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イースポーツオブサンダーボルト  作者: 桜崎あかり


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32/100

8-4

 木曾きそアスナを遭遇したのは、もう一人いた。実は別のゲームで遠征にやってきていた長門ながとハルだったのである。

実際に彼女とマッチングできるのでは――とも思ったようだが実現はしなかったらしい。

その後、長門はヒーローブレイカーの方が気になるのだが、まずはリズムゲームの方に集中する。

(気のせいか――)

 この段階ではすれ違った人物が木曾とは気づいていない。木曾の方も長門とすれ違った事には気づいていないので、お互いに分からないのかもしれないが。

彼女もコスプレイヤーなので分かりやすい衣装を着ている物と思っただけに、思わぬ形ですれ違ったと言えるだろう。

 リズムゲームをプレイ終了後、やはり木曾の方が気になったのでヒーローブレイカーVR版の方へと向かう。

センターモニターの方を見ると案の定、木曾の名前を確認出来た。つまり、そう言う事だったのである。

「あのゲームは、やっぱり――」

 長門はゲーム内容の方も気になっていたが、ヒーローブレイカーと言う作品自体にも興味を持ち始めていた。

その一方で、このゲームが本当にSNS上で言われている様なゲームなのかも見極める必要性を感じている。

(全てを知る為にも、あのゲームを――)

 長門の眼は真剣そのものであり、ヒーローブレイカーが後に様々な場所で影響を及ぼすと判断した。

だからこそ、あのゲームは真面目に取り組まなければ、いずれ世界は崩壊すると考える。

(しかし、ARゲームが世界を滅ぼすなんて明らかにSNS炎上狙いか芸能事務所側のライバルつぶしなのは――)

 長門はどうしてもSNS上で噂になっている話を鵜呑みにする事は出来ない事情もあった。

過去、それによって引き起こされた事件を彼は知っていたから。それはSNS上でも超有名アイドル商法事件として言及されている事件である。

しかし、その単語を出すと『まとめサイトが凍結される』や『拡散しようとした炎上狙いの煽りアカウントが削除された』という話も存在するのは事実だ。

その為にSNS上でその単語を出す事はタブーとさえされていたのである。



 午前一〇時三五分、木曾と照月てるつきアスカと秋月千早あきづき・ちはやのバトルが始まった。

ボスレイドを撃破すれば決着するのだが、その形状は固定系ボスである。周囲の砲台などを沈黙させれば、ボスのゲージを削るのは容易だろう。

しかし、仮にもボスレイドで簡単に決着するはずもない。その油断こそがヒーローブレイカーでは地獄を見る事になる瞬間でもあった。

固定系ボスのデザインは周辺ステージが高層ビル街と言う事もあって、どれが本物か特定はしづらい。それを逆手にとって、秋月は手当たり次第に砲台を無力化していく。

(この高層ビルステージで、それも固定ボスなんて)

 秋月の方も砲台を沈黙させつつも、本体の捜索に苦戦している。本体の方がスコア的には明らかに上と言う事もあって、早く見つけないといけない。

それに加えて、相手は木曾一人だけでなくその他のプレイヤー二名も混ざっていた。対する秋月と照月の方はAIプレイヤー一人だが、過度に期待が出来るレベルではないだろう。

「こっちは、既にいくつかのダミーは倒しているけど」

 照月は手持ちのブレードでいくつかの固定されたコアらしき物を次々と撃破しているが、スコアの上昇率も非常に低いのでダミーの一種と割り切っていた。

しかし、レイドボスのゲージも減少しているので無駄足ではないのだろう。それでも制限時間ありのレイドバトルでは本物にダメージを与えられてしまったら、逆転は不可能になる。

(ダミーの近くに本物のコアがあるとしたら――)

 照月は、少し前にチェックしていた動画の事を思い出していた。

その動画では傭兵風のアバターの人物が『目で見える物ばかりを追うべきではない』というアドバイスと共に、レイドボスの一つを撃破していた。

当然ながら、この動画で解説されていたのはヒーローブレイカーではない。別のFPSゲームであるので、参考にはならないかもしれないが。

「あのコアは!?」

 次の瞬間、周囲のビル街とは別に赤いコアと思わしき物体が照月の目の前に現れる。

もしかすると、あのコアは移動式だったのだろうか――と。驚きはあるものの、とにかくコアにめがけて右手に持ったブレードでひたすらに斬りかかった。



 それと類似したタイミング、草加市のゲーセンで動画を見ていた島風彩音しまかぜ・あやねはモニターを離れようとした時に流れた中継動画の内容に驚いた。

(あのプレイヤーは、まさか――照月と秋月?)

 中継動画に映し出されていたアバター、それは間違いなく照月と秋月の二人。

ゲーセンの場所をチェックした島風は、店舗名を見て我が目を疑った。その店舗のあるエリアは何と足立区だったのである。

(相手は、見た限りではそこそこのレベルのプレイヤーに見えるけど)

 映像は秋月側の映像だった為、そこにはヒーローを使用する相手プレイヤーが表示されていた。

外見を見る限りでは、そこまでカスタマイズをしている訳ではないがウィキ等では実用的と言及されている装備なので、素人ではないだろう。

秋月の方も何かを発見し、それに向けて集中砲火を始めており、ボスレイドのゲージは減っているのが分かる。

その後、別プレイヤーの視点映像が表示され、そこに表示されていたプレイヤーネームは木曾だった。

これには島風も唐突な出来事と言う事もあって、驚きを隠せないようでもある。

「木曾? 木曾って、あの最近になってバーチャル動画投稿者としても注目された、あの?」

 島風は少し前にSNSで調べていたので、木曾に関しては名前だけでも知っていた。

しかし、あの木曾もヒーローブレイカーをプレイしていたのは初耳である。VR版で目撃されている情報も、SNSで見かけたのは二日前。

(あの動きは明らかに数日で出来るような物じゃない。まさか、SNSでも情報が?)

 島風もさすがに、木曾の動きを見て焦っている。この動きは動画サイトの動画を暗記してマスターできるレベルではない。

動画のコピペテクニックでは最初は有利でも、途中から通じなくなる現実に直面すれば行き詰るだろう。

それを踏まえれば、どう考えても木曾が始めたのは数日前よりも最低でも数週間前と言った方が、正解なのかもしれない。



 木曾の方もコアの行動パターンに気付き始めたのは、一分が経過した辺りである。照月がコアを発見したのが、その辺りの時間だが――。

「この固定ボスはコアが一つだけとは限らない。つまり、こう言う事だ!」

 木曾が右腕を天に突き上げて呼び出したのは、SF系を連想させる銀色の大型篭手だった。それが木曾の右腕と合体する事で、必殺技が発動するのだろうか?

しかし、実際に必殺技が発動する訳ではなく――。

「アガートラーム! アクセス!」

 アガートラーム、木曾は確かにそう叫んだ。その言葉を聞いた秋月は、唐突に出てきた単語に戸惑いを見せ始める。

大型小手を装着したと同時に木曾のビジュアルが激変する事はなく、装備しているステルスマントはそのままになっていた。

だからと言ってVRメットも形状が変わるわけでないのだが、メットのデュアルアイの両目が赤く輝いている。

 木曾の動きはブーストがかかったように動きが変化した訳ではなく、これはアガートラームと呼ばれた装備を使用した事によるステータス変化だった。

今までの木曾は確かに他の武装を使用していたが、コアのパターンが分かった事でアガートラームを使用したと言えるだろう。

「この勝負、もらった!」

 木曾は全身全霊を込めたアガートラームの一撃をコアにぶつける。それによってレイドボスのゲージは瞬時に三割も減っていたのだ。

「瞬時で三割も!?」

「明らかにチートじゃないのか」

「不正ガジェットとして通報を――」

「あれはチートではない。正式なスキルの一つだ」

 周囲がざわつくのも無理はないのだが、これに関してはチートでも何でもない。

これは木曾が設定していた一種の超必殺技である。超必殺技は全てのクラスで使用出来るが、その仕様はクラスによって異なるだろう。

ESPの能力を使用している以上、これはチートと通報しても偽通報としてペナルティをプレイヤーが受けるのは明白だ。

アガートラームは一度しか使えない。だからこそ、このチャンスで削りきろうと考えたのだろう。

「これが、こちらの切り札!」

 危機的な況下で照月は右腕に握っていたブレードを変形させ、その刃は青く輝きだす。

これはパワードスーツの超必殺技と言う訳ではない。一種の武器に設定された必殺技と言うべきか。

「汎用アイテムの必殺スキルで、一気に削れると思うのか?」

 木曾は瞬時で照月が使用した物が何かを見破る。しかし、それでも照月は木曾の発言に動じない。

「今のタイミングでアガートラームの一撃を超えるようなスキルは――」

 若干の余裕を見せる木曾だったが、それでもこの場面で使う以上は何かあると警戒はしている。

しかし、その予想は別の意味で的中する事になった。

 


 バトルの結果は、照月と秋月の勝利である。秋月の方も、コアが目の前に現れたことで攻撃を当てていた事も勝利の理由だ。

「見事と言っておこうか」

 木曾からは一言あったものの、すぐにログアウトしたので目の前からは瞬時に消えている。

紙一重だったのかは分からないが、相手のマッチングにも助けられた気がしないでもない。

「改めて、プレイヤー同士のチームの重要性が――分かる気配がしたバトルだったかも」

 息が若干荒いものの、照月は今回のバトルが意味のある物だったのを理解した。

それは、今後のバトルではプレイヤー同士の連携等も重要になってくる事を教えられた瞬間でもある。

イースポーツ化していくARゲーム、ソロプレイ前提のゲームであれば一人でも何とかなるだろう。

しかし、ヒーローブレイカーはチームプレイが重要になるゲームだ。やはり、新たなメンバーを加える事が必須条件なのかもしれない。

これから起こるであろうバトルを踏まえると――。

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