示は青文字から赤文字に変化し、スコアが減少していく。この状況にはイカヅチの方も気づいていない。
「スコアが減っていく――だと?」
イカヅチは状況を飲めていなかった。それに加え、木曾の方もこの行動を思いついたが、二人には何も言わずに実行した事である。
ある意味でも木曾にとっては独断行動に該当するが、ヒーローブレイカーでは臨機応変に動いてレイドボスを撃破する事はウィキにも書かれている程に常識だった。
「このゲームでは、FPSのパターンが通じないのか!?」
「これはヒーローブレイカー、FPSとはシステムも違うのよ」
木曾の方は、周囲を見渡して固定砲台や自分の周りにやってくるアンノウンを撃破していくが、その光景をイカヅチは焼け石に水と思っている。
最終的にはイカヅチも今回のペナルティとアルストロメリアを油断していたことで敗北した。
(こちらに落ち度があったというべきか。ルールを把握していない事、自分のスキルが通じると甘く見ていた事が――)
説明書を見ずにこのテクニックが使えそうなので、そのままプレイして玉砕するのはリズムゲーム等ではよくあることだ。
しかし、彼の場合はプレイしたゲームジャンルが限られているのが裏目になったのだろう。
ゲーム終了後、イカヅチはモニターに向かって拳をぶつけようとも思う。しかし、それをすれば出入り禁止は確定なのでここは抑える。
一方の木曾も、今回の件は照月アスカと秋月千早には黙っていたので、それに関して言及はされた。
お互いに、ある意味でも遺恨が残るようなマッチングだったのは間違いないだろう。ここまでの事をしなければ、イカヅチに勝てなかったのか――と言う個所も含めて。
「あのマッチングは一体、どういう事なの?」
最初に切りだした秋月はVR側でログインした事に驚いていたようでもある。相手に関しては全く言及していない。
稀にプロゲーマークラスのプレイヤーが来る事もあるので、その環境に慣れてしまったようでもある。それに加えて、このゲームは対戦要素がスコアのみだ。
あくまでもこのゲームの肝は協力プレイにあると言っていいだろう。その為、逆に言えばプロゲーマーの様な実力者が来るのは上級ランクレイドボス対策には効果的なのだ。
それでも木曾がARではなくVRでログインした事に秋月は疑問を持っていた。
「VRでもARのようにログインできるし、マッチングも可能よ。プレイは出来た以上、問題はないはず――」
「そこは別の意味で問題あるでしょ? あくまでもこちらはAR前提でチームを――」
照月は木曾がVR側でログインした事に問題があると指摘していた。その理由はアルストロメリアはAR前提で組んだと言う。
「ヒーローブレイカーのチームは、VRとAR混在でも問題はないのよ。これは設置店舗数の違いに配慮した形よ」
秋月は照月と木曾にマッチングに関して説明をするのだが、それを冷静に聞き入れてもらえるかどうかは微妙な情勢である。
「とりあえず、今日は別のゲームでリフレッシュしましょう。今の状態でチームとして上手く機能するかも分からないし」
結論を急ごうとする木曾に対して照月が提案を行い、それに木曾は合意する。
秋月の方も、下手にヒートアップすればSNS炎上に悪用される事を知っていたので、照月の案は両案として採用した。
午前十一時も過ぎた頃、木曾はVR版の筺体で再びプレイをしていた。
あの提案は何だったのか――と思われがちだが、木曾としてはプレイ可能なゲームが少ないので、この選択肢しかない。
マッチングするのはVR限定とオプション設定をしたので、万が一でも秋月と照月には遭遇しないだろう。
しかし、そう考えていても認識は甘かったと言える状況に木曾は遭遇する。
【君はアルストロメリアのメンバーなのか?】
マッチング前に木曾のゲームモニターにメッセージが届く。三番台でプレイしているプレイヤーで、木曾とは隣の筺体である。
「どういう事なの? その名前を知っているなんて」
木曾はインカムで応答、その声を聞いた人物が木曾の方を振り向いてきた。
赤髪のショートヘアと言う男性の姿を見て、木曾の方は逆に驚きのリアクションをする。
「まさか、長門ハル?」
木曾の方は長門ハルの事を知っていた。彼がリズムゲーム出身というのも彼女は把握済みである。
それがヒーローブレイカーにでも鞍替えしたのか?
「こっちで直接話すのもアレだから」
そう長門が言うと、ゲーム中のマッチング前チャットで用件を済ませた。
彼の要件とは、アルストロメリアに自分を紹介して欲しいという事だったが、参加したいのであれば自分で言えばいいと木曾はメッセージを返す。