私の本が返ってきません
先にこちらを読まないと内容がわからないかと思います
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「あれからまだ私の本が返ってきません」
謁見の間にて少女がそう訴えると、えらそうな態度で王座にふんぞり返っている少々お歳を召したイケメン王様はたんたんと答えた。
「今は我の六番目の娘の友達の姉の手に渡っている」
娘と聞いて一気に血の気が引いた。
「第六王女様、今おいくつでしたっけ?」
「今年で五つだな」
「今すぐ返せ!」
鬼気迫るような叫びだった。
少女はまたもや王様に掴みかかる。
「中身アレですよ! どう見ても幼児が読む本じゃないんだけど! 不健全すぎて教育に悪いわっ!」
「娘の友達の姉ならばもう成人している」
「あ、それならよ……くないわやっぱ!」
心底安心したのか少女の手は一瞬緩んだが、我に返ると再び襟首をつかみ直した。
胸元に派手な宝石が多すぎて掴みにくいから外せ……なんて言えるわけがない。
「どうやったら五歳児経由で本が出回るのよ!」
やはり子供が中身を見たのかと少女が悲鳴をあげそうになったとき、王様は少し苦しそうにしながらもはっきりと回答した。
「娘を世話しているメイド経由だ」
少女は眩暈を起こし天を仰いだ。
「王族だけでなくメイドさんまで……」
ページ数はさほど多くないのに何ヶ月も返ってこないわけである。
王様は乱れた胸元を直しながらため息をついた。なにやら疲れている様子だ。
「おかげで王宮内の女たちの視線が肉食獣のようにギラギラしてて怖い、と騎士や男性の役人たちから続々と訴えが来ているのだが」
少女は土下座した。少女の額が床とキスするくらい深く頭を下げた。
周囲からこれがジャンピング土下座か、綺麗に決まった、見えそうで見えなかったとかなんか呟かれたが少女はそれどころではない。
「責任の半分は作者の私にあります本当に申し訳ございません」
最近王宮内を歩いていると主に男性たちから気味悪がられたり怯えられたりするのはそのせいかと少女は大いに反省した。
「残り半分はどこにある?」
「まったく本を返してくれない王様」
「我のせいではない」
王様の目が泳いでいたが土下座をしていた少女は気づかなかった。
と、そこで扉が開いて一人の若い騎士が少し慌てた様子で入ってきた。土下座をしている少女に驚いて立ち止まり、すぐ我に返ると王様のそばにいた少し老齢の護衛の騎士になにやら口頭で伝えているようだ。護衛の騎士が頷くと若い騎士は王様に敬礼して部屋を出て行く。
護衛の騎士は王様にひそひそと耳打ちをする。王様の目が少し見開いたと思ったら、なにやら楽しそうな面白そうな興味深い顔になった。
「ん? 何?」
部屋の雰囲気が変わったのに気づいた少女が顔を上げるが、視界に入るのはいつもの無愛想な表情に戻っていたイケメンの王様。
「なんでもない。お前は早く戻るがいい」
王様の冷たい言葉に少女は一気に不機嫌になった。
「なんか毎度このパターンでまったく進歩がないんだけどこれいかに」
「本が返ってこないのだからいたし方あるまい」
少女は王様に詰め寄った。
「返す気あるんでしょうか? あるんですよね? ね!?」
「うるさい。さっさと部屋へ戻れ」
またもやシッシッと手を払われた。
「私の大事な大事な処女作ですよ! 早く返してくださいよ!」
「わかったわかった、戻ってきたら返す」
ぞんざいな言い草にキレかけた少女は再度王様に掴みかかろうとしたが、周囲の騎士の視線がこちらに向いていたので渋々諦めた。
王様は本当に返す気があるのだろうか。まさかこのまま返却されずに終わるのだろうか。もし自分が元の世界に戻れるようになっても手元に処女作がないままだとしたら非常に困る。部員に漫画を描いているのだとすでに宣伝しているのだ。約束は破りたくはない。
逃げるようにして謁見の間から出た少女は、扉が閉まったとたん大声で怒鳴り散らす。
「今度来たときまだ本が返ってなかったらこちらにも考えがあるんだからぁ!」
「陛下、あの本わざと外に流しましたね?」
宰相は確信していた。
「王子や王女のメイドたちは作法だけでなく諜報活動にも秀でた特殊部隊でしょうに」
「おかげでスパイ疑惑はあったが証拠がなかったものたちを全員窃盗罪で拘束できた。アイツに頭を下げるつもりはないが足向けて寝られんな」
相変わらず口の端を上げながら笑う王様に宰相は微笑む。
「それはよろしゅうございます……で、あの本は今どこに?」
「隣国に旅立った」
「え?」
宰相は笑顔のまま固まった。
王様の目はどこか遠くを見ていた。
「つい先ほどの報告で密偵経由により隣国へと渡ったようだ」
「どうするのですか」
「どうしようか」
頭を抱える王様に宰相は自業自得ですとため息をついた。